26 / 37
第二章
ご提案がありました
しおりを挟むすっかり気落ちをしてしまったアリアは、夕食中に言葉数も笑顔も少なくなってしまった為、二人にとても心配された。
特にマテオは、自分がもたらした情報で少女を落ち込ませてしまったことに、同じように落ち込んでしまい、まるでお通夜のような食事だった。
そして、そんな食事の後にアリアはリュシアンに呼ばれた。何だろうと戸惑いながら、アリアは彼が滞在している部屋へと訪れた。
「お待たせ致しました、…リュシアン殿下。」
「よく来てくれたね。さあ座って。」
「は、はい。殿下。」
促されるままに、アリアはリュシアンの向かいのソファーへと腰掛ける。夕食時とは打って変わり、王太子は白いシャツに黒のパンツというシンプルな装いだった。
(ものすごくシンプルなのに優雅さが増して見えるのは何故でしょうか…?
あ、もしかしてこれが王族?王族の血のなせる技?)
リュシアンのその姿に一瞬見とれながらも、彼が口を開くのを見てハッとすると、アリアは姿勢を正した。
「率直に言うと、ナディア嬢の事なんだが。」
リュシアンの口から出てきた名前に、アリアは条件反射でビクッと身を竦めた。
(いよいよ、名前だけでも反応してしまいますね…。)
もう悪い事もしていないのに、気持ちを切り替えようと頑張っているのに、こんな心情がずっと続いているのは心地良くない。
王都を追い出され、社交界に居場所もなくなり、自業自得とは言え既にアリアの人生は一度壊れてしまった。それを受け入れ、遠い領地で暮らすアリアとってはとっくに終わった話としてしまいたいのに、そう思いながらも心のどこかで、彼らに近づくことでまた物語の中に引きずり込まれるのではないかと不安が日に日に募っていた。
目に見えて怯える少女の様子を見て、リュシアンは眉根を寄せた。銀色の瞳を気遣わし気に細める。
「…やはり、彼女のことが怖い?」
「…いえ、その。」
「あんな大きな夜会で罵倒されたのだからそれも仕方ない。」
その言葉でふと、アリアは夜会の夜に出会ったリュシアンの姿を思い出す。
夜闇に溶ける銀色の髪も、隙のない物腰も、泣き腫らしたアリアの顔に一切触れずに「美しい人」と言い切った時の彼の表情も。
思い出した事で、目の前の人物にあの日助けられた事もアリアは再認識した。
(怖いは怖いのですが…。それよりも、もう絶対に関わるはずのない方達が何故かまだわたしの人生に関わってくる事が怖いのです…。)
とは、言えないので、「ええ、まあ…」とアリアは曖昧な顔をすると俯いた。
リュシアンはじっとアリアの顔を見つめた。そして暫くすると、美しい顏に小さく微笑みを浮かべた。
「これは例えば、ある一つの提案なんだけど。」
「提案…ですか?」
リュシアンの言葉に、アリアは何だろうとキョトンとする。
「私の国に留学してみるというのは、どう?」
「…留学…?」
(隣国へ?わたしが?
…そんな未来、あるんですか?)
