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閑話(マテオ君とナディアちゃん、二人は幼馴染)
しおりを挟むマテオとナディアの関係は彼の言う通り、ただの幼馴染だ。
小説の三章、『それぞれの過去』にて描かれる内容に、彼らの事も描かれている。
現アレンダラス公爵と現マットン侯爵が、王家主催の大規模な茶会にそれぞれの息子と娘を連れていった際に二人は出会った。二人は共に6歳だった。
小難しい話をしながら談笑している父の隣に背筋を伸ばして佇んでいたまだ幼い少女ーしかし、既に成長すれば傾国の美女にもなり得るだろうと思われる精巧な目鼻立ちと輝くエメラルドの瞳を持ったその子どもは、せっかく自分がいるのに会話に夢中になっている大人達が誰も自身を褒めたたえてくれない状況に、むくれて腹を立てていた。
(一度しかワタクシのこのうつくしさをほめたたえないなんて、れいぎがなっていないわ。)
父であるマットン侯爵には、大人しくしていないと今後はお城に連れてこないぞ、と強く言われていた為、ナディアは黙っていかにも不服そうな顔で立っているだけだった。
が、何も約束をしていなかったら、今頃大声で周りに怒鳴り散らして、人々の注意を引いたことだろう。それが出来ないことも面白くなかった。
そっと、父親に気づかれないように横に移動すると、大人達の足元の間をすり抜けていく。ナディアはつまらなさそうにしながら、茶会が開催されているホールから抜け出した。
(たいくつだわ。何かおもしろいことがないかしら。)
ちょうどその時期の花が満開となっている。この花を覧る為に大人たちは態々ここに集まって居るのだという。
(たしかに花はうつくしいわ。でもわたくしよりもうつくしいものなんて、そう多くはなくてよ。こんなもののためにあつまるなんて、バカげてるわ。)
目の前に咲いていた薄紫色の花を無造作にちぎり取ると、パッとまるで汚いものを掴んだかのように振り払い、ナディアは鼻で笑った。花など自分を飾る為の道具でしかない物だと、幼い頃より花よ蝶よと育てられた少女は本気で思っていた。
(こんなものよりも、わたくしのことをほめていればいいのに。きっと目がよくみえてないのね。ばかな老人ばかりだわ。
うつくしくもない、あわれな者たちばかり。)
ナディアはそう思うと、寛大な心で自分を褒めなかった大人達を許してやろうという気になれた。
そしてそのまま、咲き誇る花々の中を時折むしり取りながら、目的もなく歩いていた時だ。
目の前の真っ白なガゼボに、それまでの短い人生で一度も見たことがない、美しい天使が一人座っていた。
銀色の髪が春の風に遊ばれてさらさらと音を立て、俯いた幼い横顔に淡い影を作る。同じ色のまつ毛がふわり、と瞬き、こちらの気配に気がついたのか、不意に自分を見た時。
(…なんなの、あの女は…!!)
わたくしよりも美しいと思わせるなんて許せない。
そう思ったナディアは目を見開き、身体を怒りに震わせると、タタッとその人物に駆け寄った。
頬を紅潮させてこちらを睨みつける少女に気がついた天使は、首を傾げて彼女を見返した。
『…。』
『あなた、どこのおうちのごれいじょうかしら?』
『…ぼくはおんなじゃない。』
途端にむっとして言い返した天使を良く良く見てみると、ドレスを身につけておらず、仕立ての良い男物の服を纏っていた。ナディアは、今度は驚いてまた大きく目を見開いた。
『あなた、おとこなの?』
『…ぼくが男でなにがわるいの?』
気分を害したのか、自分を睨みつけてくる少年に対し、ナディアはゆっくりと満面の笑みを浮かべた。
(男ならよくってよ。わたくしは心がひろいから。)
周りに美しいと讃えられる笑みを浮かべたまま、ナディアは先ほどとは違う声のトーンで少年に近寄った。
『うつくしいわね。わたくしといっしょにおちゃをのみませんこと?』
『...かまわないけど。』
それが始まりだった。
プラチナブロンドに美しい水色の瞳、そしてまるで天使かエルフのように愛らしく美しいマテオを、ナディアはひと目で気に入った。まるで手持ちの人形を可愛がるかのように、彼女は彼に執着した。
しょっちゅう屋敷に出入りする、マテオの部屋へと押し入る、彼にプレゼントと贈り、それを口実にまた屋敷へと訪れる。
『あなた、わたくしとずっといっしょにいなさいな。』
『なぜ?』
『なぜ?わたくしといられたらそれだけでしあわせでしょう?そうおもうわよね?』
『…。』
『わたくしのそばにいれば、わたくしがわるいものからあなたをまもってあげてよ。』
大人しく微笑むばかりのマテオに、ナディアは彼を自分のものだと解らせる為に上から目線で接した。
それは年齢を増す毎に酷くなっていき、ある時格上のアレンダラス公爵から、マットン侯爵へと手紙が届いた。
『貴殿の娘の行動に、私の息子が悩まされている。これについてはかなり問題視しているので息子にこれ以上、その娘を近づけないように。今後こちらの屋敷への娘の訪問は一切受け入れない。』
と。
それはかなり強い抗議と拒絶だった。
それまで、自分の娘とマテオが仲良くしているだけだと思っていたし、あわよくば同い年の二人を婚約させて公爵家との繋がりを太くしようと企んでいたとマットン侯爵は大変慌てた。嫌がるナディアを何とかなだめ好かせ、その後はしばらくの間、両家の没交渉が続くもナディアは諦めていなかった。
『公爵家は王家に連なる高貴なるお家柄。その為、あそこには要人がしょっちゅう滞在するから、子どもであるお前がそう頻繁に遊びに行っては迷惑になる。当分は行くのをやめなさい。』
父親の真実を半分以上隠した優しい説得のせいで、公爵の屋敷には近づくなと言われたが、マテオに近づくなとは言われていない、そう解釈したナディアは、元々は別の学園に通っていたが、マテオと同じ学園へと権力を行使して無理やり編入学をした。
そしてマテオにまた当たり前のように近づき、令嬢達を堂々と蹴散らして回ったのだ。
マテオはその頃、ナディアの奇行に対して冷たい目でその行動を見ながらも、特に咎めはしなかった。何故ならば、彼の容姿や地位を目当てに近寄る令嬢の多さにウンザリしていたからだった。
体のいい女よけとして、ナディアは使われていたが、そんな事に彼女が気付くはずもなく。
アリアを断罪したあの夜会の夜も、ナディアは本来であればアレンダラス公爵家への立ち入りは許されていなかったが、そういった場所で女性が近づいてくる事にウンザリしていたマテオがわざとナディアを招き入れたのだ。
…この部分だけ見ると腹黒いですね、マテオ様。本編の女難が過ぎるマテオ様を見ていると、それも仕方ないかと思えてくるのですが。
(こうやって考えると、ナディア様もわたしと同じ匂いがするんですよね...。)
苛烈なストーカーは、自分の好いた相手を、そして時に自分の好いた相手が興味を持った相手、もしくは恋人、もっといけば家族などにも危害を加えようとする。相手の全てを自分のものにする為に。
一度敵認定されているアリアなど、ナディアの前では一溜りもないだろう。
「そんなの…っ!そんなの、絶対に無理ですーーーーーーっっ!!!」
領地に逃げるために荷造りをしながら、アリアは叫んだのだった。
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