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素直になれない【レオン】
しおりを挟む「…はあ。何故毎週こうやって会いにこないといけないんだ?」
(ああ俺、何を言っているんだ。寧ろ会いに来てもらっている側…!しかも俺が組んだ予定…!)
「女なんて面倒くさいのに何でよりによってお前なんかと」
(思ってない。全然面倒くさくない。最悪だ、なんでこんな言葉しか出てこないんだ、馬鹿か俺は)
「その服の色とか形、お前に全然似合わない」
(…めちゃくちゃ似合ってるのに。何でそれが言えない俺!なんなの俺!)
目の前の婚約者は、俺の言葉に一切心を乱されてもいないように、今日もにこにこと微笑んでいる。
隙のない、完璧なその姿。
ディア・トレント侯爵令嬢は、「真珠姫」と呼ばれている。
彼女の陶器のような白く艶やかな肌に柔らかな微笑。大きな瞳を縁取る、髪の色と同じ薄茶色の繊細な睫毛が、時々ぱちりと陽の光に煌めくのが見えて、レオンは思わず目を逸らした。
(綺麗すぎる)
綺麗すぎて、心臓に悪いのだ。彼女といるといつも動悸が凄まじく、時に苦しいほどだ。苦しいからなのか、彼女に対して酷いことばかり言ってしまう。違う、これは言い訳だ。
二度目に会った時、レオンはディアに有り得ない暴言を吐いた。如何に自分があの頃、気持ち的に余裕がなくて追い詰められていようとも、決して人に言ってはならない言葉。
『ブス!』
そう言ったのだ。ブスどころか、妖精のように可愛らしかった少女に向けた言葉の刃。6歳だった彼女は、直ぐに泣き出して遠くに駆けて行ってしまい。俺はその後直ぐに我に返った。何でそんなことを言ってしまったのかと自分を責めたし、父にも責められた。
それなのに。
それから続く長い長い婚約者との時間の中で、会うと決まって一度は暴言を吐いてしまう始末。
言いたくないのに、悲しい顔をさせたくないのに、最初に傷つけてしまった事を謝れず、その上に悪行を重ねに重ねてここまで来てしまった。
自分がもし婚約者の立場ならとっくに怒鳴って無理やり破棄にでも何でも持っていっているだろう。でも彼女はそれをしなかった。家の為でもあるのだろうし、勘違いでなければディアは自分を好きでいてくれているのでは?とレオンは微かに希望を持っていた。そんな酷いことしておいて頭の中に花でも咲いてるのか、俺。だからこそ晒していた醜態の数々なのだが。
要するに、彼女の優しさに甘えきっていたのだ。ディアは知っていたから。レオンが母親を亡くし、あの当時心が傷ついて相当参っていた事を。だから、これまで一度も彼を責めることはなかったし、言い返すこともしなかったのだろう。
だから、その日もつい甘えが出た。
「なんでお前みたいなブスと俺が…」
とまた思ってもいないことを言ってしまったのだ。
そしたら、その瞬間に彼女の笑顔が崩れた。そしてキレられた。
「私だって貴方みたいなナルシストのキモ男なんて嫌よ!!」
別れたいなら親に言え!と全く持って正当なことを言われ、レオンは呆然とした。そこで初めて、レオンの素直じゃない部分を受け入れてくれていたのではなく、ずっと我慢をしてくれていたのだと漸く気づいた。馬鹿すぎる。
次のお茶会からは地獄だった。あんなににこにこしていたのに、一切笑顔がなくなってしまったディアに、言葉をかけられない自分。どれほど彼女に寄りかかっていたのか気が付き、何とか謝りたいと思うのに、長年のツケでそれも全然上手く出来ない。
『覚えていないかもしれないけど、ディアと教会で話した時とても楽しかった。
それと、婚約者の挨拶の時に最低なことを言ってごめんなさい』
これを言えたらいいのに。
レオンは焦って、母方の親戚である従妹のサニーに相談した。だけど「それはあんたが悪い」「もうどうにもならない」「馬鹿なの」と一方的に言われ、「拗らせ過ぎよ」と言われて怒られた。
と思ったらあの夜会だ。ディアをエスコートして入場すると、サニーが居た。(後で聞いたらこちらの国の伯爵家に嫁ぐから、たまたま参加していたらしい)え、なんで?と思っているといつもはしないのにベタベタとこちらに触ってくる。気持ち悪いなあと思っていると、ディアが貼り付けたような笑顔を浮かべ一方的に別れを告げて踵を返していってしまった。展開についていけず、サニーに腕を取られていたから追いかけられず。
「何してくれてんだよ!」と言ったら、
「あら、彼女の気持ちが分かって良かったじゃない。あの子、貴方のことが好きだと思うわ」
とサニーに言われた。
俺の事が好き?本当に?レオンの心に希望の光が灯った。
けれどその少しの光も、暫く続いたお茶会の中でディアが婚約解消をと言ってきたことで、あっという間に崩壊した。
いや、自分が悪い。全部。レオンは分かっていた。感情表現が下手とかではなく、完全に身から出た錆だ。
彼女の事を思えば、婚約解消に応じたほうがいいだろう。分かってはいた。こんなに傷付けておいて今更何をどう言えば良いのかも分からなくなっていて。
ぼーっとしながら馬に乗っていたら、走り出した馬を制御出来なくて、落ちた。
落ちながら、「死ぬかも」と思った瞬間。最後の頬を思いっきり引っぱたかれた時のディアの顔を思い出した。
怒って感情を顕にして。そして、今にも泣き出しそうな、とても悲しい顔。
好きな女の子に、あんな顔をさせたまま、俺は死ぬのか。死ぬなら謝ってから死ぬべきじゃないだろうか?
気がついた時にはベッドの上で、頭と足に包帯は巻かれていたけれど命に別状はなかった。だけど、馬から落ちる前に見た走馬灯のようなディアとの思い出を覚えていて、急いで父にディアを呼んでもらうようにお願いした。
ディアの家からレオンの態度を聞いていた父は渋っていたけれど、あまりにも必死に頼むものだから折れて、彼女に知らせてくれた。
それからは、もう。必死で謝って。謝り通して。まだきっとディアは全然許してくれてないんだけど。
でも、何だか長い呪縛から解かれたみたいだ。何であんなに素直になれなかったんだろう。信じられないくらいガキだったんだなあと、過去の自分を心の中で何回もぶん殴りながら。
彼女をもう傷つけるな、素直に生きろ、と泣き顔も綺麗なディアを見つめて心に誓った。
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