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第十五章 シロツメクサ、追いつめられる
02 罠
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瑰からもたらされた衝撃の事実に、すみれは息を詰まらせた。
縁談? 自分と、瑰の?
「そ。俺は司殿に申し込んでおいたはずなんだよ。すみれちゃんとの縁談も進めたい、と。なのに肝心のすみれちゃんはメイド姿で給仕か。彼に何も聞いていなかったわけだね? すみれちゃん」
「……なっ……!」
思わずすみれはびくりとして数歩、瑰から身を引いた。
(冗談……でしょ……)
愕然となって、すみれは唇を震わせながら説明を求めるように司を見た。
視線が、絡みあう。
司は冷静だった。深い知性の溢れる眼差しの奥に、微かな熱がある。まるですみれの表情の変化をほんの少しも見逃すまいとするかのような強い眼差しで、彼はすみれを見ていた。
──じゃ、すみれ。瑰殿と結婚してみる?
嵐の夜、まるでコンビニでジュースでも買う?とでも言うかのように軽く告げてみせた司の声が、不意に甦った。
もしもそれが君の幸せなら、明日にでも取り計らうよと。
確かに司はそう言ったのだ……。
あの日、既にこの話は司に申し入れられていたのだろうか。
考えて、すみれは唇を噛んだ。胸に確信が生まれる。
おそらく、そうなのだ。あの日、司は瑰とすみれが一緒にお茶した事実を何故か知っていた。縁談の申し入れは既に行われていて、司は瑰とすみれの関係もある程度把握していたのに違いない。
その上で、あの日、すみれに尋ねたのだろうか。
君が瑰殿を好きなら、縁組するよ? と……。
(……あれは、冗談じゃ、なかった……)
だが、あれが本気だったのだとしたら、今の今まで縁談話をすみれに伏せていたのは──何故。
混乱するすみれの前で、瑰が苦笑を浮かべた。
「ま、俺はメイド姿でもなんでも一向に構わないよ。可愛いしねー。おいで、すみれちゃん。一緒にお茶しよう」
少し距離をとったはずだったのに、たったの一歩でふわりと距離を詰められた。瑰の手が、まるでどこかの令嬢の手をとるかのようにすみれの手を捧げ持つ。
「あ、あの、その、こまりま、す……」
蒼白になったすみれは、横から注がれる司の視線を痛いほど感じていた。見られている。
(──いやだ)
これ以上瑰に触れてほしくなかった。瑰が嫌いなわけではない。だが、困るのだ。心が、痛い。
今現在の司の心が、正直もう、すみれにはわからなかった。
冷たい瞳でこの場の給仕を命じた司は、既にすみれの事などどうでもいいと思っているのかもしれない。すみれにあの夜振られて、潔く諦めてしまったのかもしれない。
けれど、そんなこととは関係なく、すみれは司を想っていた。
好きな男の前で、他の男に触れられたくなかったのだ。
「給仕ならいくらでも他の者に任せればいいんだよ。さ、おいで」
瑰が強引に手を引く。
「言ったでしょ、前。お嫁さんにならない?って」
「……っ!」
びくりと肩を震わせ、すみれは足を踏ん張った。流されるわけにいかない。
司は、すみれに今日のお茶会の給仕を命じたのだ。
すみれは、今あくまでメイドとしてここにいるのだった。勝手に持ち場を離脱するなんて出来ない。
心情的には今すぐにでも放棄して逃げ出したくても、だ。
ここに立つことが今、すみれにとって唯一の、存在意義だった。
「き、聞きました、けど、でも、あのっ、冗談かと……!」
