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第十五章 シロツメクサ、追いつめられる
01 虚飾の縁談
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いよいよ、司は多忙を極めていた。
あの離れでの夜を最後に、また数日間、司の顔も見られない日々が続いていた。激しい頻度で日米を行き来しているらしく、数日邸に戻らないこともあるようだ。
一方、大学は夏季休暇が明け、すみれは放課後と土日だけメイド服に袖を通す、普段の生活に戻っていた。
相変わらず多忙な中でも、司はおはようとおやすみのメッセージだけは時差を考慮してきちんと欠かさず寄こしてくれたし、その短くはあるが温かい文面を見ている限りでは、なんら変化は感じられない。
だが、その日の夜──仕事あがりで寛いでいたすみれと従業員たちは、控室で一時、静まり返った。
テレビのニュースが、風雲急を告げていた。
青龍コンチェルンの中核を担う青龍自動車が米国で展開する人気の車種について、大規模リコールが発生したのは一年前のことだ。
その後、2、3件の怪しい急加速事故による訴訟が起きた。それを皮切りに、購入した車の不調や不安を訴える声が無数にあがりはじめ、たちまち車のオーナーによる500件を超える訴訟が起きたのだ。
そしてついに、米国株主側から集団訴訟が起こった。
訴訟大国アメリカでは、日本の自動車メーカーに対立する勢力がハイエナよろしく集結しつつあった。それらを後ろ盾にした原告側と、巨額の賠償金と真実を巡り、今戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。
どこのワイドショーもニュースも、その話題で持ちきりだ。
しかし、急加速の事故はどうも眉唾物だった。
エンジンの出力を調整する電子制御装置の欠陥が、事故の原因だったと原告側は主張する。そこに急加速を発生させるような要因が本当にあったのかどうかは検証中だが、少なくとも青龍自動車サイドの調査では欠陥は認められていないと、ニュースは報じていた。
「……大丈夫、なんでしょうか」
思わず不安になって呟いたすみれの横で、夏凜がさぁねと呟いた。
「きな臭いわよねぇ。うちの装置に欠陥はないんじゃないの、これ」
「じゃぁなんで事故が?」
「……一度ケチがつくと、それを機に相手を喰らい尽くそうとする奴らが湧いてくるものよ。こういう業界のお約束。あとはどれだけ旦那様が裏から手を回していけるかにかかってるわね……」
(そんな……)
すみれは唇を噛みしめた。過去にタイムトリップしたあの辺りから、急激に司が忙しさを増したことはわかっていたが、裏でこんなことが起こっていたなど知らなかったのだ。
司は大丈夫だろうか。体調を崩してはいないだろうか。仕事のことは一切口にしない司だが、これは相当ストレスのかかる状況のはずだ。
業界では切れ者で有名な司の智をもってしても、この状況を打開するのは相当難しいことのように思える。
グループの行く末のことなどは、すみれが心配しようとしまいとなるようにしかならないのだろうが、司個人のことは心配だった。
「ちょっとちょっと! 聞いてよ!」
その時、控室に別のメイドが飛び込んできた。
「大変よちょっと!」
「ちょっとちょっとって五月蠅いわよ」
「なになに?」
「集団訴訟の話ならもうテレビでやってるし……」
口々に問いかける皆に、
「そうじゃないのよ。あの旦那様が、とうとうお見合いするらしいわよ。お相手は、池崎瑰様の姪っ子だって!」
そのメイドがもたらした一言は、控室を凍らせるどころか、騒然とさせた。
(──え……)
すみれの顔から、血の気が引いた。
* * *
どうやら、司が見合いの為に準備を始めたのは事実のようだった。
十月に入ってすぐの日曜日に、顔合わせを兼ねて瑰たちが青龍邸を訪れるのだという。それは見合いではなくあくまで懇親会のようなものだから、決して外部に情報を漏らさぬようにと、改めてメイドたちには佐古から緘口令が布かれた。
「この話は、断りづらいんでしょうよ」
シーツのアイロンがけを行いながら、すみれの傍らで夏凜が呟く。それをすみれは悪夢のように聞いていた。
