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第27話
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「その後のことはよく覚えていない。気づいたら人間たちの死体が足元に転がっていて、私の手は赤く染まっていた」
ルカは左手を見つめながらそう言った。
エマはなんと声を掛けていいかわからず、無言でルカの話に耳を傾けた。信じた者に裏切られ、親友を殺される気持ちはどんなものだろう。まともに友人がいないエマには、想像もできなかった。
ルカは淡々と続ける。
「イヴァンたちの亡骸は灰になるまで燃やした。埋めれば体は土に還るが、角は残り続ける。また人間たちに悪用されないようにする必要があった。それから私は見境なく人間を殺した。どういう気持ちだったか、すでに思い出せないが……。怒りに支配されていたのだろうな」
ルカは目を伏せ、自嘲気味に笑った。
「イヴァンが生きていたら止められただろうな……。騙されても人を憎めない、そういう奴だった」
そう言ったルカの目は温かく、ルカにとってイヴァンがどれほど大切な存在かが感じられるようだった。
エマは胸が苦しくなった。エマが危害を加えたわけでもないのに、同じ人間として、ヴェロニカの行いを申し訳なく思った。
もちろん、そういう人間ばかりではないことをエマは知っている。それでも、ルカが人間を憎むことが仕方のないことに思えた。
ルカはようやくエマが淹れたお茶に手を伸ばし、落ち着いた様子で口に含んだ。
「人間たちと全面的に争おうと思ったわけではなかったが、気づいたら戦争になっていた。魔族を束ねたのは、ただ戦いを効率よく進めるためで、王になるつもりはなかった。魔王という呼び名も、人間が勝手に付けた呼称だ。私が名乗ったわけではない」
ルカはお茶をゆっくりとテーブルに置き、目を伏せた。
「……戦争が過ちだったと気づいたのは、勇者に追い詰められてからだった。右腕も片目も失い死を覚悟したとき、攻撃魔法で自分もろとも冒険者を皆殺しにしようと思った。……だが魔法を放つ直前、イヴァンの顔が頭をよぎった。思い出したんだ。イヴァンの、「魔族と人間が一緒に暮らす街を作る」という夢を。私の行ったことは、イヴァンの夢とはまったく逆の所業だった」
ルカは整った顔を歪めて、悔しそうに拳を握る。一呼吸置き、ルカは己をあざけるように笑った。
「気づいた時には、転移魔法でこんなところまで来ていた。エマが助けてくれなければそのまま死んでいただろうが……。きっと、その運命を受け入れたと思う」
ルカのあまりに切ない表情に、エマは胸が痛んだ。150年抱えていられるほどの怒りを、エマは感じたことはない。
自分が村で平和に暮らしていたときに、ルカは苦しみに苛まれ、死を受け入れる覚悟をしていた。ルカの痛みを、自業自得だという人もいるだろう。けれど、エマはそんなに簡単に切り捨てることはできなかった。
ルカの事情など露知らず、エマは安易な気持ちでルカの手当をした。もしかしたら、ルカは生きることを望んでいなかったかもしれない。
余計なことをしただろうか。ルカのためを思うなら、放っておくべきだっただろうか。
エマのそんな気持ちを悟ったのだろうか。ルカは申し訳なさそうに眉を下げた。
「そんな顔をするな。エマが助けてくれたことに不満を抱いているわけではない。むしろ感謝している」
ルカの言葉に、エマは顔を上げた。ルカはエマを安心させるように微笑む。
「エマに出会って、始めは警戒した。ヴェロニカのように裏があるのだと思った。だが、私利私欲ではなく他者のために薬を作る姿に、打算など一つもなかった。そして考え直した。人は本当に強欲な生き物なのか、魔族はそうではないのか。これまで出会った冒険者、そして部下だった魔族たちを思い返した。……そして、私が間違っていたとわかった」
ルカは視線を落とし、寂し気に微笑んだ。
「種族の問題ではない。人間にも魔族にも、どちらにも強欲で傲慢な者はいる。そしてどちらにも、心優しく温かい者がいる。そんな簡単なことに気づくのに、こんなにも時間がかかり、多くの命を犠牲にしてしまった」
ルカは正面からエマを捉え、温かい笑みを浮かべた。
「ありがとう、エマ。エマのおかげで、誰かを愛する心を思い出すことができた。命が尊いものだと理解することができた。本当に、エマには感謝してもしきれない。……だからこそ、これ以上の迷惑はかけられない」
ルカの笑顔に、エマはなぜか胸騒ぎを覚えた。ルカはこんなにも美しく微笑んでいるのに、続きを聞くことが怖く感じた。
エマの胸が早鐘を打つ。先を知りたくないと思うのに、声を発することも、目を逸らすこともできなかった。
