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13 陛下にこの身を捧げます

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     ◆陛下にこの身を捧げます

 ラダウィのプライベートルームで、寝台の上に腰かけている私は。彼のくちづけを受けていたのだが。
 唇を離したラダウィが、私をみつめて、言った。
「この髪はなんだ?」
 髪と言われ、一瞬わからなくて。小首を傾げたが。子供の頃にされたみたいに、指先で毛先をツンと引っ張られた。
「髪を染めるな。私はおまえの赤い髪が好きなのだ」
「申し訳ありません。そのようにいたします」
 反射的に謝ってしまうが。好き、と言われて。胸の奥がポッと温かくなる。
 今は、濃茶に染めているけれど。元の髪色は明るめの赤髪で。
 それは華月とも同じなので。
 ラダウィに赤い髪が好きと言われれば。同じ髪色の私も嬉しい。

 私の頭を大きな手で包んで、抱き寄せ。ラダウィは、髪のような、耳の際のような場所にキスする。
「覚悟は、できたか?」
 尾てい骨を震わせる、彼の低い囁き声に。聞き惚れてしまう。
「…はい。陛下にこの身を捧げます」
 ずっと焦がれていた彼と、これから肌を合わせるのだと思うと。好感と期待と不安で、鼓動が早く高鳴る。
 私の答えに、ほんのわずか、王が目を細める。
 喜んでもらえたら、嬉しい。
 私は弟の身代わりだから。なにも拒まず、求められたことはなんでもしようと思っていた。

 のですが。
 ラダウィは私のズボンのベルトを解いて、前を開くと。いきなり臀部に手を突っ込んできた。そして、後孔を指先で揉む。
 しかし、そこは。十年以上前に彼が触れたあと、開かれていない場所だ。
 思春期の好奇心で、ラダウィの指を思い出して、一度だけ自分でしてみたこともあるが。
 彼がしたような快感を得られず。むなしさも強くて。それきりそこには触っていない。

 彼は指をねじ込んでくるが。
 まだ、体も高まっていないし。そもそも挿入に慣れていないので。たかだか指一本で、私は苦しげな息をついてしまった。

「まるで、はじめてのように慎ましやかな蕾だな。その点は悪くないが、これではおまえの中に入れぬ」
 私は無理やり指や彼自身を挿入されることも、覚悟していましたが。ラダウィはそうしなかった。
 寝台の脇にある小机から、なにやら取り出し。
 渡されたのは。小さな箱と液体の入った小瓶だ。箱の中には、中指ほどの太さの、円筒形のものが入っている。
「精油で後ろをほぐし、この玩具で中を開け。おまえを抱くのはそれからだ」
 小瓶には、油が入っているみたいです。
 ラダウィはいきなり行為に及ばず、後ろの準備をする猶予を与えてくれたみたいだった。
 後孔に指を入れただけで、顔をしかめる…愛する人を、労わったのだろう。
 この場合の愛する人は、華月のことですけど。
 でも、玩具を使うのは。優しい、のでしょうか?
 こういうことの経験がないので、よくわかりません。

「本来、王は挿入するだけで。それに至るまでの体や後ろの準備は、使用人にさせることもあるのだぞ? だが愛する者のあられもない姿を、他人には見せたくないからな。そこはおまえに任せよう。それとも、私が手ずから手伝ってやってもよいのだが?」
 私は、首を横に振って、渡された物を持って洗面脱衣所に入った。

 これは、王を受け入れるための準備なのですね?
 それを、私に任せてもらえたのは…良かったです。
 私も知らない人に、尻穴に油を塗りつけるような、情けない姿を見られたくはありません。
 
 後ろをボディソープで入念に洗ってから。私は、久しぶりに。意図を持って、そこに指で触れた。
 ラダウィをこれから受け入れなければならないのだから。思い切って、油をまとった指を挿入する。
 意外にも、するりと入って、驚いた。
 油って…油ってすごいのですね??

 子供のときは…いや、今でも。あまり性的なことに関して、詳しくない。
 ラダウィが初恋だと自覚して、男性同士のセックスはどうするのかを、調べたことはあるけれど。それぐらいで。
 こういう、油で後ろをほぐしたり。それ用の玩具だったり。
 そういうのは、全く知らなかった。
 だから、この油を子供のときに知っていたら…自慰のエキスパートになっていたかもしれませんっ。
 たらればな話は、このぐらいにして。

 円筒形のピンク色した玩具には、コードのようなものがついている。
 そうですね、中に入れて取れなくなったら、怖いですからね。命綱、みたいなものでしょうか?
 とにかく、先端の丸いところに油を塗って、座薬を入れるみたいにして中に入れ込む。
 うぅ、座薬より、当たり前ですが異物感がすごいです。
 力を入れると、出てきそうだから。思い切って、奥の方へ押し込む。
 これぐらいで音を上げていたら、ラダウィのモノを受け入れることはできないんですからねっ。
 頑張れ、自分。
 とりあえず、すべきことをして。コードの先についている機械みたいなものは、ズボンのポケットにしまった。
 乱れてしまったスーツをピシリと整え。洗面所から出る。