リュシアンの母国、デアモルテ帝国は、ちょっと太めの三日月の形をしたリーエル伯爵領の東隣に隣接している。
アリアの屋敷からは、馬車では二日かからない程度で到達する距離に国境はあるが、隣国の王都までは更に二十日ほど移動が必要だ。
デアモルテ帝国はアリアの住むタギアン国と比べると約十倍程の大きさの、近隣諸国の中では一番大きな国だった。
着ているものや食べているものを見る限り、二つの国の文明にそんなに大きな差はないように見える。
しかしタギアン国と比べ、古代には竜が居たと言われている帝国には、昔より魔法賢者と呼ばれる抜きん出た超人が何人もいた。
タギアンにも魔法は存在していたが、一般的には貴族に力を持ったものが多い。主人公のように、村出身で魔法が使える者は国内では稀な事だった。けれど、デアモルテ帝国では、王族、貴族から一般の市民まで広く魔法が使える人間が多い為、絶対数が違うのだ。
その為か、魔法への理解度も他国よりかなり進んでいて、魔法の先進国として広く知られていた。他国の若者がかの国への留学する目的は、魔法を学ぶ為というのが大半だった。
元々ほんの少しだけ魔法の才があり、思い切って留学した後に無事に魔法の使い方を習得し、自国へ戻って大成した者もいたりする。
その話を聞いた父が、
「私も使えたら良かったのになあ~。書類とか全部ちょちょいちょーいって出来るのとか羨ましいなあ。」
とぼやいているのを聞いたことがある。そんな風に使うものでは無いと思います、お父様。
因みに、そのデアモルテ帝国と隣接しているリーエル伯爵領は魔法の技術の恩恵も少し受けていた。その一つにパンを輸送する際の温度管理がある。
隣国で仕入れた氷の魔法石で荷馬車の中に氷室を作り、パンを凍らせた状態のまま王都へと運んでいるのだ。領地内でパンを売る分には山から切り出した氷と、氷が溶けるのを遅らせる魔道具を陳列棚に一緒に置いて、その冷気で冷やすだけで十分だったが、王都へは10時間程度の距離とはいえ、パンの鮮度を保つ為に魔法はとても役に立っていた。
魔法が使えないアリアは、魔法石って便利ですね~と心から感心したが、氷魔法を使うカトレア曰く、それは隣国では至ってシンプルで一般的な方法らしい。
魔法石はタギアン国内では高価で、一般市民が日常的に使える代物ではない。けれど、帝国ではそれは日常品として、市民でも簡単に手に入れられる金額で売られていると言う。
「以前は、安値で卸した魔法石を近隣諸国で高額で売るという悪質な商人が沢山いたのですが、今の王の治世になってからは正規の金額のみの取引しか出来ないように法改正をされまして。
帝国内では相変わらず安定して魔法石は売られていますが、重たい割に旨味がないと、他国には流れにくくなりましたね。」
比較的、帝国から近いリーエル伯爵領のような場所には商人が売りに来ているようですが、とカトレアは言った。
なるほど。タギアン国内に流れてきた魔法石を、帝国から正規の値段で買って、リーエル領地では安値で手に入れる事ができるけど、王都では商人が、高額な金額でふっかけて売っているのだろう。タギアンではそれに対する法律が制定されていないから。
こういうの、テンバイヤーって言うんですよね。知ってます。
それは一旦置いておいて。
233
あなたにおすすめの小説
今更ですか?結構です。
みん
恋愛
完結後に、“置き場”に後日談を投稿しています。
エルダイン辺境伯の長女フェリシティは、自国であるコルネリア王国の第一王子メルヴィルの5人居る婚約者候補の1人である。その婚約者候補5人の中でも幼い頃から仲が良かった為、フェリシティが婚約者になると思われていたが──。
え?今更ですか?誰もがそれを望んでいるとは思わないで下さい──と、フェリシティはニッコリ微笑んだ。
相変わらずのゆるふわ設定なので、優しく見てもらえると助かります。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
婚約者に愛する人が出来たので、身を引く事にしました
Blue
恋愛
幼い頃から家族ぐるみで仲が良かったサーラとトンマーゾ。彼が学園に通うようになってしばらくして、彼から告白されて婚約者になった。サーラも彼を好きだと自覚してからは、穏やかに付き合いを続けていたのだが、そんな幸せは壊れてしまう事になる。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
それは報われない恋のはずだった
ララ
恋愛
異母妹に全てを奪われた。‥‥ついには命までもーー。どうせ死ぬのなら最期くらい好きにしたっていいでしょう?
私には大好きな人がいる。幼いころの初恋。決して叶うことのない無謀な恋。
それはわかっていたから恐れ多くもこの気持ちを誰にも話すことはなかった。けれど‥‥死ぬと分かった今ならばもう何も怖いものなんてないわ。
忘れてくれたってかまわない。身勝手でしょう。でも許してね。これが最初で最後だから。あなたにこれ以上迷惑をかけることはないわ。
「幼き頃からあなたのことが好きでした。私の初恋です。本当に‥‥本当に大好きでした。ありがとう。そして‥‥さよなら。」
主人公 カミラ・フォーテール
異母妹 リリア・フォーテール
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる