創作BL短編集

さるやま

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負けず嫌いの受けがハイスペックの攻めに勝負を挑む話

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中間試験が終わり、今日、全てのテストが返却された。かなり頑張って勉強したので、今回は中々悪くない出来だった⋯⋯はずだった。なのに──

「また負けた!!」

俺は半泣きになりながら、目の前の幼なじみ、湊大を鋭く睨んだ。

「えっと、惜しかったね⋯⋯?」
「うぜ~~!!!お前が何でもできすぎるからだぞ!」

悔し紛れに怒鳴ると、湊大はその整った顔全体に、人懐っこい笑顔を広げた。

「わは、めっちゃ褒めてくれるじゃん」

余裕綽々な態度がムカつく⋯⋯度々こうして湊大に勝負を挑んでいるが、未だ勝てた試しは無い。しかし、そう簡単に諦めることもできない。

「次は絶対勝つからな!」

負け惜しみのような俺の言葉を断ち切るように、頭上から透き通った声が聞こえた。

「湊大くん、ちょっといいかな?」
「あー、うん。いいよ」

湊大を呼び出したのは佐倉さん。動くとサラリと真っ直ぐな髪の毛が揺れ、百合のような香りが舞う。クラスのマドンナだ。2人とも生徒会役員だから、こんな風に話し合うこともしばしばある。湊大が佐倉さんの隣に並ぶと、周りから華やいだ声がちらほら聞こえる。そのほとんどは、2人は美男美女、才色兼備でお似合いだと、噂するものだ。

⋯⋯わからなくもない。2人が並ぶと、そこだけ少女漫画の作画のようになって、背景に花でも背負ってそうなくらいだし。それに距離も近い。⋯⋯ほんと、肩当たってんじゃないのか?いや、当ててんのか?!そんなことで逐一動揺してしまうような俺は、きっと2人には遠く及ばない凡人なのだろう。それくらい、2人はキラキラしていた。──お前なんかでは絶対に追いつけない。まるでそう言われているようだった。俺は逃げるように2人から目を逸らし、手元のテスト用紙に視線を落とす。ぐしゃりと音を立てて、紙が手の中で潰れた。

「⋯⋯勉強なら、と思ったんだけどな」

俺の小さな呟きは、色めきたったクラスメイトの話し声に紛れて消えた。





それからも、俺は湊大に勝負を挑み続けた。小テストに腕相撲、カラオケの点数に至るまでずっと勝負を吹っかけていた。けれど、俺はまだ湊大に勝てない。というか、出会った当初からずっと勝負を挑んでいるが、勝てた試しがない。今日だって長距離走で勝負を挑んだが、1周差つけて負けた。惨敗だった。喉の奥から血の味がする。敗北の味にしても、あまりにも不味い。

「っはぁ、はぁ、早すぎんだろ⋯⋯」

「えへへ、ありがとう」

肩で息をする俺の横で、湊大は余裕そうにはにかみ笑いをしている。なんとも憎たらしい態度だ。許せない。俺だって、ここ半年この長距離走に向けて走り込んだのに⋯⋯誰だよ長距離走は努力でどうにかなるとか言ったやつ。コイツ、帰宅部のくせして陸上部の選手より早いぞ?どうなってんだよ。

「はぁ、はぁ、っまじで⋯⋯げほっ、ぐ」

無理して走りすぎたのか、喉を傷つけたらしく、咳が止まらない。嘔吐くようにしゃがみこむ。無理しすぎてこんなことになるなんて、ダサい。あまりに惨めで、少し泣きそうになっていた。だからかもしれない。

「大丈夫?」

優しい言葉とともに差し伸べられた手を、俺は反射的に払い除けてしまった。やらかしたと思った時にはもう遅い。湊大もまさかこんな風に拒否されるとは思っていなかったようで、一瞬、酷く傷ついた顔をした。