声をあげたすみれの頑なさを感じたのか、瑰が苦笑いした。
「ひどいなぁ。俺はあの時点でわりと本気だったよ?」
「で、でも、私なんか……なんの価値も……!」
実際そのはずだった。すみれにメイドとしての価値は百歩譲っていくばくかはあるとしても、池崎瑰の嫁になるような価値があるはずがない──すみれは釈然としない想いで声をあげた。
だが、瑰は、まるで幼子に向けるかのごとく優しい目をして、微笑んだのだった。
「……やれやれ。まだそんなこと言ってるんだね、すみれちゃんダメだよ、謙遜もそれぐらいにしとかないとね」
「? 瑰、さん……?」
「そろそろ、君は自分の価値を知るべき」
瑰は、苦笑交じりに告げた。
「君は、さ。素性はどうあれ、今はもう、司殿の家族同然に迎え入れられた令嬢だ。司殿は半端なことはしないよ。君が誰かと結婚する時は、間違いなく司殿が君の後ろ盾になるだろう。つまり君はね、すでに政財界の誰と婚姻したって恥ずかしくない地位を手に入れているんだよ、すみれちゃん」
「……え……」
頬に感じる強い視線に震え、すみれはゆっくりと再び司を見た。
司は黙ってそんなすみれを見つめていたが、やがて静かに頷いた。
「……そうだよ。すみれ。養子にはしていなくても、俺は君への援助は惜しまない。晴野すみれという名はそのままでも、君は青龍家の令嬢だ」
「そ……」
すみれはあまりのことに、言葉を詰まらせた。
「そんなこと……今まで、一度も……」
「でも、家族になるんだ、と言ったよね。それはつまり、そういうことだよ。出すべきときに金を出し、援助すべきときに手を差し伸べる。その生涯に渡って。そういうことだ」
「……」
愕然としてすみれは唇を噛んだ。
そこまで考えていてくれた司の気持ちは嬉しいといえば嬉しい。しかし。
(……だから、どうだっていうんですか、司さん……)
司は、すみれの後ろ盾になる、と、この場で明かした。
まるでそれでは、瑰と結婚したらバックアップするから安心して嫁に行きなさいと言われたも同然ではないか。
細かく身体が震えはじめた。司はすみれをどうしたいのだろう。もう、わけがわからない。地の底へ吸い取られるように、血の気が引いていった。
そんなすみれの表情を、司は食い入るように見つめている。
(あぁ……)
自分の吐いた嘘に、いよいよ絡め取られてゆく。
瑰は、経緯はどうあれ、すみれを嫁にと望み、そしてすみれは瑰が好きだと嘘を吐いたのだ……。
他人からみて、すみれがこの話を断る理由が……無い。
「ほらほら。司殿とうちの姪には勝手に親睦を深めてもらうとしようよ。俺、すみれちゃんが淹れてくれたお茶飲みたいし、外は天気もいいしさ。二人で、外で改めてアフタヌーンティーしよう?」
「……で、でも。お茶なら、今淹れます」
「うん。でも、俺が飲みたいのは、俺の為だけにすみれちゃんが淹れてくれた紅茶なんだよねー」
すみれがつっかえながら必死に訴えても、瑰は受け流すように笑うだけだ。
「さ。いこっか」
笑みを湛えた瑰の大きな手が、ぐっとすみれの手を包んだ。
「……っ」
またもすみれはぴくりと眉を顰めた。
嫌だ。どうしたらいいのだろう。触れて欲しくないのに。瑰の嫁になどなりたくもないのに……!
蒼白な顔を強張らせ、すみれが身を硬く竦ませたその時だった。
「──瑰殿」
大股で歩み寄った司が、不意にすみれの手を掴んでいた瑰の腕を片手で掴み、ぐいと上方へ撥ね上げた。
すみれから、瑰の手が離れる。すみれをそのまま背に庇うように、司が身体の角度を変えた。
まるで、盾のように。
(……司、さん?)