「準備ができたか?」
 たずねてきたラダウィに。私は背筋を伸ばし、社員の顔でうなずいたが。
 彼の手の中にある、なにかの機械のボタンを、彼が押した途端。
 私の中にある玩具が、ブルブルと動いたっ。

「ひぇっ…」
 その、はじめての体感に私は驚いて、ビビッと背中を引きつらせる。
 アレは、ただの張り型だと思っていたのに。
 まさか、動くなんて。

「ははっ、良い反応だな? よいか。玩具を自分で外したり、勝手に自慰をしたりしたら。契約はなしだ」
 そんな無体なことを言われたら。このブルブルを我慢するしかありませんが。
 楽しげに、王が二十五歳の年相応の顔で笑うのを見て。
 なにも言えなくなってしまう。
 ラダウィの笑顔にとことん弱い、私だった。

     ★★★★★

 私の体が玩具で開かれるまで、夕食を先に済ませようということになって。
 ラダウィと私が寝台に座っている状況で、部屋に食事が運び込まれていく。
 食卓の準備で、使用人が目の前を過ぎていく最中も。ブルブルと玩具は動いていて。
 体の中で振動する異物に心がそらされ、落ち着かない。
 ちらりと視線を送っても。彼はただ、ニヤリと笑うばかりで。
 相変わらず、意地悪です。

「あの、機械を止めていただけませんか?」
 思い切って、ラダウィに告げる。
 これは、お願いであって、背くわけではないので。怒らないでください。と心の中で思う。
 すると、王は。
 怒らなかったけれど。無情に首を横に振るのだ。

「馬鹿な。おまえの体を蕩けさせるためにしているのだ。止めるわけない。この澄ました美しい顔が、淫らにほころぶのを見るのが、楽しみだというのに」
 美しいなんて、誰にも言われたことがないから。目をみはる。
 ラダウィは、私の頬を撫でながら。うっとりと目を細め、囁く。
「まぁ、すでに、蕩け始めてはいるようだが。その白皙の顔が、ほんのり桃色に染まって。冴えた瞳が潤んできたら、食べ頃だな? 固く閉ざされた怜悧な唇を、官能の責め苦でこじ開けて。この柔肌を引き裂いて、早く喰らいたい」
 そんな情熱的な言葉で口説かれたら。私はすぐにも体を熱くしてしまうというのに。
 使用人がいるのに、構わずにくちづけられて。
 簡単に、彼の責め苦で唇はこじ開けられ。ゆるゆると舌を絡める彼の手管に、すでに溺れているのだった。
 好きな人にキスをされたら。拒むことなどできませんけど。
 人に見られるのは嫌ですぅ。

「陛下、毒見を確認していただきます」
 目をつぶってキスをしていたから、すぐそばにムサファがいることに気づかなくて。ヒエッとなる。
 玩具が振動する音が、ムサファに聞こえたら。恥ずかしくて死にます。
 そう思っていたら。ラダウィが振動を止めてくれた。
 ホッと息をつく。
 大勢の人の前で恥をかかずに済みました。

 くちづけをほどいた王は、ムサファがすべての皿の食事をひとさじずつ口にするのを見て。また人払いする。
 部屋に誰もいなくなり。ふたりだけのディナーになった。

「ムサファ先生が、毒見をされるのですか?」
 国王の毒見はとても重要だが。
 ムサファは宰相で国防大臣だと言っていたから。
 国の重役に毒見をさせていいのだろうかと、疑問に思ったのだ。

「あぁ。私の右腕であるムサファは、言わば国の実権を握っているに等しい。私が殺されて、利を得るのも、困るのも、まずは奴だ。国王を利用していたいなら、毒を事前に入念に排除するだろう。また、自分が死んでもダメだからな。毒見役にはうってつけだ」

 食事をすすめながら、彼は話すが。
 それは、ムサファを信じていないともとれる。いや、信じているのか?
 ラダウィにとって、家庭教師だったムサファは。腹心の部下だと思うのですけど。
 自分を殺されたくなかったら、食事に細心の注意を払え。自分を殺したいのなら、食事以外の方法を取れ。
 そんな風に聞こえてしまった。
 とはいえ、ラダウィは国王になって。
 第二王子だった彼がその座に就いたということは。いろいろ裏であったのだろうと察せられるし。
 その過程で、暗殺があったのかもしれないから。
 不用意なことは、これ以上言えないなと…。
 思っていたら、また玩具が振動を始めた。

「ラ、ラダウィ様…」
「難しい顔をして、私とムサファのことを考えているようだが。おまえがまず、気にすることは。このあとの私との情交のみだ。せっかく色っぽい顔をしていたというのに。萎えては困る」

