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首に赤いアザがある男の話
しおりを挟む──僕には、生まれつき、首の周りを囲うようなアザがあった。
血の色が透けたような、不気味で真っ赤なアザ。周囲はそのアザを不気味がり、両親も虐待を疑われるのをおそれていた。だから、幼少期は、夏でも首元まである服を着せられていた。
不気味なアザのせいでイジメられたこともあったけれど、これを隠して生活するようになると、友達もできた。親友と呼べるくらいに仲が良かったと思う。僕は、そいつといると、自分が「普通」になれた気がした。
だから、自分のアザのことなんて、いつしか忘れてしまっていた。その日は暑くて、親友の部屋に2人きりでゲームをしていた。いつもは気を張って絶対に見えないようにしている首元を、暑いから、と開いてしまった。ひょっとしたら僕は、親友にこの醜いアザごと受け入れて貰えるのを期待していたのかもしれない。けれど、現実というのはそんなに上手くいかなかった。僕の首元から一切視線を外さないまま強ばっていく、親友の恐怖に塗れた顔が忘れられない。
引きつっていて、蒼くて、怯えていた。
「怖がらせたよね、ごめん。これ、生まれつきなんだ」
そんな言葉はまるで響かなかったようで、言葉を失って、ただ俯く頭を覚えている。これをきっかけにこの友人とは疎遠になった。自分のアザは人を怖がらせるものであることを再認識し、誰にも見せないことを徹底した。
今は、火傷跡などを隠すと謳うコンシーラーを使用し、首元の詰まった服を着るか、チョーカーをつけている。夏場は少し暑いけど、バレるより全然いい
誰にも見せないように徹底しているので、新しくできた友人にも、バイト先の仲間にも誰にもバレていない。皆、笑顔で接してくれる。
⋯⋯よし、清掃が終わったので、今日の仕事はこれで終了だ。
「先あがらせて頂きますね」
「お疲れ様」
「おつかれー!」
仲間の元気な声を背に受けて、店を後にする。裏口のドアを開けると、さっきまで真っ青に晴れていた空は、暗い圧迫感を放っていた。僕は雨が降る前に帰ろうと、少し歩く速度を早めた。
◆
家に着くと、荷物を置き、チョーカーを外す。そして、四畳半の部屋で大きな存在感を放つクッションの上に全身を投げ出した。
⋯⋯疲れた。暗闇の中で目がぐるぐると目まぐるしく動くのを確認する。こんなに疲労困憊している原因は分かっている。最近、何をするにも何故か首のアザが痛むのだ。これ自体は生まれつきのものだから、痛みとかそんなのは感じないはずなんだけど、どうしてか、じわじわと息が詰まるように痛んだ。それが酷く不気味だった。
「はぁ~~~」
ため息を吐いた時、唐突に玄関の呼び鈴が鳴った。
覗き穴を確認すると、知らない男の人が立っていた。歳は⋯⋯僕と同じか、少し上くらいだろうか。
誰かわからず困惑していると、その人はガラスの外で人好きのする笑顔を浮かべた。
「あ、隣に引っ越してきた須藤です。ご挨拶に来ました!」
お隣さん⋯⋯そういえば、管理人さんがそんなこと言ってたような?僕は納得して、玄関の鍵を開ける。
「すみません⋯⋯須藤、さん?わざわざ挨拶に来てくださってありがとうございます」
彼の視線が僕の首元で止まった。咄嗟に隠したがもう遅い。
「それ⋯⋯」
「あっ、いや、これは生まれつきのアザなんでっ、その⋯⋯気にしないでください」
須藤さんの掠れた声が聞こえた。必死に取り繕うとするが、ダメだ。またあの時の繰り返しだ。こんなの、どうしたって引かれる。それで、化け物を見るような、怯えた目を⋯⋯
「き、もちわるくないですか?これ」
我ながら、ずるい聞き方だと思った。
「いえ」