「断りづらい……んですか」
「そりゃね。ただでさえ池崎家とは閨閥関係にあるのだし。今までそうやって互いに女を差し出して、勢力を拡大してきたのよ。瑰殿も、うちの旦那様も今は独身でしょ。数年前から縁談話は山のようにあったわけだし、何処の誰と婚姻するかは重要な課題よ……とりあえず、瑰殿の姪の瑠利華は美人で年頃だし、美味しい相手を絶妙のタイミングであてがってきた、とは思うわ」
しゅる、と蒸気が立ち上る中、淡々と夏凜の声が響く。
「でも、佐古さんや鞘人の態度を見ていると、まだまだわからないわね、この話。どっちに転ぶかわかんないからあんなにピリピリ緘口令布いてんのよ。確定ではないと個人的には思うわ」
そんな夏凜の冷静な見方に少し励まされながらも、すみれは溜息をつくしかなかった。この見合いに干渉していく力などないのだから、どう転ぼうとも傍観するしかないのだ。
「……でも、この話を断ると、いろいろと状況が悪くなるかも、ね」
夏凜がふと、憂鬱そうな表情でひとりごちた。
「状況……?」
「……ま、そんなことは今はどうでもいいわ。問題は貴女よ」
夏凜が告げ、すみれの手からゆっくりとアイロンを奪い、熱くなっていたシーツへリネンウオーターをひと吹きした。蒸気が立ち上る。
手からアイロンを奪われて、すみれはようやく気付いた。さっきからすみれの手は動いていなかったのだ。
あと十数秒、夏凜の助けが遅ければ、布を焦げ付かせていたかもしれなかった。
「いいの? このままで」
ラベンダーの香りがたつ中、夏凜から静かに問われ、すみれはうっすらと頬を紅潮させた。
「いいって……何が……」
「旦那様のこと。好きなんでしょ」
ずばり言い当てられ、喉から思わず妙な呻きが漏れた。
「な、んで……それ……」
「なんでって。そりゃ解るわよ……」
はぁ、と盛大に溜息をつき、夏凜は苦笑した。
「わからないとでも思ったの?」
「……そんなぁ……」
すみれはくしゃりと表情を情けなく歪め、途方にくれて呟いた。
これで鞘人、瑰のみならず、夏凜にもばれてしまっていたということになる。
(もう私どうしよう、悟られすぎだし……それに……)
司は見合いをしてしまう。
こんなにも好きな人が、誰かのものになってしまうのだ。
いつかはこうなると、相当前から想像だけはしていたつもりだったが、司の告白からまだ日も浅いだけに衝撃は大きかった。
理不尽な悲しみが、堪えても堪えても込み上げてくる。
すみれはぐっと唇を引き結んだ。そうしなければまた泣いてしまいそうだ。
「……よしよし」
夏凜が手を伸ばし、そんなすみれの髪を優しく撫でた。
「こないだ、鞘人が一芝居やらかしたでしょ。あの夜、何か進展なかったの? 少なくとも告白しあうぐらいのことはやったと思ってたんだけどなぁ」
「……」
すみれはきゅっとエプロンを握り締め、撫でられるままに俯いた。
進展は、あったといえばあった。ありすぎて……全てが歪んでしまったけれど。
またこのお願いをしなければいけない。すみれはゆるゆると顔を上げ、夏凜を見上げた。
「……夏凜さん」
「んー?」
「すみません。私が司さんを好きなことは、司さんには、いえ、他の誰にも……言わないでほしいんです」
「……そりゃ、徒に言いふらしたりはしないけど、ね」
夏凜は腰に手を当て、すみれを覗き込んだ。
「貴女、旦那様に、告白もしないつもりなの?」
「……」
黙りこくったすみれに溜息をついて、後悔だけはしないようにね、と夏凜が呟く。はい、とだけ返事をしたが、実際のところすみれに選択肢はなかった。とにかくこの恋を葬る以外方法がない。
司は今何を思うのだろう。毎日、メッセージを送信する前に、すみれは考える。だが、送ることができる文面は、ありふれた挨拶のみだった。司からもやはり特別な連絡はない。
わだかまる悲しみが、心を内側から食い荒らしてゆく。
形の上では、すみれは司を振ったのだ。
司が自らの伴侶として誰を選ぼうと、もう文句を言えるような立場ではない。
(それに瑰さんが、来る……)
今度会う時には泣かせるかもしれない……そんな瑰の言葉を不意に思い出し、すみれはぐっと歯噛みした。
瑰が最初から司に自分の姪をあてがうつもりだったのだと、今更解ったところで、やはりすみれにはどうしようもなかった。
