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36 転生ものでありがちなやつ サファ・ターン

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     ◆転生ものでありがちなやつ サファ・ターン

 ふたりで初々しいエッチをしたあと。
 俺とテオは、シャワーというものを浴びた。
 前世のシャワーという利器は、素晴らしい。
 蛇口をひねると、適温のお湯がシャワシャワッと出るとか、どんな魔法?
 すごく良い匂いのする、髪を洗う専用の、しゃんぷーという液体。体を洗うのも、液体なのか?
 すごーい、アワアワだぁ。
 俺の反応に、テオは苦笑して。でも、俺の頭を洗ってくれたり。体も洗ってくれたり。
 俺は彼のワンコのように、彼の手で洗われることに至福を感じるのだった。
 あと、髪を乾かす、ブオォォー、も画期的だ。すぐに乾くとか、魔法ぉぉ??

 そして、元の服に着替えて、あの黒い椅子のある部屋に戻った。
 その部屋に面した窓から外を見ると、もう日は暮れていて。
 つか、高っか。
 俺は魔法で宙に浮くことはできるが。こんなに高い位置まで上がったことはない。
 さすがに、たわまんの十八階というやつは。腰が引けるな?

 あと。夜、なんだけど。あちらこちらにランプがついていて。光って。
 夜なのに、星も見えないくらい明るいのだ。不思議。
 まぁ、中本の意識に寄せれば、それがこの世界では当たり前なのもわかるんだけど。

「ありがとう、サファ」
 興味津々に外を見ていたら、テオがなんでか、お礼を言ってきて。
 意味がわからず、首を傾げる。
「あの、最中に。俺の名前を、呼んでくれただろ?」
「ん? テオって? いつも呼んでいるだろ?」
 改めてそう言われるから、なんのことか、やっぱりわからなかったけど。
 テオは、わからないならいい、という。ちょっと苦笑するような顔をした。

「なぁ、テオ。ここは、テオの前世なんだろ? ってことは。テオは死んだの? いつ?」
 ここは、聞いておかなきゃ。
 寿命で死んだのなら、俺も爺さんまで生きれば良いわけだけど。
 その前に死んだのなら、それは俺の勇者パワーで回避しなければならないだろ?
 ここで生きると決めたからには。最高に長生きして。テオを幸せにしなきゃ、だもんな?

「それ、聞くぅ? デリケート案件」
「だって、回避できることなら、しないと。病気なら、早めに治療。事故や事件なら事前対処」
 テオが黒い椅子に座ったから。俺も隣に腰かける。

 そして、俺は。ヤバいことを思いついてしまって。ハッとする。
「まさか、中本のせいで死んだ、とか? しょっぱい初恋に悲観して、自さ…」

「いや、事故だよ。転生ものでありがちなやつ。トラックが突っ込んできて…トラックは車の大きいの…うーん、説明難しいけど。とにかくでっかいのに、ドーンされたんだ」
「そうか、良かったよ。いや、良くないけど。一応、俺が入っている中本が、死の原因じゃなくて」
 ホッとした。
 だって、俺じゃないけど、なかもとが原因で死んでいたら。
 テオが俺の顔を見るたびにつらくなるじゃん? 俺はテオから離れられないのに。つらい思いもさせたくないしぃ。ジレンマになるじゃん?

「そんなことはないよ。目の前に、中本いたし」
 そうしたら、テオが。爆弾発言、ぶっこんで来た。意味を把握するのに、ちょっと時間がかかった。

「…え?」
「一緒に、死んだ。たぶん。中本は俺をかばってくれた。トラックには、かなわなかったけど」
 それって。
 テオと中本は同時に死んだってこと?
 じゃあ、もしかして。今、中本の中に入っている俺は。

「俺は、中本じゃない。でも、生まれ変わりってこともあるのか?」
 だって、田代が死んで、テオに生まれ変わったのなら。
 中本も、誰かに生まれ変わっているかも。
 それは、俺かも。

 でも、そう聞いたら。
 テオは、本当にびっくりしたという顔をした。
「もちろん、サファはサファだろ? 顔はほんのり似てるけど、性格が全然違うし。中本の生まれ変わりだなんて、思ったこともないよ? それに、ここに来るまで。俺自身、田代だったことはすっかり忘れていたし。生まれ変わりって言っても、全然役に立たない生まれ変わりだよな? 前世の知識を利用できないし、チートでもないしさ?」
 テオの言うチートは、よくわからない。
 中本の意識に寄ってみても、わからなかったけど。
 それはともかく。

 もしかしたらって、考えてはしまうよな?