はっきりとした声音に顔を上げると、彼は真っ直ぐにこちらを見ていた。その目には、僕が恐れていた怯えの色は一切なく、微かな喜色と感動が滲んでいた。
「全然、気持ち悪くなんかない。むしろ、その⋯⋯綺麗っていうか⋯⋯」
「綺麗?」
嘘だ。そんなことあるはずがない、と思うのに、柔らかく澄んだ瞳に言葉が出ない。その温かさに、無意識に強ばっていた体が緩んだ。
「うん。不快だったら申し訳ないけど、僕には綺麗に見える」
少し、赤らんだ笑顔に、胸が鳴って落ち着かない。初対面で、少ししかやり取りをしていない。人となりも、何をしている人なのかも知らない。ただ、アザのことを褒められたぐらいのことだった。それも、社交辞令かもしれなかった。
──けれども僕は、そんなことで、いとも簡単に恋に落ちてしまった。
◆
「澤井くん、最近好きな人できた?」
「──え」
不意打ちの質問に顔が赤くなる。しまった。突然の質問だったから、わかりやすい反応をしてしまった。そのせいで、佐藤さんが生暖かい視線を送っている。
「そっかぁー澤井くんにも春かー。どんな子?どんな子?」
良い人なんだけど、こうなるとめんどくさいんだよな⋯⋯この攻撃をどうやってかわそうかと考えていると、丁度よく、来店を知らせるベルが鳴った。
「⋯⋯ちょっと人来たみたいなんでホールいってきますね」
「あ、逃げた」
わかりやすく浮かれているらしい自分に呆れ、ため息をつく。今も、須藤さんと出会った時のことを考えると、気持ちが浮き足立ってしまう。一応、仕事中なんだ。気持ちを切り替えなければいけない。軽く息を吐いて、ドアの方に向かった。
「あっ」
「あれ、澤井さん?」
扉の前には、こちらに気づいて穏やかに微笑む須藤さんがいた。なんで、バイト先に須藤さんが?驚いて固まっている僕と対照的に、須藤さんは笑顔のままだ。明るい雰囲気そのままに、距離が詰められる。
「偶然!ここでバイトしてるんですね!あ、1人です。」
「えあ、お、1名様ですね。こちらにどうぞ⋯⋯」
もう2年もバイトしていると言うのに、初めての時ぐらい案内がたどたどしくなってしまう。顔に当たる空気が冷たいので、多分、今は顔も真っ赤になっているのだろう。
「ありがとう。えっと、澤井さんのオススメとかある?」
「え?!え、そうですね⋯⋯このオリジナルコーヒーブレンドが1番人気で⋯⋯」
「じゃあ、それにします」
周囲に光の粒を振りまくような明るさが眩しい。顔を見ると、喉のあたりが締まって、胸が痛い。その痛みを逃がすように、拳を強く握った。
「い、いまお持ちしますね!」
なんでもないことなのに、すごく緊張した。無意識に止めていたらしい息を吐く。
「ね、あの人?」
裏のキッチンに戻ると、佐藤さんがさっきの笑みを深めていた。どうやら、僕と須藤さんとのやり取りを見ていたらしい。自分のたどたどしい対応を思い出して、さらに顔が赤くなった。
赤い顔のまま、注文をマスターに伝える。須藤さんの席に戻る前に、熱が冷めるといいんだけど、顔を手で扇ぐと、新しく立ち上る珈琲の香りが鼻腔を掠めた。
-----------------------------
その後、佐藤さんが変な気を利かせたことで、須藤さんと2人で同じアパートまで帰ることになった。
『もう、あがっていいよ!ってかあがりな!ほら、ほら!』
『えっ?!』
つい先程の出来事だが、思い出すと、遠い目になる。
「すみません。なんか、こんな流れになってしまって⋯⋯」
「いや、僕も澤井さんと喋りたかったから」
須藤さんは照れたようにはにかんで、頬をかく。爽やかすぎる。恥ずかしさのあまり顔を直視できなくて、俯いた。
「ほんとすみません⋯⋯!今度なにかお詫びを⋯⋯!」
2人の間に少しの沈黙が流れる。沈黙を退けたのは、須藤さんの遠慮がちな提案だった。
「⋯⋯じゃあ、今度一緒に遊園地行ってくれません?チケットが余っちゃって」
「ゆうえんち⋯⋯」
頭の中でメリーゴーランドが回り、軽快な音楽が流れる。脳内で、僕は楽しそうに須藤さんと観覧車に乗って──ダメだ。ボーッとしていた。答えなきゃ。でも、そんなのもちろん──
「いきます」
◆
「楽しみですね。あ、そのチョーカー、良いですね」
いつもと違って新鮮、と補足のように言われる。普段なら萎縮してしまっていたかもしれない。けれど、須藤さんの言葉は、嫌味ではないことが分かるので、素直に返した。
「はい。今日は首を隠したくて」
今日つけているものは、いつもよりも少し大きくて、より広範囲が隠せるものだ。ここに来る人は、みんな楽しんでいるのに。明るい雰囲気に、少しでも水を差したくないという思いがあった。
「そうなんだ⋯⋯ん?ここ引っかかってる。ちょっとごめんね⋯⋯これでよし」
「ありがとうございます」
周りに目を向けると、カチューシャを付けている人が多い。みんな笑顔で楽しそうだ。園につくと、陽気な音楽が流れていて、僕の心も浮き立つのが分かった。
そんな、楽しげな雰囲気に呑まれて、はしゃぎすぎたのかもしれない。
いくつもアトラクションに乗った後、小腹が空いてきたので、売店でなにか食べようという話になった。
「僕が頼もうか?」
「いや、僕がやります。色々、してもらってるし⋯⋯あの、すみません」
流石にチケット代を出してもらっておいて、売店でも頼ませるなんてできない。僕は、店員さんに声をかけた。
「はい。ご注文は──っなんですか?」
注文の際、従業員さんと目が合ったかと思うと、怯んだように逸らされた。僕は何かしてしまったのだろうか。そっと首元に触れると、そこにあるはずのチョーカーがない。ざっと全身の血の気が引いた。代金を支払うと、すぐにトイレに走った。
鏡を見ると、チョーカーの無い首には、少しアザが浮き出ていた。先程の怯えた顔に合点がいくのと同時に、その反応にショックを受けている自分がいた。でも、同時にしょうがないな、とも思う。だって、首を一回りする赤い跡。鏡の中で、その血を固めたような色が浮き出ているのを見て、自分でも醜いと思ってしまうから。
醜い。汚くて、目も当てられない。
トイレの外から笑い声が聞こえて、泣きそうになる。そんなはずないのに、自分が笑われているみたいだった。化け物みたいなお前なんか、この場に相応しくないのだと、皆から拒絶されているような気がした。
不意に、須藤さんと初めて会った時のことを思い出す。
『綺麗だよ』
真っ直ぐに言われたその言葉も。
──須藤さんだけだった。親でさえ隠すように言ったアザを見て、笑ってくれたのは。きっと、彼だって本当には思ってない。けれど、空気を壊さないための社交辞令でも、テキトーに吐いた嘘でも良かった。あの言葉で、僕は救われたから。現に、さっきまで、僕の心は暗くて澱んで動けそうもなかったのに、今は温かさに満ちている。そうして、再度思い知るのだ。あぁ、本当に僕はこの人のことが好きなのだ、と。
だから、その後観覧車の中で須藤さんに告白された時、ほとんど二つ返事で了承した。胸の中が満たされるような気持ちで、夕焼けの光に照らされる須藤さんを見つめた。
◆
遊園地に行って恋人になった後、須藤さんは僕のバイト先に通いつめ、今では店の常連になっている。多いときで週に3回ほど来て、いつも、オススメした珈琲を美味しそうに飲んでくれるので嬉しい。少しだけ話したり、一緒に帰ったりする時間はとても幸せだ。
今日はその帰り、須藤さんの部屋に遊びに行くことになった。一緒にご飯を作って食べようという話になったのだ。
