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ジャスミン5
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苦労して何とか涙を止めてそっと身を離すと、熱くなっていた体温が次第に熱が冷めていく。
同時に本当の想いと差し迫った現実が、しのぎを削り始めていた。火花が飛び散って、私を脅迫してくるようだった。
このまま、湊と一緒に行ってしまえば、再び岩国の顔に泥を塗ることになる。
そして、由紀子は言っていた。岩国とうまくやらなかったら、三浦店長の喫茶店を潰すと。
再び強張り始める私の肩に、湊はぽんと手を乗せた。
「心配事は尽きないと思いますが、大丈夫。今日はいったん何もかも僕に預けてください。紅羽さんは頭の中を空っぽにして、今日は僕に付き合ってください。あ、でも。僕と一緒にいるのが嫌だっていうのなら、また考えますけど」
「そんなこと、あるはずないじゃないですか! 私は、湊さんにずっと会いたかった」
本音が大きく出てきて、湊は目を大きくしていたが、満面の笑みになる。
「その答えだけで十分です。では、手始めに服でも買いに行きましょう。それじゃあ、動きにくいし」
湊はそういって、私の手を取った。私の歩調に合わせて、歩きだす。繋いだ手にぽっと熱がこもっていく。
それから、ビルを出る。すぐ傍にあったブティックへとまっすぐ向かっていた。
入店すると、女性店員へ湊は笑顔を向ける。
「電話していた天野です」
本名でも店員は、すぐに気づいたようだった。目はキラキラ輝き始めて、色めき立っていく。
今の湊は、サングラスやキャップなど何もつけていない。佐藤蓮そのままだ。
この店が高級店で、平日の真昼間だったからまだいいものの、人がいたら大騒ぎだ。
戸惑う私を差し置いて、湊はにっこりと私へ笑顔を向けるばかり。私は慌てて、店の端へ湊を引っ張って、声を潜めた。
「ちょ、ちょっと、湊さん! いくら何でも、大胆すぎませんか? いつも外に出るとき、サングラスとかしてましたよね?」
湊のいで立ちを上から下までチェックする。黒ジャケットに白ティシャツ、黒ジーンズで身を固めている。いつもならそのジャケットのポケットにはサングラスを引っかかっているのだが、今日はそれがどこにもない。
「今日は、忘れちゃいました」
「それなら、せめてマスクは?」
「持ち合わせがないですねぇ」
平然とそんなことをいうから、私は眉を顰める。
「だったら、私のことはいいですから、まずは帽子とか色々買いましょう」
「いやいや、だって、ここ男性用品置いてないし。面倒くさいので、今日はこれで大丈夫ですよ」
「そのまま、出歩くんですか?」
私の戸惑いは、全部わきに追いやられて、湊はハンガーにかかっている服へ、楽しそうにしながら手を伸ばしていく。それをうっとり見つめている店員たち。気にすることなく、湊は私を見やる。
「好みの服とか、あります?」
「あんまり、自分で服を選んだことないので、特に……ないです」
じゃあ、僕が勝手に決めちゃいますよと、言い置いてすぐにあたりをつけていた。落ち着いた色味の紺色のワンピースを手に取る。
「これなんか、どうですか? とても似合いそうだ」
長袖のシャツワンピース風でフレアロングスカートになっている。落ち着いた雰囲気と華やかさが融合されている。私の懸念は、その洋服の美しさの中へ吸い込まれてしまったていた。
試着してみれば、ぴったりだった。派手でもなく、地味すぎるわけでもなく、ちょうどいい。
さっとカーテンを引く。風でふわりとスカートの裾が揺れた。
「凄く、素敵ですね」
正直に感想を述べると、歩きやすそうな靴まで用意されていた。湊は満足そうに頷くと、店員にこのまま着て言っていいですかと、申し出ていく。店員は、もう顔がふやけそうになりながら、うっとりと頷く。そして、そのまま支払いを済ませてしまっていた。
「それは、僕からのプレゼントです」
「でも……」
「さっきも言ったでしょ? 笑ってくれていれば、それでいいって」
まだ、そういうのに慣れない。かなり居心地が悪い感じがする。けれど、ありがたく受け取ることにした。
「では、お言葉に甘えて。ありがとうございます」
