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第二章
愛娘の手紙2(リーエル伯爵)
しおりを挟むこの様な事になる前、娘のおかしな様子に気がついたのはリーエル伯爵本人ではなく、家令のステファンだった。
「アリアお嬢様の件で、大変申し上げにくいのですが...。」
執務室にて、そういったような切り口で本当に言いにくそうに言い淀んだ家令。
アリアに何か深刻な事でもあったのかと思わず不安になりながら聞いてみるも、返ってきた言葉に今度は首を捻った。
「アリアお嬢様が、その...ゴミを拾って来ていらっしゃるのですが...それを見つめて微笑んでおられます。」
...どういう事だ?それは。
こちら腐っても辺境伯である。いや、腐るどころか。
リーエル伯爵領は自分の代になってから伯爵家は大幅に成長しているはずだ。国境を強化する為の軍事力への投資はもちろん、資金源を確保するために、広大な領地で取れた特産品を国内外に流通させる事ができるように商業にも力を入れ、領地全体の経済の発展に心血を注いできた。
違法な事や悪どい事はしてない無いときっぱりと言いきれるが、それ以外の出来ることは何でもやってきた。それもこれも、デアモルテ帝国より嫁いできた身体の弱かったアリアの母を、何不自由なく幸せにする為だったが、勿論可愛い娘にも苦労はさせたくない。
そして、領地の民にもできる限り暮らしやすく過ごして欲しい。そんな思いで領地の運営を行ってきた。
そんな伯爵家の娘が、ゴミを拾って微笑んでるだと?リーエル伯爵は言葉を失った。
「それは...一体...。」
娘の拾ってきたゴミの内容を確認してみると、それは使い古しのペン先だったり、本であったり栞だったり、何かの糸くずだったりと多岐に渡るようだが、家令が一番心配していたのは、それらを見ながらアリアが心底幸せそうに微笑んでいる事だった。
「まさか、あれが付きまといをして得たものだったとは…。」
家令が娘の奇行を見て報告が来た数日後、今度はアリア付きの侍女から、またしても同じように、非常に言いにくそうに、そして悲し気にリーエル伯爵は相談された。
「お嬢様が心を病んでおられるようです」と。
なんでも彼女が言うには、時折宙を見つめながらにやけてみたり、かと思えば胸を押えて苦しそうな顔をしてみたり、と思えばまたニヤついたり。
心配して侍女が声をかければ「天使がいるの…。」と、どこか遠くを見ながら呟いたり。(え、怖…。)
「お屋敷の中では特に変わった事があったようには思いませんでしたが、学園が始まってからあのようになられたので、…もしかしたら何か心を傷つけられるようなことがあったのではと...。」
泣きそうな顔でそう訴えてくる侍女に、娘の様子を心配したリーエル伯爵は、少女の集めているゴミを彼女が学園へと行っている間にこっそりと調べさせた。もちろん精神的に不安定そうな娘を刺激しないように、動かした後は元通りに戻すように命じた。
すると、彼女の拾った物の中にはアレンダラス公爵家御用達の万年筆のペン先や家紋入りの栞があり、アリアが見つめていたのは、どうやらその家のご子息の落とした(?)物では無いのかということがあっさりと判明した。
「もしやアリアはアレンダラス公爵令息の、持ち物を盗んで...?」
「いえ旦那様、あれは明らかにゴミでございます。」
「……。だがしかし何故、アリアはそのような物を集めて...?」
「旦那様、私の考えですと恐らくアリアお嬢様は、アレンダラス公爵子息様に、懸想をしていらっしゃるのではないかと...。」
「懸想?」
「お嬢様は、好きな殿方の持ち物...でもう必要と無くなったものを集めていらっしゃる可能性が高いです。」
「…恋、という事か。」
恋すると、好きな人の落としたゴミでも集めたくなるものなのか?そう、なのか…?
娘よ、ちょっとお父さんはその気持ち分からないかも。
(…それにしても、あんなに小さかった娘が恋をするようになるなんて。)
家令の言葉を聞いて、リーエル伯爵は一瞬何だか寂しいような切ないような、不思議な心持ちになって。そして何とも感慨深い気持ちになった。
ええ…、そんなに急いで大人にならないでよ、寂しいな。
そんな事を考えながら、アレンダラス公爵家かあ。ちょっと身分差がなあ...。こちら辺境伯だけど、娘が跡継ぎだから入婿してもらわないとダメだし...嫡男様だとお付き合い云々の前に無理だよなあ、と言うか、令息の物を拾い集めていたと言うのはちょっとマズイ行動では無いのか…?だからアリアは心配をしていたのか?と現実的な事も、もちろん同時に考えていた。
だいたいどんな接点があって、公爵令息とお近付きになれたのだろうか。あの引っ込み思案で大人しく可憐な娘が。
…というか、その人のゴミを拾ってきている時点で何かその恋の行方って雲行き怪しいというか、成就する気しなくないか?ふと最初よりも冷静になってきた頭の片隅でそんなことを思う。
リーエル伯爵はそっと顔を上げて家令の顔を見た。彼の顔は主人よりもかなり深刻そのものだった。
(なにか手を打たなくてはならないのか…。いや、でも何をしたら…?)
そんな事を考えていた矢先に、あの断罪の夜会が行われてしまったのだ。
(ああ、そうだなアリア。
過ぎたことを今更グダグダと考えても仕方ない。先に進まなければ…。)
リーエル伯は再び大きくため息を着くと。娘に返事を書くために、羽根ペンを手に取った。
ー新しい事を始めるのは早い方がいいだろうー
彼はそう心の中で呟くと留学の許可をする旨を記し、愛娘へと手紙を送り返したのだった。
━━━━━━━━━━★
第二章はここで終わります。
読んでくださりありがとうございます(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”
本来のヒロインであるリーシャの物語を最後に描きます。良かったら是非、ご拝読くださいませ。
もしも、反応が良ければ第3章も描こうと考えておりますが、まずは一旦ここまで。
お付き合い頂きまして、ありがとうございました*_ _))
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