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あざみ8
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左腕の傷へ集まる視線のせいか、今までにないくらい酷く痛みだす。
私は、動じない。
むしろ、にっこりと笑って見せた。
「佐藤蓮さんが喫茶店に初めて来店したとき、すぐに有名な方だということがわかりました。その瞬間、私はどうにかして彼に近づきたいと考えた。そうすば、喫茶店なんかで働くよりも、効率よくお金を稼げるかもしれない。お母さまのおっしゃる頭の中の計算機が、文字通り働いたのです」
余計なものをみないように。
特に、小早川と湊だけは視界に入らないように気を付けながら、笑顔を振りまく。
みんなが私を軽蔑し、離れていく気配を肌で感じた。
それに刺激されたかのように尚更、自分の口は不思議なくらいよく回った。
「そんなことを考えていた時、とても暗い目をして、思いつめた顔をしていた女性が入店してきました。ただならぬ雰囲気だったので、私はどうしたのかと彼女に声を掛けました。すると彼女は『佐藤蓮さんにとって、私はずっと空気のような存在で、悔しい。彼に、どうしても意識してもらいたい。私は、透明人間なんかじゃないってことをわかってほしい。だから、これから騒ぎを起こす』と言って、ナイフをちらつかせました。彼女は本気のようでした。追い詰められたような、切羽詰まったような眼をしていた。それをみた時、思いついたのです。私が佐藤蓮を助けた風に見せかけて、目の前で怪我をしてみせれば、有名人と確実な繋がりができる。彼を利用できるかもしれない」
会場全体が息を呑んだ。水を打ったように、静まり返った。
私は構わず続ける。
「私は、彼女に言いました。彼の意識に入りたいというのならば、傷つける相手は私にしてほしい。だって、あなたの大好きな彼を傷物にしたくないでしょ? 私ならば、絶対に警察沙汰にはしないし、傷が残っても構わないから、と」
由紀子は血走ったままの目で、私を見定めている。
私の言っていることは、本当なのか。疑っているような目つきだ。
私は、視線を逸らさない。それを真っ向から受け止めると、由紀子はいった。
「あなた、芸能人なんかまったく知らないでしょう?」
それなのに、どうしてすぐに佐藤蓮だとわかったのか。わかるはずがない。言っていることは、全部嘘だろう。
そう言いたいようだった。
私は、口角を上げる。
「確かに、私は情報を遮断されながら生きてきていたので、芸能人とかそういった華々しい話に疎い。でも、佐藤蓮さんのことだけは、知っていました」
私の腕を掴んだまま、固まっているリコへ視線をやる。私から、自然と笑みがこぼれていた。
「高校の時、リコ……いえ、梓さんから佐藤蓮という人の話をずっと聞かされていたのです。そのお陰で、私は蓮さんのことをよく知っていました。どんな容姿をしていて、どんな性格なのかも。だから、私が怪我をすれば、蓮さんが私のことを放っておけなくなることも、理解していました。必ず、蓮さんは罪悪感を感じる。そこに付け込めば、必ずいい仕事を得られると確信していました。そして、すべて私の思う通りになった」
高校の時の些細な出来事が、こんなところで役立つとは夢にも思わなかった。
ありがとう。
声に出さず、唇だけ動かすと、リコの目が丸々と見開かれていく。目が怒りで、燃えていた。
私はリコを視界の外においやって、口を引き締める。
由紀子だけを見据えた。
「お母様は、それでも私の傷のことを、騒ぎにされますか? 彼らに傷つけられたと、叫びますか? どのような結果を招くのかは、聡明なお母さまなら、お分かりになりますよね?」
由紀子の赤々とした瞳が見開かれる。
私は、念のために申し上げておきますねと、前置きをして最後の仕上げに取り掛かった。
