残りの時間は花火のように美しく

雨宮 瑞樹

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溝口ゼミ

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 美羽との交渉を成立させた後、名前もろくに確認せずに互いの連絡先を交換し、急ぎ足で怜は溝口ゼミの研究室に戻っていた。理工学部の人工知能情報処理の研究室は、定員二十名の狭い部屋。会議室のように並べられた二人席の机に一台ずつパソコンが設置されており、一人一台パソコンが割り当てられている。それらに加えて実験用のシミュレーションを行う専用装置もあり、電子機器の熱のせいかこの部屋は外の温度より二、三度高い。
 部屋の扉を開けると熱気の籠った空気が怜を出迎えた。ほぼ同時に窓際の一番奥の席に座っていた丸い顔に白目の少ない黒目がちの目をした山本渡のよく通る声が室内に響いた。

「やっと、戻ってきたか。いつも呼び出し食らっても数分。酷いときは数秒で戻ってくるのに今日は長かったな」 
 渡が座る席から一つ空けた二つ前の席に怜が腰を下ろすと、せっかく空けた席にすかさず少し長めの天然パーマを揺らして渡が移動してきた。
 現在のこのゼミに所属しているのは、怜も含めた四年生五人。お喋りなこの山本渡は、何故かいつも怜に纏わりついてくるのだ。
 
「なぁ、怜。この後、新三年生が入ってくるだろ? その男女比率、聞きたくないか?」
 興奮気味に渡は、怜に距離を詰めて話してくる。人懐っこい性格で誰とでも仲良くなれる渡は、俺の唯一の取り柄だと豪語している。それなのに、怜はそれまでの渡の常識を覆した。いくら話しかけても全く反応がない。大学入学当初。怜と初めて会った時、渡は思ったそうだ。
 難攻不落の要塞のようだ。
 それ以来、渡は怜の姿を見つけると金魚の糞のように纏わりついてくるようになった。ベラベラ喋り通しの渡に対して、怜は聞いているのか聞いていないのかわからない表情と無言の塩対応。普通の人間ならばそんな冷たい対応されたら心が折れるところだが、渡はそうではない。むしろ俺の血が騒ぐと更にそのしつこさを増していた。話す内容は、怜の関心のあろうがなかろうが関係ない。

 新学期初となる今日のゼミは、三年生の顔合わせだ。怜にとってはどうでもいい話だが、男女比率については少なからず興味があった。正面のモニターから渡の方に視線だけ移す。怜が渡の言葉を待っていると、狐目派手シャツの小泉と神経質そうな細目の千葉も駆け寄ってきていた。

「女の子が四人、男二人の計五人。なんと、男子が女子を上回る! この八割男というむさ苦しい研究室に信じられない奇跡だろ」
 小泉、千葉が歓声を上げていた。
 一方の怜は、最悪だ。と呟き、一切の興味が失われ聴覚シャッターを閉じ、なにも映っていない灰色のモニターに視線を戻していた。が、そんなのお構いなしに渡は続けた。
「これで、俺にもとうとう春が訪れる」
 感慨深いと漏らし涙目をしている渡。
 その横で、熱しやすく冷めやすい上に女性に手の早い狐目の小泉が嬉しそうな顔で横にいた細目の千葉に「俺が先だからな」とけん制をし始めていた。下世話な会話を繰り広げ始める小泉と千葉に対して、一見軽そうに見えるが根は真面目な渡は秩序は保てよと冷静に諭していた。
 そんなやり取りの中、正に割って入るような形で怜と渡の間に唯一四年生の女子である川島綾がスタイルのいいしなやかな身体を入れてきた。渡の方に背を向けて、怜を正面に見据えてくる。

「怜も大変ねぇ。女の子が多いと色目使われて、せっかくの安全地帯だったこの研究室からも逃げ回らなきゃいけないものね」
 綾は笑いながら屈むと怜の顔前ーー今にも唇が触れそうな至近距離に顔を突き出していた。怜は素早く身を引く。長い黒髪が揺れる度に香水の甘い匂いが漂わせながら、妖艶に笑っていた。

「川島、怜に色目使うなよ。彼氏にこんなところみられたら、お前すぐにゼミから追い出されて、卒業も危うくなるぞ」
 渡が冷ややかにそういうと、綾はふっと笑って「それもそうね」と言ってモデルのように綺麗に背筋を伸ばして立った。
 綾の恋人は、このゼミの教授。溝口一だ。
 この溝口ゼミは、希望者が多い割に少人数制をとっているために、競争率が高い。成績順でこのゼミに所属できるのかが決まる。そこに入り込むことができなかった綾は、教授に色目を使ってこのゼミに入れてもらったというのが専らの噂だ。
 そんなざわついた部屋に教授が颯爽と現れた。各自席に戻っていく。
「では、早速だが新たにゼミに加わる三年生を紹介する」
 前置きも何もなく、教授はそういうと三年生を招き入れた。ぞろぞろと並んで研究室に入ってい来る五人。
 その中に見知った顔を見つけて、怜は大きく目を見開いていた。
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