 しかし。お腹の中でアレが動いていると。気になって、食事どころではなくなる。
 ただそこにあるだけでも、ソワソワしてしまうのに。
 それに、異物が苦しいと感じる段階は、もう過ぎていて。
 局部の刺激もないのに。陰茎は固く張り詰めて。内側を刺激するアレの動きで、体中が熱くなる。
 ゾワリゾワリと、淫靡な感覚が行き場もなく渦巻いて。
 恥も外聞もなく、高ぶった自分を慰めたくなってくる。

 自慰をしたら、契約はなし。
 と呪文のように頭の中で唱え、その衝動をやり過ごしていた。

「それはともかく。よく考えてみたのだが。今回の契約は、私に損だと思わないか?」
 王の言葉に、高ぶって上っていた頭の血が、一気に下がっていくような体感を受ける。
「け、契約って…」
 それはもちろん、会社の取引のことだろう。
 確かに、今回の話は。誰が見ても三峰側が圧倒的に有利な取引だった。
 でも、今ここで思い直されてしまったら、困る。
 かといって、国が差配する事案について、私がなにを言う立場でもなく。
 ただ、顔を青くした。

「あの。なにか不満な点がございますか?」
「あぁ、大いに不満だな?」
 きっぱり言われ。私はおののきながらも、頭の中でいろいろ考えた。
 いや、まずは本部長に事の次第を伝えなければ。

「もしも、気になる点がございましたら、早急に調整をいたします。平川本部長を呼んで、ご説明していただきますから」
 今日の会議だけでは、提案に納得できなかったのかもしれないと思い、焦ったが。

 ラダウィは、くくっと喉で笑った。
「会社の件ではない。おまえの先ほどの言についてだ。おまえが言った、私の滞在中だけ従う、というのは。結局、今から朝までしかおまえを抱けないということではないか? 明日には調印し、帰国の途につくからな。それでは、全く満足などできぬ。やはりおまえを、このまま国に連れ帰りたいのだが?」
 私を慌てさせる悪戯が成功したからか。王は至極ご満悦な表情だ。

「それは、申し訳ありません。ですが、三峰商事は、父が死ぬまで勤めた会社です。尊敬する父のような会社員になりたくて、私もこの会社を選びました。まぁ、父のようには到底なれませんけど。ですが、だからこそ。会社を中途で辞めるような不義理はしたくないのです」
 やはりラダウィは、華月を国に連れ帰り、円満に復縁をしたかったみたいだ。

 ですが、仕方がないのです。私は華月ではないので。

 私だけの気持ちなら、ラダウィの求めにはなんでも従いたいのだが。
 偽物の恋人が、彼についていくことはできない。

「そうであったな? おまえの父が中東へ仕事をしに来たことが、私たちの出会いだった。葬式には参列できず、すまなかった」
 国王なので、頭は下げなかったが。とても神妙な顔で彼は謝罪した。
「いえ…国王陛下が、参列だなんて」
 父は伝説の商社マンだったので、三峰商事が、私たち兄弟が恐縮するほどのとても大きな葬式を出してくれて。それだけでも困惑したのだが。
 そこにシマーム国王が参列したら。本当に大変なことになったでしょう。
 想像して、ドキドキしました。

「おまえの一大事に駆けつけたかったのだ。しかし当時は、王が変わったばかりで国政が整わず、国から出られなかった。許せ?」
 食事を終えたラダウィは、席を立ち。私のそばに寄ると、頭をそっと抱え込んだ。
 彼の腕に抱き寄せられ。私はとても大事な宝物にでもなったような気になる。
 勘違いしてはいけないのですが。

「少し、猶予をいただきたいだけなのです。不義理にならないよう、会社のことも、身の回りも整理したら。必ずあなたの元へ向かうと誓いますから。その代わり今日は。あなたの求めになんでも応じます」
 私も席を立って。お願いしますと囁いた。

「…私の元へ来たら、二度と離さぬ。だが、その前に。今宵は存分におまえを可愛がってやろう」
 王が引き下がってくれて、安堵する。
 しかし私は。
 ラダウィが明日帰国すること。そして彼が華月を国に迎え入れたいと思ってることを知り。

 心臓にギュッと痛みが走った。

 兄として、ふたりを祝福しなければならないのに。
 どうしても、心は苦しくてたまらない。
 その想いとは裏腹に、玩具に中をかき混ぜられて、愉悦が満ち満ちて。体ばかりが熱く高ぶっていく。
 そんな状況は、恥ずかしくて。とても口にはできませんけど。
 ラダウィは、ぞくぞくと官能の波が押し寄せている私の変化を、正確に理解しているようだ。
 嵐のように掻き抱かれ、情熱的にくちづけられた。

 あとは大人しく、彼に身を預けていればいい。

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