その横顔に、瑰への怒りが見えた気がして、すみれの胸はひそかなうれしさに一瞬高鳴った。
「……瑰殿。すみれはまだ貴方との婚姻は考えられないようですから。今日のところは、瑠利華さんと私のお話のみとさせてくださいませんか」
言葉遣いは丁寧だが、司は怖いほど真顔だ。
瑰が、微かに鼻白んだように瞳を眇めた。
「──そりゃぁ、まだ考えられないだろうね。すみれちゃんはそういう子だよ、俺は知ってる」
「ならば尚更今日のところはお引き下さい」
「なんで? そりゃお前がおかしいよ、司」
司をついに呼び捨てにしニヤリと微笑んだ瑰の表情に、不意に獰猛さが滲んだ。
「普通は恋愛して、別れるだのやっぱり好きだのといろいろすったもんだの末に結婚するものだろ。そしてすみれちゃんはそういう普通の価値観で生まれ育ってきてる。だから、これからゆっくり時間をかけて好きになってほしくて今日は来た。別に即決して欲しいなんて言うつもりは最初からないさ。それにさぁ、すみれちゃんは、もう自分の意思で結婚できる年齢だ。お前の許可など本来必要ないんだよ、司」
瑰が司の腕を力任せに振り払った。そのまま大きなストライドですみれに歩み寄り、再びすみれの肩を抱いた。
力を込めて歩み始める瑰に、身体ごと引きずられ、すみれはつんのめるように歩かざるを得なかった。止まっていたら倒れてしまう力だったのだ。
(あ……)
思わず司に助けを求めるように振り向けば、司が険しい顔で瑰を睨んでいる。だが、瑰は止まらなかった。
「大体さぁ。これは俺とすみれちゃんの話だろ。ねー? すみれちゃん」
これ見よがしにすみれへと声をかけた後で、不意に瑰がすみれの耳元に唇を寄せた。
「……司に、君の気持ち、知られたくないんでしょ。だったら大人しく俺を選ぶふりをしておいたほうが、いいんじゃないかな」
彼の囁きに、気が遠くなった。
「……っ」
すみれは瞠目した。息が、詰まる。
本当に──その通りだった。司に自分の気持ちを悟られたらおしまいなのだ。
司の背に庇われて、嬉しがっている場合ではなかった。
何よりも大事な、忘れてはならない、それは枷だった。
急におとなしくなったすみれの身体を腕で包むようにしながら、瑰は扉へと歩く。すみれは歯を食いしばった。
また懲りもせず突き上げる涙の気配に、目頭が熱を帯びた。
泣いてはいけない。こんな場所で──泣いては。
「うん。いい子──大丈夫。君をここから連れ出してあげる」
吐息だけで瑰が囁く。悔しいが、今日初めて瑰の申し出を有難い、と思った。
もうそろそろこの部屋にいるのは限界だった。涙腺が、決壊してしまいそうだ。
背中に、痛いほどの司の視線を感じながらも、すみれはもう立ち止まらなかった。メイドとしての職責を全うすることよりも、何よりも、大事なことがあったと……思い出した。
蔑まれても、呆れられても、嫌われても。
司の命より優先すべきものなど……何一つ無かったのだ。
「ではうちの姪っこを、よろしく司殿」
言外に姪の顔を潰すなよと柔らかく恫喝し、瑰がすみれの手を引く。
それにつき従い、部屋を出た瞬間──涙が零れた。
* * *
司は、それを存外静かに見送っていた。
瑰への怒りや嫉妬、そういったものは一度限界を突き抜けた。そうなれば後は、冷えた理性を後ろ盾に、今見た全ての情報を分析するべく、頭が切り替わる。
(……ねえ、すみれ)
司は思う。
(君のその蒼褪めた顔は、何?)
瑰に触れられる度、蒼白になっていたすみれ。
唇を震わせ、しょっちゅう助けを求めるように司を仰ぎ見たあの眼差しの意味を、そしてすみれの表情から導きだす結論を──司は探り続けた。
結論は、出た。
わざわざ当日まで、すみれに瑰の申し出について伏せ、この場に無防備なすみれを引きずり出し、そして見たいものを、充分に観察した。
(そう、もう──充分だ)
司は一度、瞳を閉じ──ゆっくりと開いた。
「……さ。そろそろ、お相手していただけるのかしら? 司様。早くお話がしたいのですけど」
その棘を孕んだ声に振り向けば、窓際の席で座って一部始終を眺めていた瑠利華が、背をぴんと伸ばして冷然と微笑んでいた。
「……ええ。そうですね」
その場にそぐわぬほど、にっこりと害のなさげな柔らかな微笑みを浮かべたまま──司は、右手をふらりと上げた。
黙って今まで離れた場所で控えていた鞘人が、大股に司へと歩み寄ると、その手に茶封筒を差し出す。
言葉はない。
司もまた、鞘人を一瞥もせずそれを受け取り、悠然とティーテーブルへ歩み寄る。
「大変、お待たせしました。瑠利華さん」
