3 / 50
3
しおりを挟む
ラムレザーの柔らかそうなシングルジャケットにジャストサイズのクルーネックシャツと、スキニーパンツにショートブーツ。シンプルさがヘアスタイルのインパクトとのバランスが取れている。
小野塚くんと私は偶然にも、同じ時期に入学した。
お爺さんは世界で活躍するデザイナーのリョウ・オノツカで、お母さんが元モデルで女優の小野塚美澪という華麗なる一族のご子息で、モデルみたいなルックスの持ち主で、学校でもトップクラスで目立っていた。
今までほとんど接点なんてなかったのに、どういうことなのだろう。
むしろ彼が私の苗字を知っていたのが驚きだ。
「じゃあ、皆入ろっか。GOGO!」
彼の一言でぞろぞろと動き出す。その一行の後ろを歩いていた私の更に後ろを歩く小野塚くんの気配が間近になったかと思うと、手首を掴まれた。
「走って逃げよう」
コソッと耳打ちされ、何がなんだかわからなくなった。彼は強引すぎない程度に私の手を引き、居酒屋と反対方向に向かった。私もつられて走りだす。気づいた女の子たちの文句が聞こえる。
「ごめーん。おれたち抜けるわー!」
と、小野塚くんは追手に向かって叫んだ。
三十メートルほど走ってようやく止まった。お互い肩で息をしていて、すぐには二の句を継げないでいる。
「はー。まだちょっと寒い時期でよかった。てか、ごめん。ヒール傷んじゃったよね?」
小野塚くんはそう言って、しゃがむと、私のアキレス腱を覗き込んだ。
「よかった。怪我してなくて」
と、見上げてニッと笑う。
「あ、あの、な、なんで……」
「おれ、ずっと井上さんと話してみたかったんだ」
「え?」
「ま、とりあえず入ろっか」
と、小野塚くんの指す方を見ると、多国籍な雰囲気の小さなダイニングバーがあった。
中に入ると店員さんと親しげに挨拶を交わしている。どうやら彼は最初からここにくるつもりだったようだ。
「ビールでいい?」
頷くと、彼は店員さんに注文した。
すぐに四切りのライムが刺さった外国製の瓶ビールが、二つテーブルに置かれた。
聞いたことのない音楽、飲んだことのないメキシコのビール、初めてのお店。私は小野塚くんの見よう見まねでビールにライムを瓶に押し込むように絞り、言われるがまま、瓶と瓶を軽くぶつけて、小野塚くんがするように、瓶に直接口をつけた。
ライムが引っかかって飲みづらい。でも小野塚くんは器用に飲み干し、二本目を注文する。私もどうかと目配せされたけれど、まだ大丈夫だと断った。
小野塚くんが三本目をオーダーする時に私も二本目を頼んだ。初めて飲むビールは思いのほか美味しかった。
「おれたち一回会ってるの知ってる?」
一息ついた彼が言った。私が曖昧に首を傾げると、ぶはっと笑った。そして、やはり、あのオープンキャンパスのことを話してくれたけれど、なんとなく曖昧なまま誤魔化してしまった。
「あーあ。おれ、この髪型もあって結構インパクトあるから覚えられやすいと思ってたんだけどな」
と口を尖らせる。
「あの後、喪服着たまま中入ってったでしょ? 何事かと思ってなんか覚えてたんだ。そしたら、同じ学年でいるし、でも、他人寄せつけないオーラバンバン出してるし、実習だなんだって忙しかったから、声かけそびれてたんだよね」
「それは、小野塚くんが私にそこまで興味がなかったからじゃないかな」
あ、いけない。と気づいたものの出てしまったものはもう遅い。
「いいね。なんか、いい感じの意地悪。ゾクッときた」
「え?」
予想外の返答に思わず眉をひそめてしまった。普通、気分を害するところじゃないのだろうか。
「そんな邪険にしないで。ゆっくり話してみたかったんだ。井上さん、ずっと遅くまで実習室で練習してたよね」
「私の家アパートで、その、古いところだし、畳だから、自分ちより学校の方が片付けも手早くできてよかったから……」
「そう? 普段からあんまり人とつるんだりせずに黙々と、あ、いや、淡々と? 一人で行動してたし、クールでかっこいいって思ってた」
次から次へと褒められるので、気恥しさから居心地が悪くなる。
「それは……、単に、あんまり誰かと一緒にいるのが得意じゃないから……」
「ふうん? じゃ、特定の誰かといるのは?」
「特定の?」
「恋人、とか……、親友とか、家族とか?」
「あ。そういうの、いたときないんだ。それに、家族はもうずいぶん前に亡くなったから。あ。ごめんなさい。暗くなっちゃうね」
「あ。いや、こっちこそ、ごめんなさい。知らなかったとはいえ、不躾でした」
と、ビールを置いて、私につむじが見えるほど頭を下げた。
ほぼ初対面の相手にこんな重い話をバカ正直に話すこともなかったんじゃないかと不安になった。
「ちょっとドン引きでしょ、暗すぎて。気にしないで。ほら、飲も」
「そんなことない」
勢いよく顔を上げた小野塚くんは、大きなオニキスみたいな黒い瞳で私を見た。
切れ長で大きな目だな、白目もしっかりしている。一つ一つハッキリしていて、整った顔立ちだ。吸い込まれるような瞳って本当にあるんだなあ、と場違いにもドキドキした。
小野塚くんと私は偶然にも、同じ時期に入学した。
お爺さんは世界で活躍するデザイナーのリョウ・オノツカで、お母さんが元モデルで女優の小野塚美澪という華麗なる一族のご子息で、モデルみたいなルックスの持ち主で、学校でもトップクラスで目立っていた。
今までほとんど接点なんてなかったのに、どういうことなのだろう。
むしろ彼が私の苗字を知っていたのが驚きだ。
「じゃあ、皆入ろっか。GOGO!」
彼の一言でぞろぞろと動き出す。その一行の後ろを歩いていた私の更に後ろを歩く小野塚くんの気配が間近になったかと思うと、手首を掴まれた。
「走って逃げよう」
コソッと耳打ちされ、何がなんだかわからなくなった。彼は強引すぎない程度に私の手を引き、居酒屋と反対方向に向かった。私もつられて走りだす。気づいた女の子たちの文句が聞こえる。
「ごめーん。おれたち抜けるわー!」
と、小野塚くんは追手に向かって叫んだ。
三十メートルほど走ってようやく止まった。お互い肩で息をしていて、すぐには二の句を継げないでいる。
「はー。まだちょっと寒い時期でよかった。てか、ごめん。ヒール傷んじゃったよね?」
小野塚くんはそう言って、しゃがむと、私のアキレス腱を覗き込んだ。
「よかった。怪我してなくて」
と、見上げてニッと笑う。
