平凡な薬師が勇者に負けた魔王様を拾ってしまった。

わしお

文字の大きさ
32 / 38

第31話

しおりを挟む
「カンフォーレ村、実は一回来てみたかったんだよねー」

ヨルムに毒が回らないようゆっくりと歩きながら、リーナは上機嫌にそう言った。
その言葉に、ヨルムとマリーは首を傾げる。

「そうなの?あんなに疲れたって駄々こねてたのに」
「それとこれとは別!疲れたものは疲れた!」
「ですが確かに、村に行くのは嫌がりませんでしたね。行きたくないって転がり回りそうなものですのに」
「さすがに言いすぎじゃない!?」

リーナはそういうが、ヨルムとマリーは地面に転げ回るリーナを容易に想像できた。
リーナは頬を膨らませてむくれるが、すぐに切り替えて話し始めた。

「カンフォーレ村は、魔法界に革命を起こした天才研究者、カトリーヌ様の出身地で、余生を過ごされた土地でもあるんだよ」
「カトリーヌ様って、治癒魔法の開発者の?」

マリーの質問に、リーナは得意げにうなずく。

「カトリーヌ様は治癒魔法だけじゃなくて、魔力探知とか、繰り返し使える魔法石の開発とか、とにかくたくさんの開発をしたんだ。1年で魔法の歴史を100年分進めたとまで言われてるんだよ!」

カトリーヌのことを語るリーナは実に楽しそうで、どれほどカトリーヌを尊敬しているのかが窺えた。
しかしマリーは、少し暗い顔をして目を伏せた。

「ですがカトリーヌ様は、魔法研究所を追放されてしまったのですよね」

マリーの言葉に、リーナは笑顔を消し、眉間にしわを寄せた。

「そう。研究所の規定に違反したとかでね。でもそれが本当かはかなり疑わしいんだ。カトリーヌ様を恨んだやつが、濡れ衣を着せて追い出したって話もある」
「うわー、ありそー」

ヨルムの相槌にリーナがうなずく。

「いつの時代にも、できる人を貶めようとするやつはいるものだよ。本当に」

リーナは吐き捨てるようにそう言った。そこには、天才魔導士と呼ばれるリーナの経験も詰まっているのだろう。

そんな話をしているうちに、薬師がいるという家の前に辿り着いた。
いきなりヨルムが顔を出すと驚かせてしまうかもしれないと、まずはマリーが入って様子を見ることにした。

「ごめんくださーい」

マリーが扉を開けると、扉につけられた木の枝がカラカラと音をたてた。強い薬草のにおいが鼻を刺す。
「はーい」と女性の声が聞こえた。ぱたぱたと足音が聞こえ、奥の部屋から眼鏡を掛けた若い女性が姿を現した。

「どうしました?」

女性は一つに束ねた三つ編みを揺らし、微笑みながら気の強そうな瞳をマリーに向けた。

「えっと、仲間が毒を受けたみたいでして……それで、その仲間が……」
「人間じゃないんですけど、診てもらえますかぁ?」

そう言って、ヨルムが扉から顔を出した。
マリーは驚いてヨルムを二度見した。ヨルムの奥で、リーナも慌てている。

「ちょっと、様子見るって話はなんだったの!?」
「結局姿を見せることにはなるんだからさ、めんどくさいなーって」

リーナはヨルムの背中をぽかぽかと叩いた。マリーはどうしたらいいかわからず右往左往している。
しかし、女性は全く気にしていないようで、大した反応を示さなかった。

「もちろんですよ。どうぞおかけください」

女性のあまりに普通な対応に、マリーたちは驚いた。ヨルムは促されるままに、薬の受け渡し台に向かって備えられた椅子に腰かけた。
女性はヨルムの腕を見て、奥の部屋から湯を持ってきた。

