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五章 修羅の道を往く者

第2話 修羅の戦士

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 遠征二日目。

 いよいよ目的地が見えてきたころ。隊士たちの緊張感は一気に高まった。

 武器を握る手には力が入り、固唾飲む音ばかりが響く。

『随分と殺気立ってるな』

『以前も討伐に失敗しているそうなので、そのせいではないでしょうか』

 以心伝心により二人は心の内で会話を交わす。

 この緊張感に陽葵すらあてられている中、桃弥と月那だけはいつも通りであった。

 とはいえ、月那が見えた不吉な未来もあるため、油断はできないが。

「クソどもが、ぶっころしてやる」

 先ほどまで飄々としていた三谷も、今は憎しみをあらわにしている。

(今からその調子じゃあ、長くは持たないな)

 隊員たちの様子を見て、桃弥は心中で密かにため息を溢した。

 そうしているうちに、敵の姿を目視できる距離まで来ていた。

「総員、戦闘準備!」

 司の号令で、隊員たちは一斉に展開する。怪物を囲み、銃を構える。

 そして、怪物の前には司、彗、森の三人が進む。

「まあ、そりゃそうなるか」

「ですね」

 その動きに、桃弥と月那は理解を示すが、陽葵だけは首を傾げた。

「……どういうこと?」

「ん? あぁ、そういえば七草は赤と戦ったことがなかったな」

 コクコクと頷く陽葵。

「赤ってのはな、規格外の化け物しかいないからな。俺たちのせいで感覚が麻痺してるかもしれないが」

「変に一斉攻撃して、妙にヘイトを買ってしまうと余計な被害出てしまうんです。だから少数精鋭で攻めるしかないんですよ」

「……なるほど」

「それより、七草も混ざってきたらどうだ?」

「……え、わたし?」

「今の七草なら問題ないだろ。良い経験にもなる」

「……桃弥と月姉は?」

「俺たちはもうしばらく観戦に徹する。大丈夫、危なくなったら割り込むから心配するな」

「陽葵ちゃん、頑張って!」

「……わかった。行ってくる」

 そう言って、陽葵はてくてくと走り彗たちの背中を追う。

「さて、お手並み拝見と行こうか」

 ◆

 数十秒走ったところで、陽葵はすぐに彗たちに追いついた。

「え? ひ、陽葵ちゃん? どうしてここに?」

 陽葵の存在に気づいた森は、当惑気味である。

「……桃弥が混ざって来いって」

「っな!? 何を考えてるんだ桃弥くんは!? 危険すぎる。すぐに戻った方がいい」

「……大丈夫」

「大丈夫って、こいつらは鬼どもとはわけが違うんだぞ。子供が相手にできるーー」

「……問題ない。桃弥は大丈夫って言った。だから大丈夫」

「しかしだな……」

 娘のいる森は、小さな女の子を戦場に立たせたくない思いで必死に説得する。しかし、陽葵の意思は固いようだ。

「いいじゃない? その子なら大丈夫っしょ」

「っちょ、彗ちゃんまで何を!?」

「だって、この子たぶんあたしたちより強いよ」

「それはそうかもしれなけどーー」

「それに、桃弥さんが大丈夫って言ったんでしょ?」

 彗の問いに、陽葵はコクコクと頷く。

「じゃあ絶対大丈夫だよ」

 そう言って、彗はにっこりと笑う。その笑顔に、陽葵は思わず見とれてしまう。

「陽葵ちゃんだっけ? ちゃんと話すのこれで初めてかな。あたしのこと知ってる?」

「……うん、月姉のお友達」

「そうそう、ツッキーの友達の沢城彗。よろしくねぇ」

「……七草陽葵。よろしく」

 少女二人が挨拶を交わしている間も、森はずっと渋い顔をしていた。

 さすがに見かねた司は、森を宥めるべく言葉をかける。

