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あるポーション

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冒険者ギルドの中は、屈強な者や装備を固めた人たちで賑わっていた。

俺は隣を歩く錬金術師に声をかけた。

「リミヤ」

フードを被った銀髪の少女の顔は、強張っている。

最近はほとんどなくなったけれど、彼女はもともと、仲間である冒険者のアーガスを見るだけで身を縮めてしまうような、警戒心の強い質《たち》だった。

「平気?」

リミヤはコクコクと頷いた。

しかしその顔は、青ざめているようにも見える。

「俺だけで行ってこようか」

彼女はふるふると首を振った。

「わかった。じゃあ、行こう」

ギルドの奥へ進もうとすると、がしっと腕を掴まれた。

「こうしててもっ、いいですかっ」
舌がこんがらがりそうな早口で、リミヤは言う。

「うん、それはいいけど……じゃ、行こう」

どこにそんな力があるのかと思うほどの強さで腕を掴まれつつ、俺は冒険者の間を縫って、ギルド奥にある階段を目指した。



「すみません」

2階から3階への階段をのぼろうとしたとき、声をかけられた。

振り返ると、ギルドの受付嬢らしき人がいた。

「はい」と俺は応える。

「ええと……3階にご用ですか?」
女性は微笑みを浮かべて、小さく首をかしげた。

「はい、そうです」

「事前にお約束などはされていますでしょうか」

リミヤが不安そうな目を俺に向けた。

「いえ」と俺は首を振った。「一応、サラギルド長からは『いつでも来てくれて構わない』とはおっしゃっていただいているのですが……事前にお会いできる日を確認した方がよろしかったでしょうか」

「そうですね、ご多忙な方ですので……」女性は申し訳なさそうに言った。「お名前をお伺いしても?」

「解毒士のマルサスと言います」

「少々お待ちください」
女性はそう言って、3階へとのぼっていった。



するといくらも経たないうちに、階段の上から声が降ってきた。

「おはようマルサス」

凛とした声。

短く整えられた金髪を揺らしながら、階段を降りてきた人物。

サラ=ラフィーネ本人だった。

「おはようございます、サラ」

その後ろに、先ほどの女性が控えていた。
彼女は降りて来るなり、「マルサス様、大変申し訳ありません。お知り合いの方とは知らず……」と俺に深々と頭を下げた。

「いえ、とんでもないです」と俺も頭を下げ、それからサラに尋ねた。「すみません、お時間大丈夫でしたか?」

「ああ、平気だよ。そちらの方は?」
サラは青い瞳を、俺の隣にいるフードの少女に向けた。

俺は、「薬屋で一緒に働いてもらっている、錬金術師のリミヤです」と少女を紹介する。

「はっ、はじめまして!」リミヤは、何かが破裂したかのような勢いで言葉を発した。

「はじめまして、リミヤ。ここのギルド長をやっている、サラ=ラフィーネといいます」

サラがにこりとほほ笑みを浮かべる。

錬金術師の少女は――あわあわしていた。

「じゃあ、上で話そうか」

「ありがとうございます」

サラに案内されて、俺たちは三階へと向かった。



冒険者ギルド内にある、ギルド長室。

騎士団長も兼任しているサラだが、基本的にはこの部屋で仕事をしていると聞いていた。

この部屋に入れてもらうのは、王都のアンデッド騒動における褒賞金の金貨を渡されて以来のことだ。


「薬屋は順調かな?」

「ええ。これ以上ないくらい、多くの方に、好意的に受け入れていただいてます」

開店からようやく1か月が経とうとしていたが、ポーションは飛ぶように売れ続けている。

最初の数週間は、開店による一時的な盛り上がりもあるだろうと思っていたが、最近では、数日おきに来てくれるお客さんも増えてきており、明らかに「馴染みの薬屋」として定着しつつあるようだった。

常連になってもらえた理由は幾つかあるだろうけれど、大きな要因の一つはポーションの売値にあるのだろう。

ポーションは、冒険者を中心として日常的に必要となるアイテムだ。
それをいいことに、この王都にある薬屋は、どこも割高で強気の商売をしているらしかった。

過度な価格競争を防止するために、ギルドではポーションの最低料金がランクごとに定められていたが、周辺の薬屋の相場は、それよりもはるかに高い価格で留まっていた。

それでいてポーション精製者に対する払いは雀の涙。
まったくもって、薬屋経営者ばかり得をするシステムになっているのだ。




「騎士団長のおかげです。本当にありがとうございました」と俺は礼を伝えた。

「私は何もしてないよ」と彼女は首を振った。

「いえ、『サラ騎士団長に太鼓判を頂いた』と宣伝したからこその評判なので……」

その売り文句を書いた張り紙から客足が爆増したため、サラには感謝してもしきれない。

「ははっ、そういうことか。
たしかに最近は、よくマルサスの店の話題を振られるよ。
『そんなに良い店なんですか?』ってね」

「すみません、そんなことになってたとは……!」

「いやいや。会話の糸口になるから、とても助かっているよ」サラはそう言って、快活に笑った。「それに、私の名前なんてきっかけに過ぎないさ。薬屋の評判は、ポーションの質あってのものだろうからね」

「ありがとうございます」と俺も笑った。
「それで、受け取っていただきたいものがあるんです。

「ほう?」

俺はリミヤを見た。

彼女は意を決したように頷くと、前に出て、サラの方に近づいた。
相当緊張しているらしい、右の手足が同時に、そのあと左の手足と、奇妙な歩き方をしている。

「こ、これを……」

リミヤが恐る恐る渡した袋を、騎士団長は受け取り、覗き込む。

「これは……ポーション?」

「はい、俺とリミヤ……それから薬屋で働いているもらっているファシアという女性が鑑定士スキルを持っているのですが、その方の力を借りて調合しました」

騎士団長は、袋から取り出したポーションを見て、目を細めた。

「へぇ……」口元に微笑を浮かべ、そう呟く。「珍しい質感だね。どんな効果を持つのか、教えてもらってもいいかな」

黄金色のポーションの中で、かすかな淀みが揺れ動いていた。
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