家に着いたあと、須藤さんはお酒を買いに、家を出ていった。だから、僕は須藤さんの部屋にぽつんと1人、取り残された。部屋は須藤さんの匂いがする。香水によるものなのだろうか、大人っぽくてどこか懐かしいような──
「ぐ⋯⋯」
突発的な首の痛みに蹲る。以前からずっとアザが傷んでいたが、今日は特に酷い。呼吸が少し苦しくなるほど、喉が詰まったような感覚に襲われる。苦しい。早く、帰ってきて欲しい。助けを求めるように玄関を見た。
同じ間取りの須藤さんの部屋。玄関から1本の光が差し込んだ。須藤さんが買い物から帰ってきたらしかった。安心するように息を吐いて、逆光に照らされた彼の姿に、僕は何故かデジャブを覚えた。
見覚えのないアパートの玄関が、脳裏にちらつく。
『丹羽、好きだよ。好き、大好き。』
これは──いつかの、最期の記憶だ。玄関の鍵を開け、家に入ってきたストーカーが俺に馬乗りになって、俺の首を絞めて──それで──
記憶の中の狂気的な光が、須藤のものと重なった。違う。須藤、じゃなくて⋯⋯
「み、宮原⋯⋯」
最初は仲の良い友人だったが、途中で付きまといなどの粘着行為を繰り返し、俺が拒絶して逃げようとすると、俺のことを殺した宮原。古い名前を呼ぶと、奴は猫のように、大袈裟に笑った。その瞬間、仮面を外したように、奴の雰囲気ががらりと変わったのを感じた。
「あ、思い出してくれた?」
自分を殺した男の、あまりにも飄々とした、能天気ともいえる様子に呆然とする。
「嬉しい♡そう俺、宮原だよ。お前のことだーい好きな宮原。」
「なんで、お前──っ」
「前も沢山言ったでしょ?丹羽のことが好きだから。」
何度も繰り返したように、淡々と吐かれる愛の告白の言葉が、おぞましくてたまらない。
「でも、やっぱりやりなおして良かった♡澤井クンは、僕のこと好きになってくれたでしょ?今や僕達は恋人、だもんね?」
怖気がする。どうして、俺は今までこんなことを忘れていられたのか。どうして、こんな奴に淡い恋心など抱けたのか。今までの自分の行動が途端に気持ち悪く、理解し難いものに思えてくる。気持ち悪い。自分を否定するように、震える唇を割った。
「⋯⋯ちが、違う」
「違う?嘘、怯えてるの?なんで?大丈夫だよ。忘れたなら、俺がいつだって思い出させてあげる。」
頬に手が添えられる。気持ち悪い。振りほどこうとしても、もう片方の手で封じ込められた。
「やめろ。くそ、やめろ!」
「澤井くんの時のいじらしい感じも良かったけど、やっぱり、こういう丹羽の方が可愛いね。嬉しいな」
なに?なんだ?話が通じない。
「っ、だから、俺は──」
「ねぇ丹羽」
続く言葉を遮るように、甘ったるい声で名前が呼ばれた。首元のアザに宮原の手が伸ばされる。ひんやりとした恐ろしさに身体が震えた。
慈しむように指で首の血管をなぞる奴の手つきは、まるで、「ここを絞めるぞ」という宣告のようだった。いや、もし自分の願いが叶わなかったら、こいつは以前と同様に、躊躇いなく俺を殺すのだろう。そんな確信があった。恐怖で息が詰まる。
「今世は、幸せになろうね?」
そうして、奴は恍惚とした表情を浮かべた。揺らいだ瞳に、その歪な笑みが鮮烈に映る。賢いお前ならそんな選択肢は取らないだろう、と問いただされてるようだった。また、俺を見つめる巣食うような暗さは、死んでも逃がさんとする意志を湛えていた。きっと、断ったら俺の幸せを1つずつ潰して、傍に縛り付けようとするのだろう。
──こんなことならば、前世の記憶なんて思い出さなければ良かった。
おもむろに唇が重ねられる。
首を縁取るアザは、奴の独占欲を象徴するように、赤黒く己の存在を主張していた。
END
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