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②出会い
しおりを挟む一週間程前、エディはここで俳優の塚本澄生と会った━━
塚本はまだ23歳だが、誰でも知っている、今をときめく人気俳優だった。主演映画が悉くヒットしている。
背が高く、スラリと長い脚。程よく筋肉の付いたしなやかな肢体に、小麦色の肌。少しだけ長めの黒い髪。
男らしい整った目鼻立ちだが、陰のある、憂いを帯びた瞳が印象的な青年だった。
塚本は、田代浩輔というジャーナリストと連れ立ってアストロに現れた。
皮ジャンパーにジーンズという服装だが、スタイルがいいので人目を引く。
田代の方は、ひょろりとした痩せ型で、メガネを掛けている。誰にでも気さくに話し掛けてくるところがあり、ペガサスのメンバーとは親しい仲だ。
その日も二階席にペガサスの面々を見つけ、すぐに近付いてきた。
「やあ、みんな来てたのか━━
塚本くん、彼らがペガサスだ」
傍らに立っている塚本の方を向いて、田代が紹介した。
「田代さん、ここ座ってよ」
リーダーのテリーが、塚本に挨拶しながら、隣の席を指で示した。
エディが席を譲ろうとして立ち上がったが、その格好を見て田代がヒュウッと、口笛を吹いた。
黒いシースルーのシャツを素肌に着ている。かろうじて胸だけはポケットで隠れているが、あとはスケスケで、後ろからは背中が全部見える服だ。
ボトムスは、ゆるやかに裾の広がった白いパンタロンだ。ローライズのウェストからヒップまでは、ぴったり体にフィットして、丸いヒップラインを強調するという、妖しいスタイルだった。
「スゲェな、その服! 今流行りのシースルールックだな?」
エディは黙ってニヤリと笑い、手を腰に当ててモデルのようにポーズをとった。
「ヘソまで見えるじゃないか、大胆だなあ~!」
「いやだな! どこ見てんの、田代さん」
エディが吹き出した。
薄い生地の下で、しなやかな胴がはねた。
「あまり男を挑発するなよ~」
実際、男でこんな服を着れるのは、ユニセックスファッションが売りの、エディ萩原ぐらいだろう。
二人の会話を笑って聞いていた塚本は、エディの隣に腰を下ろし、薄いグリーンのサングラスを外すと、やぁ、君がエディ?と、にっこり笑った。
深い焦げ茶色の瞳がまっすぐ自分を見つめた時、エディは一瞬どきり、とした。
映画で見たのと同じ瞳だ、と思った。
「塚本さん、僕『海のシリーズ』の映画は全部見てます」
「へぇ、そうなんだ。ありがとう
君もヨット好きなの?」
塚本の映画は湘南が舞台のヨットのシーンが多い。
「ええ。僕はやらないけど、兄が琵琶湖でヨットやってるから、よく近くで見てました」
「ああ、君たち関西出身だったね。
僕も最近ロケで京都にはよく行くよ」
大人びた、優しい口調だった。
有名人なのに、あまり気取った感じはしない。
それよりどこか遠くを見ているようで、淋しそうにしているのが、エディは気になり、そのきれいな横顔から目が離せなくなっていた。
低めの、よく通る声も耳に心地良かった。
「君、よく来るの?ここ」
「ええ。しょっちゅう来てますよ」
「そう、じゃあ僕も来ようかな」
「えっ━━」
「君に会いに、ね」
塚本はそう言って、またエディの顔を見ていたずらっぽく微笑んだ。
エディはどう返していいのかわからなかった。一瞬、遊ばれているのかもしれない、と思った。
ただ、憧れの人に出会えた興奮で、胸は高鳴っていた。
それから塚本はウィスキーの水割りを飲みながら、バンドの演奏を眺めていたが、次の曲が終わったところで、
「じゃあ、またね」と、一人で席を立って行った。
背の高い後ろ姿を、エディはちょっと寂しく思いながら見送った・・・
塚本の去った席に、田代が移って来て座った。エディが話しかける。
「田代さん、塚本さんと仲いいんだね」
「うん、もう付き合い長いからな。最近はよく一緒にライブ見に行ってるよ。
ああ、君達のも見たぞ!
あいつも音楽好きだからな。ドラムもギターもうまいんだ」
「へぇ、そうなんだ! カッコいいなあ~」
1960年代には、芸能雑誌の創刊が相次ぎ、週刊誌、月刊誌とも人気アイドルのグラビアや記事で一杯だった。
田代はその雑誌の記者で、しょっちゅうペガサスの取材をしている内に、エディ達とも親しくなったのだった。
「田代さん、思い出した!先週の『週刊スター』の記事、何あれ!」
「ん? エディの特集のこと言ってるのか?」
「そうだよ!『エディとケンがホモセクシャルの関係』って誰が書いたの?
僕達そんな仲じゃないから!」
エディはむくれた顔になり、口を尖らせる。
「さあな、言っとくけど俺じゃないよ」
「あんなデッチ上げ書いて━━おまけに『男性から、ツケ狙われるエディ萩原』って、あの書き方もヒドいよ!
そりゃ、男からもファンレターは来るけどさ」
「まぁ そう怒るなって。君が各方面にモテモテだって強調したいだけなんだから」
エディは田代を睨んで黙ってしまった。
こんな記事は初めてではない。
中性的な容姿のせいで、とかく興味本位に、勝手に想像を膨らませて書かれる。
その時代、エディ以外にユニセックス的男性アイドルは皆無だったから、珍しがられた。
小柄で華奢な体つき。女性用の服やアクセサリーが違和感なく似合う外見で、いつも女の子に間違えられている。
でもエディは女になりたい訳ではなかった。自分はあくまで男だと思っている。
「女の子みたい」と言われるのは、最初イヤだったが、今ではそれがアイドルとしての自分の売りだと割り切っていた。
少女達は皆、「女の子みたいに可愛い」エディに夢中になったが、大人の男達の好奇心も、大いに刺激する存在だった。
つまり、エディのセクシュアリティはどうなのか━━男もイケるのか、という点が。
男達から性的対象に見られていることは、エディ自身も意識せざるを得なかった。
芸能界に入ってから、年上の男から声を掛けられる事が増えたからだ。
男性ファンだけではない。作曲家、音楽プロデューサー、画家。いずれも30過ぎの男達だ。
大人の世界を覗いてみたくて、誘われるままについて行ったら、男達はエディの体が目当てだった。
それと同時に、デビューしてからずっと、ファンの女の子に追いかけ回される日々が続いている。
中には楽屋口で電話番号を渡して、「今夜私の部屋に来て」とストレートに誘って来る子も、ひとりや二人ではない。
お陰でエディは、男とも女とも派手に遊んでいる美少年、と噂されるようになってしまった。
ファンの少女達との刹那的な関係は、ただ仕事のストレス発散と、欲望を満たすだけで終わってしまい、あとは空しいだけだ。
それは恋ではない。
自分が男を好きなのか、女を好きなのかは、深く考えてこなかったエディだった。
ただ14歳の時、初めて好きになった人は、兄の友人で、男だった。
17歳の今、エディは恋がしたい━━と思っていた。
塚本澄生と会ったのは、そんな時だったのだ・・・
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