その上、すみれは瑰を嘘に利用してしまったのだ。八方塞がりとはこのことだった。
瑰にそのことをせめて詫びたいとも思ったが、彼がこともあろうに司に姪の見合い話を持ち込んでくることを思うと、メッセージを送るのも憚られた。
今メッセージを送信したところで、司の見合い話になることはきっと避けられない。正直、苦痛だった。
そっと着信拒否にして、すみれは瑰にも心を閉ざすしかなかった。
* * *
瑰の姪との顔合わせ前日となる土曜日、司はアメリカから再び帰国した。すみれはロータリーに到着したリムジンから降り立つ司を、自室の窓からこっそり眺めていた。
とてもじゃないが、出迎える気力が無かった。一体どんな顔をすればいいのかわからない。
それなのに帰国前に司からメッセージがあった。明日は時間をあけておけというのだ。
明日、瑰達が来る。出来ればもう邸を逃げ出して何処かに姿をくらませてしまいたい気持ちでいっぱいなのに、邸に居ろと司は言う。
(……何故……)
嫌な予感に胃が痛む。すみれは自室に篭ってベッドにつっぷしたままぼんやりと夕食までの時間をやりすごしていた。
もう夕食もボイコットしてしまおうかと考えた。申し訳ないがカツキにでも料理を私室へ運んでもらって、ここで食べたほうがいいかもしれない。
今の司と何を語って食事をすればいいというのだ。
(あー……もう、ほんとに、何も考えたくないよ……)
天井を仰ぎ、ぐったりと目を閉じかけた瞬間だった。
部屋のインターホンが突然鳴った。ぎくりとして玄関先のインターホンまで駆け寄り、モニターを確認したすみれは息を呑んだ。
──司だ。
「はい」
硬い声音で応答すれば、グレーのスーツ姿の司が軽く首を傾け、カメラ越し、その視線で斜めにすみれを射抜いた。
「ただいま、すみれ。伝えたいことがあるんだ。開けてくれるかな」
「……おかえりなさい……」
柔らかいように見えて有無を言わせぬその声に、嫌な感じを覚えながらも、すみれはしぶしぶ扉を開いた。
司は、玄関先で壁際に立ちつくしたまま足を強張らせているすみれに、歩み寄ってきた。
久しぶりの司は、やはり疲れているように見えた。無理もない。
「……元気だった?」
どこか、無機質な瞳で問われた。
「……元気でした」
感情の篭らぬ声で応じたすみれに、司はすっと眼を眇めた。
「…………そう」
ぎこちない空気が漂う。酸素濃度がぐっと低くなったような息苦しさを覚え目を逸らした瞬間、司が静かに告げた。
「明日。君にアフタヌーンティーの給仕をお願いするよ」
「……え?」
ぎくりとしてすみれは顔を上げた。
「今……なん、て……」
「明日、瑰殿が来るからね。君がお茶を淹れて、すみれ」
すみれの表情を隙のない瞳で見つめながら、司はゆっくりと告げた。
「……っ」
それは、俄かには信じがたい依頼だった。
司と他の女性の、見合いの前哨戦のようなその席で、何故に自分が給仕をしなければいけないのだろうか。
第一そんな重要な席で、しかも客の数はあまり多くないのだから、本来は執事たちだけで事足りるはずだ。メイドの仕事は巷に溢れる漫画やアニメのような世界ではない。せいぜい部屋の前までお茶やお菓子を運ぶだけであり、そこから先は本来、執事の領分である。
「……何故、ですか」
震える声で問うと、司が無表情で囁いた。
「君は瑰殿に逢えるんだよ。願ったり叶ったりじゃないのかな。瑰殿も喜ぶだろうしね」
ぐさりと、背後から刺された気がした。
「じゃぁ、頼むね」
「無理です」
声が上ずった。
背を向けて歩きだそうとした司が、その動きを止め、ゆっくりとすみれを振り向いた。
「何故?」
「な、ぜって……そんな……まだ、私、そんなちゃんとした席でお茶をお出しできるほどのスキルが……」
「スキルならもうあるよ。大丈夫。あとは実践だけだ」
「いえ、でも」
「すみれ」
その刹那、司の浅い泉のような碧瞳に、どこか容赦のない光が疾った。
「主として、命じさせてもらうよ。明日は、君が給仕をすること」
「──」
それきり、司はもう振り向かなかった。
すみれも呼び止めはしなかった。
扉が閉まり、静けさを取り戻した私室の中で、すみれは血の気を失い、ゆっくりと大理石の床にへたりこんだ。
本当に、何故、司と誰かの縁を結ぶ席へ、自分が給仕しなければいけないのだろう?
