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第二章
何だかとても嫌なことを聞いてしまいました
しおりを挟む「これは食べてもいいのか?」
そわそわしながらとリュシアンが言い、隣にいるマテオもじっとパンを見つめている。
アリアはさっとカトレアへと視線を向けると、彼女は小さく頷いた。
「大丈夫です。毒味も済んでおりますので。」
「では、早速。」
待ちきれない、といった様子でリュシアンが先に手を伸ばす。彼は子どものような顔をして熱々のパンが乗った皿を手前に引き寄せると、パンを手に取り小さくちぎって、躊躇うことなくパクリと口に頬張った。
そしてパッと目を見開いた。驚いたようにパンを見て、その後もう一口食べる。その後は黙々と口に運ぶが、その銀色の瞳がキラキラと輝くのを見て、マテオも同じように皿を手に取った。
ゆっくりと口に運ぶ青年を見て、アリアはゴクリと息を飲んだ。
彼に自分の作った物を警戒心なく食べてもらえる日が来るとは。
…貴方のストーカーをしてたのに。
なんというか、感慨深いです…!!!
マテオもリュシアンと同じように薄水色の瞳を見開いて、その後直ぐに小さく微笑んだ。
そして、アリアを優しい瞳で見つめる。
「...美味しい。」
「...お口にあって光栄です。」
青年の言葉にアリアはほっと息をついた。
「私もだ!私も普段あまりパンを好んで食べていなかったが、これは美味しいと思った!」
「リュシアン殿下、光栄です。」
咀嚼し終わった後に慌てて感想を伝えてきたリュシアンに、アリアは微笑ましい気持ちになって、ふにゃっと思わず素の笑みを浮かべた。
その顔を見て、男性二人がハッとしたように目を見張る。そして少し顔を赤くしてそれぞれ別の方向へと視線を背けてしまった。
(え?突然、どうしてしまったの?)
キョトンとするアリアを尻目に、頬を赤く染めたまま黙々と食べ続けるリュシアン。マテオは暫く俯いた後、小さく咳払いをすると改めてアリアを見つめて微笑んだ。
「王都で人気の理由が分かったよ。こんなに美味しくて柔らかいパンは、今まで食べたことがなかった。
アリア嬢が監修しているなんて、驚いたけど素晴らしいことだ。
……君にこんな話をして、喜ぶかは分からないけれど…。高位の貴族がこちらのパンを気に入ってとさっき伝えたんだけど。」
「はい。」
「……ナディアの事なんだ…。」
ん?
ナディア様とは、あなたの幼なじみの侯爵令嬢であり、小説の冒頭でわたしを断罪して物語から追い出したあの方ですか?
『…そんな事ありますか?
ないですよね?』
『ないない!ありえないです!ナディア様ならパンよりもケーキを食べるはずです!』
『ですよね?ないですよね?』
『ないない~あはは』
『…でもナディアという名前の方って、他にいらっしゃいましたっけ…?』
マテオの言葉にアリアの脳みそは一瞬フリーズした。同じ名前の別人の可能性もあると考えるアリアと、マテオの周辺にいるその名前の人物は、その人しかいないと断言しているアリアが、しばらくの間、意見交換会を開催してしまったからだ。
だが、固まってしまったアリアを見て、マテオは申し訳なさそうな顔をした。
「すまない。君に聞かせる名前ではなかったよね。」
「...え?...あっ、いいえ、...お気遣いありがとうございます。」
この言い方だとやはりご本人様だと言うことが分かって、アリアは血の気が引いた。知らず知らずに顔が強ばる。
マテオに関わった時にだけ登場してくる悪役令嬢ナディア・マットン侯爵令嬢。
『マテオ、貴方もいい加減にはっきりいっておあげなさいよ!迷惑をしていると、この付きまとい女に!!!!』
夜会で詰められた事を思い出して、アリアはゾッとする。
物語には必要な流れ、ナディアを悪女と印象付ける為の大事なシーンではあったが、された側の人間にとっては、ちょっとトラウマになるほど怖かった。(悪役令嬢だからそれはそう。)
そんなナディア様が。
「...パンを、召し上がってらっしゃるんですか...。」
「そうなんだ。かなり好んでいるようで......近々こちらにも訪れたいと意向を示しているらしい。それを伝える為にも僕は君に会いに来たんだ。」
予想していなかったことに驚きで呆然としていたアリアは、マテオが言いにくそうに伝えてきた内容に、今度は別の意味で驚愕する。
「え?!こ、こ、こっ、こちらに来られるのですか?!」
驚きのあまり言葉が出てこず、アリアは鶏のようになった。そんな少女の様子に、青年は更にすまなそうな顔をした。
「...うん。実はそうなんだ。パンを売っている場所を実際に見てみたいと言っているのと、出来れば侯爵家のお抱えのパン屋にしたいと息巻いているらしくて。ごめん。君が作っていると知っていればそもそも彼女のところにパンが行かないように手筈出来たんだけれど。」
(…この街では評判なのですけどね、伯爵令嬢が考案したパン...。
王都ではそこは伝わっていないのですね。良かったような良くなかったような。)
ナディアがこちらに来るかも知れないという小説では描かれていなかった展開に、サァッとアリアの顔が青くなる。
既に一度は断罪された身で、アリアの王都や社交会での評判は考えなくとも分かりきっていることだ。
ただ、時間は経過しているのでもはや彼女の存在自体が向こうでは風化していると思った方が正しい気もする。
とは言え、領地へと帰ってきて平和にのんびりと趣味のパン作りを仕事にして暮らしてきたのに、ここに来てまた嵐の予感なんて。
絶対に嫌なんですが!!!
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