「あ、ごめん⋯⋯」
「うん、いいよ。瀬川は大丈夫?」

まるで気にしていない素振りで湊大は笑う。俺は、人間としても負けていた。

「⋯⋯うん、ごめん。俺、保健室行ってくるわ」

俺は、これ以上一緒にいたら惨めで情けなくて泣いてしまいそうで、ただ取ってつけたような謝罪の言葉だけを残して、湊大から逃げた。


-----------------------------


保健室には俺のほかに生徒は誰もいない。先生に授業で無理して走りすぎた旨を伝えると、ベッドで寝るように言われる。静かな部屋には、秒針の音だけが響いていた。

──その間、俺は湊大と出会った頃のことを考えていた。あいつと初めて会ったのは小学生の時、多分湊大が俺のいた小学校に引っ越してきたことがきっかけだったと思う。小学生時分、俺は神童と呼ばれていた。なぜなら勉強ができたからだ。元々そこそこ覚えが良かったのもあるが、その頃はテストの点数を親に褒められたのがきっかけで、勉強が好きになり、勉強ばかりしていた。そうして、高得点を連発していたら、いつの間にか俺はクラスで1番になって、天才だと持て囃されていた。

そんな時に、アイツがやってきたのだ。あの頃は、いつも胡散臭そうな笑顔を浮かべていた。顔がかっこいいから、イケメンだなんだと女子が騒いでいたが、軽薄で、つまんなそーな顔してる奴、それが湊大の第一印象だった。

初めて話したのは、あるテスト返しの日。俺はそのテストで最後の1問を間違えた。難しかったもんな、復習しようなどと考えていると、ふと、前の席に座っていた湊大の回答がチラリと見えた。そこには花丸がでかでかと書いてあった。花丸は満点の証、つまり、湊大は俺が間違えた問題を解けたのだ。

「すごい!」

思わず声に出していた。湊大は少し驚いた素振りをしたあと、言われ慣れてる、とでも言うようにサラリと笑った。態度は飄々としているが、沢山勉強したのだろう。難しいから、そうじゃなきゃ解けない問題だった。だから俺は、その時、尊敬する気持ちで、湊大に───なんて言ったんだっけ?

そこでパチリと目が覚める。どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。もう授業はないけれど、帰りのホームルームがある。いや、今の時間ならもうそれも終わっているかもしれない。とりあえず教室に戻って、湊大にもう一度謝ろう。そう考えて、自分のクラスの前まで来たところだった。

「あぁ、瀬川なー」

不意に教室から俺の名前が聞こえて、足を止めた。自分の体が冷えて固くなったのがわかった。

「酷いよね。目の敵みたいに突っかかられて、湊大くん可哀想」
「絶対迷惑だよな」
「さっきもさー⋯⋯」

見知ったクラスメイトの声。続く会話は白んで聞こえない。図星すぎて、脳が聞くことを拒んだのかもしれない。

迷惑、口の中でその言葉を転がした。何度目かで、やっとその意味を理解する。⋯⋯そっか、俺の姿はそんな風に見えてるんだ。知らなかった。確かに、毎日ことある事に勝負を吹っ掛けられるなんて嫌だよな。そんな当たり前のことすら忘れていた。湊大は優しいから言わないだけで、本当はとうに嫌気が差していたのかもしれない。よく考えたら、もっと早く気づけたはずだ。けれど、俺は湊大に追いつきたいあまり、勝負に執着して、自分のエゴを押し付けた。ずっと、湊大の優しさに甘えていたことに気づかなかった。俺はきっと、勝負をする前から負けていたんだ。見た目も、能力も、人格もなにもかもが湊大には敵わない。敵わないどころか、勝負にだってなってなかった。だって、俺は傲慢で、何も気づけない馬鹿で、自分の愚鈍さを知らない愚か者だから。鐘が鈍く響くように、頭の中でそんな言葉がずっと繰り返し響いた。今更気づくなんて馬鹿だ。

──こんな俺が、湊大に追いつけるはずもなかった。





それから、俺は湊大から離れることを決めた。勝負も挑まないし、変に絡んだりもしない。今更、どんな顔をして話せば良いか分からなかったのもあるが、もう迷惑をかけたくなかった。さりげなく、徐々に距離を取っていく。湊大は湊大でそれに気づいてないわけもなかったけれど、俺が意図的に絡まないようになると、友達の多いあいつは俺以外の人に囲まれ出して、俺のようなちんちくりんは殆どそのグループからはじき出される形になった。これまで長い間一緒にいたから気づかなかったけれど、疎遠になるのはやってみたら簡単だった。こう見ると、やはり住む世界が違ったのだということが明確になって、今までが異常だったのだという結論を得た。

