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優しい恋人がいるのになんだか満たされない私はいったいどうしたらいいんでしょうか?
しおりを挟む優しい手の感触に目を閉じて。
重なった唇に、幸せだなんて思った。
「‥‥可愛い、好き‥‥」
「っ‥‥」
うわ言のように漏れでる言葉たちは、おそらく無意識で、嘘がない。
だからこそ、余計にドキドキして落ち着かないんだ。
「衣玖ちゃん?」
「な、なんでもない」
目を逸らしたことを、拒否だと思ったらしい。悲しそうに眉を下げて少しだけ距離が空く。あんな言葉を簡単に言うくせに、こういうところももっと積極的になってほしい。
私が甘風さんを、拒否するはずがないのに。
「なんて顔してるの」
怯えた子犬みたいな顔をする甘風さんにデコピンをひとつ。離れないでって何度言わせるつもりだろう。
「好きよ、甘風さん」
そう言ってキスを落とせば真っ赤になりながら元気になる姿。あなたの方がよっぽど可愛いと思う。
「好き、好き‥‥衣玖ちゃん」
「ん、」
でも、なんだろう。
ちょっとだけ、本当にちょっとだけ。
「(物足りない‥‥)」
そんなことを思ってしまう自分がいた。
甘風ふうみは私のことを好きらしい。それもけっこう熱狂的に。だからこそなのか、優しすぎるんだ。ぜんぶ、ぜんぶ。
「キスが物足りないって‥‥欲求不満?」
「ちが、違うよ!」
最近の悩みを打ち明けてみればなんて爆弾発言。慌てて私、衣玖まやは相談相手であり悪友の山奈(やまな)ちさとの口を塞ぐ。
「いやだって、まやのその話の内容だとそれしかないんだけど」
「違う‥‥絶対に違うから」
「強情な‥‥」
違うから。絶対に違うもん。
甘風さんのキスは好きだし優しいから嫌いじゃない。ただ、ほんとにちょっとだけ、何かが足りないんだ。
「優しいだけじゃ物足りなくなったか」
「そんなんじゃないから!私、今だって満足してるもん!」
「物足りないって言ってたじゃん」
「うぐっ‥‥」
そんな早く帰りたいからさっさと結論行こうみたいな姿勢はやめてほしい。なんなの、推し以外は興味ないの?
「今日聞いた推しっぷるの話が尊すぎて‥‥早く帰りたいです」
「みなまで言わないで!」
てか何よ推しっぷるて。
ちさとちゃんは同じクラスの端咲みゆちゃんとこの学校の卒業生、篠山りいなの2人に夢中になっているらしい。
「モブに光あれ‥‥」
「なんて?」
「とにかく、物足りないならまやの方から誘ってみたら?」
「なんて言えばいいの」
「舌出してって」
「なんかやだ!全年齢のにしてよ!」
「まやって性教育中学生レベルで止まってる?」
やかましい。
そういう問題じゃない。ちさとちゃんは相談しやすいからつい頼っちゃうけどほんとに良いアドバイスをされた試しがない。
「はぁ‥‥放課後一緒に帰る約束を断ってまで相談にきたのに‥‥」
「ろ、露骨なため息やめてよ‥‥」
つまりはそういうことか。誰かに頼ってばかりいないで自分でなんとかしろと。なるほどね。
「ありがとう、時間の無駄だったわ」
「それ絶対ありがとうって思ってないよね?」
さて、どうしようか。もう甘風さんは帰っちゃっただろうし。
「一緒に帰る?」
「パス。だれかは知らないけどまやの恋人にそんなとこ見られたら当て馬になっちゃうし」
「あの人はヤキモチとかやかないと思うけどなぁ」
「いやいや、モブとしてその展開は私には荷が重い」
「何がモブよ。いいから帰ろうってば」
「暗い中一人で帰るのが嫌ならそう言えばいいのに」
「‥‥うっさい」
図星をついてくるんじゃない。
こんなやりとりしてる間にも段々と日は落ちて暗くなるじゃないか。
「もう、当て馬とかどうでもいいから」
「いたた、ちょ、引っ張らないでってば」
頑なに席から立とうとしないちさとちゃんの手を引っ張るけど、なかなか立ってはくれない。だいたい誰かと一緒に帰るだけで甘風さんが嫉妬するわけないでしょ!
