【完結】ストーカー辞めますね、すみませんでした。伯爵令嬢が全てを思い出した時には出番は終わっていました。

須木 水夏

文字の大きさ
25 / 37
第二章

何だかとても嫌なことを聞いてしまいました

しおりを挟む




「これは食べてもいいのか?」


 そわそわしながらとリュシアンが言い、隣にいるマテオもじっとパンを見つめている。
 アリアはさっとカトレアへと視線を向けると、彼女は小さく頷いた。


「大丈夫です。毒味も済んでおりますので。」

「では、早速。」



 待ちきれない、といった様子でリュシアンが先に手を伸ばす。彼は子どものような顔をして熱々のパンが乗った皿を手前に引き寄せると、パンを手に取り小さくちぎって、躊躇うことなくパクリと口に頬張った。

 そしてパッと目を見開いた。驚いたようにパンを見て、その後もう一口食べる。その後は黙々と口に運ぶが、その銀色の瞳がキラキラと輝くのを見て、マテオも同じように皿を手に取った。
 ゆっくりと口に運ぶ青年を見て、アリアはゴクリと息を飲んだ。
 彼に自分の作った物を食べてもらえる日が来るとは。


 …貴方のストーカーをしてたのに。
 なんというか、感慨深いです…!!!


 
 マテオもリュシアンと同じように薄水色の瞳を見開いて、その後直ぐに小さく微笑んだ。
 そして、アリアを優しい瞳で見つめる。

「...美味しい。」

「...お口にあって光栄です。」

 青年の言葉にアリアはほっと息をついた。


「私もだ!私も普段あまりパンを好んで食べていなかったが、これは美味しいと思った!」

「リュシアン殿下、光栄です。」


 咀嚼し終わった後に慌てて感想を伝えてきたリュシアンに、アリアは微笑ましい気持ちになって、ふにゃっと思わず素の笑みを浮かべた。

 その顔を見て、男性二人がハッとしたように目を見張る。そして少し顔を赤くしてそれぞれ別の方向へと視線を背けてしまった。


(え?突然、どうしてしまったの?)


 キョトンとするアリアを尻目に、頬を赤く染めたまま黙々と食べ続けるリュシアン。マテオは暫く俯いた後、小さく咳払いをすると改めてアリアを見つめて微笑んだ。


「王都で人気の理由が分かったよ。こんなに美味しくて柔らかいパンは、今まで食べたことがなかった。
 アリア嬢が監修しているなんて、驚いたけど素晴らしいことだ。

 ……君にこんな話をして、喜ぶかは分からないけれど…。高位の貴族がこちらのパンを気に入ってとさっき伝えたんだけど。」

「はい。」

「……ナディアの事なんだ…。」



 ん?

 ナディア様とは、あなたの幼なじみの侯爵令嬢であり、小説の冒頭でわたしを断罪して物語から追い出したあの方ですか?


『…そんな事ありますか?
 ないですよね?』

『ないない!ありえないです!ナディア様ならパンよりもケーキを食べるはずです!』
 
『ですよね?ないですよね?』

『ないない~あはは』

『…でもナディアという名前の方って、他にいらっしゃいましたっけ…?』

 

 マテオの言葉にアリアの脳みそは一瞬フリーズした。同じ名前の別人の可能性もあると考えるアリアと、マテオの周辺にいるその名前の人物は、その人しかいないと断言しているアリアが、しばらくの間、意見交換会を開催してしまったからだ。
 

 だが、固まってしまったアリアを見て、マテオは申し訳なさそうな顔をした。

「すまない。君に聞かせる名前ではなかったよね。」

「...え?...あっ、いいえ、...お気遣いありがとうございます。」

 この言い方だとやはりご本人様だと言うことが分かって、アリアは血の気が引いた。知らず知らずに顔が強ばる。


 マテオに関わった時に登場してくる悪役令嬢ナディア・マットン侯爵令嬢。



『マテオ、貴方もいい加減にはっきりいっておあげなさいよ!迷惑をしていると、この付きまとい女ストーカーに!!!!』



 夜会で詰められた事を思い出して、アリアはゾッとする。
 物語には必要な流れ、ナディアを悪女と印象付ける為の大事なシーンではあったが、された側の人間にとっては、ちょっとトラウマになるほど怖かった。(悪役令嬢だからそれはそう。)