湊大と離れてみて気づいたけれど、俺は1人が嫌いじゃない。移動教室も、体育の授業も案外1人で出来るものだった。逆に気楽でいい。最近、休み時間は図書室に行って1人で勉強をしたり、読書したりしている。静かで楽しい。毎日図書室に通っていると、優しい人が話しかけてくれて、本好きの友達もできた。今日だって、オススメの小説を紹介してもらう約束だった。簡単なあらすじを聞いて、作者の話を尋ねて、そのあと他愛のない談笑をする。久々に笑ったかもしれない。楽しい──そう思った時、目の前に音を立てて分厚い本が置かれる。見上げると、湊大がいた。なんでお前がここに、俺がそんな言葉を発する前に、湊大は爽やかに笑った。

「⋯⋯あれ、瀬川の知り合い?初めまして」

「あ⋯⋯え、どうも」

俺の新しい友人は、いきなり現れた湊大に少し緊張している素振りだ。俺も今、突然の登場に驚いているのだから、初対面ならもっとだろう。

湊大は滅多に図書室に来ず、いつもは友人らと教室で話している。なのに、なんで今日はここまで来たんだろう。心做しか、図書室もいつもより少し騒がしい。そんなことを考えている俺を置いてけぼりにして、友人と軽く話したあと、湊大は目の前の席に座った。

「久しぶり」
「⋯⋯お前が図書室に来るなんて、珍しいな」

湊大は少し沈黙したあと、明るく言った。

「瀬川がいるかなって思って、最近は話してないでしょ?」
「別に、そんなことないだろ」

俺の答えに、どこかじっとりとした、それでいて貫くような視線が投げられる。

「そう?じゃあさ、今日、放課後一緒に帰らない?」

予想もしていなかった誘いに、息を呑む。動揺が悟られないように、視線を合わせないまま言った。

「⋯⋯今日は予定あるから」

本当はないけど嘘をついた。湊大のことは嫌いじゃないけれど、今、一緒に帰りたくはない。

「明日は?」
「明日もちょっと⋯⋯」
「明後日」
「ごめん、今週は無理かもしれない」

俺に友達や用事が少ないことを知っている湊大には、このあからさまな嘘はバレたようで、顔から緩やかに笑顔を消した。

「⋯⋯最近、勝負もしないよね」

痛いところを突かれたと思った。自分の顔が引き攣っているのがわかる。糸を手繰るように、少しずつ言葉を紡いだ。

「そうだな、もうやらない」

「え?」

湊大は俺の言葉に対し、ショックを受けたように、言葉を失った。⋯⋯俺は、なにか地雷を踏み抜いたのかもしれない。

「なんで⋯⋯?」

心做しか、そう問いかける湊大の声は震えている。なんて答えようか迷ったけれど、嘘をつくにしても、なんていえば良いか分からなくて、素直な自分の気持ちを答えた。

「⋯⋯俺、お前には勝てないってわかったから」

それから、湊大は言葉を落とすようにポツリと何か呟いた。けれど、その音は休み時間終了のチャイムにかき消されて、なんて言ったのかは聞き取れなかった。もう一度言ってくれ、と聞き直そうとしたとき、湊大は俺の手を強く掴んで引いた。

「一緒に教室まで戻ろ。それくらいいいでしょ?」

腕を引かれるがまま、湊大に付いていく。横目に、教室まで続く廊下の景色が流れていた。いつも帰る廊下そのままなのに、それがいつもと少し違って見えて、繋がれた手を振り払えなかった。






僕は元々、尊敬されるのが苦手だった。多分、苦手になったきっかけは呪いのように幼い頃から繰り返された母の言葉。

「湊大は私の特別な子だから。周りの子よりもずっとずっとすごいのよ」

父に片思いを募らせていた母。家に全然帰って来ず、顔も朧気な父。愛の結晶、といえば聞こえはいいが、僕は母が父をつなぎ止めておくためだけに孕んだ子ども。まるで道具みたい。「オロせばよかったのに、あんたのせいで」祖母は母を詰るとき、時折、憎々しげに僕の方を見ていた。意味は分からなくても、幼いながらに僕がこの家に望まれていなかったことはわかった。そう、僕は、生まれて来なければよかった子どもだった。だから、普通に生きてちゃいけなくて、頑張らないとだめだった。頑張って母の望む完璧な偶像を演じると、見返りのように温もりが得られた。けれど、何故か心はいつも空っぽだった。