自らの嘘が、容赦なく首を絞める。自業自得とはいえ、涙が零れた。
「……っ、う……」
もう、こんなにも苦しいのなら、心など要らないと思った。
* * *
エントランスホールが俄かに活気づいたのを、すみれは二階のティールームで感じていた。
(来た……)
緊張で、若干吐きそうになりながら、すみれは気丈に立っていた。
鞘人がぎりぎりまで指導してくれたが、やはり自信はない。給仕の手順を頭の中でおさらいしながら、すみれはティールームで待機していた。
正直、もう何も考えられなかった。
すみれが愛する司は、別の女とお茶を飲み談笑する。その引率代わりに顔をつっこんでくる瑰のことをすみれは好きだということになっている。
そして自分は、彼らのために茶を淹れ、もてなさねばならない立場だ。
……もう、その構図を考えるだけで吐き気がこみあげた。
ぎぃ、とティールームの観音扉が鞘人とカツキによって開かれる。二人が押さえる扉の向こうから、長身の華やかな美形が現れた。
スーツ姿の瑰だ。
アンバーの髪に見上げるような長身の瑰がダーク系のスーツを着こなすと、銀幕の向こうから現れた俳優然として似合っていた。こんなスーツをホストのようにではなく、あくまで品よく着こなす力はさすが瑰だ。
一気に、ティールームの空気が染め変えられる。
一応、瑰はこの場において仲人的な立場のはずなのだが、まるで主役級だ。
続いて現れたのは、三井家に嫁いだ瑰の姉とその夫だ。さらにその背後から悠然と部屋へはいってくる美女が一人。
少し切れあがった眦を持つ、漆黒のロングヘアーが艶やかな、気の強そうな女だった。
確かにその美貌で瑰の血筋の人間なのだと知れる、華を纏った彼女の名は三井瑠利華、二十歳──瑰の姪である。
都内の有名女子大に通っているという彼女は、池崎瑰の姉が嫁いだ三井コンチェルンを支える三井家次男の娘として、この世に生を受けた、生粋のお嬢様だった。
すみれより少し年上にすぎないのだが、随分と大人びて見えて、まるで大輪の花だ。
赤いワンピースの胸を彩る大粒の天然真珠が真白に映えて、目にも鮮やかだった。
選ばれた者だけが持つその磨き抜かれた美しさは眩しすぎて、すみれは深く頭を下げて彼女らを迎えながら、改めてこの場所に立つ惨めさを味わった。
本当に、何故、自分がここに立たなければいけないのだろう。
微かに手が震えている。そんな自分を叱咤し、頭を上げたその時だった。
「……あれ。すみれちゃんだ」
軽い調子で、瑰の声が降ってきた。
すみれはぎくりとした自分を悟られぬように、再び軽く一礼した。しかし顔がどうしても強張ってしまう。
瑰たちの背後から部屋へ入ってきた司が、そんなすみれと瑰を一瞥した。
「さ、どうぞ。立ち話もなんですから」
美しい花々で飾られた中央テーブルへと客人を促す今日の司は、フランネル生地の深いブラウンに薄茶の細いラインが入ったブリティッシュスーツだ。
細身の司には、そんな柔らかい暖色が似合っていた。
すみれはその姿を目の端に留め、微かに体温が上がるのを感じた。
惚れた欲目だとは思わない。瑰には何処か剣呑なまでの圧倒的な雄の色気が漂うが、司はどこか清廉で、辺りを清らにする雰囲気をその身に纏っている。本当にこんな時、ただただ美しい。
だからこそ、悲しさに胸が震えた。
司が、他の女性のために美しく自らを整えている、それは正直耐えがたい光景だった。
君を愛していると囁いてくれたあの嵐の夜が、まるで夢のようだ。
もしかしたら全てはすみれの妄想にすぎなくて、司は相変わらずすみれのことはただ居候兼、家族だと……そう思っているのかもしれない。そうでなければもう、この状況を受け入れることが出来そうにない。
私情を捩じ伏せ、すみれは必死に冷静さを保ちながら、ワゴンのほうへ向かおうとした。これから給仕に入らねばならない。
だが、そんなすみれの肩を、大きな手がひょいと掴んで引き寄せた。
「待って。『これ』はどういうことかなぁ。なんで今日、よりにもよってすみれちゃんが給仕なの?」
瑰の声がすぐ頭上で響く。すみれは驚いて立ちすくんだ。
瑰はすみれの肩を軽く抱きながら、司を見つめて真顔で問うた。
「司殿。俺は今回、もう一つの『お願い』をしていたはずだよなぁ」
「……あぁ、そうでしたっけ」
司がうっすらと微笑み、そんな瑰に動じず応じた。
「申し訳ありません。失念しておりました」
そのわりには、司の態度は泰然としていて、とても自らの落ち度を謝罪する側の態度ではなかった。
「……へえ」
瑰が、ぴくりと眉を上げ呟く。
何の話なのだろうかとすみれは首を傾げた。だがどんな話であったとしても、今、瑰に肩を抱かれる理由にはならないような気がして、微かに身じろぐ。
司の前で、瑰に──いや他のどんな男でも、馴れ馴れしくは触れて欲しくない。それはもう、理屈ではなかった。
「あの……瑰さっ……さま?」
うっかり瑰さんと言いかけて、言葉を詰まらせたすみれを見下ろし、瑰がにっこりとほほ笑んだ。
「いいよ、瑰さんで。すみれちゃんにはいつも通りに呼ばれたいなぁ」
「……」
すみれはなんともいえぬ居心地の悪さを覚えたが──次いで瑰が告げた台詞は、そんな居心地の悪さなど些細なことだと思えるほどの、強烈な衝撃を確かにすみれに与えたのだ。
瑰は顎に手を添え、司に不敵に笑ってみせながら──言った。
「やれやれ。司殿。俺は今回、瑠利華と司殿の縁談以外にも、俺とすみれちゃんの縁談も同時に進めたいと、そう書いたはずだけどなぁ?」
「…………え?」
今、何を。
問いかけるように瑰を見上げれば、瑰はすみれには優しく笑んで見せながら頷いた。
「そ。俺は司殿に申し込んでおいたはずなんだよ。すみれちゃんとの縁談も進めたい、と。なのに肝心のすみれちゃんはメイド姿で給仕か。彼に何も聞いていなかったわけだね? すみれちゃん」
あの離れでの夜を最後に、また数日間、司の顔も見られない日々が続いていた。激しい頻度で日米を行き来しているらしく、数日邸に戻らないこともあるようだ。
一方、大学は夏季休暇が明け、すみれは放課後と土日だけメイド服に袖を通す、普段の生活に戻っていた。
相変わらず多忙な中でも、司はおはようとおやすみのメッセージだけは時差を考慮してきちんと欠かさず寄こしてくれたし、その短くはあるが温かい文面を見ている限りでは、なんら変化は感じられない。
だが、その日の夜──仕事あがりで寛いでいたすみれと従業員たちは、控室で一時、静まり返った。
テレビのニュースが、風雲急を告げていた。
青龍コンチェルンの中核を担う青龍自動車が米国で展開する人気の車種について、大規模リコールが発生したのは一年前のことだ。
その後、2、3件の怪しい急加速事故による訴訟が起きた。それを皮切りに、購入した車の不調や不安を訴える声が無数にあがりはじめ、たちまち車のオーナーによる500件を超える訴訟が起きたのだ。
そしてついに、米国株主側から集団訴訟が起こった。
訴訟大国アメリカでは、日本の自動車メーカーに対立する勢力がハイエナよろしく集結しつつあった。それらを後ろ盾にした原告側と、巨額の賠償金と真実を巡り、今戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。
どこのワイドショーもニュースも、その話題で持ちきりだ。
しかし、急加速の事故はどうも眉唾物だった。
エンジンの出力を調整する電子制御装置の欠陥が、事故の原因だったと原告側は主張する。そこに急加速を発生させるような要因が本当にあったのかどうかは検証中だが、少なくとも青龍自動車サイドの調査では欠陥は認められていないと、ニュースは報じていた。
「……大丈夫、なんでしょうか」
思わず不安になって呟いたすみれの横で、夏凜がさぁねと呟いた。
「きな臭いわよねぇ。うちの装置に欠陥はないんじゃないの、これ」
「じゃぁなんで事故が?」
「……一度ケチがつくと、それを機に相手を喰らい尽くそうとする奴らが湧いてくるものよ。こういう業界のお約束。あとはどれだけ旦那様が裏から手を回していけるかにかかってるわね……」
(そんな……)
すみれは唇を噛みしめた。過去にタイムトリップしたあの辺りから、急激に司が忙しさを増したことはわかっていたが、裏でこんなことが起こっていたなど知らなかったのだ。
司は大丈夫だろうか。体調を崩してはいないだろうか。仕事のことは一切口にしない司だが、これは相当ストレスのかかる状況のはずだ。
業界では切れ者で有名な司の智をもってしても、この状況を打開するのは相当難しいことのように思える。
グループの行く末のことなどは、すみれが心配しようとしまいとなるようにしかならないのだろうが、司個人のことは心配だった。
「ちょっとちょっと! 聞いてよ!」
その時、控室に別のメイドが飛び込んできた。
「大変よちょっと!」
「ちょっとちょっとって五月蠅いわよ」
「なになに?」
「集団訴訟の話ならもうテレビでやってるし……」
口々に問いかける皆に、
「そうじゃないのよ。あの旦那様が、とうとうお見合いするらしいわよ。お相手は、池崎瑰様の姪っ子だって!」
そのメイドがもたらした一言は、控室を凍らせるどころか、騒然とさせた。
(──え……)
すみれの顔から、血の気が引いた。
* * *
どうやら、司が見合いの為に準備を始めたのは事実のようだった。
十月に入ってすぐの日曜日に、顔合わせを兼ねて瑰たちが青龍邸を訪れるのだという。それは見合いではなくあくまで懇親会のようなものだから、決して外部に情報を漏らさぬようにと、改めてメイドたちには佐古から緘口令が布かれた。
「この話は、断りづらいんでしょうよ」
シーツのアイロンがけを行いながら、すみれの傍らで夏凜が呟く。それをすみれは悪夢のように聞いていた。
「断りづらい……んですか」
「そりゃね。ただでさえ池崎家とは閨閥関係にあるのだし。今までそうやって互いに女を差し出して、勢力を拡大してきたのよ。瑰殿も、うちの旦那様も今は独身でしょ。数年前から縁談話は山のようにあったわけだし、何処の誰と婚姻するかは重要な課題よ……とりあえず、瑰殿の姪の瑠利華は美人で年頃だし、美味しい相手を絶妙のタイミングであてがってきた、とは思うわ」
しゅる、と蒸気が立ち上る中、淡々と夏凜の声が響く。
「でも、佐古さんや鞘人の態度を見ていると、まだまだわからないわね、この話。どっちに転ぶかわかんないからあんなにピリピリ緘口令布いてんのよ。確定ではないと個人的には思うわ」
そんな夏凜の冷静な見方に少し励まされながらも、すみれは溜息をつくしかなかった。この見合いに干渉していく力などないのだから、どう転ぼうとも傍観するしかないのだ。
「……でも、この話を断ると、いろいろと状況が悪くなるかも、ね」
夏凜がふと、憂鬱そうな表情でひとりごちた。
「状況……?」
「……ま、そんなことは今はどうでもいいわ。問題は貴女よ」
夏凜が告げ、すみれの手からゆっくりとアイロンを奪い、熱くなっていたシーツへリネンウオーターをひと吹きした。蒸気が立ち上る。
手からアイロンを奪われて、すみれはようやく気付いた。さっきからすみれの手は動いていなかったのだ。
あと十数秒、夏凜の助けが遅ければ、布を焦げ付かせていたかもしれなかった。
「いいの? このままで」
ラベンダーの香りがたつ中、夏凜から静かに問われ、すみれはうっすらと頬を紅潮させた。
「いいって……何が……」
「旦那様のこと。好きなんでしょ」
ずばり言い当てられ、喉から思わず妙な呻きが漏れた。
「な、んで……それ……」
「なんでって。そりゃ解るわよ……」
はぁ、と盛大に溜息をつき、夏凜は苦笑した。
「わからないとでも思ったの?」
「……そんなぁ……」
すみれはくしゃりと表情を情けなく歪め、途方にくれて呟いた。
これで鞘人、瑰のみならず、夏凜にもばれてしまっていたということになる。
(もう私どうしよう、悟られすぎだし……それに……)
司は見合いをしてしまう。
こんなにも好きな人が、誰かのものになってしまうのだ。
いつかはこうなると、相当前から想像だけはしていたつもりだったが、司の告白からまだ日も浅いだけに衝撃は大きかった。
理不尽な悲しみが、堪えても堪えても込み上げてくる。
すみれはぐっと唇を引き結んだ。そうしなければまた泣いてしまいそうだ。
「……よしよし」
夏凜が手を伸ばし、そんなすみれの髪を優しく撫でた。
「こないだ、鞘人が一芝居やらかしたでしょ。あの夜、何か進展なかったの? 少なくとも告白しあうぐらいのことはやったと思ってたんだけどなぁ」
「……」
すみれはきゅっとエプロンを握り締め、撫でられるままに俯いた。
進展は、あったといえばあった。ありすぎて……全てが歪んでしまったけれど。
またこのお願いをしなければいけない。すみれはゆるゆると顔を上げ、夏凜を見上げた。
「……夏凜さん」
「んー?」
「すみません。私が司さんを好きなことは、司さんには、いえ、他の誰にも……言わないでほしいんです」
「……そりゃ、徒に言いふらしたりはしないけど、ね」
夏凜は腰に手を当て、すみれを覗き込んだ。
「貴女、旦那様に、告白もしないつもりなの?」
「……」
黙りこくったすみれに溜息をついて、後悔だけはしないようにね、と夏凜が呟く。はい、とだけ返事をしたが、実際のところすみれに選択肢はなかった。とにかくこの恋を葬る以外方法がない。
司は今何を思うのだろう。毎日、メッセージを送信する前に、すみれは考える。だが、送ることができる文面は、ありふれた挨拶のみだった。司からもやはり特別な連絡はない。
わだかまる悲しみが、心を内側から食い荒らしてゆく。
形の上では、すみれは司を振ったのだ。
司が自らの伴侶として誰を選ぼうと、もう文句を言えるような立場ではない。