「お母さまは佐藤蓮さんたちを引きずり落とすつもりでやったことは、真逆の作用をもたらす。佐藤蓮さんは同情を集める一方で、影山グループの社長の娘である私の悪事は、世間に広まり、批判の嵐が吹き荒れる。命よりも大事なお母さまの会社にまで悪影響を及ぼすことになるでしょう。盛況だったホテルは、一転、閑古鳥が鳴くことになることは間違いない。それでも、よろしければ、どうぞお好きになさってください」
由紀子の白目の赤い部分が、黒い部分を侵食し始めていた。乱れた髪の一本一本まで、怒りが伝わって震えている。
ここで初めて会場が、ざわざわと騒ぎ出していた。
由紀子しか見えていなかった視界が、一気に拓けていく。
同じテーブルにいた人たちは、全員立ち上がって、私から拒絶するように背を向けていた。
今の私の演説に対して、どのような決断を下したのだろう。
そして、ずっと隣にいてくれた小早川を恐る恐る見やる。
小早川は、眉間に一生残ってしまうのではないかと思えるほどの深く濃い溝が出来上がっている。
由紀子とやり合っていた時の鋭い瞳はそのままで、静かに見下ろすばかりだった。
そのあと、何を言うでもなくただ、重苦しい顔をして沈黙を守り続けている。
今私が声を大きくして発したことを、信じてくれて構わない。
二人が無事に過ごしてくれさえすればそれで充分だ。
願いを込めたところで、母のかなぎり声が飛んできた。
「私は……! あなたを、二度と許しません!」
私へ向けた怒声だったが、会場にいるすべての人への怒りのように聞こえたようだ。びくつくように再び静まっていく。
静けさが広がる中、小早川が会場の正面に立った。
「いいか! 今聞いた話は、絶対に外へ漏らすなよ。漏らしたやつは、容赦しないからな! ここのホテルの関係者も、例外ではないからな!」
小早川は、一人ひとり確認するように、指をさしていく。
会場の視線は、小早川の方へ集まっていく。みんなの視線が、私から離れるとどっと、気が抜けそうだった。
その場に座り込んでしまいたくなる。しかし、気を抜くのはまだ早い。
由紀子は、イライラしながら後ろで控えていた兄へ指示を出し始めていた。
これから私をどうするか。そんな話だろう。私から背を向けて、作戦を練り始めている。
二人の意識が、私から外れている。
最後の仕上げをしなければ。
しかし、小早川はこの状況に手一杯。
そして、一瞬だけ、湊の顔が浮かびそうになるけれど、打ち消す。
頼めるはずがない。もうこれ以上、迷惑をかけるのは筋違いだ。
そもそも、テーブルを挟んだ奥にいる湊の周りには、私という悪者から守るように、たくさんの人が集まっている。
私の周りにだけ堀ができたかのように、私の周りには誰もいなかった。当然の結果だ。
ならば、ほかの方法を考えなければ。頭をフル回転させようとしたところに、一人だけ溝を飛び越えてきてくれた人がいた。
「まつりちゃん」
川島の声。私は希望を見つけたように、勢いよく振り返る。
しかし、その顔は湊と似たような怒り、それ以上のものが込められている。
川島は、湊の親友だ。それを裏切った私のことは、憎くて仕方ないだろう。だけど、何としても託さねばならない。こんな私を信じてくれるか、わからないけれど。
思い切って、口を開いた。
「川島さま。こんな私がお願いするのは、身勝手なことは重々承知しております。しかし、今は時間がありません」
川島は頷き、早く言えと、促してくる。
何もかもが有り難かった。
「……お母さまは、必ずストーカーの女性と接触して、私が言ったことは事実なのか、確認をとるはずです。その前に、こちらから女性へ連絡を取って、口裏合わせておいてください。『何を聞かれても、影山紅羽に言われてやったと答えるように』と」
川島は、怒った表情はそのまま驚くこともなく、頷いてくれる。その勢いのまま付け加える。
「このことは、湊さんには内緒でお願いします」
川島の目が尖ったが、構わない。会社用のスマホと、個人的に買ったスマホをその手に無理やり押し付けた。
「会社用は、社長へ返却を。私の個人的なスマホは、処分してください。私の連絡先を見られたら、みんなに迷惑がかかってしまうので」
