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⑥レストラン トスカナ
しおりを挟む朝晩は肌寒くなった秋の晩だった。
約束の時間にマンションに迎えに行き、現れたエディを見て、塚本はその美しさに息を呑んだ。
エディは黒のシンプルなセーターに黒いパンツと、黒尽くめのスタイルだった。色を合わせた、大きな黒い石の指輪を嵌めていて、唯一それがアクセントになっている。
丸い大きなサングラスで目元の表情はわからないが、ほっそりした顎のラインが際立って見える。
人形のような唇で微笑むと、どこか謎めいた大人の女みたいな妖艶なムードが漂った。17歳とは信じられない。
自分との仲も、少し大人の関係にしてもいいという気があるのだろうか。塚本は内心そう思いを廻らせた。
「エディ、今日はいつもよりきれいだよ━━」
思わずそう口にして、肩に手を回すと、エディは当たり前のように塚本の腕に収まった。
※ ※ ※
『トスカナ』は、日本で最初の本格的イタリアンレストランと言われる。
イタリア人と結婚した河合ミカが切り盛りしていた。
オーナー夫妻が、アートや音楽に造詣が深いため、文化人、芸術家や芸能人の出入りが多く、一種のサロンのようなところがあった。
深夜まで営業しているので、最近は若いミュージシャンも増えた。塚本もこの店は気に入って、よく来ていた。
その晩、エディを連れた塚本澄生が店に現れると、有名人には慣れている筈の客達が、一斉に注目した。
スーツ姿の長身の塚本と、傍らに立つエディの、そこだけライトが当たっているかのように見える。
あまりに二人がお似合いだったからである。
マダムのミカ女史が、カウンターから手で合図するようにして、塚本を呼んだ。
彼女とはすっかり気さくな仲だ。
「誰かと思ったら、エディ萩原ね?!本当にきれいな子ね!最初女性かと思ったわ。お安くないわね━━ごゆっくり!」
回りに聞こえないように低い声だったが、興奮していた。
塚本はミカ女史に肘を突かれながら、席に戻った。
エディはテーブルに着いて、店の中をぐるりと見渡した。
たくさんの絵画がかかった壁を、好奇心いっぱいの目で見ている。
「素敵なお店だね!前からずっと来たいと思ってたんだ。来れてすごく嬉しいよ!」
塚本の方を見て、にっこりと笑う。
「そう言ってくれて良かった」
黒いセーターは体にぴったりしているので、少年の平らな胸から胴へと続く細いラインが目立つ。顔は女に見えるのに、体つきで男と気付いてドキッとさせられるところがある。
そのアンバランスさが、塚本には堪らなくセクシーに見えるのだった。
「回りが君のこと見てるよ」
「えっ、僕? 塚本さんを見てるんじゃない?」
「澄生、って呼んで」
「あ、じゃあ 澄生。澄生のこと見てるんでしょう」
「いや君だよ。今日は特にきれいだよ━━本当だ。言っただろう」
塚本は俳優らしく、特に照れる事もなくエディをほめた。
エディは少しはにかみ、「ありがとう」と、小さい笑みを返した。
料理が運ばれて来るまでの間、お互いを見つめ合うようになっていた。
塚本の端正な男らしい顔を、エディはずっと見ていたいと思ったし、塚本の方もエディのきれいな顔を見飽きなかった。
「初めて君をテレビで見たとき、完全に女の子だと思ったんだ」
「それ、いつ?」
「6月頃かな、胸に刺繍のある黒いユニフォームを着てた」
「よくそう言われるよ」
「でもアストロで会った時、話したらすごく男の子っぽくてびっくりした」
エディはふふっと笑い、
「僕、自分では男らしいつもりなんだ。こんな格好してるから、回りがそう認めてくれないけど」
と言った。
「こう見えて僕気が強いんだ。言い出したらきかないから、他のバンドと一緒になったら、すぐケンカしちゃう」
「君からケンカふっかけられるとは、思わないな」
「だから勝てるよ!向こうが油断するんだ。口じゃ絶対負けない」
「君は不思議な子だなあ━━」
塚本はふうっとため息をついた。
「君のこと、もっと知りたくなったよ、エディ・・・」
「僕もだよ・・・澄生」
塚本はエディの薬指に手を伸ばした。
大きな指輪が、触れて欲しいと誘っているように見えるのだ。
今日は黒い石の指輪だ。薬指を撫でて、その石をそっと弄び、いたずらな指がもっと手を擽りたそうに動いた。
エディはウエイターの目を気にして、顔を赤らめ、
「澄生━━!」
と小さい声でたしなめた。
そのまま続けられると、体の芯が熱くなりそうだった。
料理が来たので、塚本は何もなかったかのような顔をして、手を引っ込めた。
運ばれて来たスパゲティボロネーゼは、本当に美味しく、客達のさざめきが聞こえる中、二人は取止めもない話をして、一緒にいることが心地良いと感じていた。
芸能界に入ってから、こんなに打ち解けて話ができる相手は、お互い初めてだ。
塚本澄生は鎌倉育ちだ。実家の塚本興産は、伊豆や箱根でホテルやリゾート施設を手広く経営している。
裕福な家庭で何不自由なく育ったが、澄生は実は、父親が愛人に生ませた子なのだった。
生まれて間もなく本家に引き取られた。しかし両親や兄からは、あまり愛されていないと感じていた。
女性を本気で愛する事もできなかった。
高校時代にスカウトされて映画に出演し、芸能界入りした。
孤独な生い立ちのせいか、翳りのある表情が、役を演じる時に深味を与えているところがある。
その塚本が今、愛し始めているのは、目の前にいるエディだ。
よく動く瞳が本当に可愛く、その愛らしさも、人懐っこさも、初めて会った時から心を捉えてしまっていた。
「澄生はドラムもギターも上手だって、田代さんが言ってた」
「どっちも少しかじっただけだよ。ミュージシャンの君から言われると恥ずかしいな。あ、でもドラムセットは家に持ってるよ」
「え、見たい!映画でドラム叩いてたよね。あれカッコ良かった!」
以前塚本は、映画でドラマーの役を演じていた。エディは、やはりバンドをやっていた兄と一緒にそれを見たのだった。
「じゃあ、このあと家へ行って見せてあげるよ」
「本当?!」
食事のあと、二人はタクシーで塚本のマンションへ向かった━━
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