 そんなナディア様が。

 
「...パンを、召し上がってらっしゃるんですか...。」

「そうなんだ。かなり好んでいるようで......近々こちらにも訪れたいと意向を示しているらしい。それを伝える為にも僕は君に会いに来たんだ。」


 予想していなかったことに驚きで呆然としていたアリアは、マテオが言いにくそうに伝えてきた内容に、今度は別の意味で驚愕する。

「え?!こ、こ、こっ、こちらに来られるのですか?!」

 驚きのあまり言葉が出てこず、アリアは鶏のようになった。そんな少女の様子に、青年は更にすまなそうな顔をした。


「...うん。実はそうなんだ。パンを売っている場所を実際に見てみたいと言っているのと、出来れば侯爵家のお抱えのパン屋にしたいと息巻いているらしくて。ごめん。君が作っていると知っていればそもそも彼女のところにパンが行かないように手筈出来たんだけれど。」


(…この街では評判なのですけどね、伯爵令嬢が考案したパン...。
 王都ではそこは伝わっていないのですね。良かったような良くなかったような。)


 ナディアがこちらに来るかも知れないという小説では描かれていなかった展開に、サァッとアリアの顔が青くなる。
 
 既に一度は断罪された身で、アリアの王都や社交会での評判は考えなくとも分かりきっていることだ。
 ただ、時間は経過しているのでもはや彼女の存在自体が向こうでは風化していると思った方が正しい気もする。
 とは言え、領地へと帰ってきて平和にのんびりと趣味のパン作りを仕事にして暮らしてきたのに、ここに来てまた嵐の予感なんて。


 絶対に嫌なんですが!!!


 


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今更ですか?結構です。

みん
恋愛
完結後に、“置き場”に後日談を投稿しています。 エルダイン辺境伯の長女フェリシティは、自国であるコルネリア王国の第一王子メルヴィルの5人居る婚約者候補の1人である。その婚約者候補5人の中でも幼い頃から仲が良かった為、フェリシティが婚約者になると思われていたが──。 え?今更ですか?誰もがそれを望んでいるとは思わないで下さい──と、フェリシティはニッコリ微笑んだ。 相変わらずのゆるふわ設定なので、優しく見てもらえると助かります。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

婚約者に愛する人が出来たので、身を引く事にしました

Blue
恋愛
 幼い頃から家族ぐるみで仲が良かったサーラとトンマーゾ。彼が学園に通うようになってしばらくして、彼から告白されて婚約者になった。サーラも彼を好きだと自覚してからは、穏やかに付き合いを続けていたのだが、そんな幸せは壊れてしまう事になる。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

<完結> 知らないことはお伝え出来ません

五十嵐
恋愛
主人公エミーリアの婚約破棄にまつわるあれこれ。

それは報われない恋のはずだった

ララ
恋愛
異母妹に全てを奪われた。‥‥ついには命までもーー。どうせ死ぬのなら最期くらい好きにしたっていいでしょう? 私には大好きな人がいる。幼いころの初恋。決して叶うことのない無謀な恋。 それはわかっていたから恐れ多くもこの気持ちを誰にも話すことはなかった。けれど‥‥死ぬと分かった今ならばもう何も怖いものなんてないわ。 忘れてくれたってかまわない。身勝手でしょう。でも許してね。これが最初で最後だから。あなたにこれ以上迷惑をかけることはないわ。 「幼き頃からあなたのことが好きでした。私の初恋です。本当に‥‥本当に大好きでした。ありがとう。そして‥‥さよなら。」 主人公 カミラ・フォーテール 異母妹 リリア・フォーテール

処理中です...