手助けしてくれた人たち。私との繋がりはきれいに消して置かなければならない。
川島は、押し付けられたスマホを握りしめた。力を込めすぎた指先が白くなる。
「下手な芝居打ちやがって」
川島から掠れた声でそういった。その一言だけで、救われる。
一気に緊張の糸が切れてしまいそうになる。でも、今は、まだ糸を切らせてはならない。
川島の反対側の手が伸びてきて、私の頭をくしゃっと撫でた。川島は、私から背を向け人ごみの中へ紛れていく。
その背中へ、心から感謝した。
そのタイミングで、由紀子がこちらを向いた。
「紅羽、帰るわよ!」
もう抗うことはできない。
私は、その声に従い、踏み出そうとした。
その時。
「紅羽さん」
湊から名前を呼ばれた。勢いよく、振り返る。
たくさんの人の群れの隙間から、湊の顔が見えた。今まで、私へ向けてくれるのは、いつも穏やかな微笑みばかりだった。しかし、今は怒りに染められている。
周囲は、さらに騒がしくなっていた。話しかけない方がいい。そんな助言が湊へと飛んでいる。湊を取り囲んでいる人たちは、もう関わるなというように、壁を分厚くしていく。私だけ、世界から取り残されていく感覚だった。
そんな中、湊はいった。
「僕はこれまでの人生の中で、一番頭にきています」
強い言葉を使うのに、その声は尖ることなく、震えていた。
その震えがどんな種類のものなのか、今の私にはわからない。
そのままの怒りなのか、それとも、別の何かなのか。
もう、直接その透き通った優しい瞳に問いかけることはできない。
「湊さん。今まで、ありがとうございました」
私の声は、喧騒のなかへ簡単に埋もれていく。
湊には、もう届かない。
湊と、再び出会うこともない。
涙、勝手に零れ落ちる。
せめて最後くらい、笑顔で別れたかった。
私は、表情を形作る細胞を総動員させる。
そして、今にも埋もれて見えなくなりそうな湊へ向けて、精いっぱいの笑顔を作った。
湊さんの瞳に映った私は、上手に笑えていましたか?
ずっと側にあったその顔は人垣の奥に消えていた。
私は、動じない。
むしろ、にっこりと笑って見せた。
「佐藤蓮さんが喫茶店に初めて来店したとき、すぐに有名な方だということがわかりました。その瞬間、私はどうにかして彼に近づきたいと考えた。そうすば、喫茶店なんかで働くよりも、効率よくお金を稼げるかもしれない。お母さまのおっしゃる頭の中の計算機が、文字通り働いたのです」
余計なものをみないように。
特に、小早川と湊だけは視界に入らないように気を付けながら、笑顔を振りまく。
みんなが私を軽蔑し、離れていく気配を肌で感じた。
それに刺激されたかのように尚更、自分の口は不思議なくらいよく回った。
「そんなことを考えていた時、とても暗い目をして、思いつめた顔をしていた女性が入店してきました。ただならぬ雰囲気だったので、私はどうしたのかと彼女に声を掛けました。すると彼女は『佐藤蓮さんにとって、私はずっと空気のような存在で、悔しい。彼に、どうしても意識してもらいたい。私は、透明人間なんかじゃないってことをわかってほしい。だから、これから騒ぎを起こす』と言って、ナイフをちらつかせました。彼女は本気のようでした。追い詰められたような、切羽詰まったような眼をしていた。それをみた時、思いついたのです。私が佐藤蓮を助けた風に見せかけて、目の前で怪我をしてみせれば、有名人と確実な繋がりができる。彼を利用できるかもしれない」
会場全体が息を呑んだ。水を打ったように、静まり返った。
私は構わず続ける。
「私は、彼女に言いました。彼の意識に入りたいというのならば、傷つける相手は私にしてほしい。だって、あなたの大好きな彼を傷物にしたくないでしょ? 私ならば、絶対に警察沙汰にはしないし、傷が残っても構わないから、と」
由紀子は血走ったままの目で、私を見定めている。
私の言っていることは、本当なのか。疑っているような目つきだ。
