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無表情でも可愛いお兄様
しおりを挟む「レーヴェお兄様!」
「……。」
「見てください!」
休日の昼下がり。レオンハルトの部屋へと押しかけたティファーニーナは、じゃーん!と言いながら、手に持った美しい水色に光沢のある紫色のリボンをかけた手のひらサイズの箱を差し出した。
レオンハルトはそれを横目で見ただけで、またぷいっと横を向いてしまった。しかし、少女は満面の笑みを浮かべたままいつまで経っても手を引っこめる気配がない。
暫くはそのままだったが、その沈黙と静止に耐えきれなくなったレオンハルトが先に折れて、箱へと手を伸ばした。
けれど受け取ったかに見えたそれを開けることなくテーブルの上へと置いて、また本を読み始めてしまう。
ティファーニーナは、レオンハルトの前に回り込んで座ると、本に目を落とす彼をじっと見つめた。
「中を見ないんですの?」
「……。」
「お兄様?」
「……。」
「レーヴェお兄様~?」
「……。」
「はっ!もしかして集中しすぎてて私の声が聞こえていらっしゃらない?お兄様~??」
「……。」
「そうみたいだわ!よし。」
そう言うと、椅子から勢い良く立ち上がったティファーニーナはレオンハルトの真横まで移動していき、耳のすぐ側で声のボリュームを保ったまま「お」と迄言った瞬間に、レオンハルトに片手で口を塞がれた。
「……聞こえてます。」
「ふぁんだ~ひょかった!(なんだ~、良かった!)」
「……。」
「ぷはっ!ふふふ、是非中を見てください!」
「……。」
彼が口を押さえても、ティファーニーナは怒りもしない。それどころかニコニコ微笑みながら何の屈託もない澄んだ目で見つめられて、レオンハルトは何とも言えない気分になりながらも小さくため息をついた。
そして渋々といった風に、自身の色味と似ている紫色のリボンを解いて箱の蓋を開けた。
中に入っていたのは。
「……ハンカチ?」
「はい!『ようこそおいでませませハンカチ』です!」
「……。」
「ほら、見てください、此処。」
ティファーニーナはそう言ってハンカチの一角を桜貝のような爪先で指差す。そこには鮮やかで美しい紫色と青色と黄色の糸で蝶が刺繍されていたが、その細かな模様を良く見ると。
「ここから読むんです。ほら、『お兄様、ようこそおいでませ。エルスロッド伯爵家へ』と刺しましたの。どうです?」
全体的に見た場合には美しい模様にしか見えなかったが、ティファーニーナの指さした位置から順に見ていくと確かにそう記されている。単純にこの僅か五センチ四方のスペースにこんなに細かく刺繍が出来る技術は凄い。
でも、どうですってなんだ?とレオンハルトは口に出さずに思った。
「……。」
「はっ!レーヴェお兄様ったら感心し過ぎて声も出ない様子!」
「……。」
「是非、使ってくださいませ!それでは失礼します!」
「……。」
そう言うとティファーニーナは、鼻歌を歌いつつ部屋から出て言った。
嵐が過ぎ去ったあとのように、残されたレオンハルトはハンカチを手に持ったままドアを見つめて困惑していた。
「何、あれ……。」
ティファーニーナがレオンハルトの返事を待たなかったのには理由がある。
レオンハルトの部屋から廊下に出て暫く歩き、角を曲がった辺りで少女は急にしゃがみ込んだ。そして、真っ赤になった顔を両手で覆いながら天を仰ぐ。萌が止められなくなってしまったからだ。
「……やっぱり可愛い……!とっても、可愛い過ぎるわ……!!間近で見ると破壊力がすごい……!!!」
先程、部屋の扉を開けた時にこちらを見た義兄の、無表情かつ凍てついた眼差しを思い出す。何も知らない他の人が見たら、ちょっと怯んでしまうほどの冷たさだった。
そして、ティファーニーナが後ろ手に持っていた箱をパッと彼の前に差し出した時に、驚きで揺れた肩、椅子に腰かけたまま少し後ろにそらされる身体、警戒心MAXな目つき。
遂には中身を見た時の、興味無さそうにぷいっと顔を逸らすあの感じ。
公式ページに書いてあったレオンハルトは、
『無口で無関心で無表情。だけど本当は誰よりも主人公を護る、寡黙系溺愛男子。イメージは黒豹。』
だったけれど、まだ物語が始まる前のせいか、レオンハルトは「黒豹」というよりは「黒猫(子猫)」だし、「護ってくれる」というよりは「護らせてください」な状態ではある。
でも、それでも。
「……本当に、本当に推しが目の前で動いているわ……!!こんなに幸せなことってあるのね……!!!」
思い出して何度も悶えそうになりながら、少女は胸の前でガッツポーズをしてそう呟いた。
彼女の言葉によってお察しの通り。実はここは物語の中の世界なのである。ティファーニーナの中の人は所謂、転生者というやつだ。
ティファーニーナは、四人いるヒーローの内の一人、レオンハルトの義妹キャラクター(モブ)なのである。
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