【完結】ストーカー辞めますね、すみませんでした。伯爵令嬢が全てを思い出した時には出番は終わっていました。

須木 水夏

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第二章

ご提案がありました

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 すっかり気落ちをしてしまったアリアは、夕食中に言葉数も笑顔も少なくなってしまった為、二人にとても心配された。

 特にマテオは、自分がもたらした情報で少女を落ち込ませてしまったことに、同じように落ち込んでしまい、まるでお通夜のような食事だった。


 そして、そんな食事の後にアリアはリュシアンに呼ばれた。何だろうと戸惑いながら、アリアは彼が滞在している部屋へと訪れた。



「お待たせ致しました、…リュシアン殿下。」

「よく来てくれたね。さあ座って。」

「は、はい。殿下。」

 促されるままに、アリアはリュシアンの向かいのソファーへと腰掛ける。夕食時とは打って変わり、王太子は白いシャツに黒のパンツというシンプルな装いだった。


(ものすごくシンプルなのに優雅さが増して見えるのは何故でしょうか…?
 あ、もしかしてこれが王族?王族の血のなせる技?)

 リュシアンのその姿に一瞬見とれながらも、彼が口を開くのを見てハッとすると、アリアは姿勢を正した。


「率直に言うと、ナディア嬢の事なんだが。」


 リュシアンの口から出てきた名前に、アリアは条件反射でビクッと身を竦めた。

(いよいよ、名前だけでも反応してしまいますね…。)


 もう悪い事ストーカーもしていないのに、気持ちを切り替えようと頑張っているのに、こんな心情がずっと続いているのは心地良くない。

 王都を追い出され、社交界に居場所もなくなり、自業自得とは言え既にアリアの人生は一度壊れてしまった。それを受け入れ、遠い領地で暮らすアリアとってはとっくに終わった話としてしまいたいのに、そう思いながらも心のどこかで、彼らに近づくことでまた

 目に見えて怯える少女の様子を見て、リュシアンは眉根を寄せた。銀色の瞳を気遣わし気に細める。


「…やはり、彼女のことが怖い?」

「…いえ、その。」

「あんな大きな夜会で罵倒されたのだからそれも仕方ない。」


 その言葉でふと、アリアは夜会の夜に出会ったリュシアンの姿を思い出す。
 夜闇に溶ける銀色の髪も、隙のない物腰も、泣き腫らしたアリアの顔に一切触れずに「美しい人」と言い切った時の彼の表情も。
 思い出した事で、目の前の人物にあの日助けられた事もアリアは再認識した。


(怖いは怖いのですが…。それよりも、もう絶対に関わるはずのない方達が何故かまだわたしの人生に関わってくる事が怖いのです…。)


 とは、言えないので、「ええ、まあ…」とアリアは曖昧な顔をすると俯いた。

 リュシアンはじっとアリアの顔を見つめた。そして暫くすると、美しい顏に小さく微笑みを浮かべた。


「これは例えば、ある一つの提案なんだけど。」 

「提案…ですか?」

 リュシアンの言葉に、アリアは何だろうとキョトンとする。

「私の国に留学してみるというのは、どう?」

「…留学…?」


 (隣国へ?わたしが? 
 …そんな未来、あるんですか?)






 リュシアンの母国、デアモルテ竜の寝床帝国は、ちょっと太めの三日月の形をしたリーエル伯爵領の東隣に隣接している。
 アリアの屋敷からは、馬車では二日かからない程度で到達する距離に国境はあるが、隣国の王都までは更に二十日ほど移動が必要だ。
 デアモルテ帝国はアリアの住むタギアン国と比べると約十倍程の大きさの、近隣諸国の中では一番大きな国だった。

 着ているものや食べているものを見る限り、二つの国の文明にそんなに大きな差はないように見える。

 しかしタギアン国と比べ、古代には竜が居たと言われている帝国には、昔より魔法賢者と呼ばれる抜きん出た超人が何人もいた。
 タギアンにも魔法は存在していたが、一般的には貴族に力を持ったものが多い。主人公のように、村出身で魔法が使える者は国内では稀な事だった。けれど、デアモルテ帝国では、王族、貴族から一般の市民まで広く魔法が使える人間が多い為、絶対数が違うのだ。

 その為か、魔法への理解度も他国よりかなり進んでいて、魔法の先進国として広く知られていた。他国の若者がかの国への留学する目的は、魔法を学ぶ為というのが大半だった。
 元々ほんの少しだけ魔法の才があり、思い切って留学した後に無事に魔法の使い方を習得し、自国へ戻って大成した者もいたりする。
 その話を聞いた父が、

「私も使えたら良かったのになあ~。書類とか全部ちょちょいちょーいって出来るのとか羨ましいなあ。」

 とぼやいているのを聞いたことがある。そんな風に使うものでは無いと思います、お父様。



 因みに、そのデアモルテ帝国と隣接しているリーエル伯爵領は魔法の技術の恩恵も少し受けていた。その一つにパンを輸送する際の温度管理がある。

 隣国で仕入れた氷の魔法石で荷馬車の中に氷室を作り、パンを凍らせた状態のまま王都へと運んでいるのだ。領地内でパンを売る分には山から切り出した氷と、氷が溶けるのを遅らせる魔道具を陳列棚に一緒に置いて、その冷気で冷やすだけで十分だったが、王都へは10時間程度の距離とはいえ、パンの鮮度を保つ為に魔法はとても役に立っていた。

 魔法が使えないアリアは、魔法石って便利ですね~と心から感心したが、氷魔法を使うカトレア曰く、それは隣国では至ってシンプルで一般的な方法らしい。
 魔法石はタギアン国内では高価で、一般市民が日常的に使える代物ではない。けれど、帝国ではそれは日常品として、市民でも簡単に手に入れられる金額で売られていると言う。

「以前は、安値で卸した魔法石を近隣諸国で高額で売るという悪質な商人が沢山いたのですが、今の王の治世になってからは正規の金額のみの取引しか出来ないように法改正をされまして。
 帝国内では相変わらず安定して魔法石は売られていますが、と、他国には流れにくくなりましたね。」

 比較的、帝国から近いリーエル伯爵領のような場所には商人が売りに来ているようですが、とカトレアは言った。

 なるほど。タギアン国内に流れてきた魔法石を、帝国から正規の値段で買って、リーエル領地では安値で手に入れる事ができるけど、王都では商人が、高額な金額でふっかけて売っているのだろう。タギアンではそれに対する法律が制定されていないから。

 こういうの、テンバイヤーって言うんですよね。知ってます。



 それは一旦置いておいて。











 
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