私は、視線を逸らさない。それを真っ向から受け止めると、由紀子はいった。
「あなた、芸能人なんかまったく知らないでしょう?」
それなのに、どうしてすぐに佐藤蓮だとわかったのか。わかるはずがない。言っていることは、全部嘘だろう。
そう言いたいようだった。
私は、口角を上げる。
「確かに、私は情報を遮断されながら生きてきていたので、芸能人とかそういった華々しい話に疎い。でも、佐藤蓮さんのことだけは、知っていました」
私の腕を掴んだまま、固まっているリコへ視線をやる。私から、自然と笑みがこぼれていた。
「高校の時、リコ……いえ、梓さんから佐藤蓮という人の話をずっと聞かされていたのです。そのお陰で、私は蓮さんのことをよく知っていました。どんな容姿をしていて、どんな性格なのかも。だから、私が怪我をすれば、蓮さんが私のことを放っておけなくなることも、理解していました。必ず、蓮さんは罪悪感を感じる。そこに付け込めば、必ずいい仕事を得られると確信していました。そして、すべて私の思う通りになった」
高校の時の些細な出来事が、こんなところで役立つとは夢にも思わなかった。
ありがとう。
声に出さず、唇だけ動かすと、リコの目が丸々と見開かれていく。目が怒りで、燃えていた。
私はリコを視界の外においやって、口を引き締める。
由紀子だけを見据えた。
「お母様は、それでも私の傷のことを、騒ぎにされますか? 彼らに傷つけられたと、叫びますか? どのような結果を招くのかは、聡明なお母さまなら、お分かりになりますよね?」
由紀子の赤々とした瞳が見開かれる。
私は、念のために申し上げておきますねと、前置きをして最後の仕上げに取り掛かった。
「お母さまは佐藤蓮さんたちを引きずり落とすつもりでやったことは、真逆の作用をもたらす。佐藤蓮さんは同情を集める一方で、影山グループの社長の娘である私の悪事は、世間に広まり、批判の嵐が吹き荒れる。命よりも大事なお母さまの会社にまで悪影響を及ぼすことになるでしょう。盛況だったホテルは、一転、閑古鳥が鳴くことになることは間違いない。それでも、よろしければ、どうぞお好きになさってください」
由紀子の白目の赤い部分が、黒い部分を侵食し始めていた。乱れた髪の一本一本まで、怒りが伝わって震えている。
ここで初めて会場が、ざわざわと騒ぎ出していた。
由紀子しか見えていなかった視界が、一気に拓けていく。
同じテーブルにいた人たちは、全員立ち上がって、私から拒絶するように背を向けていた。
今の私の演説に対して、どのような決断を下したのだろう。
そして、ずっと隣にいてくれた小早川を恐る恐る見やる。
小早川は、眉間に一生残ってしまうのではないかと思えるほどの深く濃い溝が出来上がっている。
由紀子とやり合っていた時の鋭い瞳はそのままで、静かに見下ろすばかりだった。
そのあと、何を言うでもなくただ、重苦しい顔をして沈黙を守り続けている。
今私が声を大きくして発したことを、信じてくれて構わない。
二人が無事に過ごしてくれさえすればそれで充分だ。
願いを込めたところで、母のかなぎり声が飛んできた。
「私は……! あなたを、二度と許しません!」
私へ向けた怒声だったが、会場にいるすべての人への怒りのように聞こえたようだ。びくつくように再び静まっていく。
静けさが広がる中、小早川が会場の正面に立った。
「いいか! 今聞いた話は、絶対に外へ漏らすなよ。漏らしたやつは、容赦しないからな! ここのホテルの関係者も、例外ではないからな!」
小早川は、一人ひとり確認するように、指をさしていく。
会場の視線は、小早川の方へ集まっていく。みんなの視線が、私から離れるとどっと、気が抜けそうだった。
その場に座り込んでしまいたくなる。しかし、気を抜くのはまだ早い。
由紀子は、イライラしながら後ろで控えていた兄へ指示を出し始めていた。
これから私をどうするか。そんな話だろう。私から背を向けて、作戦を練り始めている。
二人の意識が、私から外れている。
最後の仕上げをしなければ。
