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第32話 僕の知らない彼女 ACT 17

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このスマホの中にはどれだけの思い出の画像があるんだろうか。
幼い時の彼のその姿から徐々に成長して変わりゆく姿を眺めていく。

そして、ある画面から一人の少女の姿が現れ始めた。
恵美だ。まだあどけない顔をしたかわいらしいこの顔。

確かに記憶にある。この僕の記憶の中にもその彼女の姿はあった。
本当に、この二人は幸せな時間を過ごしていたんだ。
もし、響音さんがあんな事件にまきこまれなかったら。もし、この二人が今映る画像のように仲睦まじく時を過ごすことができたなら。
この家族も、政樹さんたちも。枯れ行く花をただ眺めているような生活を、送らなくてもよかったのかもしれない。

「あ、これ。響音と恵美ちゃんがあの街にある楽団で演奏した後に取った写真」
そのあと……画像が切り替わることはなかった。

溶けた氷がグラスの中のウイスキーを程よく薄めてくれているのだろう、ごくっと、幸子さんはその中身を飲み干す。
「はぁ―、これでおしまい」
その写真こそ最後の一枚だった。この後悲劇はこの二人を襲ったのだ。

「ああ、恵美ちゃんとこのまま結婚させてもいいかなぁって。そんなことミリッツアさんたちと話していたの懐かしいなぁ。ねぇ、結城にしてみたら、気になるんじゃないこんな写真見ちゃったら」
「気にならないって言ったら嘘になるかなぁ。でもなんかヤキモチ妬く気にもならないていうのが本音かな。だって、二人あまりにも似合いすぎているんだもん。僕の入る隙間なんて。誰も入ることなんて、この二人の間には出来ないんじゃないのかなぁ」

「あらま、以外と冷静なのね。もっとなんかあるのかと思ってたけど」
「なんかって?」
「ジェラシーとか?」
ウイスキーのボトルを手に取り、グラスに注ぎながら彼女は言う。

今度は水割りにするようだ。ちょっと飲みすぎかな?
まぁ―でも母さんと律ねぇの二人、よくこうして飲んでいたのを思い出す。
二人とも結構お酒は強かったから、こうして幸子さんが飲んでいるのを見ても何も違和感はない。
むしろ女の人が酔う姿を、なんだか久しぶりに見ている。それが懐かしい。ついこの間の事だったんだが……。

「ふぅ――――ん、そうなんだジェラシーさえ感じないほど、お似合いだって結城も認めるんだぁ―」
「そりゃそうでしょ。こんだけ幸せそうな恵美の顔なんて、見たことないんだもん」
「あははは、そっかぁ―、我が息子ながら、誇りに思うぞ! えへへへへ、親ばかでしょ私って」
「いいんじゃないんですか。親ばかで」

「うふふ、ああ、なんかおんなじこと言われたの思い出しちゃったなぁ、恵梨香さんに」
「母さんも同じようなこと言っていたんですか?」
「うんうん、言っていたよ。それにさ、私も言い返してやったよ。恵梨香さんも相当な親ばかだって。そうしたらさ、私よりも、もっと親ばかなのはこの人だって。太芽さんの方を真っ赤な顔して指さしてんだよ。可愛いって思ったなぁ―」

「そっかぁ、そんなことがあったんですか。僕は全然知らないことばかりです。恵美と響音さんが付き合っていたことも、響音さんが事件に巻き込まれて亡くなってしまったことも。……そして、恵美が……苦しんでいることも」
そうなんだ僕は何も知らなかった。……知らされていなかった。

その時だふと思い出す。本当に幼いころ、恵美と一緒に遊んでいた時のことを。
金髪の髪。ぽっちゃりとしながらも少し、日本人離れしたその顔。笑うととても可愛いまるで人形のような女の子。

「結城は、大人になったら、私のお婿さんになるんだよ。これは今私が決めたから! いい、わかった!」
ああ、そう言えばそんなこと言っていたな彼奴。

でも、どうして僕はあそこに行くのを拒み始めたんだろう。
何故だろう。思い出せない。
父さんも母さんも、僕を誘わなくなった。
そして、自然とあの子の記憶も僕の中から消え失せた。

それが時を経て、また僕らは再会した。再会と言えるのかどうかはともかくその存在を思い出した。
空白のこの時の間。起きたことはお互いに知らないことばかりだ。


「もうこれくらいにしておこうかな」さっき作ったグラスの水割りはもう空になっていた。
ほんのりと顔を桜色にさせた幸子さんのその表情は、あの時車の中で見た大人の女を思わせるような感じではなく。なんだろう。ただ、可愛いという感じにしか見えない。

うっとさ、でも人妻だぞ! 母さんと同じくらいの人だぞ!
でも、何だろう……吸い込まれるように僕は……彼女の唇に自分の唇を重ねていた。

彼女の腕が僕の体を強く抱きしめてくる。

多分僕らはとても長い時間。
唇を重ね合わせていた……。

それでもその先には、進むことはなかった。
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