4 / 50
4
しおりを挟む
「嫌な気持ちにさせたら、ホント、ごめん……」
あまりにしゅんと眉を下げるものだから、とてもキリッとした男の子なのに可愛らしく思った。
なんだか、いつもと違う感覚。フワフワしてて、暖かい。眠たいような、そうじゃないような。私、いつもより、なんだか元気かもしれない。なんだってやれそうな、わくわくした気分。なんだろう、これ。
「大丈夫。ね、私、こういうの、なにもかも初めてなの。せっかくだから、色々教えて」
小野塚くんは目を瞬かせ、一瞬固まったあと、うんと頷いた。
「でもさ、今みたいなこと、あんまり男に言わない方がいいよ。なんか、おれ、今の、勘違いしそうだもん」
「勘違い?」
「あ、いや、その、なんていうか、男って、女の子が思っているのと違うベクトルで大幅に勘違いしたりするから、色々教えてとか、あんまり言わないほうがいいんじゃないかな」
「そうなの? 私、本当に人付き合いとか、ほとんどしてこなかったから、よくわからなくて。クールとか、かっこいいとか、そんなんじゃなくて、ごめん」
「いや、こっちが勝手に思ってただけだから謝ることじゃないよ」
あ、なんか私、今、めんどくさい感じかも。どうしよう。話題、なにか、ないかな。うん。ない。
「あー、そういえば、小野塚くんは就職先どこに決まった?」
「おれ? もちろん親の会社。兄が三人、姉が一人いて直接の後継者とかにはなれないんだけど、美容部門もあるから、そこで」
「ああそうなんだ。ということは、Ry.o beaute|(アールワイオー・ボーテ)の本社? わー華々しいね。かっこいい」
小野塚くんが首を傾げる。
「井上さん、ズレてんね?」
「あ、やっぱり? きっとそうだと思う。へへ。ごめんね、こんなんで」
よくわからないけど、楽しくなってきた。
「謝んなくていいよ。笑うと可愛いね」
さらりと出た“可愛い”は私のことじゃないみたいだ。可愛いなんて私に向けられる言葉じゃないから、響かない。
「あはっ。男の人に可愛いなんて初めて言われた。お父さんにも言われたことないのに」
自分で言ってとても悲しくなった。楽しいフワフワした気持ちを突き破るような悲しみに涙が零れそうになった。
「え? 井上さん、大丈夫?」
「だ、大丈夫。ごめ、ごめん。変なことばっかり言ってビックリさせたよね。なんだろ、感情の振り幅がかつてないくらいおかしい。ごめん、帰る」
席を立つと、足に力が入らない。ぐらりと視界が揺れた。辛うじて肘置きに掴まり転倒は免れた。小野塚くんも席をたち、私の方へきて、私の左肩に左腕を回して、右手で私の右手首を掴む。
「マジで大丈夫? おれが支えとくから。どう? 歩けそう?」
あまりの至近距離に頭の中がぐるぐる回る。
「え? え? 待って」
私は口走る。小野塚くんからいい匂いがする。男の人の香水。たぶん。腕の太さとか固さとか、未知の感触に脳の処理がついて行かない。
「無理そう? 一回座る?」
そうじゃない。男の人と密着してパニクってるなんて説明、恥ずかしくてできない。小野塚くんに促され、もう一度座り、軽い目眩をやり過ごす。彼はカウンターに行って水を貰ってきてくれた。
「ありがとう」
大きめのタンブラーに入った冷たい水がするする入っていく。ああ。私、渇いていたんだな。はあ。と一息つくと、小野塚くんの心配そうな黒い瞳とぶつかった。
「大丈夫? 気分悪い?」
「ううん。もう大丈夫。お酒、初めて飲んだせいかな」
「えっ」
「飲み会に誘われたのも初めてだったんだ。私、ヤバいでしょ」
小野塚くんは答えずに、じっと私を見ている。
「なら尚更、一人で帰ろうとしちゃダメだ。おれが送る」
「この辺タクシーあるから大丈夫だよ」
「つーか、こんなところで一人にしないでよ。可哀想だろ、おれが」
変わった言い回しに笑ってしまう。面白い子。
「でも、小野塚くん、ここの常連さんみたいだし」
「そういうことじゃない。井上さん、物事知らなさすぎ」
「ごめん……」
小野塚くんはなにか考えるような顔をして、んん、と咳払いをした。
「どうする? このあと。帰りたい? でも井上さん、何にも食べてないよね?」
「なんだかビールでお腹ふくらんじゃって」
「なんか腹にいれといたほうがいいよ」
と、メニュー表をくれた。一応、めくってみたけれど、食べたいという気持ちはわかない。
「うーん。やっぱりいいや」
メニューを閉じて戻す。
「じゃ、帰る?」
「んー。そうだね。お腹いっぱいだし、帰ろうかな」
壁にかかった時計を見ると、二十時ちょっと過ぎ。十九時に待ち合わせして、この店に来てまだ一時間も経ってない。
「まだこんな時間なんだ」
「おれ、まだ話し足りないんだけど、井上さんはこのあと時間もうない?」