「もし、中本が。俺の前身なのだとしたら。俺が勇者に生まれ変わったのは、やっぱりテオを守るためだ。好きだと、誰にでも胸を張って言えるし。それとね、全身で、テオに好きだってアピールするんだ。俺は、中本ができなかったことを、する。テオをいっぱい甘やかして、愛してやるんだ」

「へぇ、だから。サファの好きアピールは、こんなにウザいんだな?」
 結構、良いことを言ったと思うのに。テオは、そんな風にからかうから。
 俺はテオの肩口に頭をグリグリして、言う。
「ひどぉい。テオの、俺への愛が雑ですっ」
「でっかい図体で、かわい子ぶるなよな?」
 テオは軽い感じでハハっと笑って。それで、俺の頭をワシワシっと撫でた。

「…好きだよ。好きって、言ってもらえなくても。好き」
 彼の声が、真剣だったから。俺は黙って、耳を傾ける。
「俺を守り切れなくても、好き。勇者でなくても…好きだよ、サファ」
 前半は、中本へ、だろうか。
 後半は、俺に。テオがそう言ってくれて。
 すっごく嬉しくなって。口元がニマニマしてしまう。

 恥ずかしがり屋のテオの告白は、貴重なのだ。

「テオ。トラックにドーンされる運命を避けて、この世界で、寿命まで一緒に生きよう。俺なら、テオを。田代を。幸せにしてやれる」
 俺はテオを抱きしめて、誓いを立てるつもりだったけど。
 テオは、俺が腕の中に入れる前に、椅子を立ちあがって、窓の外を見た。
 夜なのに、キラキラな景色を。

「それは、ダメだ。そういう未来ではないし。ここは俺の夢の中。現実ではないんだよ」
 そうつぶやくけど。
 こちらを振り返ったテオは。なんか吹っ切れたような、清々しい笑みを向けてくる。

「でも、夢かうつつかわからないけど。中本が俺のことを好きだったって、知れて。良かった。それだけでも、良かった。サファのおかげだな?」
 テオは、ひとつうなずくと。

「サファ、元の世界に帰ろう」
 そう言って、おもむろに窓を開け。

 十八階のマンションのベランダから飛び降りた。

 あまりにも、現実味がなくて。俺は一瞬出遅れてしまって。
 だけど慌てて、俺もベランダから飛び降りる。
 落ちていくテオに、なんとか手は届いた。けれど。
 前の俺なら、魔法でなんとかしのげたけど。今はなにも発動しなくて…。
 あぁ、これでは。

 俺は、助けられなかった!!!

 すごい速度で落下していく中、テオを抱きかかえて。
 そのとき、誰かの意識が見えたのだ。

 血まみれの誰か…田代を、腕に抱えて。人の喧騒が、俺たちを取り囲む。
 冷たいアスファルトに横たわって。でも、広がっていく血の海は、温かかった。
 こんな、死の間際でもなければ。田代を、みんなの前で抱き締められないなんて。
 ふたりきりでも、愛していると、口にすることもできない臆病者で。
 ごめん、委員長。田代。裕。
 あぁ、もしも来世があるのなら。
 裕のことが好きだって。誰の前でも堂々と言える、そんな世界で暮らしたい。
 好き。好きだよ。愛していた。
 この想いが、裕に伝わっていたらいい…。

     ★★★★★

 目が覚めると、そこはラスボスの部屋の中で。
 魔剣の前に、テオもちゃんと立っていた。
 だけど、俺は。怒りをそのままに、剣を抜くと、ユメバクを一刀両断した。
 ナナメに切られたユメバクは、なんの声も発さずに、掻き消えた。けど。

