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第11話
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エマが森でルカを拾ってから十日。ルカの傷は随分とよくなった。
全身の火傷はほぼ回復した。所々痕は残っているが、言われなければわからない程度まで薄くなっている。
太ももの切り傷は痕も残らないほどきれいに治った。脇腹と顔の切り傷は痕が残ってしまったが、痛みはもうないと言う。
だが、治る傷ばかりではない。左の眼球は外見こそ元に戻っていたが、視力は完全に失われていた。
切断された右腕も、生えてくる気配はない。
「さすがに腕は生えてこないか……」
エマのつぶやきにルカがうなずいた。
「超回復がある個体ならば治ったのだがな。私には無い」
ルカの言葉に、エマは少しだけ胸が痛んだ。元々治らないだろうと思ってはいたが、魔族ならもしかしたら治るのでは、と一縷の望みを抱いていたのだ。
エマは痛みを隠すように、努めていつも通り言葉を返した。
「魔族って結構個体差があるものなの?その超回復があるとか、角があるとか尻尾があるとか」
「ああ。人間にも種の違いがあるようだが、それよりも大きく異なる。“知的能力を持つ魔物”と一口に言っても、元は全く異なる種族だったりするからな」
「ふーん……。虫って言ってもコオロギと蝶は全然違うみたいなこと?」
「………まあ、そんなものだ」
微妙な間が虫とは違うことを物語っていたが、ルカは説明を諦めたようだった。
「ルカに尻尾とか角がないのも個体差?」
エマの質問に、ルカは眉根を寄せた。
「……いや。元々は角が生えていた」
そう言って、ルカは自分の頭を撫でた。元々はそこに角があったのだろう。
「私たち有角種は強い魔力を持つが、その魔力のほとんどを角に溜めこんでいる。私は転移魔法でこの土地に来たときに膨大な魔力を消費し、角もろとも魔力を使い果たした」
そう語るルカの顔はあまりに苦しげだった。角が矜持に関わるものだからなのか、強大な魔力を失ったからなのか、エマにはわからない。が、ルカにとって相当悲惨な出来事だということは理解できた。
「なんか、聞いてごめん」
エマが謝ると、ルカは首を横に振って微笑んだ。
「角と魔力を失うほど遠くへ転移したからこそ、エマに会えた。今はそれでいい」
ルカはそう言うが、エマは笑い返すことはできなかった。知らなかったとはいえ、心の傷に踏み込んでしまった。少々無神経な質問だったと反省する。
エマは治療のために束ねていたルカの髪をほどいた。ルカの肩から長さの揃わない髪が滑るように落ちる。
「……なあ、エマ」
「なに?」
ルカは自分の髪を一束すくい、ねじるように弄んだ。
「髪を切ってくれないか」
「え゛っ」
エマの口から、潰れたカエルのような声が漏れた。あからさまに嫌そうなその音に、ルカは悲しそうに目を伏せる。
「……嫌ならいい」
「あー、えっと、嫌というか、そのー……」
怒られた犬のように落ち込むルカの様子を見て、エマの心に罪悪感が芽生える。しかし、エマには簡単に請け負えない理由があった。
端的に言うと、エマは不器用なのである。
手際よく薬を調合する様子からは想像ができないかもしれないが、それは慣れからくるものである。
食材を切ろうとして指を切る、不要な葉を摘み取ろうとして必要な葉も一緒に取る、薬が入った壺を落として割る、何もないところでつまずくなど、不器用エピソードは挙げたらきりがない。今もまとめきれなかった髪の毛が、所々束から飛び出している。
美意識としても、エマは人並み以下だと自覚している。ルカの髪の長さがバラバラなのが全く気にならない程度には、エマは見た目というものを気にしていない。
エマの髪はいつもアンナが整えてくれている。それもエマが何の手入れもせず放置しているのを見かねてやってくれているもので、エマから髪をきれいにしようと思ったことは無い。
技術もセンスもないのに人の髪を切るなど、エマは全くできる気がしなかった。
しかし、ルカは片腕だ。自分では思うように髪を切ることができないだろう。ルカが魔族である以上、アンナに頼るわけにもいかない。
本心では断りたい、が、エマ以外に対応できる者がいなかった。