小野塚くんの顔がほんのり赤い。帰るなんて言ったの、失礼だったかな。少し怒らせたかも。
「大丈夫。帰っても一人だし、時間はありあまってるよ。ただ、ご飯食べるお店にお腹いっぱいなのにいても悪いかなって」
というと、小野塚くんが笑った。
「じゃあ、おれんち行こうよ」
とてもフラットなお誘い。なんだか、これは、乗っておこうと思った。最初で最後の学生ノリ。若さの証明書。卒業記念だ。
経験はなくても、情報はある。ドラマや映画でみたことのある若気の至りが、今、私にも訪れるかもしれない。
きっと彼には取るに足らない事象。私のことはすぐ忘れてしまうだろう。恋も知らない私だけど、男女の妙を知れそうな気がする。深くならなくていい。母の失敗を知っているから。でも、人並みのことは知りたい。
――なんて、早合点もいいところ。
私が彼をそんなに行動的にさせるはずもないのに。
珍しく自意識過剰な自分に苦笑を禁じ得ない。
あまりにしゅんと眉を下げるものだから、とてもキリッとした男の子なのに可愛らしく思った。
なんだか、いつもと違う感覚。フワフワしてて、暖かい。眠たいような、そうじゃないような。私、いつもより、なんだか元気かもしれない。なんだってやれそうな、わくわくした気分。なんだろう、これ。
「大丈夫。ね、私、こういうの、なにもかも初めてなの。せっかくだから、色々教えて」
小野塚くんは目を瞬かせ、一瞬固まったあと、うんと頷いた。
「でもさ、今みたいなこと、あんまり男に言わない方がいいよ。なんか、おれ、今の、勘違いしそうだもん」
「勘違い?」
「あ、いや、その、なんていうか、男って、女の子が思っているのと違うベクトルで大幅に勘違いしたりするから、色々教えてとか、あんまり言わないほうがいいんじゃないかな」
「そうなの? 私、本当に人付き合いとか、ほとんどしてこなかったから、よくわからなくて。クールとか、かっこいいとか、そんなんじゃなくて、ごめん」
「いや、こっちが勝手に思ってただけだから謝ることじゃないよ」
あ、なんか私、今、めんどくさい感じかも。どうしよう。話題、なにか、ないかな。うん。ない。
「あー、そういえば、小野塚くんは就職先どこに決まった?」
「おれ? もちろん親の会社。兄が三人、姉が一人いて直接の後継者とかにはなれないんだけど、美容部門もあるから、そこで」
「ああそうなんだ。ということは、Ry.o beaute|(アールワイオー・ボーテ)の本社? わー華々しいね。かっこいい」
小野塚くんが首を傾げる。
「井上さん、ズレてんね?」
「あ、やっぱり? きっとそうだと思う。へへ。ごめんね、こんなんで」
よくわからないけど、楽しくなってきた。
「謝んなくていいよ。笑うと可愛いね」
さらりと出た“可愛い”は私のことじゃないみたいだ。可愛いなんて私に向けられる言葉じゃないから、響かない。
「あはっ。男の人に可愛いなんて初めて言われた。お父さんにも言われたことないのに」
自分で言ってとても悲しくなった。楽しいフワフワした気持ちを突き破るような悲しみに涙が零れそうになった。
「え? 井上さん、大丈夫?」
「だ、大丈夫。ごめ、ごめん。変なことばっかり言ってビックリさせたよね。なんだろ、感情の振り幅がかつてないくらいおかしい。ごめん、帰る」
席を立つと、足に力が入らない。ぐらりと視界が揺れた。辛うじて肘置きに掴まり転倒は免れた。小野塚くんも席をたち、私の方へきて、私の左肩に左腕を回して、右手で私の右手首を掴む。
「マジで大丈夫? おれが支えとくから。どう? 歩けそう?」
あまりの至近距離に頭の中がぐるぐる回る。
「え? え? 待って」
私は口走る。小野塚くんからいい匂いがする。男の人の香水。たぶん。腕の太さとか固さとか、未知の感触に脳の処理がついて行かない。
「無理そう? 一回座る?」
そうじゃない。男の人と密着してパニクってるなんて説明、恥ずかしくてできない。小野塚くんに促され、もう一度座り、軽い目眩をやり過ごす。彼はカウンターに行って水を貰ってきてくれた。
「ありがとう」
大きめのタンブラーに入った冷たい水がするする入っていく。ああ。私、渇いていたんだな。はあ。と一息つくと、小野塚くんの心配そうな黒い瞳とぶつかった。
「大丈夫? 気分悪い?」
「ううん。もう大丈夫。お酒、初めて飲んだせいかな」
「えっ」
「飲み会に誘われたのも初めてだったんだ。私、ヤバいでしょ」
小野塚くんは答えずに、じっと私を見ている。
「なら尚更、一人で帰ろうとしちゃダメだ。おれが送る」
「この辺タクシーあるから大丈夫だよ」
「つーか、こんなところで一人にしないでよ。可哀想だろ、おれが」
変わった言い回しに笑ってしまう。面白い子。
