はじまりのえんぴつ~鉛筆を拾ったら話したかったあの子に話しかけられました~

歩くの遅いひと(のきぎ)

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素直になりきれない私は私のペースで想いを伝えていきたいと思います

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 甘い言葉と落ち着く匂い。好きだなんて言わなくてもわかってほしい。
 私は、そういう人間だ。

「衣玖ちゃん、今日も好きだよ」
「‥‥そう」

 同じクラスの甘風(あまかぜ)ふうみは今日で5回目の「好き」を告げる。
 クラスメイトがまだ誰も来ていない早朝の教室で。

「ん、」
「あ、ごめんね?苦しい?」
「別に、いいから」

 離れないでよ。
 私、衣玖(いく)まやはそんな気持ちを込めて甘風さんの後ろに回していた腕に力を入れる。そうすると「ぴっ?!」なんて声を出すからおもしろい。

「~~、衣玖ちゃん、可愛い‥‥好き」
「知ってる」

 あぁもう、可愛くない。なんでそこで私も「私も好きだよ」くらい返せないんだろう。
 みんなにこの関係がバレたくないからって甘風さんはわざわざこんな朝早くから来てくれているっていうのに。

 私‥‥最低じゃん。
 なんで好きなの、私なんか。

「‥‥衣玖ちゃん」
「な、に‥‥」
「何にも。不安そうにしてたから」
「っ‥‥!」

 だから、なんでお見通しなんだろう。なんで、こんなに優しいんだろう。
 いつまでもこの体温に甘えてしまいそうで怖いんだ。

「衣玖ちゃんは頑張り屋だからいっつも自分でなんとかしようとしちゃうよね」
「‥‥さすが私の元ストーカー」
「うぅ゛、言い返せませんけれども」
「ごめん、可愛くなかった」

 もっと言いようがあっただろうに。なんでこんなことばかり言っちゃうんだろう。さすがの甘風さんだって怒ってしまうじゃないか。

「衣玖ちゃんはぜんぶ可愛いよ」
「っ‥‥」
「ずっと好きだったから。そんな衣玖ちゃんが私の腕の中にいてくれるなんて夢みたい」
「なにそれ、変なの」
「不安になんてならないでよ。私は衣玖ちゃんが私の世界にいてくれるだけで幸せなんだから」
「‥‥‥‥うん」

 またさらに力を込めて。離れてしまわないように。甘風さんはいつも優しく抱きしめてくれるけど、私はちょっとだけ物足りない。

「もっとギュッてして、つかまえててよ」

 私のこと、離さないでいて。

「‥‥衣玖ちゃん、ほんと可愛い」

 紅く染まった顔。きっと、私もだ。

「みんなが来るまで、キス‥‥していい?」

 答えなんて分かりきってるくせに、甘えた瞳で聞いてくるからたまらない。
 言わせたいのかわざとなのか分かんないけど、別に、嫌じゃないし。

「好きにして」

 恥ずかしくて逸らした顔をクイっと持ち上げられてしまう。あぁ、スイッチ‥‥入っちゃったかな。

「衣玖ちゃんが可愛い」
「はいはい」
「衣玖ちゃんが好きだよ」
「‥‥知ってる」

「衣玖ちゃん、目‥‥閉じて」


 それが合図なら、私もいいかげん素直にならなきゃフェアじゃない。私ばかりドキドキするのは寂しいから。


「好きよ、甘風さん」



 今日は私からキスをしよう。リップ音を残して、甘い口付けをあなたに捧げよう。
 私だってあなたに負けないくらい、あなたのことが好きだから。

 そう囁けば真っ赤になって固まるお姫様に、とどめの一言を。



「私のことずっと、離さないでいてね」


 それが私のお願い。
 素直になりきれない私の、精一杯の甘えだった。
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