エマは腕を組んでうんうんと唸る。
「髪は切っても生えてくる……?」
「生える」
ルカは期待のまなざしでエマを見ている。エマはどんどん断ることができない心境に追い込まれていった。
エマは観念して、机の引き出しからハサミを取り出した。
「先に言っておくけど、本っっっ当に不器用だから。上手くできなかったらごめんね」
エマがそう言うと、ルカの顔がぱっと明るくなる。ルカは優しい微笑みを浮かべた。
「ああ。ありがとう」
その笑顔があまりにまぶしく、エマは既に申し訳なさを抱いていた。きっと髪を切り終えたら、この笑顔は絶望に変わってしまうだろう。
それでもエマにしかできないことだ。エマは覚悟を決めて、ルカの髪にハサミを入れた。
後ろ髪は一番短いところに合わせるため、首の辺りで一気に切り落とした。長い髪がばさりとエマの足元に落ちる。緊張のしすぎで、ハサミを入れるたびに動悸が激しくなるような気がした。
一直線に切った髪を、自然になるよう少しずつ整える。男性なら襟足を短くした方が良いのだろうが、あまり短くしようとすると皮膚まで切ってしまいそうで、エマは様子を見ながらちまちまと時間をかけて切った。
ルカの髪は一見まっすぐだが、こうして切ってみると少し癖がある。しかしその癖のおかげで、頭に丸みが出て上手くまとまっている。エマの髪は短くすると大爆発してしまうため、エマはルカの髪をうらやましく思った。
前髪もある程度の長さまで切ったが、あまり切りすぎるとごまかしが効かないような気がして、結局目にかかる程度までしか切れなかった。
「こんなもんでいい……?」
エマは桶に水を張り、ルカの姿を映した。ルカは水面を覗き込み、前髪をつまんだ。
「……ああ。問題ない。ありがとう」
ルカは嬉しそうに微笑んだ。無理をして笑っている様子でもなく、エマはほっと息をついた。
前髪が短くなったことで、ルカの表情がよく見えるようになった。治療には相手の表情を見ることがよくあるため、それを確認しやすくなったのは良いことである。頑張って切った甲斐があったと、エマは自分を褒めた。
しかしその分、ルカの視線が真正面から自分に向けられているのがはっきりわかり、エマは少々恥ずかしい気持ちになった。
全身の火傷はほぼ回復した。所々痕は残っているが、言われなければわからない程度まで薄くなっている。
太ももの切り傷は痕も残らないほどきれいに治った。脇腹と顔の切り傷は痕が残ってしまったが、痛みはもうないと言う。
だが、治る傷ばかりではない。左の眼球は外見こそ元に戻っていたが、視力は完全に失われていた。
切断された右腕も、生えてくる気配はない。
「さすがに腕は生えてこないか……」
エマのつぶやきにルカがうなずいた。
「超回復がある個体ならば治ったのだがな。私には無い」
ルカの言葉に、エマは少しだけ胸が痛んだ。元々治らないだろうと思ってはいたが、魔族ならもしかしたら治るのでは、と一縷の望みを抱いていたのだ。
エマは痛みを隠すように、努めていつも通り言葉を返した。
「魔族って結構個体差があるものなの?その超回復があるとか、角があるとか尻尾があるとか」
「ああ。人間にも種の違いがあるようだが、それよりも大きく異なる。“知的能力を持つ魔物”と一口に言っても、元は全く異なる種族だったりするからな」
「ふーん……。虫って言ってもコオロギと蝶は全然違うみたいなこと?」
「………まあ、そんなものだ」
微妙な間が虫とは違うことを物語っていたが、ルカは説明を諦めたようだった。
「ルカに尻尾とか角がないのも個体差?」
エマの質問に、ルカは眉根を寄せた。
「……いや。元々は角が生えていた」
そう言って、ルカは自分の頭を撫でた。元々はそこに角があったのだろう。
「私たち有角種は強い魔力を持つが、その魔力のほとんどを角に溜めこんでいる。私は転移魔法でこの土地に来たときに膨大な魔力を消費し、角もろとも魔力を使い果たした」
そう語るルカの顔はあまりに苦しげだった。角が矜持に関わるものだからなのか、強大な魔力を失ったからなのか、エマにはわからない。が、ルカにとって相当悲惨な出来事だということは理解できた。
「なんか、聞いてごめん」
エマが謝ると、ルカは首を横に振って微笑んだ。
