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心はいまだ戦場に
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5章
とりあえずなんとなく将来の展望が見えたところでシュリエルは喫茶店を出た。
町行く男達は相変わらずシュリエルをチラチラ見ているが、シュリエルはそんなことは一切気にせず町外れまできた。
気付けば夕暮れ。
畑には瑞々しい野菜が夕日をうけてキラキラと輝いていた。
この景色を、国土を守るために軍に参加したはずだった。生まれながらに武術に秀でていたとはいえ、それなりに修行は辛かったし、軍隊生活では理不尽なことにも会った。
そんな努力も、思いも、ちっぽけな領土紛争のために使われたと思うと、はかない気分になった。
この世界には、三種の人間が存在した。
癒しの能力を持って生まれる大多数。
武力魔術の力をもって生まれる小数の人間。
そして、シュリエルのように一般武芸に秀でた能力を持つ人間。
いずれの人間も、その能力にそれぞれ差が存在する。シュリエルの母は癒しの能力を持つが、大多数の人間のように、擦り傷程度までしか回復させることはできない。
父は一般武芸型だったが、シュリエルのように飛び回れる筋力や骨格は有していない。
選ばれた者が、そうでないものを守る、それが人倫に反しない生き方だとの道徳感が浸透したのは、しかし、シュリエルの生まれる少し前だった。
それまでは、確たる格差社会で、庶民は圧倒的な能力をもつものにいいように扱われてきた。
僅かばかりの能力を持つ庶民。なかでも女達は
搾取の対象として弄ばれてきた。
シュリエルは、その話を祖母からよく聞かされたため、男はどうも苦手だった。
夕陽が完全に地平に隠れ、代わってきれいな月が出てきた。
町外れでは定期馬車を待つ人以外に、人通りはなかった。
シュリエルは一本小道に入る。幼いときは、通るなと言われていた細く暗い道だ。
シュリエルは夜目がきく。その時だった。
「あれがダウニー家の一人娘か」
後ろから声がした。
振り向くと男が四人、大木の影から出てきた。
汚い格好で、いかにも引き上げ兵といった雰囲気だった。
ツバがよれ、油じみた麻の帽子を被った男が一歩前に出た。夜目がきくのだろう、まっすぐこちらを見ているのがわかった。
シュリエルは黙ったまま男の腰まわりを確認する。
「あんたのファンだぜ。月報じゃ大した活躍だったみたいじゃないか。それにしてもこんなにそそる女とはな、、」
隣の男も下卑た笑い声をあげる。
「たまんねえなあ、みろよ、あの乳」
「武芸達者な騎士団長様も、戦争が終わりゃ、ただの色っぽい姉ちゃんだな」
シュリエルは無視して、また歩きだした。
末端の規律もくそもない兵士の戯言は無視するに限る。それはシュリエルが長い軍隊生活で学んだことのひとつでもあった。
「なめられてんなあ、、たまらねえな。ルルタの女戦士より、よっぽどそそるな。おい!」
帽子の男の合図で、端の痩せた男が詠唱を始めた。と、シュリエルの足元が白く光りだした。
束縛系の魔術だ。シュリエルは呆れ果てた。
詠唱から発動まで時間がかかりすぎる。よくもまあ、こんなやつが、いやこんなやつだからこそ、戦争を生き残ったのだろう、、。
死んでいった仲間達は、みな勇猛果敢な戦士だったというのに、こいつらは、後方で占領地の治安維持、つまりは女あさりをしていただけのカスどもだ。
シュリエルは魔術は扱えない。が、対魔術の訓練は嫌というほど受けた。
ふくらはぎに力を集中させる。詠唱が終わり、白い光がシュリエルを抑え込むように絡み付く―前に、シュリエルは跳ねた。そして、何かを右手に持って、帽子の男のすぐ前に立った。時間にしてコンマ数秒だ。
男はぎょっとして、立ちすくむ。
シュリエルは右手に髪の毛の束を掴んでいた。そしてその下には、目を剥いた男の生首があった。
「お、おま、おまえ、なんてことを、、!」
言い終わった直後。
首をもがれた死体から血が吹き出し、そのまま死体はぐしゃりと倒れた。
「、、ひっ!!」
男達はシュリエルに背を向け駆け出し、腰が抜けた男は逃げようとする男の脚にしがみついた。
「っ!はなせっ!」
醜い。シュリエルはそれだけ思った。
生首を茂みの中に放り込み、シュリエルは男を続けて二人狩った。
最後には帽子の男だけが残った。
血お匂いが辺りに満ちた。
シュリエルは男の膝を蹴り飛ばし、逆方向に曲げた。
「、、っ!がぁっ!!」
男は痛みに悶絶する。
「お前のようなゴミが死なず、立派なものだけが死んでいく」
シュリエルを見上げた男は、彼女の目の鋭さ、冷たさに、戦慄した。
「っ、か、っか、あ、」
冷徹な、あまりにも人間離れした瞳に、男は言葉を発することさえできなくなった。
「消えろ、この世から」
ドンッ!
鈍い音とともに、男の頭が体からとれた。
グシャっ!
そして、木の幹に当たって潰れた。
シュリエルは男の血が首から飛び散る前に、跳ねた。そしてふわりと地面に降り立つ。
暗闇。そして血の匂い。木々の不気味なささやき。戦場となにも変わらない。
明日には騒ぎになるだろう。しかし、これは他の復員兵どもへの警告ともなる。
無惨に殺せばそれだけ、相手へのメッセージは強くなる。
シュリエルは、まだ戦場の中にいた。
心も、そして体も。
シュリエルは返り血のついていないことを夜目で確認して、トボトボと生家への道を辿った。
とりあえずなんとなく将来の展望が見えたところでシュリエルは喫茶店を出た。
町行く男達は相変わらずシュリエルをチラチラ見ているが、シュリエルはそんなことは一切気にせず町外れまできた。
気付けば夕暮れ。
畑には瑞々しい野菜が夕日をうけてキラキラと輝いていた。
この景色を、国土を守るために軍に参加したはずだった。生まれながらに武術に秀でていたとはいえ、それなりに修行は辛かったし、軍隊生活では理不尽なことにも会った。
そんな努力も、思いも、ちっぽけな領土紛争のために使われたと思うと、はかない気分になった。
この世界には、三種の人間が存在した。
癒しの能力を持って生まれる大多数。
武力魔術の力をもって生まれる小数の人間。
そして、シュリエルのように一般武芸に秀でた能力を持つ人間。
いずれの人間も、その能力にそれぞれ差が存在する。シュリエルの母は癒しの能力を持つが、大多数の人間のように、擦り傷程度までしか回復させることはできない。
父は一般武芸型だったが、シュリエルのように飛び回れる筋力や骨格は有していない。
選ばれた者が、そうでないものを守る、それが人倫に反しない生き方だとの道徳感が浸透したのは、しかし、シュリエルの生まれる少し前だった。
それまでは、確たる格差社会で、庶民は圧倒的な能力をもつものにいいように扱われてきた。
僅かばかりの能力を持つ庶民。なかでも女達は
搾取の対象として弄ばれてきた。
シュリエルは、その話を祖母からよく聞かされたため、男はどうも苦手だった。
夕陽が完全に地平に隠れ、代わってきれいな月が出てきた。
町外れでは定期馬車を待つ人以外に、人通りはなかった。
シュリエルは一本小道に入る。幼いときは、通るなと言われていた細く暗い道だ。
シュリエルは夜目がきく。その時だった。
「あれがダウニー家の一人娘か」
後ろから声がした。
振り向くと男が四人、大木の影から出てきた。
汚い格好で、いかにも引き上げ兵といった雰囲気だった。
ツバがよれ、油じみた麻の帽子を被った男が一歩前に出た。夜目がきくのだろう、まっすぐこちらを見ているのがわかった。
シュリエルは黙ったまま男の腰まわりを確認する。
「あんたのファンだぜ。月報じゃ大した活躍だったみたいじゃないか。それにしてもこんなにそそる女とはな、、」
隣の男も下卑た笑い声をあげる。
「たまんねえなあ、みろよ、あの乳」
「武芸達者な騎士団長様も、戦争が終わりゃ、ただの色っぽい姉ちゃんだな」
シュリエルは無視して、また歩きだした。
末端の規律もくそもない兵士の戯言は無視するに限る。それはシュリエルが長い軍隊生活で学んだことのひとつでもあった。
「なめられてんなあ、、たまらねえな。ルルタの女戦士より、よっぽどそそるな。おい!」
帽子の男の合図で、端の痩せた男が詠唱を始めた。と、シュリエルの足元が白く光りだした。
束縛系の魔術だ。シュリエルは呆れ果てた。
詠唱から発動まで時間がかかりすぎる。よくもまあ、こんなやつが、いやこんなやつだからこそ、戦争を生き残ったのだろう、、。
死んでいった仲間達は、みな勇猛果敢な戦士だったというのに、こいつらは、後方で占領地の治安維持、つまりは女あさりをしていただけのカスどもだ。
シュリエルは魔術は扱えない。が、対魔術の訓練は嫌というほど受けた。
ふくらはぎに力を集中させる。詠唱が終わり、白い光がシュリエルを抑え込むように絡み付く―前に、シュリエルは跳ねた。そして、何かを右手に持って、帽子の男のすぐ前に立った。時間にしてコンマ数秒だ。
男はぎょっとして、立ちすくむ。
シュリエルは右手に髪の毛の束を掴んでいた。そしてその下には、目を剥いた男の生首があった。
「お、おま、おまえ、なんてことを、、!」
言い終わった直後。
首をもがれた死体から血が吹き出し、そのまま死体はぐしゃりと倒れた。
「、、ひっ!!」
男達はシュリエルに背を向け駆け出し、腰が抜けた男は逃げようとする男の脚にしがみついた。
「っ!はなせっ!」
醜い。シュリエルはそれだけ思った。
生首を茂みの中に放り込み、シュリエルは男を続けて二人狩った。
最後には帽子の男だけが残った。
血お匂いが辺りに満ちた。
シュリエルは男の膝を蹴り飛ばし、逆方向に曲げた。
「、、っ!がぁっ!!」
男は痛みに悶絶する。
「お前のようなゴミが死なず、立派なものだけが死んでいく」
シュリエルを見上げた男は、彼女の目の鋭さ、冷たさに、戦慄した。
「っ、か、っか、あ、」
冷徹な、あまりにも人間離れした瞳に、男は言葉を発することさえできなくなった。
「消えろ、この世から」
ドンッ!
鈍い音とともに、男の頭が体からとれた。
グシャっ!
そして、木の幹に当たって潰れた。
シュリエルは男の血が首から飛び散る前に、跳ねた。そしてふわりと地面に降り立つ。
暗闇。そして血の匂い。木々の不気味なささやき。戦場となにも変わらない。
明日には騒ぎになるだろう。しかし、これは他の復員兵どもへの警告ともなる。
無惨に殺せばそれだけ、相手へのメッセージは強くなる。
シュリエルは、まだ戦場の中にいた。
心も、そして体も。
シュリエルは返り血のついていないことを夜目で確認して、トボトボと生家への道を辿った。
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