(それに瑰さんが、来る……)
今度会う時には泣かせるかもしれない……そんな瑰の言葉を不意に思い出し、すみれはぐっと歯噛みした。
瑰が最初から司に自分の姪をあてがうつもりだったのだと、今更解ったところで、やはりすみれにはどうしようもなかった。
その上、すみれは瑰を嘘に利用してしまったのだ。八方塞がりとはこのことだった。
瑰にそのことをせめて詫びたいとも思ったが、彼がこともあろうに司に姪の見合い話を持ち込んでくることを思うと、メッセージを送るのも憚られた。
今メッセージを送信したところで、司の見合い話になることはきっと避けられない。正直、苦痛だった。
そっと着信拒否にして、すみれは瑰にも心を閉ざすしかなかった。
* * *
瑰の姪との顔合わせ前日となる土曜日、司はアメリカから再び帰国した。すみれはロータリーに到着したリムジンから降り立つ司を、自室の窓からこっそり眺めていた。
とてもじゃないが、出迎える気力が無かった。一体どんな顔をすればいいのかわからない。
それなのに帰国前に司からメッセージがあった。明日は時間をあけておけというのだ。
明日、瑰達が来る。出来ればもう邸を逃げ出して何処かに姿をくらませてしまいたい気持ちでいっぱいなのに、邸に居ろと司は言う。
(……何故……)
嫌な予感に胃が痛む。すみれは自室に篭ってベッドにつっぷしたままぼんやりと夕食までの時間をやりすごしていた。
もう夕食もボイコットしてしまおうかと考えた。申し訳ないがカツキにでも料理を私室へ運んでもらって、ここで食べたほうがいいかもしれない。
今の司と何を語って食事をすればいいというのだ。
(あー……もう、ほんとに、何も考えたくないよ……)
天井を仰ぎ、ぐったりと目を閉じかけた瞬間だった。
部屋のインターホンが突然鳴った。ぎくりとして玄関先のインターホンまで駆け寄り、モニターを確認したすみれは息を呑んだ。
──司だ。
「はい」
硬い声音で応答すれば、グレーのスーツ姿の司が軽く首を傾け、カメラ越し、その視線で斜めにすみれを射抜いた。
「ただいま、すみれ。伝えたいことがあるんだ。開けてくれるかな」
「……おかえりなさい……」
柔らかいように見えて有無を言わせぬその声に、嫌な感じを覚えながらも、すみれはしぶしぶ扉を開いた。
司は、玄関先で壁際に立ちつくしたまま足を強張らせているすみれに、歩み寄ってきた。
久しぶりの司は、やはり疲れているように見えた。無理もない。
「……元気だった?」
どこか、無機質な瞳で問われた。
「……元気でした」
感情の篭らぬ声で応じたすみれに、司はすっと眼を眇めた。
「…………そう」
ぎこちない空気が漂う。酸素濃度がぐっと低くなったような息苦しさを覚え目を逸らした瞬間、司が静かに告げた。
「明日。君にアフタヌーンティーの給仕をお願いするよ」
「……え?」
ぎくりとしてすみれは顔を上げた。
「今……なん、て……」
「明日、瑰殿が来るからね。君がお茶を淹れて、すみれ」
すみれの表情を隙のない瞳で見つめながら、司はゆっくりと告げた。
「……っ」
それは、俄かには信じがたい依頼だった。
司と他の女性の、見合いの前哨戦のようなその席で、何故に自分が給仕をしなければいけないのだろうか。
第一そんな重要な席で、しかも客の数はあまり多くないのだから、本来は執事たちだけで事足りるはずだ。メイドの仕事は巷に溢れる漫画やアニメのような世界ではない。せいぜい部屋の前までお茶やお菓子を運ぶだけであり、そこから先は本来、執事の領分である。
「……何故、ですか」
震える声で問うと、司が無表情で囁いた。
「君は瑰殿に逢えるんだよ。願ったり叶ったりじゃないのかな。瑰殿も喜ぶだろうしね」
ぐさりと、背後から刺された気がした。
「じゃぁ、頼むね」
「無理です」
声が上ずった。
背を向けて歩きだそうとした司が、その動きを止め、ゆっくりとすみれを振り向いた。
「何故?」
「な、ぜって……そんな……まだ、私、そんなちゃんとした席でお茶をお出しできるほどのスキルが……」
「スキルならもうあるよ。大丈夫。あとは実践だけだ」
「いえ、でも」
「すみれ」
その刹那、司の浅い泉のような碧瞳に、どこか容赦のない光が疾った。
「主として、命じさせてもらうよ。明日は、君が給仕をすること」
「──」
それきり、司はもう振り向かなかった。
すみれも呼び止めはしなかった。
扉が閉まり、静けさを取り戻した私室の中で、すみれは血の気を失い、ゆっくりと大理石の床にへたりこんだ。
本当に、何故、司と誰かの縁を結ぶ席へ、自分が給仕しなければいけないのだろう?