「どういたしまして」
湊が笑い、試着室を見やる。いつかと同じ状況に陥っていた。試着室の奥で積み重なっている大荷物。考えあぐねていると、店員が紙袋を持ってきてくれていた。丁寧に礼をいって、その中へ着物一式を詰め込む。パンパンになった紙袋を、持ち上げようとしたら、車で来ているからと、湊がそれを奪っていく。
そして、全員総出で見送られていた。
歩いて数分の駐車場に、湊の車はあった。トランクに紙袋を積み込む。そして、二人の定位置となっている運転席と助手席へ乗り込んだ。
「さて、今日はどこへ行こうかなぁ。紅羽さんは、どこか行きたい場所とかありますか?」
「いえ、私は……」
湊さんがいれば、どこだっていいとは、さすがに恥ずかしくて言えない。
「特になさそうなら、僕が今一番行きたい場所へ付き合ってもらうってことで、いいですか?」
湊は、事前に考えていたらしい。ささっとカーナビを操作しながら、ニヤリと笑った。
「言っておきますけど、直前でやっぱり嫌だとか、そういうのはなしですからね」
「はい、もちろんです」
私が即答すると、最後の完了ボタンを押そうとしていた湊の手がピタッと止まっていた。そして、湊が与えてくれた部屋を使い始めた頃みたいに、ちょっと複雑そうな顔をこちらへ向けてくる。随分と懐かしい顔で、なんだか嬉しくて、私は微笑みに変わっていた。
それを見て、さらに湊はむすっとしていく。
「隣に住んでいるときから、ずっと思っていたんですけど……。紅羽さんは、男という生き物にもう少し警戒心というものを持った方がいいと思います」
湊は口を尖らせていく。
さっきの岩国のことを言っているのだろうか。たしかに、あれは予想外で、隙をつかれた部分はある。一方で、あの時点で私に逃げ道はなかった結果だった。でも、今は状況が随分と違う。
「でも、今一緒にいるのは湊さんですよ? 警戒心なんて、必要でしょうか?」
私が首を傾げると、湊は困ったような顔をする。
「ま、まぁ……今のところ、信頼してもらっていいですけど……」
ぶつぶつと言うから、私はさらに首を傾げて、その先を問おうと口を開きかけた。その前に「ストップ!」と声がかかる。
「この話は、また今度!」
湊が気まずそうに、切り上げてしまっていた。私は、さらに首を傾げようとしたところで、湊は完了ボタンを押す。カーナビの声が流れた。
「さぁ、出発!」
そして、アクセルを踏み込んでいた。
たどり着いた場所は、平日でも関係なく人がたくさん集まる場所。ワールドレジャーランドだった。
チケット売り場には、行列ができてる。そこへ湊は足を向けていく。
「遊園地なんて久々だなぁ」
湊は呑気にそんなことをいうから、私は湊を凝視した。
「湊さん……正気ですか?」
私の目に力がはいる。それを横目で見た湊は、ピンと人さし指を立てた。行列の最後尾にしれっと並び始める。隣の列に並んでいる女子高生グループが、口元に手をやってソワソワし出していた。
「さっきちゃんと言いましたよね。直前で嫌だといわれてもなしだって」
「遊園地が嫌だって言っているわけではありません。湊さんが素顔すぎるから、文句を言っているんです! 今すぐ、サングラスとマスクとキャップを買いに行きましょう! それだったら、文句はないので」
「時間がもったいないから、却下」
いたずらっぽい笑顔を浮かべて、湊の手が私の肩へ置かれて、引き寄せられる。密着する形となっていて、私の頭からぼっと火が出そうになる。そこで、とうとう悲鳴が上がった。周囲も大いにざわつき始める。
私は慌てて、湊の手から逃れて距離を取ろうとしたが、行列ばかりでそれもかなわない。耳まで赤くなりながら、湊を睨むことしかできなかった。
「湊さん、冗談にしては悪質です! 騒ぎになったらどうするんですか!」
「もう騒ぎになっちゃってるから、しょうがないでしょ?」
湊は、周囲を見渡し、目が合った子たちに手を振っている。写真まで撮られて、完全に注目の的だった。
「気にしない、気にしない。こうなったら、もう諦めて、楽しみましょう」
そういって、今度は私の手を握ってくるから、頭に血がのぼって、思考能力を奪われてしまう。私が、気が気じゃないことなど湊は目にもくれない。