「でも、小野塚くん、ここの常連さんみたいだし」
「そういうことじゃない。井上さん、物事知らなさすぎ」
「ごめん……」
小野塚くんはなにか考えるような顔をして、んん、と咳払いをした。
「どうする? このあと。帰りたい? でも井上さん、何にも食べてないよね?」
「なんだかビールでお腹ふくらんじゃって」
「なんか腹にいれといたほうがいいよ」
と、メニュー表をくれた。一応、めくってみたけれど、食べたいという気持ちはわかない。
「うーん。やっぱりいいや」
メニューを閉じて戻す。
「じゃ、帰る?」
「んー。そうだね。お腹いっぱいだし、帰ろうかな」
壁にかかった時計を見ると、二十時ちょっと過ぎ。十九時に待ち合わせして、この店に来てまだ一時間も経ってない。
「まだこんな時間なんだ」
「おれ、まだ話し足りないんだけど、井上さんはこのあと時間もうない?」
小野塚くんの顔がほんのり赤い。帰るなんて言ったの、失礼だったかな。少し怒らせたかも。
「大丈夫。帰っても一人だし、時間はありあまってるよ。ただ、ご飯食べるお店にお腹いっぱいなのにいても悪いかなって」
というと、小野塚くんが笑った。
「じゃあ、おれんち行こうよ」
とてもフラットなお誘い。なんだか、これは、乗っておこうと思った。最初で最後の学生ノリ。若さの証明書。卒業記念だ。
経験はなくても、情報はある。ドラマや映画でみたことのある若気の至りが、今、私にも訪れるかもしれない。
きっと彼には取るに足らない事象。私のことはすぐ忘れてしまうだろう。恋も知らない私だけど、男女の妙を知れそうな気がする。深くならなくていい。母の失敗を知っているから。でも、人並みのことは知りたい。
――なんて、早合点もいいところ。
私が彼をそんなに行動的にさせるはずもないのに。
珍しく自意識過剰な自分に苦笑を禁じ得ない。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?
すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。
一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。
「俺とデートしない?」
「僕と一緒にいようよ。」
「俺だけがお前を守れる。」
(なんでそんなことを私にばっかり言うの!?)
そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。
「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」
「・・・・へ!?」
『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。
※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。
ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。
イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)
便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある
IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC”
謎多き噂の飛び交う外資系一流企業
日本内外のイケメンエリートが
集まる男のみの会社
そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在
唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話
中山加恋(20歳)
二十歳でトオルの妻になる
何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛
中山トオル(32歳)
17歳の加恋に一目ぼれ
加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する
加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる
会社では群を抜くほどの超エリートが、
愛してやまない加恋ちゃんに
振り回されたり落ち込まされたり…
そんなイケメンエリートの
ちょっと切なくて笑えるお話
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる