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6 いっぱい罰してやる   ★

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     ◆いっぱい罰してやる

 私の部屋を黙って出て行ったラダウィのことが、気にかかっていた。
 この国の王子に手を上げたのに、弟は頑として謝ろうとしなくて。ラダウィは自分になにもしないと言って、楽観的に見ているけれど。
 王族に無礼な態度をとると死罪になる、そんな国にいるという自覚が、私にはあった。
 一生懸命謝れば、ラダウィは許してくれると思います。
 特に、ラダウィと華月は、親友なのだから。
 とにかくすぐにも、弟の行為を謝らないと…。その一心で、王子の部屋に向かった。

「お会いできないそうです」
 ラダウィの教師兼世話係でもあるムサファに、入室許可を取り次いでもらおうとしたが。
 彼は頭を下げるばかりだ。
 ラダウィが嫌だと言えば、顔を見ることすら叶わないのが、この屋敷での常識です。
 だけど。このままでは弟に厳罰が下されるかもしれない。
 最悪の事態を避けたくて、私はムサファに食らいついた。

「困るんです、先生。すぐにもラダウィ様に謝罪をしないと…」
「夕食のあとに、いらっしゃい。それまでは処分が出ないよう、私が王子をおさえておきますから」
 ムサファは、柔らかい笑みを浮かべているが。
 今は絶対に通せない、という厳しい空気を感じた。
 ものすごく焦ってはいたが。仕方なく、私はいったんその場を下がったのでした。

 そして、夕食後に再びラダウィの私室を訪れると。
 今度は、入室の許可をもらえた。のですが…。

「まだ、華月様への処分は出ていません。ですが、相当ご機嫌斜めなので。覚悟なさい」
 少し脅すような忠告をムサファにされて。私は、今の状況がかなりシビアなのだと、察した。

 弟を守れという父の言葉を、思い出す。
 その約束を果たすためにも、兄として、この窮地をなんとかしなければならなかった。
 もしも、どうしても処罰されるなら。

 自分が受けよう。

 華月はたぶん、私がラダウィにいじめられていたのだと、誤解したのだ。なら原因は、自分のようなものです。
 覚悟を決め。王子の部屋に足を踏み入れた。

     ★★★★★

 夜半過ぎから砂嵐が来るようで、窓の外は風が強く、音が鳴っていた。
 その闇夜を、ラダウィは窓越しに目にしている。
 私がそばにいることを、気づいているはずですが。振り返らない。
 その態度が、彼の怒りが相当であることを表していた。

「あの、ラダウィ様。先ほどは弟が無礼を働いてしまい、申し訳ありませんでした。弟は、ちょっと誤解しただけなのです。私が謝りますから…」
「誤解、か…」

 王族の証である、長いゴトラをひるがえし。ようやくラダウィが振り向いた。
 年下であるのに、意志がはっきりしているからか、自分なんかよりも断然、大人びた、精悍な顔つきをしています。
 厳しい視線、引き結ばれた口元、堂々とした態度。
 王子の雰囲気にのまれ、私は彼から目を離せなくなった。

 彼も、私を見やっていて。
 その金色の美しい瞳に、いっぱいみつめられ。
 嬉しいような、怖いような、気になる。

「王族に手を上げることは、重罪だ」
「わかっています。でも、ハナちゃんが死罪になるなんて。それだけは、どうかお許しください」
 指を組み、神に祈るかのようにして、私は彼に懇願した。
 それを見やり、ラダウィはハッと鼻先で笑う。

「ハナは私の親友だ。死罪にはしない」
 王子の寛大な採決に、許されたのだと思って。私は喜びに、笑みを浮かべたが。
 彼の表情は、いまだ険しいままだった。

「だが、親友だと贔屓ひいきして、今回のことを不問にすれば。王族の権威が損なわれる。だから弟の代わりに、レン、おまえが罰を受けろ」
 華月の代わりに、自分が死罪?
 そう思うと、さすがに。
 心臓が耳元にあるみたいに。体の内で、ドクンドクンと激しく鳴った。
 弟の罪を自分が受けよう…って、思っていたはずなのに。

 いざ、本当にそのような展開になると。情けなく足が震える。

「おまえは友ではないからな。罰しても、心は痛まぬ」
 ドキリと鼓動が大きく跳ねたあと、心臓が止まったような気がした。
 冷たい金色の瞳に見下ろされ。目の前が、真っ暗になる。

 ラダウィに、はっきりと友達ではないと言われた。

 心臓に針が突き刺さったみたいに。胸がズキズキと痛んだ。
 だけど。それは当然のことかもしれない。
 だってラダウィは、いつも怒ったような顔で、私を見ていましたから。
 気の利いた会話もできないし。スポーツも遊びも、上手くやれなくて。
 そう思うと、実につまらない男です。
 彼が自分に声をかけるときは、必ず華月がそばにいないときでしたね。
 いつだって、華月が来るまでの時間つぶしでしかなかった。

 それでも。さっきは、少しは友達みたいに振舞えたような気がしたから。
 それが気のせいだったとわかって。
 心はぐしゃぐしゃになって。涙で目が潤んでしまった。

「どうするのだ? レン。罰を受けるのか? 受けないのか?」
 私は傷心に打ちひしがれていたが。
 彼に問われ、気を引き締める。
 ひとり、傷ついている場合ではなかった。弟の命がかかっているのだ。
 ここで腑抜けているわけにはいかないと、自分を叱咤した。

