この度、結婚していました

雨宮 瑞樹

文字の大きさ
40 / 44

出立2

しおりを挟む
「それでは、お荷物お預かりします」
 素早く仕事を終えた引っ越しスタッフが、トラックに乗り込み颯爽と走り去っていくのを見送り終える。ほとんどの荷物は全部送られているが、母二人の手には貴重品を入れたトートバックとスーツケースがあった。
 
「なんで、スーツケース持ってるの? 全部送っちゃえばよかったのに」
 彩芽は疑問を投げかけた。 
「だって、これから京都行くんだもの」
「京都?」
「そうよ。新幹線でこれから京都」
 佐和は、わくわくが抑えきれないとばかりに満面の笑みで答える。その間に、歩美は早速タクシーを呼び始めていた。それを横目に、陽斗が冷たい視線を佐和へ向ける。
「鹿児島と愛媛じゃないのかよ? もしかして、行き先が嘘?」
 陽斗が白々しい空気を醸し出してくると、佐和は心底軽蔑するような顔をしながら、嫌々答えた。

「二人で京都旅行するの。最後の晩餐みたいなものよ。そのくらい、いいでしょ?」
 電話を終えた歩美も言葉を添える。
「苦楽を共にした親友との別れは、辛いのよ。最後に、思いっきり羽を伸ばして、思い出作りするのよ」
「予約がなかなか取れないといわれている高級旅館が、たまたま明日から予約が空いてたの。これは運命としか言いようがない」
「その旅館、ご飯、お酒が凄いって評判なんだよね」
 二人は楽しみだと一通り盛り上がった後、佐和は陽斗へボソっといった。
「陽斗のへっぽこ推理、全部ハズレ」
 佐和がニヤッと笑って、陽斗がムッとしている。
 陽斗が問いただそうとしていることは、彩芽にもずっと引っかかっていたところだ。
 だが、この雰囲気は完全に母親たちの流れ。一旦仕切りなおそうと彩芽は、紙袋を差し出した。

「荷物になるから、郵送にしようか迷ってたけど、ちょうどよかった。旅館で夜な夜な飲むんだろうから、これ持っていって」
「あら! 何?」
 二人同時にうっすら見えている悪魔のしっぽが振られていた。佐和にも、ぱーっと笑顔が戻っていく。
「この前、お母さん達から頂いたアドバイスを参考にコラボ商品練り直したの。おかげ様で、会社でも大好評。なんと、社内評価一位を取ったんだから。販売は数量限定になると思うから、幻の商品になっちゃうかも」
 彩芽は自慢して、煽るようにいう。歩美と佐和の顔は、わかりやすく輝いていた。
「そんな貴重品なの? 彩芽も、たまにはやるじゃない!」
「早く食べたい! 飲みたい! 歩美さん、新幹線で早速いただこう」
「いいわね!」
 紙袋の中を穴が開くほど見つめて盛り上がり始める。そこに冷たい視線を送り続ける陽斗が、口を開きかけるが、それを制して彩芽が前へ出ていた。
 
「それで? さっきの話は何?」
 彩芽は、どこまでも笑顔だった。だが、その眼は笑っていない冷えきっている。盛り上がっていた空気が、ガラッと変わって凍り付いていた。
 
「え……? まさか、この商品と引き換えに、正直に話せと?」
 佐和が戦々恐々としながらいうと、彩芽は深く大きく頷く。佐和はささっと歩美の後ろに隠れていた。
「歩美さん、自分の娘でしょ。どうにかしてよ」
 威勢の良かった佐和が、固唾を喉を飲んでいた。だが、歩美も焦ったようにコソコソいう。
「彩芽は、鬼モードになると、私でも手に負えないのよ。だから、前の結婚作戦の時、彩芽が怖いから二人で逃げとこうって話になったんでしょ?」
 
 逃げ場を失って、あたふたし始めている二人に、黙っていた陽斗も前へ出た。
「やっぱり。その様子じゃ、今回の引っ越しも何か俺たちに言えないような何かをやらかしたから、逃げようってことだな? 俺たちの同情を引いてお涙頂戴っぽい話をしてきたが、あれはただの建前。本当の引っ越しの理由は、俺たちから逃げる為だ」
「な、なに言ってんのよ。そんなわけないじゃない」
 完全にしどろもどろになる歩美。その後ろに隠れていた佐和が、少しだけ顔を出して助け舟を出そうとするが、それを彩芽が鋭く睨んで黙らせていた。
「話反らさないで、素直に吐いてから行ってよ」
「……アヤちゃん、電話の時より、怖さ倍増してるよ」
 佐和が怯えた目をして、歩美へ耳打ちする。
 