「エマ」
ルカは微笑みを崩すことなく、ゆっくりと口を開けた。
「私は、ここを出る。今までありがとう」
ルカは左手を見つめながらそう言った。
エマはなんと声を掛けていいかわからず、無言でルカの話に耳を傾けた。信じた者に裏切られ、親友を殺される気持ちはどんなものだろう。まともに友人がいないエマには、想像もできなかった。
ルカは淡々と続ける。
「イヴァンたちの亡骸は灰になるまで燃やした。埋めれば体は土に還るが、角は残り続ける。また人間たちに悪用されないようにする必要があった。それから私は見境なく人間を殺した。どういう気持ちだったか、すでに思い出せないが……。怒りに支配されていたのだろうな」
ルカは目を伏せ、自嘲気味に笑った。
「イヴァンが生きていたら止められただろうな……。騙されても人を憎めない、そういう奴だった」
そう言ったルカの目は温かく、ルカにとってイヴァンがどれほど大切な存在かが感じられるようだった。
エマは胸が苦しくなった。エマが危害を加えたわけでもないのに、同じ人間として、ヴェロニカの行いを申し訳なく思った。
もちろん、そういう人間ばかりではないことをエマは知っている。それでも、ルカが人間を憎むことが仕方のないことに思えた。
ルカはようやくエマが淹れたお茶に手を伸ばし、落ち着いた様子で口に含んだ。
「人間たちと全面的に争おうと思ったわけではなかったが、気づいたら戦争になっていた。魔族を束ねたのは、ただ戦いを効率よく進めるためで、王になるつもりはなかった。魔王という呼び名も、人間が勝手に付けた呼称だ。私が名乗ったわけではない」
ルカはお茶をゆっくりとテーブルに置き、目を伏せた。
「……戦争が過ちだったと気づいたのは、勇者に追い詰められてからだった。右腕も片目も失い死を覚悟したとき、攻撃魔法で自分もろとも冒険者を皆殺しにしようと思った。……だが魔法を放つ直前、イヴァンの顔が頭をよぎった。思い出したんだ。イヴァンの、「魔族と人間が一緒に暮らす街を作る」という夢を。私の行ったことは、イヴァンの夢とはまったく逆の所業だった」
ルカは整った顔を歪めて、悔しそうに拳を握る。一呼吸置き、ルカは己をあざけるように笑った。
「気づいた時には、転移魔法でこんなところまで来ていた。エマが助けてくれなければそのまま死んでいただろうが……。きっと、その運命を受け入れたと思う」
ルカのあまりに切ない表情に、エマは胸が痛んだ。150年抱えていられるほどの怒りを、エマは感じたことはない。
自分が村で平和に暮らしていたときに、ルカは苦しみに苛まれ、死を受け入れる覚悟をしていた。ルカの痛みを、自業自得だという人もいるだろう。けれど、エマはそんなに簡単に切り捨てることはできなかった。
ルカの事情など露知らず、エマは安易な気持ちでルカの手当をした。もしかしたら、ルカは生きることを望んでいなかったかもしれない。
余計なことをしただろうか。ルカのためを思うなら、放っておくべきだっただろうか。
エマのそんな気持ちを悟ったのだろうか。ルカは申し訳なさそうに眉を下げた。
「そんな顔をするな。エマが助けてくれたことに不満を抱いているわけではない。むしろ感謝している」
ルカの言葉に、エマは顔を上げた。ルカはエマを安心させるように微笑む。
「エマに出会って、始めは警戒した。ヴェロニカのように裏があるのだと思った。だが、私利私欲ではなく他者のために薬を作る姿に、打算など一つもなかった。そして考え直した。人は本当に強欲な生き物なのか、魔族はそうではないのか。これまで出会った冒険者、そして部下だった魔族たちを思い返した。……そして、私が間違っていたとわかった」
ルカは視線を落とし、寂し気に微笑んだ。
「種族の問題ではない。人間にも魔族にも、どちらにも強欲で傲慢な者はいる。そしてどちらにも、心優しく温かい者がいる。そんな簡単なことに気づくのに、こんなにも時間がかかり、多くの命を犠牲にしてしまった」
ルカは正面からエマを捉え、温かい笑みを浮かべた。
「ありがとう、エマ。エマのおかげで、誰かを愛する心を思い出すことができた。命が尊いものだと理解することができた。本当に、エマには感謝してもしきれない。……だからこそ、これ以上の迷惑はかけられない」
ルカの笑顔に、エマはなぜか胸騒ぎを覚えた。ルカはこんなにも美しく微笑んでいるのに、続きを聞くことが怖く感じた。
エマの胸が早鐘を打つ。先を知りたくないと思うのに、声を発することも、目を逸らすこともできなかった。
「エマ」
ルカは微笑みを崩すことなく、ゆっくりと口を開けた。
「私は、ここを出る。今までありがとう」
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