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⑤再会
しおりを挟む塚本澄生は、京都での映画のロケが一段落し、東京へ戻って来たばかりだった。
一人でどこかへ飲みに行こうかと思い、『アストロ』に足が向いた。
先週その店で、気になる子に会ったからだった。
それは17歳の美少年だった。
幻想的な照明が明滅する中、今日は生バンドがスローな曲を演奏している。
ほの暗い店の二階席、前会った時と同じ所に、ひとりでエディ萩原は座っていた。
栗色の髪は、遠くからでもすぐにわかった。ふわりとそこだけライトが当たっているように見える。
塚本は後ろからそっと近付き、エディの肩を軽くたたいた。
「塚本さん━━!」
振り向いたエディはびっくりして塚本を見つめた。ずっと塚本が現れないか、入口を見ていたつもりだったのに、いつの間にか近くに来ていたのに、驚いたのだった。
「やあ、今日は一人?」
「ううん、みんないますよ。テリーとヨージはあっちで━━シルバースターズの連中と飲んでて、ケンとスティーブは下で踊ってるから」
エディは少し離れた席を指差した。
シルバースターズはペガサスと同じ事務所のバンドで、彼らは仲が良かった。
いつもこのアストロを溜まり場にしているようだった。
「よく僕がここにいるのわかりましたね」
エディは、塚本をうっとりとした目で見上げる。前髪に触れそうなほど睫毛が長い。少し首を傾げると、長い髪がサラサラと音がしそうだった。
「そりゃあ、君は目立つもの」
隣に腰を下ろし、塚本はそう言って微笑んだ。
「それに━━」
塚本の体が、急に近付く。
肩と肩が触れ、塚本の香りがエディの鼻先をかすめた。
次の瞬間、耳元でこうささやいた。
「君みたいにきれいな子、他にいないからね・・・」
それだけ言うと、体は離れ、塚本はいつものポーカーフェイスに戻った。
エディはかっと顔が赤くなるのを感じた。暗かったのでわかる筈はなかったが、きっと塚本に気付かれた、と思った。そして、自分にこう言い聞かせた。
(この人は俳優なんだ・・・
だからこんな見えすいたセリフ、男の僕相手にも簡単に言えるんだ・・・
本気にしたらダメなんだ・・・)
その日エディは、白のフリルの付いたブラウスと、ピンクのサイケプリントのパンツをはいていた。明らかに女性用だ。
しかし近くで見ると、衿元や袖のボタンを外してラフに着ているので、喉仏や骨ばった手首がのぞいて、少年らしさが感じられた。それが塚本の興味を引いた。
「いつもおしゃれだなあ、そういう服どこで買うの?」
「銀座が多いかな」
「女性用だろう?自分で買うの?」
「もちろん。僕やせてるから、男物だと肩がダブダブなんだ。それに女性用の方が色やデザインがきれいだから。
その方が僕に似合ってると思うし、おしゃれって、男も女も関係ないと思うんだ」
「へえーいいなあ。君は自由なんだなあ」
話してみるとエディは、顔に似合わず声も低かった。気が強そうで、ハッキリとものをいう。
女性用の服やアクセサリーを身に着けていても、女装という訳ではなく、自然に似合っている。それが自己表現なのだろう。
少女のような部分と、少年のような部分とを両方あわせ持つ、不思議な魅力に、塚本はとても惹かれるものを感じていた。
並んで座って、塚本はウィスキーのロックを、エディはコーラを飲んでいる。
初めて会った時より、ずっと打ち解けて話せていることに、お互い気付いていた。いつの間にかくだけた口調になっていた。
テーブルの上に置かれたエディの指に、塚本の視線が留まった。
白い大きな指輪を、左手の薬指に嵌めている。繊細な薔薇の花の彫刻を施した、凝ったデザインだった。
十代の男の子が、自分で選んだとは思えない。
「きれいな指輪だね」
「ああ、これ?最近気に入ってるんだ」
「それ、象牙だろう?いい物なんじゃない」
「わからない。ママにもらった。よくくれるんだ、ブローチとかも」
「へえー」
エディは自慢そうに指を広げて見せた。
「よく似合ってるね・・・」
それに引き寄せられるように、つーっと塚本の手が伸びて、薬指の指輪の嵌められているあたりを、すっと撫でた。
指はそのまま離れず、エディの手の甲を小さく往復した。エディの背中に電気のようなものが走り、体が小さく震えた。
『ん・・・』
声にならない声が出る。
一瞬目を閉じて、それをこらえようとしたのを塚本は見逃さなかった。
その表情が塚本を刺激した・・・
「僕そろそろ帰らないと━━」
エディが帰ろうとすると、塚本が送ると言って、二人一緒に席を立った。
入口は一階なので、階段を下りなければいけない。ちょうど上がってくる客がいて、それをエディがよけようとして、うしろの塚本に体が触れた。
エディの髪が顔を擦り、細い肩が自分の胸に飛び込んで来た時、とっさに塚本はエディを抱き寄せていた。
そしてすかさずその顔を上向かせると、唇を重ねていた。一瞬のキスだった。
さっき触れた指の感触を思い出し、衝動が止められなかったのだ。
塚本は自分でも大胆さに驚いた。
エディは誰かに見られなかったかと、驚いて体を離した。胸がドキドキしていた。
二人はそのまま寄り添うようになり、店を出た。出掛けに塚本はエディを食事に誘った。
「トスカナってレストラン知ってる?」
「知ってる!すごく有名だもの。でもまだ行ったことなくて」
「今度一緒に行こう。また京都に行くから、来週帰ったら電話するよ。君の電話番号教えて」
エディが電話番号を書いたメモを渡すと、また指先が触れ合った。
さっき触れたエディの指━━抱き締めた時に逃げなかった細い肩━━そして唇。それぞれの感触が、また塚本の中に蘇って、気持ちをかき乱した。
ペガサスのメンバーと高橋マネージャーは、全員同じマンションのワンフロアに、別々の部屋を借りて住んでいた。
タクシーがそのマンションに着いたとき、塚本が驚きの声をあげた。
「君達ここに住んでたの?僕のマンションの真向かいじゃないか」
車を降りて、見上げながら塚本が言う。エディ達のマンションは、川沿いに建っていたが、その川にかかった小さい橋を渡ったすぐ向かい側が、塚本の住んでいるマンションなのだと説明した。
「知らなかった━━こんな近くに住んでたなんて」
エディも驚きを隠せない。
「よかった、来週電話して迎えに来るよ。待ってて」
「待ってる━━」
二人はそこで別れた。
深夜だったが、エディは回りに誰もいない事を確かめてマンションに入った。
エディも、もっと塚本のことを知りたいと思いはじめていた。
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