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「侍女に?」
「実は刺繍に必要な物がも買ってきていただきたいのです。ジョアン様のお屋敷へ行った帰りにちょうど頼めるのではないかと……。通り道に店はありますし……。その、刺繍の材料に関してはある程度知識がある者に頼みたいのですが……」
 お父様がああ分かったと頷いた。
 ほっと息を吐き出す。
「じゃあ、お願いします」
 ミリアと執務室を出て、足りない刺繍糸を買ってきて欲しいとお金を渡す。
 これで、侍女が侯爵家へと手紙を届けに行っても不審がられないだろう。
 布を洗って、絞って干す。それから袖を直したドレスにアイロンを当てる。
 少し乾いた布にアイロンをして乾かしていく。
「これで最後」
 アイロンをかけ終わってからから、布の端をぬってハンカチにしていく。
 それからやっと刺繍だ。
 花の形を思い出しながら、花びら1枚1枚丁寧に刺繍していく。
 白いモス・フロックス。。ピンクのハンカチに白い花を散らしていく。
 どれくらい散らせばいいだろう。ハンカチ全体に刺繍してしまうと、使いにくくなってしまいそうだ。
 あと、ここと、ここに……2つくらい花を刺しておしまいにしよう。
 と、ハンカチを両手で持ち上げて全体のバランスを見ているところでノックが響いた。
 もう食事の時間だろうか?
 お父様に言われて使用人が近づくことはないし、お父様はノックをすることもない。
 ドアを開くと、ミリアがいた。
「買ってまいりました」
 刺繍糸を差し出すミリア。
「うわー、素敵ですね。白い刺繍糸を何に使うのかと思ってたんですよ。色のついた布のハンカチは初めて見ました。綺麗ですね。とってもかわいいです」
 机の上に置いた作りかけのハンカチに目を止めたようだ。
 目を輝かせてハンカチを褒めてくれる。
「ありがとう」
 ミリアにも刺繍してあげたい。
 ハンカチにはできない小さい布なら使っても怒られないかな。糸も少しなら使っても分からない?
 あ……。
 私、今まで何かしたいと思うことも、誰かに何かしてあげたいと思ったこともほとんどなかったけれど……。
 私は……ハンカチ1枚を贈る自由もないんだ。
 糸一つ、自分が自由にしていいものはない。買うお金もない。
 そして、日が昇ってから暮れるまで仕事をして、夜しか自由になる時間がないけれど、明かりのための蝋燭も自由にならないから……。刺繍をするための時間も……。今だと、刺繍をしたいと言えば、糸も蝋燭も手に入るけれど……。出来上がったものは私の自由にならないだろう。
 それが当たり前だったから、何とも思わなかったけれど。

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