「もう、は、や、くぅ~!」
「なにしてるの?」
さっきまで二人で騒いでいた空間が、一気に静まり返る。振り向くと、さっきまでの話題の中心、甘風ふうみがそこにいた。
「甘風さん‥‥」
「なに、知り合い?まや」
「あ、うん、ちょっと‥‥ね」
どうしたんだろう。先に帰っててって言ったのに。私の恋人の正体を知らないちさとちゃんは無邪気に誰だれ?と聞いてくる。さっきまで当て馬になるからやだって言ってた相手だよ‥‥とは言わないけど。
「山奈さん‥‥だっけ?先生が探してたけど大丈夫?」
「えっ、何それ知らない」
「怒ってたから急いだ方がいいかも」
「わわ‥‥ありがとう!ごめんまや!今日はこれで!」
「あ、う、うん」
急いで荷物を持ったちさとちゃんが教室から逃げるように去っていく。どの先生が呼んでいたかも聞かずに‥‥分かるのかなぁ。
「ねぇ、探してた先生って」
「いないよ、そんなの」
「えぇ?!」
大体あの人初対面だしなんて淡々と答える甘風さんに、少しの違和感を感じてしまった。
「甘風‥‥さん?」
「なぁに?衣玖さん」
カチャリと響く鍵の音。無意識に一歩下がってしまう。
「呼び方、ヘンだよ‥‥というか、先に帰ったんじゃ」
「先に帰ってた方がよかった?」
いつも通りじゃない声に、ゾクリとした。なんとも言えない緊張感から、額から汗がツゥっと流れた。
「‥‥だめだよ」
「へ?」
「衣玖ちゃんが誰と話したって誰と居たって誰と遊んでたって私は何も言わないけど、日直の用事があるって嘘ついて、誰かと会ってるなんて、そんなの」
「え、ちょっと‥‥甘風さ」
何が言いたいのかよく分からなくて、とりあえず近くへ駆け寄ると静かに腕を掴まれた。
「ごめん」
「な、に‥‥んむっ」
普段とは似ても似つかない力で引っ張られて、思いきり口付けられる。
何が何だか分からなくて逃げようとすれば、腰に手を巻かれて逃げ道がなくなった。
「ん、んんっ‥‥!」
いつもの触れるだけのキスとは明らかに違う感触。ゾクゾクして、涙が出てきた。
「舌‥‥出して」
「ん、ぁ‥‥ふ、っ‥‥!」
甘く囁かれてその通りにすればぬるりとした感触とともに食べられるような感覚。熱い舌が、自分のそれに絡められていく。
「やだ、これ‥‥こわ、い」
「好きだよ、衣玖ちゃん」
「ん、~~!!」
そこからしばらく甘風さんはやめることなくキスを続け、終わった頃にはもう日は暮れていた。
「‥‥まだザラザラしてる」
「ちゃんと謝ったでしょ」
「そうじゃなくて!なんであんな‥‥き、す‥‥うぅ」
「思い出しちゃった?」
「う、うるさい!」
「好きだよ、衣玖ちゃん。今はまだ、それだけ」
何それと言って睨むけど、甘風さんは笑うばかりで。ほんとにこの人は分からない。
「うわ、暗い‥‥」
「ちゃんと送ってあげるよ」
「当たり前でしょ。ばか」
でもひとつだけ。
物足りなかった何かが、いつのまにか満たされていた気がする。たぶん。
それも甘風さんのおかげなのかな。
なんだか悔しいから、言わないでおくけど。
「もうウソついちゃやだよ?」
「いや、ウソって言っても‥‥まぁ、うん。ごめん」
あぁもうほんとうに。
「好きだよ衣玖ちゃん」
その言葉ひとつひとつが嬉しいだなんて。
絶対ぜったい、教えてあげない。
「まや、私‥‥推しが増えたかもしれない」
「今度はどこの二人なの‥‥」
「衣玖ちゃん、推しって?」
それから3人で過ごす時間が増えてちょっと楽しいってことは‥‥近い内に伝えてみようかな。
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