私もお話しておかなければいけないことがあったんですよと爽やかに告げながら、司は軽く瑠利華の両親に一礼し、テーブルの上にその封筒をおもむろに置いた。
「何かしら」
両親二人が、訝しげに司と茶封筒との間で視線を揺らし、問う。
「なかなか、興味深い資料です。是非、ご覧下さい」
いつしか司の笑顔は、虫も殺さぬ柔和でやさしいだけの仮面をそっと脱ぎ捨てていた。
美しい悪魔のように酷薄な笑みを形のよい唇に浮かべ、司は瑠利華を見つめた。
「茶番は終わらせましょう。『調査が入ったと思いこんでいた期間』だけしか、貴女は大人しくできなかったようですから」
「……な……っ!」
茶封筒の中身を確認した瞬間、美しい令嬢の表情が、激しく崩れた。
がたん、と音を立てて椅子を倒し立ち上がったその貌が、醜く歪む。
一拍置いて、封筒の中身を確認した瑠利華の両親が叫び声をあげて立ちあがった。
「な……なんなのこれ! 瑠利華! 貴女……っ」
母親の手から無数の写真が零れ落ちる。それはホテルのスイートで乱交する数名の男女の写真だった。隠し撮りではない。誰かの携帯での撮影なのだろう。その中に混じって、とろんとだらしなく快楽に歪んだ顔で、瑠利華がその撮影者に向かい嫣然とポーズをとっていた。
昼下がりのティールームは修羅場と化した。
動揺した瑠利華がカップを叩き落としてしまう。母親は半狂乱になり、父親は興奮のあまりぶるぶると震えて何かを喚き散らし始めていた。
──その光景を、少し離れた場所で、鞘人は醒めた眼差しで眺めていた。
婚約前の相手方の素行調査は、この世界では当然行われることだ。
だが、叩けば埃が出る身でも、決定的な証拠をつかませないようにうまく立ち回ることは可能だ。証拠をあらかじめ出来る限り金の力で隠滅し、その上で調査期間の間、大人しくしておけばよい。
瑰側からこの話の打診があった時点で、司の命により、鞘人は調査員をすぐに投入した。しかし瑠利華は合法ドラッグに手を染めているという噂はあるものの、ありあまる金でうまく証拠を隠滅していた。
司は一計を講じた。
素行調査は二週間。はっきりと、わかりやすいようにわざと調査員を動かし、瑠利華にそれと悟らせた。瑠利華のみならず瑰もそれぞれ調査員を雇ってこちらの動きを探っていたから、それを逆手にとったのだ。
そうして二週間後から調査員をいったん引きあげさせ、一切表に出ないように仕向けた。
蛇の道は蛇──調査は終了したと相手に思わせておき、五日後、おもむろに司は罠を仕掛けた。
瑠利華と馴染みの男を一人探り当て、弱みを握り、その上で高額で買収したのだ。
今まで積極的にダーティーな行為を相手に仕掛けることはしなかった司が、今回はまるで躊躇わなかった。
薬物の乱用によるセックスはそれ自体が麻薬だ。瑠利華にとって、自粛期間の二週間はたかが二週間ではなかったのだろう。必死に禁欲した分、二週間の調査期間空けの誘惑は強烈だったのに違いない。
「あ……貴方……っ」
わなわなと瑠利華が棒立ちで震える。テーブルに飾られた生花を、その白い手が乱暴に掴んだ。司に叩きつける。
司はそれを避けなかった。つと瞳を眇め、スーツに散った花弁を、左手でぱん、と静かに払う。
鞘人は鼻につく臭気を感じた。それは散った花の香りではない。瑠利華の身に付けた香水のほうが邪魔に香っている。
「──感謝して頂きたい。三井コンチェルンのお嬢様のスキャンダルが表沙汰になる前に、こうして私が内々に摘み取って差し上げたのですよ」
くすっと微笑み、司は小首を傾け、滑稽な家族たちを見つめた。
「さて。私はとんでもない傷物の花嫁をあてがわれるところだった、ということになりますね。困ったものです……」
さすがに、瑠利華の両親は己の置かれた事態をのみこむのが早かった。真っ青になって司をおもねるように振り向いた親たちを眺め、鞘人は内心唾棄した。
同情など、微塵も湧いてはこない。
──この娘を育てたのは、この親なのだ。
顎を傲然とあげて、司はそんな醜くも滑稽な光景をしばし眺めていたが、やがておもむろに彼らに背を向けた。
鞘人の横で、一度立ち止まる。
「……こないだの離れでの借りは、今返してもらおうかな、鞘人」
囁いた司に、鞘人は軽く一礼した。
「普段の三倍は働いてご覧にいれます、司様」
「頼んだよ」
頷き、司はそれきりもう修羅場のティールームを振り向くことなく去った。
美しく凛と伸びたその後ろ姿を、鞘人はどこか胸の空く思いで見送った。
いま、主が、歩いてゆく。
──おそらくは困難な運命を変える、その為に。
縁談? 自分と、瑰の?
