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新しい環境【レオンハルト視点】
しおりを挟むヴィラステリア学園は、王都の中心にある。エルスロッド伯爵家より馬車で半日程度の距離にあり、義妹に会う為に(義父から政務を学ぶためもあるが)毎週末戻ろうとする時、少し不便ではある。
しかし、レオンハルトの学力に元々見合っていた高位貴族の通う学院は、彼の義兄弟達が通っていて悪評をばら撒かれ、再度通うことが出来なかったので、今回はそれに次ぐ学力のこの学園へと転入となった経緯がある。
義兄達の通う学院は、ハイリオル公爵家の領地と王都の境目にあったので、このヴィラステリィア学園にいる限りはそう滅多に彼らに出会うことは無いだろう。
ヴィラステリィア学園は、真っ白な壁に紺碧の屋根の、美しい清廉とした佇まいの学舎だった。
馬車で門をくぐる時に見えた、入って右側の広々とした芝生の奥には、おそらく中庭が続いく道が見えている。白樺の木が北部らしく真っ直ぐ伸び、道沿いに沿った垣根の向こう側には木のベンチが点在していた。
学舎を通り過ぎそのまま馬車で少し進むと、また新たに門が見え、同じデザインの寮が見えてきた。
義父が準備したレオンハルトの部屋は一人部屋で、バストイレ付きだ。
彼にはサイという名の少年従者が付けられていて、従者の部屋の部屋は隣にあり、いつでも用事を言い付けることが出来るようになっている。公爵家に生まれ育ったが、従者を付けられるのは初めての事で、レオンハルトは戸惑った。
義父は「いずれ伯爵家の家臣達は君の管轄下に置かれる。その練習だと思って、人を使う事に慣れていきなさい」と言ったので、レオンハルトはそれに素直に従う事にした。
馬車から降りると、寮を見上げる。路面側に面した部屋のいくつか窓が空いていて、春の風にカーテンがひらめいているのが見えた。
「レオンハルト様、こちらへ。」
「うん。」
サイの呼ぶ声に従って寮の入口へと進む。そこには寮の職員と思われる初老の男性が立ち、笑顔で彼を待っていた。
「エルスロッド伯爵子息様、ようこそおいで下さいました。」
「これから宜しくお願いします。」
「勿論です。何か不便があったら直ぐにお伝えください。」
物腰の柔らかなその男性は、寮長のサントスという貴族だった。彼に導かれて二階へと上がり、廊下を左に曲がって突き当たりの部屋へと案内される。
「先に運び入れられた荷物は、扉の内側まで入れさせて頂きました。部屋の中を確認いただいて、準備が終わられましたら階下の寮長室までお越しください。学園長の元まで案内させていただきます。」
「承知致しました。ありがとうございます。」
お辞儀をして去っていく寮長の背中を見送った後、レオンハルトは焦げ茶色の扉を開けた。
南向きの─学園の中庭方面に面しているその広い部屋は、薄暗かった廊下とは違い明るい陽光が窓からカーテン越しに降り注いでいた。清潔感のある白い壁紙に、深い紺色の天井は学園の外観と同じだった。窓際に落ち着いた色合いの机とベッドが備えつけられている。窓の向こうにはサンバルコニーが見え、そこにはテーブルと椅子が備え付けられていて、雨の日でもくつろぐことが出来そうだった。
入口の扉の近くにもう一つ扉があり、ノブを引くと広めのスペースにバスとトイレが備えつけられていた。
「レオンハルト様、過ごしやすそうな部屋ですね!」
「そうだね。」
「きっとこの寮の中でも大きな部屋ですよ。伯爵様はレオンハルト様を本当に気にかけていらっしゃいます。」
「うん。」
サイが大きな黒い目をぱちぱちと瞬かせながら部屋の中を見渡し、サンバルコニーに出て、そこから外を興味深そうに見つめていた。
彼越しに淡い緑の木々の葉が見え、レオンハルトは遠く離れた義妹の事を思い出した。女子寮はどうなっているのかは分からないが、男子寮でこれだけ綺麗であれば、彼女もきっと過ごしやすい事だろう。先に確認出来て良かったと、そして漸く到着したことに安堵のため息をついたのだった。
「失礼します。」
「来られましたね。では、参りましょうか。」
寮長に連れられ、サイと三人で学園への道──中庭を歩いている時だった。前を歩いていた寮長が急に足を止め「またか」と小さくうんざりとしたような声で呟いた。
なんだろうと思い、レオンハルトが彼の後ろからそっと覗き込むと。中庭の木々の中程に、芝生では無い土の地面が出ているところがあった。柔らかな光が差し込むこそで一人の人間──髪の長さから恐らく少女だろう──がこちらに背を向けて地面に座り込み、何かをしている。その彼女の向こう側で、煙がもくもくと上がっている事に気がついて、レオンハルトは困惑した。
「……バーガスさん。何度言ったら分かるんですか?」
「えっ!あ!男子寮の寮長さん!」
呆れた声で寮長が声をかけると、元気な女の子の声が返ってきた。振り返ったその者の瞳の色は金色で、南部の国の出身だと直ぐに分かった。同い年くらいだろうか。
「中庭で火を扱わないでください。危ないでしょう?」
「すみません!どうしても焼きたいものがあって……。」
「次に見つけたら、学園長にご報告致します。」
「ええ~っ!?そんなあ。」
「そんなあ、じゃありません。早く火を消して下さい。」
彼女はそこで落ち葉を焼いていた。というか、落ち葉で料理をしていた。
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