「すごいね」という言葉が重荷になったのはいつからだろう。誰もそんなこと思ってないのに、本当の僕はこんなんじゃないのに、そう思うけれど、本当の自分すら分からなくなっていた。俺なんか大した人間じゃない。褒められる度惨めになって、素直に称賛を受け止められない自分にまた嫌気が差す。そうして、僕はまた自分を取り繕って、その繰り返しだ。

数年後、両親が離婚して小さい家に引っ越すことになった。連れてこられた狭いアパートの一室で、母との二人暮しだ。母は、僕の姿に父を重ねているらしく、僕に異様に執着した。甘ったるい声で、俺を褒めて抱きしめたかと思うと、発作のように突然泣き出す。どこがきっかけになるかわからないから、ずっと笑顔でいなきゃいけなくて、ずっと完璧でいなきゃいけない。終わりの見えない、地獄のような日々だった。僕は、誰かに助けて欲しかった。




テスト返却日なんかは特に憂鬱だ。点数が悪いと母さんがヒステリックを起こして、酷い時には学校に乗り込むものだから、最悪でしかない。返された答案に書かれた真っ赤な花丸に、安堵の息を吐く。そんな時だ。後ろから声がかかった。

「すごい!」

振り向くと、クラスメイトの男がいた。どうやら、僕の答案が見えたらしく、どこか興奮した様子だ。地味な顔立ちで、背も低く、クラスでもとりわけ目立つ方ではない。どちらかと言えば、教室の隅で固まっているタイプ。名前もセガワだかスガワだか、ぼんやりとしか覚えていない。そんな男が、僕に急に話しかけてきた。人の答案を盗み見るなんて、どんな神経をしているんだ。正直、苛立ちすら覚えていた。だから、ちゃんと返事をするのも馬鹿馬鹿しくて、わざと皮肉っぽく返した。

「そ、すごいでしょー?」

こんなこと言ったら、嫌味なやつとクラスの奴らに思われるかもな、と言ってから思う。けれど、嫌われてもいいやと思っていた。もう、自暴自棄になっていたのかもしれない。笑うのにも、もう疲れていた。けれど、そんな僕の仄暗い期待を裏切るように、そいつの声は明るかった。

「うん、すごい。お前、めっちゃ頑張り屋さんだな!」

顔を上げると、黒い瞳が蛍光灯の光を反射して、眩い目で真っ直ぐ僕を見ていた。

「え?」

頑張った、なんて初めて言われた。勉強しないと母がヒステリックになるから、仕方なくしなきゃいけない物だと思っていた。けれど、僕は頑張ったらしい。頑張ったから、褒められているらしい。尊敬の念が籠った瞳は、ニコニコと僕を見ている。あんな態度をとったのに、笑顔じゃなかったのに、そいつの顔は曇らない⋯⋯そうやって、瀬川に真っ直ぐ褒められて僕は初めて自分の存在というものが認められた気がした。

「よし、今日からお前は俺のライバルだ!」

そいつは続けてそう言って、屈託なく笑う。ライバルとは、自分を対等な存在として扱ってくれるということ。その言葉がすごく嬉しくて、特別なものに思えた。──きっと、その日から僕は、瀬川に惹かれていた。




それから瀬川は、出会ってから今までずっと勝負を挑んでくる。負けて悔しがりはするものの、腐らずに努力を続ける姿勢がとても眩しく見えた。ずっと、努力家で勉強熱心な瀬川に釣り合う人物で居続けたくて、勉強も運動も努力したし、いい人であろうと努めた。完璧を求められる生活に絶望して、ただ助けを待っていた僕は、瀬川と出会ってから、自分の意思で頑張ろうって思えたんだ。瀬川がライバルとして認めてくれるから、僕はここにいられる。

──それなのに、ここ最近は避けられ続けている。

僕が何かしたのかと思ったが、そういう訳でもないらしい。ただ、着実に淡々と距離を取られる。それが、寂しくて、胸がえぐり取られるような不快感を伴った。話しかけようにもすぐに逃げられる。瀬川に尊敬されたくて始めた生徒会役員という肩書きも厄介だ。最近は学校行事のためにと、放課後やら休み時間に呼び出されるし、たまの休み時間も交友関係を広げすぎたせいで、知人らに話しかけられることが多く、瀬川のところへ会いに行くことさえ難しくなっていた。今まで瀬川に認められたくて頑張ってきたことが、どれも尽く裏目に出ている。