「そ。俺は司殿に申し込んでおいたはずなんだよ。すみれちゃんとの縁談も進めたい、と。なのに肝心のすみれちゃんはメイド姿で給仕か。彼に何も聞いていなかったわけだね? すみれちゃん」
「……なっ……!」
思わずすみれはびくりとして数歩、瑰から身を引いた。
(冗談……でしょ……)
愕然となって、すみれは唇を震わせながら説明を求めるように司を見た。
視線が、絡みあう。
司は冷静だった。深い知性の溢れる眼差しの奥に、微かな熱がある。まるですみれの表情の変化をほんの少しも見逃すまいとするかのような強い眼差しで、彼はすみれを見ていた。
──じゃ、すみれ。瑰殿と結婚してみる?
嵐の夜、まるでコンビニでジュースでも買う?とでも言うかのように軽く告げてみせた司の声が、不意に甦った。
もしもそれが君の幸せなら、明日にでも取り計らうよと。
確かに司はそう言ったのだ……。
あの日、既にこの話は司に申し入れられていたのだろうか。
考えて、すみれは唇を噛んだ。胸に確信が生まれる。
おそらく、そうなのだ。あの日、司は瑰とすみれが一緒にお茶した事実を何故か知っていた。縁談の申し入れは既に行われていて、司は瑰とすみれの関係もある程度把握していたのに違いない。
その上で、あの日、すみれに尋ねたのだろうか。
君が瑰殿を好きなら、縁組するよ? と……。
(……あれは、冗談じゃ、なかった……)
だが、あれが本気だったのだとしたら、今の今まで縁談話をすみれに伏せていたのは──何故。
混乱するすみれの前で、瑰が苦笑を浮かべた。
「ま、俺はメイド姿でもなんでも一向に構わないよ。可愛いしねー。おいで、すみれちゃん。一緒にお茶しよう」
少し距離をとったはずだったのに、たったの一歩でふわりと距離を詰められた。瑰の手が、まるでどこかの令嬢の手をとるかのようにすみれの手を捧げ持つ。
「あ、あの、その、こまりま、す……」
蒼白になったすみれは、横から注がれる司の視線を痛いほど感じていた。見られている。
(──いやだ)
これ以上瑰に触れてほしくなかった。瑰が嫌いなわけではない。だが、困るのだ。心が、痛い。
今現在の司の心が、正直もう、すみれにはわからなかった。
冷たい瞳でこの場の給仕を命じた司は、既にすみれの事などどうでもいいと思っているのかもしれない。すみれにあの夜振られて、潔く諦めてしまったのかもしれない。
けれど、そんなこととは関係なく、すみれは司を想っていた。
好きな男の前で、他の男に触れられたくなかったのだ。
「給仕ならいくらでも他の者に任せればいいんだよ。さ、おいで」
瑰が強引に手を引く。
「言ったでしょ、前。お嫁さんにならない?って」
「……っ!」
びくりと肩を震わせ、すみれは足を踏ん張った。流されるわけにいかない。
司は、すみれに今日のお茶会の給仕を命じたのだ。
すみれは、今あくまでメイドとしてここにいるのだった。勝手に持ち場を離脱するなんて出来ない。
心情的には今すぐにでも放棄して逃げ出したくても、だ。
ここに立つことが今、すみれにとって唯一の、存在意義だった。
「き、聞きました、けど、でも、あのっ、冗談かと……!」
声をあげたすみれの頑なさを感じたのか、瑰が苦笑いした。
「ひどいなぁ。俺はあの時点でわりと本気だったよ?」
「で、でも、私なんか……なんの価値も……!」