「あの亘くんが大丈夫というなら問題ないでしょう。彼の性格は森さんもご存じのはず。身内を危険に晒すような真似はしません」

「…………」

「危険があれば彼の手助けも期待できます。違いますか、森さん?」

「はぁ、わかった。ただ、無茶はするな」

「……了」

 こうして、怪物討伐の主力に三人に陽葵を加えた四人は戦闘に身を投じた。

 四人の足取りと共に展開した包囲網は徐々に狭まる。

 四人は、いよいよ敵まであと50mのところまで来ていた。

「……人?」

「人のように見えますが、あれはれっきとした怪物です」

 食糧倉庫へつなぐ道の途中で、二匹の怪物が立ちはだかっていた。

 両方とも人の形をしているが、生憎人とは思えない容姿をしている。

 一人は双剣を携えた剣士。身には和装、腰には二本の脇差。しかし、その身に肉はついておらず、骨だけとなっている。いわゆるスケルトンである。

 赤く、そして禍々しく光る眼窩。真っ黒に染まった骨。体を劈くような殺気。どれもが怪物の力を物語っている。

 もう一人は、長髪を縛り上げた女性。手甲と真っ黒な道着を身に着けた武闘家のような風貌。しかし、その体はあまりにも白く、美しかった。微かに透けているようにすら思えるほど。

 そして骸骨剣士の方とは異なり、彼女からは全くと言っていいほど気配を感じない。不気味なほどに。

 二体の怪物が、動き出す。

「来ます!」

 司の号令に、四人は二手に分かれる。

 陽葵と司は剣士の方へ、彗と森は武闘家の方へ一斉に駆け出す。

 剣士の方へ向かった陽葵と司。前衛を陽葵、後衛を司が勤めていた。

 ブン!

 陽葵によって振るわれた鈍器は骸骨剣士の進行軌道を捉えていた。

 そのまま行けば間違いなく当たる。

 しかしーー

「……っ!? 危ない!」

 骸骨剣士は骨とは思えない跳躍力を見せ、陽葵の頭上で一回転する。そして、そのまま陽葵を無視して司へと駆け出した。

「いきなり私を狙いますか。意外と執念深いのでしょうか」

 だが、司の方はいたって冷静だった。

 右腕を左の脇腹に添え、腰を落とす。まるで抜刀のような構えを取りながら、こう呟く。

「炎帝」

 右手を払う。

 瞬間、司の右手から炎の刃が飛び出る。

 その刃は骸骨剣士の首に吸い込まれる真っ直ぐに打ち出された。
 
 だが、これでやられる骸骨剣士であるはずもない。

 腰に添えた脇差を抜き、炎を切り裂く。

「っ!? ッチ、二度同じ技は通用しない、ということですね」

 実は、司は前回の討伐で一度この技を見せている。前回はこれで足を止めてくれたが、今回は切り裂いてきた。

「では、これでどうでしょう」

 右手を前に突き出す司。するとその動作と共に、無数の火球が周囲に浮かぶ。

「行きなさい」

 司の号令と共に、炎の球は骸骨剣士を飲み込む。

 ドン、ドン、ドン、ドン、ドン

 上昇気流が立ちのぼり、灰塵が巻き上げられる。

 視界が奪われる中、司は絶えず周囲の警戒に尽力していた。

 しかし、それでも危険度赤の接近には対応が遅れる。次の瞬間、骸骨剣士の刃は司の首を捉えていた。

 だがーー

「……追いついた」

 骸骨剣士に追いついた陽葵は、迷わず鈍器を振るう。その一撃で、骸骨剣士の後退を余儀なくされる。

「すみません、助かりました」

「……相手、強い」

「えぇ、大変な戦いになりそうです」

 額に一筋の冷や汗をかきながら、司はそう呟いた。

 一方、女武闘家の方へ向かった彗と森も苦戦を強いられいた。

「っは!」

 勢いよく走り出す彗。その速度は、かつての桃弥を彷彿とさせるほどである。

 手に槍を握りしめ、突進と同時に槍も突き出す。

 大気を切り裂くような一撃。

 しかし、女武闘家難なくいなして見せる。突進直後の彗の隙を突くように、手刀を見舞うがーー

 ドドドドドドドドド!

 森はそれをさせなかった。怪物へ向けて銃を乱射する。森の射撃と同時に、周囲の隊士を彗を補佐するように銃を放つ。

 その甲斐もあって、彗はすぐさま体勢を整え、次の突進を準備する。

 その繰り返しであるが、消耗しているのは彗たちの方だ。銃弾も無限ではないし、彗の超突進は極めて体力を消費する。

 長続きはしないだろう。

 陽葵と司、彗と森。どちらも厳しい戦いを強いられていた。

 ◆
 
 そんな四人の戦いを、桃弥たちはただ見ていた。もちろん、いつでも介入できるように準備はしているが。

「月那、どうみる?」

「髑髏の方、強いですね。陽葵ちゃんがあんなに押されるなんて」

「機動力が高いからな。七草とは相性が悪いのだろ」

「同意です。司さんの援護があるから、どうにか戦線を維持しているように思えます」

 二人の戦いぶりを見て、桃弥と月那はそんな評価を下す。

「司のあの能力……」

「桃弥さんの風纏と同類の力ですね。あまり使いこなせていないようですが。雷の鬼の言葉を借りるなら、『火輪』といったところでしょうか」

 地・水・火・風・空

 『風』は桃弥に、『空』は雷牙に宿っている。司が『火』を持っているとすれば、残されるは『地』と『水』の二つ。

「さて、一体誰が持ってるのやら」

「残りの五大勢力じゃないですか? もしくはまだ鬼が生きているとか、ですね」

「そうだな。まあ考えても仕方ないか」

 そう言って、桃弥は視線を陽葵たちから彗たちへ向ける。

「彗ちゃん、強いですね」

「あぁ、あの突進力中々のものだ」

「速さなら私以上かもしれません……負けてられませんね!」

「いや、お前脚力強化に振ってないだろ」

 桃弥の見立てでは、彗脚力強化に能力を振っている。でなければ、これほどの速さが出るはずがないからだ。

 だが、それでも桃弥の中でもは何かが引っかかっていた。

「ん? 脚力強化持ちにしてもあの突進力は異常だな」

「そうですか? 私には昔の桃弥さんも同じ動きをしていたように思えますが」

「最高速度自体はあれぐらい出せてもおかしくはないが、問題はその加速力と急停止だな」

 そう。彗は今でも突進と急停止を繰り返している。昔の桃弥では取らなかった戦略だ。

「今ならともなく、昔の俺があの動きをしたらとっくに足の骨が折れてるな」

「え? マジですか?」

「マジだ。だから何かからくりがあると思うのだが」

 あまりにも足に負担をかけることは、いかに脚力強化持ちと言えど繰り返せることではない。

「特殊能力の線もあるにはあるが、あれはどっちかというとーー」

 脳内で能力の詳細を精査したところ、ある能力がヒットする。

 ーー衝撃軽減

「衝撃軽減で急停止と急加速の衝撃を減らしているのだろう」

「そんなことまでわかるんですか?」

「あくまで推測だがな。脚力強化持ちにしか分からない感覚だろう。にしても上手いことを考えたな。あのスタイルなら敵に攻撃が当たった時も相当の衝撃が走るだろうから、軽減系の能力でそれも和らげているのか」

 彗の戦闘スタイルに、桃弥は感心したようにうなずく。

 すると、その瞬間戦局が急変する。

「まずいな」

「陽葵ちゃんたちの方ですね」

 激しい戦闘を繰り広げているせいで、コンクリートの地面はすでにぼこぼこである。

 特に彗の突進あとは地面の荒れ方がひどい。

 戦場が移り変わることで、彗が作った凸凹に陽葵徐々に移動している。

 気づかぬうちに足を取られると一発アウトだ。

「俺が行こう」

 ナイフを取り出し、一歩踏み出す桃弥。

 すると、予想通り陽葵は窪みに足を取られ体がゆれる。

 その隙を骸骨剣士が見逃すはずがない。そう思ったと桃弥は、韋駄天と天狗風を発動。

 陽葵たちまでの距離はざっと200m。桃弥なら一瞬でつける距離だ。

 しかしーー

「あ?」

「え?」

 桃弥は動きを止めた。そして、月那も目を見開く。

 ーー骸骨剣士は一気に二人から距離を取ったのだ。

「あの隙を、つかなかったのか?」

「未来が、変わりました」

 確実に勝利できる状況下でなぜそんな行動をとるのか、桃弥たちには理解できなかった。

「手、抜いてやがるのか?」

 怪物が人間に手加減をする。なぜ? なんのために?

 そんな疑問が脳内を過る。

 その瞬間、骸骨剣士の赤い眼窩は桃弥を捉えた。

「っ!?」

 一瞬だけの目が合ったが、その眼窩には意志が宿っていた。

 桃弥を挑発するような、桃弥に期待するような、そんな意志を感じた。

「これは、まさか……」

 骸骨剣士の行動に、桃弥はある可能性にたどり着いたのだった。
 

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