今日の昼休みもクラスメイトに捕まって、教室を後にする瀬川を追いかけられなかった。最近はむしろ、クラスメイト達がわざと瀬川との接触を妨害しているようにも思えて、八つ当たりとは分かっているものの、無性に苛立った。

それでも、最初はなんとか持ちこたえていた。けれども、1週間2週間と日を追う事に、自分が心から笑えなくなっていることに気づいた。話していても何も楽しくなくて、作り笑いだけが上手くなる。雰囲気を壊すから、笑いたくないのに笑わなきゃいけない。そんな圧力が窮屈で息苦しい。まるで、あの頃に戻ったみたいだ。幼少期、死んだ魚のような目をしていた自分の姿が、ぼんやりと思い出される。

──あぁ、瀬川に会いたい。





最近、瀬川はいつも昼飯を食べ終わると、決まってどこかへ行く。だから、話すならこれがチャンスだと思った。瀬川が食べ終わるのを見て、そそくさと弁当をしまうと、クラスメイトたちを振り切るように、僕は教室を飛び出した。

遠目に、廊下を曲がって図書室に入っていく瀬川の姿が見えた。そっと扉を開けると、瀬川が同学年と思しき男子生徒と談笑していた。あんなに笑って、楽しそう。というか、いつもより笑ってない?それに気づいた時、黒い炎がぶわりと腹の底から広がって、自分を飲み込んでいくような気がした。なんで僕とは話してくれない癖に、なんで僕を避けてる癖に、なんでそんな顔をそんな輩に向けるのか。なんで──気づけば、牽制するように二人の間に割って入っていた。

瀬川の新しい友人らしき男に挨拶すると、男は怯えたように肩を震わせた。できるだけ穏やかに登場したつもりが、全然怒りが隠れていなかったらしい。適当な世間話をしてお茶を濁した後、先程から一言も発さない瀬川に視線を移した。話しかけると、ぎこちないながらに会話が続いた。最近、話していないことを指摘すると、瀬川はなんともない口ぶりで言った。

「別に、そんなことないだろ」

嘘つき、と心の中で毒を吐く。こんなに僕を避け続けているのに、あまりに白々しい言葉だった。

「そう?じゃあさ、今日、放課後一緒に帰らない?」
「⋯⋯今日は予定あるから」

ある程度予想していた答えだ。めげずに続ける。

「明日は?」
「明日もちょっと⋯⋯」
「明後日」
「ごめん、今週は無理かもしれない」

逃げるように、視線が逸らされる。あまりにわかりやすいので、本当はそんな用事なんてないんだろうということは簡単にわかった。

「最近、勝負もしないよね」

僕が零すように言うと、瀬川は少し黙ってからゆっくり口を開いた。彼の表情は伏せられて見えないけれど、なんだか泣きそうな顔をしているような気がした。

「⋯⋯そうだな、もうやらない」

やらない?僕は耳を疑った。今まであんなに固執してきたものを、瀬川は一言で簡単に手放すと言うのだ。僕はもう勝負する相手に値しないということなのだろうか。言葉を失う。動悸がやまなくて苦しい。

「なんで⋯⋯?」

思わず聞いてしまった。失望されたから、もうどうでも良くなったから、とか言われたらどうしよう。瀬川のライバルじゃなくなった僕は、どうやって生きていけばいいんだろう。

学生だらけの昼休みの図書室は、決して無音というわけではないのに、一瞬、そこにある全ての音が無くなったように思えた。瀬川の息遣いさえ聞こえる。

「俺、お前には勝てないってわかったから。」

理解するのに、数拍の時間を要した。何度かその言葉を噛み締めて、自分は瀬川のライバルではなくなったことが分かった。けれど、瀬川の言葉には失望とか呆れはなくて、瀬川が事実としてそう受け止めているのだということがわかった。僕の存在が否定されたわけじゃない。あの負けず嫌いの瀬川が、負けを認めている。それがどんなに得がたいことか、この長い付き合いでわからないわけではなかった。胸の中にじんわりと暖かい感情が点り、優しく広がっていく。

そうか、と言葉が溢れ落ちた。
僕は、きっと瀬川のライバルになりたかったんじゃない。ただ、瀬川の唯一になりたかったんだ。

泣いてしまいそうなほど、心は感動に震えていて、顔は湯気を出しそうなほど熱い。そうして僕は、数年越しに、瀬川に向ける気持ちの名前を知った。



END
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