実際そのはずだった。すみれにメイドとしての価値は百歩譲っていくばくかはあるとしても、池崎瑰の嫁になるような価値があるはずがない──すみれは釈然としない想いで声をあげた。
だが、瑰は、まるで幼子に向けるかのごとく優しい目をして、微笑んだのだった。
「……やれやれ。まだそんなこと言ってるんだね、すみれちゃんダメだよ、謙遜もそれぐらいにしとかないとね」
「? 瑰、さん……?」
「そろそろ、君は自分の価値を知るべき」
瑰は、苦笑交じりに告げた。
「君は、さ。素性はどうあれ、今はもう、司殿の家族同然に迎え入れられた令嬢だ。司殿は半端なことはしないよ。君が誰かと結婚する時は、間違いなく司殿が君の後ろ盾になるだろう。つまり君はね、すでに政財界の誰と婚姻したって恥ずかしくない地位を手に入れているんだよ、すみれちゃん」
「……え……」
頬に感じる強い視線に震え、すみれはゆっくりと再び司を見た。
司は黙ってそんなすみれを見つめていたが、やがて静かに頷いた。
「……そうだよ。すみれ。養子にはしていなくても、俺は君への援助は惜しまない。晴野すみれという名はそのままでも、君は青龍家の令嬢だ」
「そ……」
すみれはあまりのことに、言葉を詰まらせた。
「そんなこと……今まで、一度も……」
「でも、家族になるんだ、と言ったよね。それはつまり、そういうことだよ。出すべきときに金を出し、援助すべきときに手を差し伸べる。その生涯に渡って。そういうことだ」
「……」
愕然としてすみれは唇を噛んだ。
そこまで考えていてくれた司の気持ちは嬉しいといえば嬉しい。しかし。
(……だから、どうだっていうんですか、司さん……)
司は、すみれの後ろ盾になる、と、この場で明かした。
まるでそれでは、瑰と結婚したらバックアップするから安心して嫁に行きなさいと言われたも同然ではないか。
細かく身体が震えはじめた。司はすみれをどうしたいのだろう。もう、わけがわからない。地の底へ吸い取られるように、血の気が引いていった。
そんなすみれの表情を、司は食い入るように見つめている。
(あぁ……)
自分の吐いた嘘に、いよいよ絡め取られてゆく。
瑰は、経緯はどうあれ、すみれを嫁にと望み、そしてすみれは瑰が好きだと嘘を吐いたのだ……。
他人からみて、すみれがこの話を断る理由が……無い。
「ほらほら。司殿とうちの姪には勝手に親睦を深めてもらうとしようよ。俺、すみれちゃんが淹れてくれたお茶飲みたいし、外は天気もいいしさ。二人で、外で改めてアフタヌーンティーしよう?」
「……で、でも。お茶なら、今淹れます」
「うん。でも、俺が飲みたいのは、俺の為だけにすみれちゃんが淹れてくれた紅茶なんだよねー」
すみれがつっかえながら必死に訴えても、瑰は受け流すように笑うだけだ。
「さ。いこっか」
笑みを湛えた瑰の大きな手が、ぐっとすみれの手を包んだ。
「……っ」
またもすみれはぴくりと眉を顰めた。
嫌だ。どうしたらいいのだろう。触れて欲しくないのに。瑰の嫁になどなりたくもないのに……!
蒼白な顔を強張らせ、すみれが身を硬く竦ませたその時だった。
「──瑰殿」
大股で歩み寄った司が、不意にすみれの手を掴んでいた瑰の腕を片手で掴み、ぐいと上方へ撥ね上げた。
すみれから、瑰の手が離れる。すみれをそのまま背に庇うように、司が身体の角度を変えた。
まるで、盾のように。
(……司、さん?)
