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礼儀知らず
しおりを挟む「…テューダーズ伯爵令息様?挨拶くらいではありませんわ。」
メアリーナが何か言う前に、彼女のすぐ後ろにいたカレンデュレアが、ぐいっと前に出てきて雅な手扇で口元を隠しながら冷たい声でそう言った。
声以上に、そのブルーグレーの瞳は氷のように冷えきっている。
艶やかな長い黒髪にスラリとした佇まいの美しい令嬢はカレンデュレア・マルテッド侯爵令嬢であり、メアリーナの友人のひとりだった。言わずもがな、メアリーナやロメオ達伯爵位よりも更に高位の貴族である。
「…マ、マルテッド侯爵令嬢様。」
「貴方、ワタクシが相手でもそのような事を申されますの?」
「いえ、そんなつもりは…。」
「メア様の言う通りでしてよ。
ワタクシはそちらの無礼な令嬢は名前は知りもしませんが、メアリーナ様よりも家柄が下位なのであれば、本来はありえない行為。
それを高位貴族として貴方がご友人に教えて差し上げなければならないのに、何故助長させるような事を仰っておられるのかしら?」
「ぶ、無礼ですって?!」
ティファニーが美しい眉を釣り上げてカレンデュレアに何か言い返そうとするのを、ロメオが慌てて制した。
「た、大変失礼致しました。」
「ロ、ロメオ様、どうして謝ったりなんか…!」
「ティファニー、止めてくれ!
…本当に申し訳ありませんでした。さあ、行こう。」
まだ何か喚こうとしていたティファニーの腕を引っ張ると、そのままロメオは慌ててメアリーナ達の横を通り過ぎて行った。
通り過ぎる際に目の端の方で、何か言いたげにロメオがこちらを見ているのに気がついたが、メアリーナは前を見据えたまま、彼に視線を移すことは無かった。
ティファニーも最後まで「何故私が怒られないといけないのよ」「意味が分からない」などブツブツと呟いていたが、やがてそれも聞こえなくなった。
「…何なんですの、あの不躾な令嬢は。」
「カレン様、申し訳ございません。」
大きなため息と共に吐き出された呆れを含んだ友人の声に、メアリーナは頭を下げた。
「やだ、顔を上げてくださいな。何故貴女が謝るのです、メア様。」
「…テューダーズ様は私の婚約者でございますから…。」
「婚約者がいるのに別の方を侍らせている時点で、あの方は感情も含めて自己管理を出来ていない痴れ者だと他者からは思われますでしょうね。」
カレンデュレアは口元を隠していた扇を畳みながら、辛辣な言葉を吐き出した。
「…学園では、公にはなっておりませんから。知らぬ方達より見ると、彼らは正当にお付き合いされているように見える事でしょう。」
「…でもあの方は、メア様がテューダーズ子息の婚約者だと知っているようでしたわ。貴女に対して、まるで見下すような笑みを浮かべていたわ。」
「そうですね…。」
先程の毅然とした態度とは違い、すっかりと落ち込んでしまったように見えるメアリーナの言葉に、カレンデュレアは少女を痛まし気に見つめた。
「メア様、まだあの方の事がお好きなんですの?」
「…以前はお慕い申し上げておりましたが、今ではなんと言ったら良いか…。」
「そうですわよね。テューダーズ様は最近あの可笑しなご友人とよく一緒におられる所をお見かけするし、…それにワタクシはこの学園に入ってから、一度も貴女が彼と一緒にいる所を見た事がありませんもの。」
「ええ…。」
メアリーナとカレンデュレアの話を静かに聞いていた、もう1人の友人であるティアラ・ダリンタッド侯爵令嬢は「おふたりとも」と二人の肩をトントン、と叩くと金鳳花のように艶やかに輝く髪を揺らして、美麗に微笑んだ。
「ねえ、おふたりとも。いつものあれ、しませんこと?」
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