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第二章
殿下は留学をしないそうですが
しおりを挟むそうなのだ。元々、小説ではそういう話だったのだ。
リュシアンはマテオと幼少期からとても仲が良かった。
今は気軽に会える仲だとしても、リュシアンはいつかは広大な国を治めるべく王座に着き、簡単に他国の貴族と関わることも出来なくなる。王族に生まれた者の他者との親密な関係は、外野が余計な事を企む隙を与える。
デアモルテ帝国は今でこそ安定していて落ち着いているが、つい六十年ほど前までは周りの小さな国々を侵略し、国土を広げるために戦争を繰り返していた。
アレンデラス公爵家の三代前の公爵令嬢であったベルジェア・アレンデラスが隣国の王族へと嫁いだのも、当時他国でも類を見ない絶世の美女として名を馳せ、しかも高貴な身分であったベルジェアを、要するに友好の証の貢物としてタギアン国が帝国へと贈ったのだ。
結果として帝国の王は美しいベルジェアを愛し、血の繋がりにより二つの国はより深く結ばれた。
しかし、血塗られた道を歩いてきた王族や貴族は、その位が高ければ高い程、周りには従う者と同じ数ほど良からぬ事を考える人間が増え、大切にしている人がその餌になる事もある。それが例え血の繋がりのある従兄弟だとしても。
それを、リュシアンは幼い頃から教えられていた。
それならば学生生活の間だけでも普通の従兄弟として、そして友人として関わりたいというリュシアンの希望で、彼はこの国の王都にある学園へと留学してきた。
大国の王子がなぜこの小さな国へ留学したのか?と主人公に尋ねられた時、いつもは飄々としているリュシアンは、寂しげな顔で微笑みながら言った。
「信頼出来る人と、有限なこの時間を共有したい。ただそれだけだ」と。
…言ったというか、書いてあったんですけどね、小説にね。
その箇所を読んだ時、リュシアン、普段他の男主人公達よりも軽口を叩いたりすることが多いイメージのあるキャラクターなのに、何だか可哀想な人だなぁと思ったことを覚えている。
男主人公達は皆多少の闇を抱えていて、それを主人公に癒される、これはこういう系小説の王道ですね。
だから、彼は間違いなく留学するはずなのに。
「ああ。なるほど、そういう事か。」
納得した、というふうに頷いた後、リュシアンは顎下に形の良い右手を添えて少し首を傾げ、考え込むように視線を下に向けた。
「考えた事はあるよ。マテオと一緒に学園で過ごせたら楽しいだろうと。」
「そ、そうですよね。」
「うん。今はまだ私は自由だから、…自由と言ってももちろん今後の事を考えて、する事は山積みだし制限はあるけれど、まだ甘えられる年だからね。」
憂いを含んだ銀色の瞳はどこを見ているのか分からなかったが、主人公と話をした時もこんな顔をしていたのだろうと、アリアは思った。
その目がゆっくりとアリアの方を向いた。
「けれど、夜会の夜に君に出会って、君の独り言を聞いて。
傷つきながらも、気丈に私に微笑んだ君の力になりたいと思った。」
「わたしの力…。」
「そう。幸運な事に、私は君を助けられる力がある。その力を使って、あの夜泣いていたアリアが何にも脅かされることなく、また心から笑う事が出来るようにしてあげたい、とね。」
少し頬を染めて柔和に微笑むリュシアンは、ただただ美しかった。
けれど、アリアは硬い表情で膝の上でぎゅっと手を握りしめていた。もしかして、と不安で首元が寒くなる。
(もしかして…やってしまってます…?)
あの夜、リュシアンに出会ったのは本来は起こってはいけないことだったのではないか。
彼に出会わなければ、アリアがリュシアンの前で余計な事を呟かなければ、本来はこちらへの留学を決めていたはずだったのかもしれない。
それを含めておかしな事が起こっているのだ。
まず何故かカトレアがアリアの侍女としてこちらにやって来て、そしてリュシアン、マテオが続けてやって来て。その上、悪役令嬢のナディアまでこの領地に来そうな気配がある。
シナリオ通りに進んでいなさそうに感じる登場人物達の動きは、もしかして自分が、本来の動きでは無い行動をとったせいではないのか。
…でも仮にそうだったとしても、あの夜の本来のアリアの動きなんて、小説に書いてないから知る由もない。
アリアにこれ以上できることは無いのに、どうしろというのか。
(…わたし、きちんと自分の役目を全うしましたよね?問題なく役割果たしてますよね??これ以上物語に関する事で出来ることなんか、ありませんよね???)
アリアは、何故か急に腹が立ってきた。情緒不安定かな?
小説通りに断罪されたし、ある意味で貴族社会からも抹殺された存在になった。
今後、主人公目線で語られる世界には完全に関わる事もない。
なのに、こんなに不安に生きているのは理不尽なのではないだろうか?もはやビクビクしたりせず、自由に生きても良いのではないだろうか?
これ以上、登場人物達に気を使う必要なくないですか?
そう思うと、何だか心が凪いでいく。そしてその瞬間、アリアは閃いた。少女は紫水晶の瞳を煌めかせると、リュシアンを見た。
「…リュシアン殿下。留学のお話なのですが。」
「うん?」
「前向きに、検討致します!ですが。」
「本当に?ん?」
「リュシアン殿下は、この国に留学した方が良いと思います…!」
「…え?」
マテオとリュシアン、そしてナディア。彼らが小説通りの動きをするように誘導すれば、あら不思議。世界は元通り、そして、アリアは何の心配もなく過ごすことが出来る。
(そうだ!そうすればいいんです!
元の状況に、わたしが戻せばいいんです!!)
「リュシアン殿下。差し出がましいかと存じますが、言わせていただきます!
青春は一度きりでございます。今この時この瞬間は過ぎてしまえばもう二度と戻ってはまいりません。
わたしのような、厄介事を抱えた人間…、しかも数回しか会ったことがないような人間ではなく、リュシアン殿下は親族で在られるマテオ様との関係を大切にされるのがいいと心から思います!なので、この国への留学をおすすめ致します!!」
(さあ!どうですか!この言葉、殿下の心に響きませんか?!響いてください!)
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