「あ、あの、な、なんで……」
「おれ、ずっと井上さんと話してみたかったんだ」
「え?」
「ま、とりあえず入ろっか」
と、小野塚くんの指す方を見ると、多国籍な雰囲気の小さなダイニングバーがあった。
中に入ると店員さんと親しげに挨拶を交わしている。どうやら彼は最初からここにくるつもりだったようだ。
「ビールでいい?」
頷くと、彼は店員さんに注文した。
すぐに四切りのライムが刺さった外国製の瓶ビールが、二つテーブルに置かれた。
聞いたことのない音楽、飲んだことのないメキシコのビール、初めてのお店。私は小野塚くんの見よう見まねでビールにライムを瓶に押し込むように絞り、言われるがまま、瓶と瓶を軽くぶつけて、小野塚くんがするように、瓶に直接口をつけた。
ライムが引っかかって飲みづらい。でも小野塚くんは器用に飲み干し、二本目を注文する。私もどうかと目配せされたけれど、まだ大丈夫だと断った。
小野塚くんが三本目をオーダーする時に私も二本目を頼んだ。初めて飲むビールは思いのほか美味しかった。
「おれたち一回会ってるの知ってる?」
一息ついた彼が言った。私が曖昧に首を傾げると、ぶはっと笑った。そして、やはり、あのオープンキャンパスのことを話してくれたけれど、なんとなく曖昧なまま誤魔化してしまった。
「あーあ。おれ、この髪型もあって結構インパクトあるから覚えられやすいと思ってたんだけどな」
と口を尖らせる。
「あの後、喪服着たまま中入ってったでしょ? 何事かと思ってなんか覚えてたんだ。そしたら、同じ学年でいるし、でも、他人寄せつけないオーラバンバン出してるし、実習だなんだって忙しかったから、声かけそびれてたんだよね」
「それは、小野塚くんが私にそこまで興味がなかったからじゃないかな」
あ、いけない。と気づいたものの出てしまったものはもう遅い。
「いいね。なんか、いい感じの意地悪。ゾクッときた」
「え?」
予想外の返答に思わず眉をひそめてしまった。普通、気分を害するところじゃないのだろうか。
「そんな邪険にしないで。ゆっくり話してみたかったんだ。井上さん、ずっと遅くまで実習室で練習してたよね」
「私の家アパートで、その、古いところだし、畳だから、自分ちより学校の方が片付けも手早くできてよかったから……」
「そう? 普段からあんまり人とつるんだりせずに黙々と、あ、いや、淡々と? 一人で行動してたし、クールでかっこいいって思ってた」
次から次へと褒められるので、気恥しさから居心地が悪くなる。
「それは……、単に、あんまり誰かと一緒にいるのが得意じゃないから……」
「ふうん? じゃ、特定の誰かといるのは?」
「特定の?」
「恋人、とか……、親友とか、家族とか?」
「あ。そういうの、いたときないんだ。それに、家族はもうずいぶん前に亡くなったから。あ。ごめんなさい。暗くなっちゃうね」
「あ。いや、こっちこそ、ごめんなさい。知らなかったとはいえ、不躾でした」
と、ビールを置いて、私につむじが見えるほど頭を下げた。
ほぼ初対面の相手にこんな重い話をバカ正直に話すこともなかったんじゃないかと不安になった。
「ちょっとドン引きでしょ、暗すぎて。気にしないで。ほら、飲も」
「そんなことない」
勢いよく顔を上げた小野塚くんは、大きなオニキスみたいな黒い瞳で私を見た。
切れ長で大きな目だな、白目もしっかりしている。一つ一つハッキリしていて、整った顔立ちだ。吸い込まれるような瞳って本当にあるんだなあ、と場違いにもドキドキした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?
すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。
一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。
「俺とデートしない?」
「僕と一緒にいようよ。」
「俺だけがお前を守れる。」
(なんでそんなことを私にばっかり言うの!?)
そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。
「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」
「・・・・へ!?」
『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。
※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。
ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。
イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)
便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある
IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC”
謎多き噂の飛び交う外資系一流企業
日本内外のイケメンエリートが
集まる男のみの会社
そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在
唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話
中山加恋(20歳)
二十歳でトオルの妻になる
何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛
中山トオル(32歳)
17歳の加恋に一目ぼれ
加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する
加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる
会社では群を抜くほどの超エリートが、
愛してやまない加恋ちゃんに
振り回されたり落ち込まされたり…
そんなイケメンエリートの
ちょっと切なくて笑えるお話
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる