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第12章
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しおりを挟むイヴァンは無事に一命を取り留めた。
ノエルが開発した解毒剤が功を奏し、前の人生とは違う展開になってノエルはホッとしていた。
そして医師の話ではイヴァンだけではなくお腹にいる子供の心音も正常に聞こえていると診断され、ノエルはレイシスに肩を抱かれながら安堵の涙を流した。
イヴァンはまだ本調子ではないが峠は越え、彼の寝室には一部の人間しか出入りできないようになっている。
「………ノエルがいてくれて、本当によかったよ…」
「殿下、あまり無理をされず眠ってください」
「うん……ノエルがいてくれるから、安心だね……」
食欲が戻らず柔らかい流動食のようなものしか摂取できていないからか、イヴァンの顔には疲労が滲んでいる。
それでも、生きているだけいい。
死ななければそれだけで価値があるのだ。
「毒を盛った犯人は……」
「……それは、体調が回復してからお話ししましょう」
イヴァンの額に滲む汗をぬぐいながらそう言うと、イヴァンは何かを察したのか目を伏せて小さく頷いた。
もうそろそろ、尋問を終えたレイシスたちが帰ってくるだろう。
イヴァンが眠ったのを確認してノエルが部屋を出ると、レイシスとジルベールがちょうどこちらに歩いてきているところだった。
「ノエル、殿下の容体は?」
「安定してる。食事をとって寝たところ」
「そうか、ありがとう」
ジルベールが疲れた顔をしながらホッと息を吐いて、ノエルの肩をぽんっと撫でる。たったそれだけでジロリと鋭い視線が飛んできたので、ジルベールは満面の笑みでノエルの頭を撫でた。
「……気が立っているときにわざとそういうことしないでいただけますか」
「こら、レイシス様」
「ノエルは優しいな~。よしよし、いつもありがとうな」
「ジルも、わざとレイシス様を挑発しないで」
何年経っても二人は犬猿の仲のままだが、昔よりはお互いに歩み寄る姿勢を見せている。
仕事としてのパートナーなら上手くやっているのに、どうしてこうも仕事以外になった途端にお互い牙を剥くのかちっとも分からない。
「とりあえず、別室に行こう。マティアス殿下も待ってるから」
イヴァンはレガルドから持ってきた茶葉で淹れた紅茶を飲んで毒を盛られたので、この件に片がつくまではマティアスを含めレガルドの使者たちはロードメリアに残ってくれている。
一応マティアスたちにも話を聞いた上で、今日『真犯人』の尋問を終えたところだ。
「お待たせしました、マティアス殿下」
「いや、大丈夫だ」
「それで、毒を盛った犯人についてですが……」
「ロードメリアの第一王子であるルシアン・ウェントワースと、王妃であるカリーナ・ウェントワースによる犯行でした」
淡々としたレイシスの声にノエルは目を伏せてため息をついた。
マティアスからイヴァンに贈られた茶葉は開封してすぐ毒が混ざっていないか確認し、最初の一杯目は毒味もして異常がないと確認されていた。
イヴァンとマティアスに出す紅茶を用意したのはロードメリア側の、イヴァンに仕えているメイドが淹れたものだ。
「イヴァン殿下とマティアス殿下に紅茶を用意したメイドの遺体が見つかりました。食糧保管庫の冷暗所で」
「……罪の意識から自害したのか?」
「いえ……遺体を調査した医師の話では、あのお茶会の前日が死亡していたと思われる、とのことです」
「つまり、当日いたメイドはどういうことだ?」
「ロードメリアではオメガ以外の人間は魔法が使えます。その魔法の中でも厄介なのが"暗示魔法"……つまり、自分の姿を別人に変えることもできるんです」
「なるほど。では誰かがそのメイドを殺し、姿を借りていたということだな」
「はい。ただ、暗示魔法はそんなに長い時間は保てません。でも強い魔法使いなら別です」
「カリーナ・ウェントワースは、昔から貴族令嬢の中では優れた魔法の腕をもつアルファの令嬢でした」
「王妃というからには所作も完璧、か」
殺されていたメイドに扮していたのは王妃であるカリーナ・ウェントワース。そして毒味薬の侍従に扮していたのはルシアン・ウェントワースだったのだ。
二人はあの日、混乱に乗じて姿をくらましていたが、毒味役の侍従を完璧には始末し損ねていたらしい。詰めが甘いとはこのことで、本物の毒味役は大怪我を負っていたがルシアンとその侍従たちから襲われたのだとハッキリと覚えていた。
もとよりルシアンは保身を第一に考える性格で、捕らわれてすぐに王妃が協力者だと暴露した。
もちろん王妃は自分ではないと弁解していたが、部屋の中から処分に間に合わなかった毒薬が出てきたのが決定的な証拠となった。
そして二人の証言に共通していた不思議なことがあり、二人とも『夢の中の悪魔に指示された』と言っている。
イヴァンを殺せと夢の中の悪魔に命令されてやったのだと、イヴァンではなくルシアンが次期国王にふさわしいからと実行したのだと言う。
ただそれにしては詰めが甘く、処理が雑。
何かに脅迫されて慌てて実行したような、そんな気さえする。
この事件によりカリーナ王妃とルシアンは処刑が決まり、国王の正妃にはイヴァンの母が繰り上がり、国王はイヴァンの出産後は彼に王位を譲ることを早々に決めた。
「こちらの問題に巻き込み長らく拘束させたこと、心から謝罪します」
イヴァンの代わりにジルベールがマティアスに頭を下げ、ノエルとレイシスも同じように頭を下げた。
今回はきちんとした調査をしてくれたから犯人が明らかになったが、はたから見るとレガルド側の悪意として受け取られるような事件だったのだ。
これでまた前のようにレガルドとの間に亀裂が走ったらどうしようかと思っていたが、それより前からの信頼関係もあったのが幸いして、マティアスは理解を示してくれた。
「これから先、10年後も50年後も、私たちが死んだあとの未来でもロードメリアとの交流が続いていれば許そう」
ロードメリアではイヴァンが王になるべき人間だと思うが、レガルドではマティアスが王になるべき人間なのだなと、言動や態度で分かるものだ。
ノエルたちはもう一度マティアスに礼を伝え、レガルドの使者たちが帰路につくのを見送った。
それからしばらくしてイヴァンの体調は回復し、お腹の子供も順調に成長。それと同時期にカリーナ前王妃とルシアンの処刑が決行された。
イヴァンは事件の真相をジルベールから聞かされ処刑の場にも居合わせたが、彼は何を言うわけでもなく、ただただ二人の最期に涙を見せた。
そしてやっと、ノエルはイヴァンを死なせないという最大の目標を叶えたのだ。
「お疲れ様でした、ノエル」
「レイシス様も」
「僕は何も。あなたの思いが悪に勝っただけです」
レイシスに抱きしめられながら大きなベッドに横になり、なんだか久しぶりに安心して眠れるような気がした。
ルシアンたちの処刑が実行されるまでまだ何かあるかもしれないと気を抜くことができず、ずっと緊張状態だったのだ。
でもイヴァンの死を回避できたので、これからはきっと何事もなく過ごせるだろう。
「……二人が言っていた"夢の中の悪魔"って、ウィンターのことでしょうか」
「正直分かりません。二人は悪魔に指示されただけで、ウィンターの名前は言ってませんでしたから。その話を聞いてすぐ地下牢に行ってみましたが、彼は何も知らないの一点張りで。ただ、ウィンターを疑っていたほうがいいと思います」
「でも、魔力は封じられているんですよね?それなのに、レイシス様がされていたように悪夢を見せられるんでしょうか」
「……分かりません。あの人がどれくらいの力を持った魔術師なのか、全く分からないんです」
ノエルが直接ウィンターに話を聞きたいが、それは禁じられている。次は何があるか分からないからとノエルはウィンターの面会を制限されていて、レイシスだけが彼に会えるのだ。
でものらりくらり、かわされていると言う。非常にウィンターらしいと思ったが、牢屋の中からも『魔術』を使えると見たほうがいいのかもしれない。
「あなたのこともエイルのことも僕が守るので安心してください。きっと大丈夫ですから」
「はい、レイシス様。俺はレイシス様がいたら安心して眠れます」
イヴァン毒殺未遂事件から約5年後、ノエルが31歳になりレイシスと結婚11年目を迎えた年。
この年が再び二人を別つ年になるとは、誰も想像していなかった。
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