「角と魔力を失うほど遠くへ転移したからこそ、エマに会えた。今はそれでいい」
ルカはそう言うが、エマは笑い返すことはできなかった。知らなかったとはいえ、心の傷に踏み込んでしまった。少々無神経な質問だったと反省する。
エマは治療のために束ねていたルカの髪をほどいた。ルカの肩から長さの揃わない髪が滑るように落ちる。
「……なあ、エマ」
「なに?」
ルカは自分の髪を一束すくい、ねじるように弄んだ。
「髪を切ってくれないか」
「え゛っ」
エマの口から、潰れたカエルのような声が漏れた。あからさまに嫌そうなその音に、ルカは悲しそうに目を伏せる。
「……嫌ならいい」
「あー、えっと、嫌というか、そのー……」
怒られた犬のように落ち込むルカの様子を見て、エマの心に罪悪感が芽生える。しかし、エマには簡単に請け負えない理由があった。
端的に言うと、エマは不器用なのである。
手際よく薬を調合する様子からは想像ができないかもしれないが、それは慣れからくるものである。
食材を切ろうとして指を切る、不要な葉を摘み取ろうとして必要な葉も一緒に取る、薬が入った壺を落として割る、何もないところでつまずくなど、不器用エピソードは挙げたらきりがない。今もまとめきれなかった髪の毛が、所々束から飛び出している。
美意識としても、エマは人並み以下だと自覚している。ルカの髪の長さがバラバラなのが全く気にならない程度には、エマは見た目というものを気にしていない。
エマの髪はいつもアンナが整えてくれている。それもエマが何の手入れもせず放置しているのを見かねてやってくれているもので、エマから髪をきれいにしようと思ったことは無い。
技術もセンスもないのに人の髪を切るなど、エマは全くできる気がしなかった。
しかし、ルカは片腕だ。自分では思うように髪を切ることができないだろう。ルカが魔族である以上、アンナに頼るわけにもいかない。
本心では断りたい、が、エマ以外に対応できる者がいなかった。
エマは腕を組んでうんうんと唸る。
「髪は切っても生えてくる……?」
「生える」
ルカは期待のまなざしでエマを見ている。エマはどんどん断ることができない心境に追い込まれていった。
エマは観念して、机の引き出しからハサミを取り出した。
「先に言っておくけど、本っっっ当に不器用だから。上手くできなかったらごめんね」
エマがそう言うと、ルカの顔がぱっと明るくなる。ルカは優しい微笑みを浮かべた。
「ああ。ありがとう」
その笑顔があまりにまぶしく、エマは既に申し訳なさを抱いていた。きっと髪を切り終えたら、この笑顔は絶望に変わってしまうだろう。
それでもエマにしかできないことだ。エマは覚悟を決めて、ルカの髪にハサミを入れた。
後ろ髪は一番短いところに合わせるため、首の辺りで一気に切り落とした。長い髪がばさりとエマの足元に落ちる。緊張のしすぎで、ハサミを入れるたびに動悸が激しくなるような気がした。
一直線に切った髪を、自然になるよう少しずつ整える。男性なら襟足を短くした方が良いのだろうが、あまり短くしようとすると皮膚まで切ってしまいそうで、エマは様子を見ながらちまちまと時間をかけて切った。
ルカの髪は一見まっすぐだが、こうして切ってみると少し癖がある。しかしその癖のおかげで、頭に丸みが出て上手くまとまっている。エマの髪は短くすると大爆発してしまうため、エマはルカの髪をうらやましく思った。
前髪もある程度の長さまで切ったが、あまり切りすぎるとごまかしが効かないような気がして、結局目にかかる程度までしか切れなかった。
「こんなもんでいい……?」
エマは桶に水を張り、ルカの姿を映した。ルカは水面を覗き込み、前髪をつまんだ。
「……ああ。問題ない。ありがとう」
ルカは嬉しそうに微笑んだ。無理をして笑っている様子でもなく、エマはほっと息をついた。
前髪が短くなったことで、ルカの表情がよく見えるようになった。治療には相手の表情を見ることがよくあるため、それを確認しやすくなったのは良いことである。頑張って切った甲斐があったと、エマは自分を褒めた。
しかしその分、ルカの視線が真正面から自分に向けられているのがはっきりわかり、エマは少々恥ずかしい気持ちになった。
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