「…私が、罰を受けます」
 告げると、ラダウィはゆったりと私に近づいて。
 手でそっと、私の頬を撫でた。
「そうか、えらいな? レンは、弟想いの兄だから。きっとどんな罰でも引き受けられるのだろうな?」
 そう言って、ラダウィは笑うが。
 その笑みには、悪魔が人の生死をもてあそぶような残忍さが垣間見えるようで。
 背筋がぞくりとした。

「では、まず。床にひざまずいて、聖布にくちづけを捧げ、謝罪の意を示せ」
 言われたとおりに、私は行動した。
 彼の前で、両膝を床につけ。ゴトラの先を捧げ持って、布にキスをする。
 スパイシーな香が焚き染めてある。彼の香りだと思った。
 鼻の奥をくすぐるこの香りを、生涯忘れません。
 まばたきほどの命、かもしれませんけど。

「この所作は、身内にしか許さぬ特別な挨拶だ。私が求めたら、この所作を実行しろ」
「身内、ですか?」
 ほんのわずかに、心が浮き立つが。
「そうだ。身内と…私の従僕だけだな」
 足された言葉に、再びどん底に突き落とされた。
 友にもなれない自分は、きっと従僕の方ですね?
 それでも、ラダウィに特別な挨拶を許されたことは、とても嬉しかった。
 王族が身につけるゴトラは、モスクでひと月以上祈りが捧げられた、聖布である。それに触れられるのは、彼が許しを与えた者だけだから。

「光栄です、ラダウィ王子」
 顔を上げ、彼に微笑みかける。
 ラダウィは目を細め、尊大に見下ろすと。強い力で私の腕を引き上げた。

「もう許された気になっているのか? 罰はまだ始まったばかりだ。さぁ、なにをしてもらおうか?」
 引っ張られながら、隣室へ連れて行かれ。見たこともない大きさのベッドに投げ捨てられた。
 その乱暴さに、もう、すぐにも、殺されてしまうのかと思って。身をすくませる。
「ラ、ラダウィさま…」
 ベッドの上を、座った状態で後ずさりするが。
 彼は面白がって、膝立ちで私を追いかけてくる。
 逃げ場などなく、すぐに彼に捕まり。私の体の上にラダウィがまたがった。

「怖いのか? レン。その顔…たまらないな」
 彼の手が、私の頬を撫でて、首筋へと降りていく。
 昼間も、同じような手の動きで、ラダウィに触れられて。
 私は喜んだのに。
 今は、首を絞められるかもしれないという恐怖を感じていた。
 彼の言う罰が、どんなものかわからないうちは。なにもかもが恐怖を掻き立てる。

「そのように、泣くほど怖いなら。生真面目に弟の罰など、受けなければよいではないか?」
 目の際に溜まった涙の雫を、王子がぺろりと舐める。
「逃げてしまえばいい。私の前から逃げないと、今度こそ本当に、その身を喰らってしまうぞ?」
 涙を味見するように、舌で唇を舐め回したラダウィは、おもむろに首筋を噛んだ。
 先ほども受けた、息が止まるような衝撃。
 あの、甘酸っぱく身を焼いた体感を思い起こして、私の体はビクンと震える。

 もし、力の限りに、王子が首筋を噛みちぎったら。
 そんな恐れもあるけれど。
 それでも、弟に罪を負わせられない。

「に、逃げません。ラダウィ様に、この身を捧げます、から。どうか、弟は…」
 体をこわばらせたままで、声だけを出すと。
 ラダウィは喉の奥で愉快そうに笑って。あやすように、歯を立てた首筋を舌で舐めた。
「いいだろう。おまえが最後まで、逃げずに、私の罰を受けられたのなら。ハナの行いは不問にしてやる」
 王子が、華月の件に目をつぶると請け負ってくれたので。
 私はホッとしたのだが。
 その刹那、シャツを引き裂かれてしまい。その力任せの振る舞いに、おののいてしまった。

 シャツの切れ目からのぞく素肌に、ラダウィが手を差し入れ、繊細な動きで撫でる。
「おまえは、色が白いな? シャツの下は、特に。陶器のようになめらかな肌だ。ここも…可愛い色をしている」
 薄い桃色に色づく胸の上を、くすぐるように指でたどる。
 今まであまり意識したことのない乳首を、彼の指が、ここにあると暴いて。
 その、むず痒くも感じる感覚に、胸がきゅんと高鳴った。

 なにをされるのか、わからなくて。恐ろしい。
 確かにそう感じているのに。
 体が、彼の指先の動きに反応して。
 心地が良いと、さざめいている。

「服を脱げ」
 尊大に言い放たれた命令に、私は唇を震わせたが。
 ただ、従うしかなくて。
 裂かれたシャツのボタンを外していった。
 寝台の上で、ズボンも下着も脱いで、一枚一枚、床に落としていく。

 その過程を、つぶさに、金色の瞳に見られ。
 私は恥ずかしさに、身を赤くするけど。
 彼の目に映っていること自体が、嬉しかった。

 ラダウィには、いつも意地悪ばかりされて。今も罰を受けている最中だというのに。
 そんなことを思ってしまう自分の気持ちが、自分でもよくわからない。
 でも。どうしても。なにをされても。
 ラダウィを好きだと思ってしまう。
 その気持ちは、自分ではどうにもならないものだった。

「これから…時間をかけて、いっぱい罰してやる。覚悟しろ、レン」
 低い声を吹き込んで、ラダウィは私の耳たぶを甘くかじる。
 この身を捧げると告げた通りに。
 私は今度こそ。彼に、身も、心も、命も、ゆだねたのだ。

 
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