湊は、本気で楽しむ気満々のようだ。目がいつになく生き生きとしている。
こんなこと、小早川社長が知ったら角が生やすだけでなく、口からも炎を上げるのは容易に想像がつく。
湊は、いったい何を考えているのだろう。
同時に本当の想いと差し迫った現実が、しのぎを削り始めていた。火花が飛び散って、私を脅迫してくるようだった。
このまま、湊と一緒に行ってしまえば、再び岩国の顔に泥を塗ることになる。
そして、由紀子は言っていた。岩国とうまくやらなかったら、三浦店長の喫茶店を潰すと。
再び強張り始める私の肩に、湊はぽんと手を乗せた。
「心配事は尽きないと思いますが、大丈夫。今日はいったん何もかも僕に預けてください。紅羽さんは頭の中を空っぽにして、今日は僕に付き合ってください。あ、でも。僕と一緒にいるのが嫌だっていうのなら、また考えますけど」
「そんなこと、あるはずないじゃないですか! 私は、湊さんにずっと会いたかった」
本音が大きく出てきて、湊は目を大きくしていたが、満面の笑みになる。
「その答えだけで十分です。では、手始めに服でも買いに行きましょう。それじゃあ、動きにくいし」
湊はそういって、私の手を取った。私の歩調に合わせて、歩きだす。繋いだ手にぽっと熱がこもっていく。
それから、ビルを出る。すぐ傍にあったブティックへとまっすぐ向かっていた。
入店すると、女性店員へ湊は笑顔を向ける。
「電話していた天野です」
本名でも店員は、すぐに気づいたようだった。目はキラキラ輝き始めて、色めき立っていく。
今の湊は、サングラスやキャップなど何もつけていない。佐藤蓮そのままだ。
この店が高級店で、平日の真昼間だったからまだいいものの、人がいたら大騒ぎだ。
戸惑う私を差し置いて、湊はにっこりと私へ笑顔を向けるばかり。私は慌てて、店の端へ湊を引っ張って、声を潜めた。
「ちょ、ちょっと、湊さん! いくら何でも、大胆すぎませんか? いつも外に出るとき、サングラスとかしてましたよね?」
湊のいで立ちを上から下までチェックする。黒ジャケットに白ティシャツ、黒ジーンズで身を固めている。いつもならそのジャケットのポケットにはサングラスを引っかかっているのだが、今日はそれがどこにもない。
「今日は、忘れちゃいました」
「それなら、せめてマスクは?」
「持ち合わせがないですねぇ」
平然とそんなことをいうから、私は眉を顰める。
「だったら、私のことはいいですから、まずは帽子とか色々買いましょう」
「いやいや、だって、ここ男性用品置いてないし。面倒くさいので、今日はこれで大丈夫ですよ」
「そのまま、出歩くんですか?」
私の戸惑いは、全部わきに追いやられて、湊はハンガーにかかっている服へ、楽しそうにしながら手を伸ばしていく。それをうっとり見つめている店員たち。気にすることなく、湊は私を見やる。
「好みの服とか、あります?」
「あんまり、自分で服を選んだことないので、特に……ないです」
じゃあ、僕が勝手に決めちゃいますよと、言い置いてすぐにあたりをつけていた。落ち着いた色味の紺色のワンピースを手に取る。
「これなんか、どうですか? とても似合いそうだ」
長袖のシャツワンピース風でフレアロングスカートになっている。落ち着いた雰囲気と華やかさが融合されている。私の懸念は、その洋服の美しさの中へ吸い込まれてしまったていた。
試着してみれば、ぴったりだった。派手でもなく、地味すぎるわけでもなく、ちょうどいい。
さっとカーテンを引く。風でふわりとスカートの裾が揺れた。
「凄く、素敵ですね」
正直に感想を述べると、歩きやすそうな靴まで用意されていた。湊は満足そうに頷くと、店員にこのまま着て言っていいですかと、申し出ていく。店員は、もう顔がふやけそうになりながら、うっとりと頷く。そして、そのまま支払いを済ませてしまっていた。
「それは、僕からのプレゼントです」
「でも……」
「さっきも言ったでしょ? 笑ってくれていれば、それでいいって」
まだ、そういうのに慣れない。かなり居心地が悪い感じがする。けれど、ありがたく受け取ることにした。
「では、お言葉に甘えて。ありがとうございます」
「どういたしまして」