しかし、小早川はこの状況に手一杯。
そして、一瞬だけ、湊の顔が浮かびそうになるけれど、打ち消す。
頼めるはずがない。もうこれ以上、迷惑をかけるのは筋違いだ。
そもそも、テーブルを挟んだ奥にいる湊の周りには、私という悪者から守るように、たくさんの人が集まっている。
私の周りにだけ堀ができたかのように、私の周りには誰もいなかった。当然の結果だ。
ならば、ほかの方法を考えなければ。頭をフル回転させようとしたところに、一人だけ溝を飛び越えてきてくれた人がいた。
「まつりちゃん」
川島の声。私は希望を見つけたように、勢いよく振り返る。
しかし、その顔は湊と似たような怒り、それ以上のものが込められている。
川島は、湊の親友だ。それを裏切った私のことは、憎くて仕方ないだろう。だけど、何としても託さねばならない。こんな私を信じてくれるか、わからないけれど。
思い切って、口を開いた。
「川島さま。こんな私がお願いするのは、身勝手なことは重々承知しております。しかし、今は時間がありません」
川島は頷き、早く言えと、促してくる。
何もかもが有り難かった。
「……お母さまは、必ずストーカーの女性と接触して、私が言ったことは事実なのか、確認をとるはずです。その前に、こちらから女性へ連絡を取って、口裏合わせておいてください。『何を聞かれても、影山紅羽に言われてやったと答えるように』と」
川島は、怒った表情はそのまま驚くこともなく、頷いてくれる。その勢いのまま付け加える。
「このことは、湊さんには内緒でお願いします」
川島の目が尖ったが、構わない。会社用のスマホと、個人的に買ったスマホをその手に無理やり押し付けた。
「会社用は、社長へ返却を。私の個人的なスマホは、処分してください。私の連絡先を見られたら、みんなに迷惑がかかってしまうので」
手助けしてくれた人たち。私との繋がりはきれいに消して置かなければならない。
川島は、押し付けられたスマホを握りしめた。力を込めすぎた指先が白くなる。
「下手な芝居打ちやがって」
川島から掠れた声でそういった。その一言だけで、救われる。
一気に緊張の糸が切れてしまいそうになる。でも、今は、まだ糸を切らせてはならない。
川島の反対側の手が伸びてきて、私の頭をくしゃっと撫でた。川島は、私から背を向け人ごみの中へ紛れていく。
その背中へ、心から感謝した。
そのタイミングで、由紀子がこちらを向いた。
「紅羽、帰るわよ!」
もう抗うことはできない。
私は、その声に従い、踏み出そうとした。
その時。
「紅羽さん」
湊から名前を呼ばれた。勢いよく、振り返る。
たくさんの人の群れの隙間から、湊の顔が見えた。今まで、私へ向けてくれるのは、いつも穏やかな微笑みばかりだった。しかし、今は怒りに染められている。
周囲は、さらに騒がしくなっていた。話しかけない方がいい。そんな助言が湊へと飛んでいる。湊を取り囲んでいる人たちは、もう関わるなというように、壁を分厚くしていく。私だけ、世界から取り残されていく感覚だった。
そんな中、湊はいった。
「僕はこれまでの人生の中で、一番頭にきています」
強い言葉を使うのに、その声は尖ることなく、震えていた。
その震えがどんな種類のものなのか、今の私にはわからない。
そのままの怒りなのか、それとも、別の何かなのか。
もう、直接その透き通った優しい瞳に問いかけることはできない。
「湊さん。今まで、ありがとうございました」
私の声は、喧騒のなかへ簡単に埋もれていく。
湊には、もう届かない。
湊と、再び出会うこともない。
涙、勝手に零れ落ちる。
せめて最後くらい、笑顔で別れたかった。
私は、表情を形作る細胞を総動員させる。
そして、今にも埋もれて見えなくなりそうな湊へ向けて、精いっぱいの笑顔を作った。
湊さんの瞳に映った私は、上手に笑えていましたか?
ずっと側にあったその顔は人垣の奥に消えていた。
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