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さようなら
しおりを挟む「君には本当に申し訳ないと思っている。
…彼女を簡単に愛してしまって…有り得ないと思うだろう?なんて節操のない、単純な男だと。
でも…彼女は私に手を差し伸べてくれたんだ…。騎士という重圧に負けてしまったこんな情けない私に。
だから私は…彼女をもう、手放せない。」
ディオラルドの言葉は私の胸に鋭い刃のように突き刺さった。
(勝手な事を言わないで。何故なの?どうして…!)
ユリアーナは言葉にならない悲鳴を口の中で上げた。
けれどそれらはどれ一つとして音にはならない。心無い言葉を告げられても、彼女の表情が大きく変化する事は無かった。凪いだ水面に、風よりも軽い小鳥の初羽が落ち、小さな波紋が一時的に広がり直ぐに消滅する程の変化。
何故ならばユリアーナはずっとそのように教育されてきたから。
誰にも侮られてはならない。そう、教えられてきたから。
…大好きな貴方から、そんな言葉を…他の誰かを思う言葉を聞かなくてはならない日が来るなんて。
まさか、裏切られる日が来るなんて思ってもいなかった。
(…では私も、貴方に弱った姿を一度でも見せていれば。今のように虚背を張った精一杯の強がりを見せていなければ、彼女のように貴方に愛されたというの?
…貴方が、…貴方や周りがそうはさせてくれないというのに。)
「ユリアーナ。…君はあの子よりもずっと強いから。きっと僕でなくても大丈夫なはずだ。」
「…分かりました。」
婚約を解消しよう。
言外でそう言われている事には既に気が付いていて、そしてそれ以上聞いていたくなくて。
ユリアーナは視線を下げ、彼に背を向けると震える足を悟られないようにじっと床を見つめ歩いた。
扉の手前で一旦足を止め、ゆっくりと後ろを振り返ると彼は私を見ていなかった。
膝の上で握りこぶしを作り、俯いてしまっている。
ユリアーナは、きっと彼女の視線には気が付いているのにこちらを見ようとしないディオに、諦めたかのような笑みを美しい顔に小さく浮かべると、最後に美しいカーテシーをした。
「…さようなら、ディ…アヴダント伯爵子息様。」
零すまいと思っても涙が勝手に溢れる。けれど手で拭うこともせず、自室へと帰ったのだった。
幼少の頃より結ばれた縁だった。
出会いはお互いに好印象だったように思う。
豊かに実り、陽に煌めく麦畑のように金色の美しい髪と澄んだ青い瞳の天使のようなディオラルドに、ユリアーナは一目惚れをした。
そして二人で会話を交わしていく中で、ディオラルドも少女に興味を持ってくれたのだと思う。ユリアーナの事を知的だ、と褒めた上で、
『きみの淡い色の髪と瞳は、キラキラしていてとても美しいね。』
『あ、ありがとうございます。ディオラルド様もとても素敵です』
『ディオと呼んで。君を護る騎士になれるなんて、私は幸せだ』
そう言ってディオラルドは頬を染め、私を見つめて優しく笑っていた。
雨に滲んでぼやけたインクのような色合いの薄青灰の髪色と、浅い水底のような明るい水色の瞳。見る人が見れば地味だ、気味が悪いと思うだろう。
けれどディオラルドは美しいと言って褒めてくれた。
あの時は確かに彼の気持ちはそこにあり、一緒に過ごしていく内にお互いの性格の長所や短所を知った上で、未来を共に歩んでいける人だと確信した。
そんな彼の瞳にもう私は映っていない。気がつけば彼が見つめていたのは、アゼリアだけだったのだ。
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