「あ、お湯平気ですか?」
「大丈夫ですぅ」

こわごわと様子を見るマリーたちを余所に、ヨルムは気の抜けた返事をする。
女性はヨルムの腕を湯に浸し、刺された箇所を軽く揉んだ。

「……何も聞かないんですね」

ヨルムがそうつぶやくと、女性は当たり前のように「はい」と返した。

「種族によって対処法が違うということは、あまりないようなので」

女性の答えに、マリーとリーナは目をぱちくりさせた。ヨルムも驚いたようにきょとんとしている。

「……リアム以外にもいるんだね、そういう人」

ヨルムのつぶやきに、リーナがうなずく。マリーは安心したように微笑んだ。
しばらくリーナとマリーは椅子に座り、ただ解毒の様子を傍観していたが、次第にリーナがなにやらそわそわし始めた。

「どうしたの?尿意?」

ヨルムがそう聞くと、リーナは「ちがーう!!」と大きな声を上げた。
女性が目をぱちくりさせているのを見て、リーナは大人しく座り直し、咳払いを一つした。

「えっと……。お姉さんは、カトリーヌ様という方をご存じですか?この村で生まれて、お若いころは王都の魔法研究所にいらっしゃって、それからこちらの村に戻って余生を過ごされたはずなのですが……」

リーナは頬を赤らめて、もじもじとそう尋ねた。普段との様子の違いにヨルムが鼻で笑うと、リーナは椅子に座ったままヨルムを足蹴にした。
女性は驚いたように目を開いてリーナを見た。

「……おそらく、そのカトリーヌは祖母だと思います」
「ええ!?」

リーナが驚きの声を上げて身を乗り出した。

「カトリーヌ様のお孫さん!?本当に!?じゃあここがカトリーヌ様の生家ってことですか!?」

女性が呆気にとられながらうなずくと、リーナは年相応の少女のように目を輝かせた。

「ここでカトリーヌ様が……。すごい……」

リーナはうっとりとして部屋を見渡す。そして再び身を乗り出し、女性に詰め寄った。

「あの、カトリーヌ様はここでも魔法の研究をされたんですか!?」
「えっと……」

女性は困ったように指で頬を掻いた。

「魔法の研究はしていませんでした。いつも薬の研究をしていて……。魔法研究所にいたこと自体、私は知りませんでした」

女性の答えに、リーナの勢いが萎む。リーナは少し落ち込んだように下を向いた。

「そう、ですよね……」
「え、わかってて聞いたの?」

ヨルムの突っ込みに、リーナは再びヨルムを足蹴にした。

「そうだとは思ったけど……。カトリーヌ様なら規定に反して魔法の研究を続けてもおかしくないなって思ったの!」
「規定に反して……とは?」

女性が不思議そうに首を傾げる。その様子に、リーナはカトリーヌが本当に孫の前で魔法の研究をしていないのだと実感した。

「カトリーヌ様は魔法研究所を追放されたんです。魔法研究所の規定では、「追放された者は、二度と魔法の研究をしてはならない」とあります。でもカトリーヌ様はいつも規定すれすれのことをしていたと伝わっているので、もしかしたら追放後も魔法の研究を続けていたのでは、と思ったんです……」
「なるほど……」

女性は納得したようにうなずいた。
「でもっ!」と、リーナは再び身を乗り出した。

「薬の研究をされていたんですよね!カトリーヌ様は変わり者で有名だったそうですが、いつも他人のためになる研究をしていたそうです。魔法を禁じられて薬の研究をするなんて、やっぱりカトリーヌ様は人のためを思える、素晴らしい人だったんだと思います!」

女性はリーナの勢いに圧倒されていたが、リーナが話し終えると、嬉しそうに微笑んだ。

「そうですね……。そう言ってもらえると、祖母も喜ぶと思います。困っている人がいれば、自分の身を犠牲にしてでも救う。祖母はそういう人でしたから」

そう言った女性の笑顔に、リーナは勝手にカトリーヌの面影を重ねた。種族の違いを超えて治療をする女性の姿は、リーナの想像するカトリーヌそのものだった。
この人に会えただけで、この村に来た甲斐があった。そう思い、リーナは満足げに目を細めた。