湊が笑い、試着室を見やる。いつかと同じ状況に陥っていた。試着室の奥で積み重なっている大荷物。考えあぐねていると、店員が紙袋を持ってきてくれていた。丁寧に礼をいって、その中へ着物一式を詰め込む。パンパンになった紙袋を、持ち上げようとしたら、車で来ているからと、湊がそれを奪っていく。
そして、全員総出で見送られていた。
歩いて数分の駐車場に、湊の車はあった。トランクに紙袋を積み込む。そして、二人の定位置となっている運転席と助手席へ乗り込んだ。
「さて、今日はどこへ行こうかなぁ。紅羽さんは、どこか行きたい場所とかありますか?」
「いえ、私は……」
湊さんがいれば、どこだっていいとは、さすがに恥ずかしくて言えない。
「特になさそうなら、僕が今一番行きたい場所へ付き合ってもらうってことで、いいですか?」
湊は、事前に考えていたらしい。ささっとカーナビを操作しながら、ニヤリと笑った。
「言っておきますけど、直前でやっぱり嫌だとか、そういうのはなしですからね」
「はい、もちろんです」
私が即答すると、最後の完了ボタンを押そうとしていた湊の手がピタッと止まっていた。そして、湊が与えてくれた部屋を使い始めた頃みたいに、ちょっと複雑そうな顔をこちらへ向けてくる。随分と懐かしい顔で、なんだか嬉しくて、私は微笑みに変わっていた。
それを見て、さらに湊はむすっとしていく。
「隣に住んでいるときから、ずっと思っていたんですけど……。紅羽さんは、男という生き物にもう少し警戒心というものを持った方がいいと思います」
湊は口を尖らせていく。
さっきの岩国のことを言っているのだろうか。たしかに、あれは予想外で、隙をつかれた部分はある。一方で、あの時点で私に逃げ道はなかった結果だった。でも、今は状況が随分と違う。
「でも、今一緒にいるのは湊さんですよ? 警戒心なんて、必要でしょうか?」
私が首を傾げると、湊は困ったような顔をする。
「ま、まぁ……今のところ、信頼してもらっていいですけど……」
ぶつぶつと言うから、私はさらに首を傾げて、その先を問おうと口を開きかけた。その前に「ストップ!」と声がかかる。
「この話は、また今度!」
湊が気まずそうに、切り上げてしまっていた。私は、さらに首を傾げようとしたところで、湊は完了ボタンを押す。カーナビの声が流れた。
「さぁ、出発!」
そして、アクセルを踏み込んでいた。
たどり着いた場所は、平日でも関係なく人がたくさん集まる場所。ワールドレジャーランドだった。
チケット売り場には、行列ができてる。そこへ湊は足を向けていく。
「遊園地なんて久々だなぁ」
湊は呑気にそんなことをいうから、私は湊を凝視した。
「湊さん……正気ですか?」
私の目に力がはいる。それを横目で見た湊は、ピンと人さし指を立てた。行列の最後尾にしれっと並び始める。隣の列に並んでいる女子高生グループが、口元に手をやってソワソワし出していた。
「さっきちゃんと言いましたよね。直前で嫌だといわれてもなしだって」
「遊園地が嫌だって言っているわけではありません。湊さんが素顔すぎるから、文句を言っているんです! 今すぐ、サングラスとマスクとキャップを買いに行きましょう! それだったら、文句はないので」
「時間がもったいないから、却下」
いたずらっぽい笑顔を浮かべて、湊の手が私の肩へ置かれて、引き寄せられる。密着する形となっていて、私の頭からぼっと火が出そうになる。そこで、とうとう悲鳴が上がった。周囲も大いにざわつき始める。
私は慌てて、湊の手から逃れて距離を取ろうとしたが、行列ばかりでそれもかなわない。耳まで赤くなりながら、湊を睨むことしかできなかった。
「湊さん、冗談にしては悪質です! 騒ぎになったらどうするんですか!」
「もう騒ぎになっちゃってるから、しょうがないでしょ?」
湊は、周囲を見渡し、目が合った子たちに手を振っている。写真まで撮られて、完全に注目の的だった。
「気にしない、気にしない。こうなったら、もう諦めて、楽しみましょう」
そういって、今度は私の手を握ってくるから、頭に血がのぼって、思考能力を奪われてしまう。私が、気が気じゃないことなど湊は目にもくれない。
湊は、本気で楽しむ気満々のようだ。目がいつになく生き生きとしている。
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