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「だからいらないって言ったじゃない」
マリアの顔を見ることができずに、うつむいたまま言い放った。
皿の割れる音で、他の使用人たちが「どうしたどうした?」と厨房の外から声をかけてくる。
足音が近付いてくるのが聞こえて、わたしはマリアを押しのけて、厨房の入口に向かった。
扉のところで駆け付けた使用人とすれ違い「お嬢さま!?」とぎょっとした顔をされたが、まるで逃げるようにその場を後にした。
この屋敷にわたしが落ち着ける場所はない。
一人になれる場所を探して廊下をはや足で進みながら、おかしいな、と思った。
本当は、もっと晴れ晴れとした気持ちになるはずだったのに。
娘が【神々の目】かもしれないと知ったら、父はどうするだろう、どんなことを言うのだろうと、これまで何度も夢想したことがある。
その想像の中では、わたしはもっと誇らしげな表情をしていたのに、どうしていまこんなにみじめな気分でいるんだろう。
※ ※ ※
前代の王がこのオーリッド市内に王宮を建設して移り住んでから朝廷もオーリッドへ移り、現在の王もこちらの王宮で執政をとっている。
現在は、国王と王妃、そして二人の王子が暮らしている。
オーリッド宮殿と呼ばれるその王の居城は、質実剛健を旨としたこれまでの王城に比べて、華美さを前面におしだしたものだった。
はじめて訪問する王宮。
金色の格子の門を越えてから、王宮までの距離がすごく長かった。
思わず馬車の窓から何度も外をのぞいてしまったほどだ。
すでに日が傾いている時間で、赤い太陽の光が木々や彫刻の影を長く伸ばしている。
父はオーリッド市内の官憲を取り仕切る長官の副官をしている。
普段は詰所で勤務することが多いようだが、王城内に立ち入ることもあるらしい。
父の手前、あまりはしゃぐことはできなかったが、そわそわと手を握ったり開いたりするのは止められなかった。
王宮へ到着すると、入口で待っていた役人に名前を確認され、「お待ちしておりました」と案内されて奥へ進んだ。
わたしたちの前後にも馬車はいて、同じエントランスホールの前で下車しているのだが、他の紳士や貴婦人たちは別の会場へ向かっているようだった。
どこへ行くのか気になって何度も振り返っていると、
「今日は隣国からの新しい大使の歓迎パーティーがあるんですよ」
と案内が教えてくれた。
途中すれ違う紳士や貴婦人たちはみな華やかで洗練されていて、自分が浮いていないか心配になった。
ドレスは宮廷に出入りする叔母からアドバイスをもらったものだが、肩の肌がむきだしになったタイプのもので、まさかこんなものを着ていけるはずがないと言っていたのだが、宮廷内の貴婦人を見る限り、叔母の助言に従っておいて本当によかったと胸をなでおろした。
肩はすーすーして心もとないが、鎖骨を隠すようなドレスを着ている貴婦人は一人も見ない。
案内によって通されたのは、応接間のような、ソファがある部屋だった。
そのソファで父と並んで座っていると、「こちらで少々お待ちください」といったん部屋から出て行った案内の役人がしばらくして再び戻ってきて、
「お待たせいたしました。どうぞこちらへ」
といったので、わたしはソファから立ち上がり扉に向かったが、途中で父がついてきていないことに気が付いて立ち止まり、背後を振り返った。
父はソファから立ち上がりもせずに、ぴんと背筋を伸ばしてじっと正面を見ている。
「エリザベス嬢のみとのことですので」
背後から案内の役人に声をかけられ、わたしは訳も分からずうなづいて案内のあとに一人ついていった。
廊下を歩き、王宮の奥までやってきたところで、案内が一つの部屋の前で立ち止まり、扉をノックした。
「エリザベス嬢をお連れしました」
「入れ」
その返事に、案内は扉を開けると「礼をしたら許しが出るまで頭を上げないように」と忠告して、わたしに入室を促した。
灯りの少ない部屋の中には、一人の男性がいた。
服装がずいぶんしゃれていて、遠目で見た感じ若いような印象を受けるが、「こちらへ」と言われて近付いて目尻や額に刻まれたしわを見ると、案外父と同じくらいの年齢かもしれないと思った。
「エリザベスと申します」
スカートをつまんで礼をした。
この相手がどういう身分かは説明されていなかったけれど、尊い身分のかただということだけは分かる。
頭を下げて視線を相手のつま先に固定したまま、男の言葉を待つ。
待つこと数拍、男性は一言も発しない。
わたしはその間、緊張のあまり、あえて気持ちを相手からそらそうとでもしたのかもしれないが、男性の靴を凝視していた。
その靴はつま先のとがった、見たこともない形をしていた。
本来の足の形を無視しているように思えるし、歩くときに邪魔ではないかと思うのだが、これが王宮風のオシャレなのだろうか。
「カーディナ地方の風習を知っているか」
突然かけられた問にはっと息を飲んだ。
わたしが答えるより前に、男性が話を続ける。
「女児が生まれると、その子が将来美人にならないように祈るのだそうだ。そしてもし美人に育ったら、家から出さないようにするらしい。美人は不幸になるからだと。なぜ優れたものを隠そうとするのか、と思ったが、理由を聞けばなるほどたしかに理解できる。美人は男たちの争いの種になり、女たちの嫉妬を買うからだそうだ」
なんの話をしているのかは分からなかったが、まだ頭を上げていいと許可が出ていなかったので、そのままの姿勢を続けた。
話は一転する。
「最後の【神々の目】の目がどんな能力を持っていたか、そなたは知っているか?」
「いいえ、存じ上げません」
「それもそのはず、彼女の能力は公にされてはいなかった。彼女は嘘を見抜く能力を持っていたのだ」
公にされていなかったと言いながら、それをさらっと教えられて動揺する。
秘密の情報を知っているこの男性がどんな立場のかたなのか、そしてどういうつもりでわたしにそれを伝えたのか、まったくつかめない。
「その【神々の目】を持ってしても、自分の運命から逃れることはできなかったようだ。彼女は産褥から身体が回復せずに、そのまま命を落とした」
感想
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