そんな話をしているうちに解毒が終わり、ヨルムは患部に薬を塗られ、包帯を巻かれた。

「明日になっても腫れが引かなければ、薬を塗って包帯を変えてください」

そう言って、女性はヨルムに塗り薬を手渡した。ヨルムは「どうも」とにこやかに薬を受け取る。

「じゃ、リアムたちと合流しよっか!」

リーナがそう言って、椅子から降りて伸びをした。マリーも椅子から降りてスカートを整える。

「え、リーナ気づいてないの?」

ヨルムは椅子から降りることなくそう言った。リーナはなんのことかと首を傾げた。

直後、微かに感じた魔力に、リーナの背筋が凍りついた。

リーナは杖を構えようとしたが、狭い家の中では杖が壁に当たってしまう。ヨルムはゆっくりと立ち上がり、奥の部屋に目を向けた。

「そこにいるんでしょ?魔王様」

マリーもようやく事態に気付き、首から下げた十字架を握る。

家の奥から、コツコツと足音が聞こえる。徐々に大きくなっていくその音に、リーナの杖を握る手がじんわりと汗ばんでいく。

奥の部屋から、端正な顔立ちの男性が姿を現す。服装や髪型、そして角のない頭から、一瞬人違いかと思った。

しかし男性の金色の瞳と目が合ったとき、リーナは一瞬にして体温を奪われるような錯覚を覚えた。
鋭い視線と威圧感が、重りのように強くのしかかる。そのときようやく、リーナは男性の魔力の波長を拾うことができた。

それは紛れもなく、魔王と同じ魔力だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

城内別居中の国王夫妻の話

小野
恋愛
タイトル通りです。

王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~

しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。 豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。 ――食事が、冷めているのだ。 どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。 「温かいごはんが食べたい」 そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。 地下厨房からの高速搬送。 専用レーンを爆走するカートメイド。 扉の開閉に命をかけるオープナー。 ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!? 温かさは、ホッとさせてくれる。 それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。 冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、 食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ! -

冤罪で追放された平民書記官が、僻地で出会ったゆるふわ最強魔導士。実は王弟でした

卯崎瑛珠
恋愛
冤罪で僻地送りにされた平民書記官ミリアル。 原因は、騎士団長の横領の揉み消しだった。 左遷先は『人喰い』の噂がある、怪しい王宮魔導士ユーグの屋敷。 だが彼はゆるく見えて、実は王国最強。 「ミリちゃんを泣かせたやつは、絶対許さないよ。ねえミリちゃん、選んで。絞首と斬首、どっち?」 ミリアルはなぜかユーグに溺愛されて、騎士団長にざまぁします。

脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。

石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。 ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。 そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。 真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。

冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件

水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」 結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。 出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。 愛を期待されないのなら、失望させることもない。 契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。 ただ「役に立ちたい」という一心だった。 ――その瞬間。 冷酷騎士の情緒が崩壊した。 「君は、自分の価値を分かっていない」 開始一分で愛さない宣言は撤回。 無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。 以後、 寝室は強制統合 常時抱っこ移動 一秒ごとに更新される溺愛 妻を傷つける者には容赦なし宣言 甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。 さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――? 自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。 溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ

断罪予定の悪役令嬢ですが、王都でカフェを開いたら婚約者の王太子が常連になりました

由香
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生していることに気付く。 このままでは一年後の夜会で婚約破棄され、断罪された上で国外追放されてしまう運命だ。 「――だったら、その前に稼げばいいわ!」 前世の記憶を頼りに、王都の裏通りで小さなカフェを開くことにしたエリザベート。 コーヒーやケーキは評判となり、店は少しずつ人気店へと成長していく。 そんなある日、店に一人の青年が現れる。 落ち着いた雰囲気のその客は、毎日のように通う常連になった。 しかし彼の正体は――なんと婚約者である王太子レオンハルトだった!? 破滅回避のために始めたカフェ経営が、やがて運命を変えていく。 これは、悪役令嬢が小さなカフェから幸せを掴む ほのぼのカフェ経営×溺愛ロマンスストーリー。

処理中です...