 その時。
 タクシーがやってきたて、早く逃げ込めとばかりに、後部座席のドアが開いていた。母親二人は、逃げるが勝ちとばかりに、目にもとまらぬ早業で乗り込んで、早々にドアが閉まっていく。
 
「ちょっと、待ってよ! このまま、何がなんだかわからない嘘を突き通したままにして、行くつもり?」
 彩芽が叫ぶと、ウィーンと窓が開いて、手前に乗っていた歩美の顔が出る。その奥から、佐和の顔が見えた。もう逃げる準備は整っている。余裕の笑みだ。
「隠し続ける気は、最初からなかったわよ。いつかは真実を話さなきゃって、思ってた」
「でも、あまりに彩芽が怖いから……言えなくなっちゃったの」
 涙なんて出てないくせに、ハンカチで目尻を抑える歩美。怒り心頭の彩芽が今にも、掴みかかりそうな勢いで、窓に近づいていく。
「何? 私が悪いとでも言いたいわけ?」
「そうはいってないでしょ。だから、最後に私たちからのお詫び。プレゼント」
「プレゼント?」
 彩芽が眉を潜めると、窓から紙袋が出てきて、彩芽の胸にドンと押し付けられた。かなりの力で押し付けられて、彩芽の体はタクシーから何歩か後ろへ下がる。その隙を見計らったかのように、タクシーは走り出していた。
 
「二人とも、またねー!」
「仲良くやってね! バイバーイ!」
 
 タクシーのリアガラスから、二人が両手のひらをパチンと叩いているのが見えた。まるで、やり通した。成功したといわんばかりに。
 そして、タクシーは角を曲がり、姿を消していた。 
 掴みかけた二人の悪魔のしっぽが、するりと二人の手から逃れていく。彩芽と陽斗は、唇を噛んで呆然と見逃すことしかできなかった。
 
「……普通こういう時って、涙の別れとか、そういうものだと思ってたけど……いったい何なの? ……この怒りと、モヤモヤ感」
 不完全燃焼の怒りを吐き出すように、キッと彩芽が陽斗を睨む。
「俺に八つ当たりするなよ。それより、その中身は?」
 紙袋の中身を軽く覗き込む。中に入っているのは、ただの普通のお菓子箱にしか見えない。
「爆弾だったりして」
「まさか」
 彩芽は笑い飛ばそうとするが、あの二人のことだ。本当に何を仕掛けているか、わからない。
 ゴクリと喉を鳴らしながら、手を伸ばそうとしたところで、後ろから声をかけられた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
恋愛
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。

佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。 結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。 アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。 アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。

王命により、婚約破棄されました。

緋田鞠
恋愛
魔王誕生に対抗するため、異界から聖女が召喚された。アストリッドは結婚を翌月に控えていたが、婚約者のオリヴェルが、聖女の指名により独身男性のみが所属する魔王討伐隊の一員に選ばれてしまった。その結果、王命によって二人の婚約が破棄される。運命として受け入れ、世界の安寧を祈るため、修道院に身を寄せて二年。久しぶりに再会したオリヴェルは、以前と変わらず、アストリッドに微笑みかけた。「私は、長年の約束を違えるつもりはないよ」。

姉の婚約者に愛人になれと言われたので、母に助けてと相談したら衝撃を受ける。

佐藤 美奈
恋愛
男爵令嬢のイリスは貧乏な家庭。学園に通いながら働いて学費を稼ぐ決意をするほど。 そんな時に姉のミシェルと婚約している伯爵令息のキースが来訪する。 キースは母に頼まれて学費の資金を援助すると申し出てくれました。 でもそれには条件があると言いイリスに愛人になれと迫るのです。 最近母の様子もおかしい?父以外の男性の影を匂わせる。何かと理由をつけて出かける母。 誰かと会う約束があったかもしれない……しかし現実は残酷で母がある男性から溺愛されている事実を知る。 「お母様!そんな最低な男に騙されないで!正気に戻ってください!」娘の悲痛な叫びも母の耳に入らない。 男性に恋をして心を奪われ、穏やかでいつも優しい性格の母が変わってしまった。 今まで大切に積み上げてきた家族の絆が崩れる。母は可愛い二人の娘から嫌われてでも父と離婚して彼と結婚すると言う。

処理中です...