その横顔に、瑰への怒りが見えた気がして、すみれの胸はひそかなうれしさに一瞬高鳴った。
「……瑰殿。すみれはまだ貴方との婚姻は考えられないようですから。今日のところは、瑠利華さんと私のお話のみとさせてくださいませんか」
言葉遣いは丁寧だが、司は怖いほど真顔だ。
瑰が、微かに鼻白んだように瞳を眇めた。
「──そりゃぁ、まだ考えられないだろうね。すみれちゃんはそういう子だよ、俺は知ってる」
「ならば尚更今日のところはお引き下さい」
「なんで? そりゃお前がおかしいよ、司」
司をついに呼び捨てにしニヤリと微笑んだ瑰の表情に、不意に獰猛さが滲んだ。
「普通は恋愛して、別れるだのやっぱり好きだのといろいろすったもんだの末に結婚するものだろ。そしてすみれちゃんはそういう普通の価値観で生まれ育ってきてる。だから、これからゆっくり時間をかけて好きになってほしくて今日は来た。別に即決して欲しいなんて言うつもりは最初からないさ。それにさぁ、すみれちゃんは、もう自分の意思で結婚できる年齢だ。お前の許可など本来必要ないんだよ、司」
瑰が司の腕を力任せに振り払った。そのまま大きなストライドですみれに歩み寄り、再びすみれの肩を抱いた。
力を込めて歩み始める瑰に、身体ごと引きずられ、すみれはつんのめるように歩かざるを得なかった。止まっていたら倒れてしまう力だったのだ。
(あ……)
思わず司に助けを求めるように振り向けば、司が険しい顔で瑰を睨んでいる。だが、瑰は止まらなかった。
「大体さぁ。これは俺とすみれちゃんの話だろ。ねー? すみれちゃん」
これ見よがしにすみれへと声をかけた後で、不意に瑰がすみれの耳元に唇を寄せた。
「……司に、君の気持ち、知られたくないんでしょ。だったら大人しく俺を選ぶふりをしておいたほうが、いいんじゃないかな」
彼の囁きに、気が遠くなった。
「……っ」
すみれは瞠目した。息が、詰まる。
本当に──その通りだった。司に自分の気持ちを悟られたらおしまいなのだ。
司の背に庇われて、嬉しがっている場合ではなかった。
何よりも大事な、忘れてはならない、それは枷だった。
急におとなしくなったすみれの身体を腕で包むようにしながら、瑰は扉へと歩く。すみれは歯を食いしばった。
また懲りもせず突き上げる涙の気配に、目頭が熱を帯びた。
泣いてはいけない。こんな場所で──泣いては。
「うん。いい子──大丈夫。君をここから連れ出してあげる」
吐息だけで瑰が囁く。悔しいが、今日初めて瑰の申し出を有難い、と思った。
もうそろそろこの部屋にいるのは限界だった。涙腺が、決壊してしまいそうだ。
背中に、痛いほどの司の視線を感じながらも、すみれはもう立ち止まらなかった。メイドとしての職責を全うすることよりも、何よりも、大事なことがあったと……思い出した。
蔑まれても、呆れられても、嫌われても。
司の命より優先すべきものなど……何一つ無かったのだ。
「ではうちの姪っこを、よろしく司殿」
言外に姪の顔を潰すなよと柔らかく恫喝し、瑰がすみれの手を引く。
それにつき従い、部屋を出た瞬間──涙が零れた。
* * *
司は、それを存外静かに見送っていた。
瑰への怒りや嫉妬、そういったものは一度限界を突き抜けた。そうなれば後は、冷えた理性を後ろ盾に、今見た全ての情報を分析するべく、頭が切り替わる。
(……ねえ、すみれ)
司は思う。
(君のその蒼褪めた顔は、何?)
瑰に触れられる度、蒼白になっていたすみれ。
唇を震わせ、しょっちゅう助けを求めるように司を仰ぎ見たあの眼差しの意味を、そしてすみれの表情から導きだす結論を──司は探り続けた。
結論は、出た。
わざわざ当日まで、すみれに瑰の申し出について伏せ、この場に無防備なすみれを引きずり出し、そして見たいものを、充分に観察した。
(そう、もう──充分だ)
司は一度、瞳を閉じ──ゆっくりと開いた。
「……さ。そろそろ、お相手していただけるのかしら? 司様。早くお話がしたいのですけど」
その棘を孕んだ声に振り向けば、窓際の席で座って一部始終を眺めていた瑠利華が、背をぴんと伸ばして冷然と微笑んでいた。
「……ええ。そうですね」
その場にそぐわぬほど、にっこりと害のなさげな柔らかな微笑みを浮かべたまま──司は、右手をふらりと上げた。
黙って今まで離れた場所で控えていた鞘人が、大股に司へと歩み寄ると、その手に茶封筒を差し出す。
言葉はない。
司もまた、鞘人を一瞥もせずそれを受け取り、悠然とティーテーブルへ歩み寄る。
「大変、お待たせしました。瑠利華さん」