自らの嘘が、容赦なく首を絞める。自業自得とはいえ、涙が零れた。
「……っ、う……」
もう、こんなにも苦しいのなら、心など要らないと思った。
* * *
エントランスホールが俄かに活気づいたのを、すみれは二階のティールームで感じていた。
(来た……)
緊張で、若干吐きそうになりながら、すみれは気丈に立っていた。
鞘人がぎりぎりまで指導してくれたが、やはり自信はない。給仕の手順を頭の中でおさらいしながら、すみれはティールームで待機していた。
正直、もう何も考えられなかった。
すみれが愛する司は、別の女とお茶を飲み談笑する。その引率代わりに顔をつっこんでくる瑰のことをすみれは好きだということになっている。
そして自分は、彼らのために茶を淹れ、もてなさねばならない立場だ。
……もう、その構図を考えるだけで吐き気がこみあげた。
ぎぃ、とティールームの観音扉が鞘人とカツキによって開かれる。二人が押さえる扉の向こうから、長身の華やかな美形が現れた。
スーツ姿の瑰だ。
アンバーの髪に見上げるような長身の瑰がダーク系のスーツを着こなすと、銀幕の向こうから現れた俳優然として似合っていた。こんなスーツをホストのようにではなく、あくまで品よく着こなす力はさすが瑰だ。
一気に、ティールームの空気が染め変えられる。
一応、瑰はこの場において仲人的な立場のはずなのだが、まるで主役級だ。
続いて現れたのは、三井家に嫁いだ瑰の姉とその夫だ。さらにその背後から悠然と部屋へはいってくる美女が一人。
少し切れあがった眦を持つ、漆黒のロングヘアーが艶やかな、気の強そうな女だった。
確かにその美貌で瑰の血筋の人間なのだと知れる、華を纏った彼女の名は三井瑠利華、二十歳──瑰の姪である。
都内の有名女子大に通っているという彼女は、池崎瑰の姉が嫁いだ三井コンチェルンを支える三井家次男の娘として、この世に生を受けた、生粋のお嬢様だった。
すみれより少し年上にすぎないのだが、随分と大人びて見えて、まるで大輪の花だ。
赤いワンピースの胸を彩る大粒の天然真珠が真白に映えて、目にも鮮やかだった。
選ばれた者だけが持つその磨き抜かれた美しさは眩しすぎて、すみれは深く頭を下げて彼女らを迎えながら、改めてこの場所に立つ惨めさを味わった。
本当に、何故、自分がここに立たなければいけないのだろう。
微かに手が震えている。そんな自分を叱咤し、頭を上げたその時だった。
「……あれ。すみれちゃんだ」
軽い調子で、瑰の声が降ってきた。
すみれはぎくりとした自分を悟られぬように、再び軽く一礼した。しかし顔がどうしても強張ってしまう。
瑰たちの背後から部屋へ入ってきた司が、そんなすみれと瑰を一瞥した。
「さ、どうぞ。立ち話もなんですから」
美しい花々で飾られた中央テーブルへと客人を促す今日の司は、フランネル生地の深いブラウンに薄茶の細いラインが入ったブリティッシュスーツだ。
細身の司には、そんな柔らかい暖色が似合っていた。
すみれはその姿を目の端に留め、微かに体温が上がるのを感じた。
惚れた欲目だとは思わない。瑰には何処か剣呑なまでの圧倒的な雄の色気が漂うが、司はどこか清廉で、辺りを清らにする雰囲気をその身に纏っている。本当にこんな時、ただただ美しい。
だからこそ、悲しさに胸が震えた。
司が、他の女性のために美しく自らを整えている、それは正直耐えがたい光景だった。
君を愛していると囁いてくれたあの嵐の夜が、まるで夢のようだ。
もしかしたら全てはすみれの妄想にすぎなくて、司は相変わらずすみれのことはただ居候兼、家族だと……そう思っているのかもしれない。そうでなければもう、この状況を受け入れることが出来そうにない。
私情を捩じ伏せ、すみれは必死に冷静さを保ちながら、ワゴンのほうへ向かおうとした。これから給仕に入らねばならない。
だが、そんなすみれの肩を、大きな手がひょいと掴んで引き寄せた。
「待って。『これ』はどういうことかなぁ。なんで今日、よりにもよってすみれちゃんが給仕なの?」
瑰の声がすぐ頭上で響く。すみれは驚いて立ちすくんだ。
瑰はすみれの肩を軽く抱きながら、司を見つめて真顔で問うた。
「司殿。俺は今回、もう一つの『お願い』をしていたはずだよなぁ」
「……あぁ、そうでしたっけ」
司がうっすらと微笑み、そんな瑰に動じず応じた。
「申し訳ありません。失念しておりました」
そのわりには、司の態度は泰然としていて、とても自らの落ち度を謝罪する側の態度ではなかった。
「……へえ」
瑰が、ぴくりと眉を上げ呟く。
何の話なのだろうかとすみれは首を傾げた。だがどんな話であったとしても、今、瑰に肩を抱かれる理由にはならないような気がして、微かに身じろぐ。
司の前で、瑰に──いや他のどんな男でも、馴れ馴れしくは触れて欲しくない。それはもう、理屈ではなかった。
「あの……瑰さっ……さま?」
うっかり瑰さんと言いかけて、言葉を詰まらせたすみれを見下ろし、瑰がにっこりとほほ笑んだ。
「いいよ、瑰さんで。すみれちゃんにはいつも通りに呼ばれたいなぁ」
「……」
すみれはなんともいえぬ居心地の悪さを覚えたが──次いで瑰が告げた台詞は、そんな居心地の悪さなど些細なことだと思えるほどの、強烈な衝撃を確かにすみれに与えたのだ。
瑰は顎に手を添え、司に不敵に笑ってみせながら──言った。
「やれやれ。司殿。俺は今回、瑠利華と司殿の縁談以外にも、俺とすみれちゃんの縁談も同時に進めたいと、そう書いたはずだけどなぁ?」
「…………え?」
今、何を。
問いかけるように瑰を見上げれば、瑰はすみれには優しく笑んで見せながら頷いた。
「そ。俺は司殿に申し込んでおいたはずなんだよ。すみれちゃんとの縁談も進めたい、と。なのに肝心のすみれちゃんはメイド姿で給仕か。彼に何も聞いていなかったわけだね? すみれちゃん」
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