 剣をさやに納めた俺は、振り返りざま、テオの頬を叩いた。両手で、パチンと挟むみたいにして。
 勇者パワーで本気で殴ったら、死んじゃうから。もちろん手加減したけど。
 それでも、テオは。一瞬クラッときたみたい。
「サ、ファ?」
 叩かれたことに驚いたみたいに、テオは目を丸くしているけど。

 俺は、もう。
 本当に、腰が抜けそうになったのだ。

 あのまま死んでしまっていたら、どうする気だったんだっ?
 俺をひとりにするのは、許さないっ。
 針の山に心臓を突き刺した、それぐらいの痛みを胸に抱いて。俺はテオを、狂おしく抱きしめた。

「なんでだよっ? 一緒に生きようって、言ったじゃないかっ?」
 苦しくて、息もできないほど、苦しくて。もがく手で、テオを掻き抱く。

「ごめん。ごめんな、サファ。サファは、俺を殺せないって、わかったから。自分でやらなきゃダメだと思って…」
「だからっ、テオが死ぬなんて、ダメだって言ってんのにっ。俺は、テオと生きるために生まれたんだ。愛してる、好きって、ウザいくらいに、伝えるためにぃ…」

 涙が、止まらなかった。

 子供のときに、魔獣に遭遇しても。
 勇者になるため、王都に行って、親元を離れなければならないときも。
 ひとり孤独をかみしめていても。
 こんなに泣くことはなかったのに。

 俺を泣かせるのは、いつもテオなんだ。

 森で魔獣に出会っても、怖くはなかったが。
 サファのバカ、危ないことばかりするサファはきらーい。って、テオに言われたら。ごめんね、もうしないからぁって、馬鹿みたいに泣いて、許しを乞うたし。
 勇者になるのに、王都へ行くことになって、親と離れても泣かなかったのに。
 テオと離れると思ったら、馬鹿みたいに涙が出て。離れたくないって、駄々をこねたし。
 ひとり孤独をかみしめても、泣かないけれど。
 テオからの手紙が届かないと思ったら。泣けてきたし。

 今も。ユメバクの鑑定をして、死んでも戻れる確証があったのかもしれないけど。
 もし、マジで死んでいたら? って思うと。
 本当に、手の震えは止まらないし。涙も止まらない。

 馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿っ。テオの、馬鹿ッ。

「ごめん。泣くなよ、サファ。悲しませて、ごめん」
「許さない。二度と、こんなの。許さないからっ」
 俺が顔を上げると。
 テオは。
 いつもの緑の髪でペリドット色の瞳を持つテオは。
 照れくさそうな顔をして。笑った。

「はは、べそべそワンコだ。ごめん、ごめんな? 許して、サファ…」
 テオはご機嫌を取るみたいに、頬を濡らす涙を唇で吸って、鼻の頭や額にもキスをするけど。
 そんなのじゃ、許さないからっ。
 俺は、テオの口を口で覆い、深く舌を絡めるディープキスをした。

 ここに、しっかりと、生きたテオがいるって。確認しなきゃ、気が済まない。

 きつく舌を絡めると、オドオドと舌を震わせる初心うぶな、テオ。
 唇を揉まれるのが好きで、うっとり目を細める、テオ。
 遊ぶように舌をくすぐると、鼻でフッと笑う、敏感なテオ。
 全部、全部、元の通りのテオか、確かめなきゃ。

「んっ、ふ、ん、サファ、も、は、ん」
 贖罪しょくざいのつもりか、しばらくはおとなしくしていたテオだが。
 俺の腕をバシバシ叩いてきて。
 もう、なんだよ。俺のお仕置きはこれぐらいじゃ済まないんだからなぁ!
 って、思っていたんだけど。

 なんか、緑色のやつに、俺たちのキスシーンをのぞき込まれた。

「ギニャーーーッ、ドラゴーン!」
 テオが叫んで、俺はテオを背後にかばう。
 魔獣には、指一本触れさせんぞっ!