私もお話しておかなければいけないことがあったんですよと爽やかに告げながら、司は軽く瑠利華の両親に一礼し、テーブルの上にその封筒をおもむろに置いた。
「何かしら」
両親二人が、訝しげに司と茶封筒との間で視線を揺らし、問う。
「なかなか、興味深い資料です。是非、ご覧下さい」
いつしか司の笑顔は、虫も殺さぬ柔和でやさしいだけの仮面をそっと脱ぎ捨てていた。
美しい悪魔のように酷薄な笑みを形のよい唇に浮かべ、司は瑠利華を見つめた。
「茶番は終わらせましょう。『調査が入ったと思いこんでいた期間』だけしか、貴女は大人しくできなかったようですから」
「……な……っ!」
茶封筒の中身を確認した瞬間、美しい令嬢の表情が、激しく崩れた。
がたん、と音を立てて椅子を倒し立ち上がったその貌が、醜く歪む。
一拍置いて、封筒の中身を確認した瑠利華の両親が叫び声をあげて立ちあがった。
「な……なんなのこれ! 瑠利華! 貴女……っ」
母親の手から無数の写真が零れ落ちる。それはホテルのスイートで乱交する数名の男女の写真だった。隠し撮りではない。誰かの携帯での撮影なのだろう。その中に混じって、とろんとだらしなく快楽に歪んだ顔で、瑠利華がその撮影者に向かい嫣然とポーズをとっていた。
昼下がりのティールームは修羅場と化した。
動揺した瑠利華がカップを叩き落としてしまう。母親は半狂乱になり、父親は興奮のあまりぶるぶると震えて何かを喚き散らし始めていた。
──その光景を、少し離れた場所で、鞘人は醒めた眼差しで眺めていた。
婚約前の相手方の素行調査は、この世界では当然行われることだ。
だが、叩けば埃が出る身でも、決定的な証拠をつかませないようにうまく立ち回ることは可能だ。証拠をあらかじめ出来る限り金の力で隠滅し、その上で調査期間の間、大人しくしておけばよい。
瑰側からこの話の打診があった時点で、司の命により、鞘人は調査員をすぐに投入した。しかし瑠利華は合法ドラッグに手を染めているという噂はあるものの、ありあまる金でうまく証拠を隠滅していた。
司は一計を講じた。
素行調査は二週間。はっきりと、わかりやすいようにわざと調査員を動かし、瑠利華にそれと悟らせた。瑠利華のみならず瑰もそれぞれ調査員を雇ってこちらの動きを探っていたから、それを逆手にとったのだ。
そうして二週間後から調査員をいったん引きあげさせ、一切表に出ないように仕向けた。
蛇の道は蛇──調査は終了したと相手に思わせておき、五日後、おもむろに司は罠を仕掛けた。
瑠利華と馴染みの男を一人探り当て、弱みを握り、その上で高額で買収したのだ。
今まで積極的にダーティーな行為を相手に仕掛けることはしなかった司が、今回はまるで躊躇わなかった。
薬物の乱用によるセックスはそれ自体が麻薬だ。瑠利華にとって、自粛期間の二週間はたかが二週間ではなかったのだろう。必死に禁欲した分、二週間の調査期間空けの誘惑は強烈だったのに違いない。
「あ……貴方……っ」
わなわなと瑠利華が棒立ちで震える。テーブルに飾られた生花を、その白い手が乱暴に掴んだ。司に叩きつける。
司はそれを避けなかった。つと瞳を眇め、スーツに散った花弁を、左手でぱん、と静かに払う。
鞘人は鼻につく臭気を感じた。それは散った花の香りではない。瑠利華の身に付けた香水のほうが邪魔に香っている。
「──感謝して頂きたい。三井コンチェルンのお嬢様のスキャンダルが表沙汰になる前に、こうして私が内々に摘み取って差し上げたのですよ」
くすっと微笑み、司は小首を傾け、滑稽な家族たちを見つめた。
「さて。私はとんでもない傷物の花嫁をあてがわれるところだった、ということになりますね。困ったものです……」
さすがに、瑠利華の両親は己の置かれた事態をのみこむのが早かった。真っ青になって司をおもねるように振り向いた親たちを眺め、鞘人は内心唾棄した。
同情など、微塵も湧いてはこない。
──この娘を育てたのは、この親なのだ。
顎を傲然とあげて、司はそんな醜くも滑稽な光景をしばし眺めていたが、やがておもむろに彼らに背を向けた。
鞘人の横で、一度立ち止まる。
「……こないだの離れでの借りは、今返してもらおうかな、鞘人」
囁いた司に、鞘人は軽く一礼した。
「普段の三倍は働いてご覧にいれます、司様」
「頼んだよ」
頷き、司はそれきりもう修羅場のティールームを振り向くことなく去った。
美しく凛と伸びたその後ろ姿を、鞘人はどこか胸の空く思いで見送った。
いま、主が、歩いてゆく。
──おそらくは困難な運命を変える、その為に。
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