 テオも仲間も、我に返って、ドラゴンに身構えるが。
 短い腕を、胸の前でモミモミ揉み手して、緑色のドラゴンは申し訳なさそうに言うのだった。
「まぁ、キスのお邪魔をしちゃって、ごめんなさいねぇ? でも、素敵なキスシーンを、近くで見たくなっちゃったのよぉ? あたしったら、出歯亀ね?」
 テヘッと笑うドラゴン。なんか、調子が狂う。

「あなたたちぃ、とっても優秀よぉ? エロの権化ごんげで、素晴らしかったわぁ」
 テオが、エロの権化って…と、ジト目でつぶやいている。
 初心で恥ずかしがり屋なテオが、エロの権化と言われるのは、腑に落ちないのだろう。
 …ベテランおばちゃんは良いのだろうか?

「ユメバクちゃんまで撃破しちゃうなんてねぇ。本当にすごいわぁ? 数多あまたのエロを潜り抜け、ここまでたどり着けたのは、あなたたちが最初ですぅ。あたしぃ、キュンキュンしちゃったわぁ? 特に、エッチな男は嫌いって言っていたユーリが、クリスの誠実さに魅かれて、最後は自分で彼を押し倒しちゃう、その過程とかぁ?」
「なっ、今までのことを、あなたは見てきたっていうの?」
 ユーリは恥ずかしさに顔を真っ赤にするけど、ドラゴンを怒った。
 それでは、肯定になってしまうがっ?

「そうよぉ? このダンジョンで起こったことは、全部見てきたわぁ? 聖女が清楚の仮面を脱ぎ捨てて、クリスを誘惑したりぃ? クリスは教え子に手を出せないって戒めていたのに、魅力的な女性陣のおねだりにあらがえなくてぇ、その過程は最高にドラマチックだったわぁ?」
 ドラゴンは揉み手をしながら、頬を染めて話すけど。
 クリスはいたたまれないのか。そっぽを向いてしまう。

「ユメバクの夢の中ではね? クリスは本当に教師だったから、生徒のユーリとイオナに手が出せないでしょ? だからね、ふたりはクリスを体育倉庫に閉じ込めて、無理やり…うふふ」
「ちょっと、意味深に言わないでくださるぅ? クリスに迫っただけですわぁ? クリスは生徒に手を出さない素敵な教師でしたわぁ?」
 イオナはそう反論するが。クリスは、さらにそっぽを向いて。
 続けてユーリが言う。
「でも、進展は期待できなかったから。テオが早めに脱出してくれて良かったわ? この世界の方が、先生といろいろできるものね?」

 ユーリはクリスの腕を組んで、そう言う。
 すかさず、彼の反対の腕を、イオナが組んだ。
 もう、隠していないんだね? ユーリ、イオナ。

 つか、俺たちが苦しい初恋治療をしていたというのに。裏でそんな、大胆でエロいことをしていたとはっ。

「てか、おい、ドラゴン。なんで俺たちのことを言わないんだっ? 俺たちだって、結構ロマンティックだったろうがっ!」
 牙をむいて、言ってやったら。
 ドラゴンは、手を丸い口に当てて、言うのだ。

「あらあら、あなたたちはダンジョンに入ったときから、好き合っていたじゃなぁい? 確かにサファとのエッチをお預けにしたりとかぁ。鬼畜なテオに、少しキュンだけど。でもあれは、主人がワンコを躾けるプレイでしょ? あたし、プレイは嘘くさくて、あまり好きじゃないのぉ」

 おぉ、ドラゴンめ。俺たちが最初から好き合っていたことに気づいていたとは、お目が高い。
 そうだろぉ? 俺も常々、そう思っていたんだよぉ。
 嫌いって口にしてても、テオは俺のこと、本当は好きだってね?
 野生の勘ってやつだよ。
 この前テオも、子供のときから好き、みたいなことを言ってくれたしさ。
 やっぱ、俺の勘は間違っていなかったってことさ。ドヤァ。

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