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二十時の閉店後も、吉沢さんは接客をしていた。会社帰りらしき女性客。アシスタントを申し出てみたけれど、カットだけだからとやんわり断られた。吉沢さんを待つ間、他の場所の片付けや明日の予約状況を確認して、薬剤とスタイリング剤のチェックをした。それでも時間が余ったので水分補給をしながら、何気なくテーブルの上に置きっぱなしになっていた業界誌を開いた。
開いてすぐに見覚えのある顔があった。
写真相手にドキッとした。綺麗な二重の印象的な黒い瞳。小野塚くんだ。
彼は、すでにヘアスタイリストとして一目置かれる人になっていた。
キツめのスパイラルパーマは健在だった。ただ耳から少し上でサイドがすっかり刈り上げられ、左に長めのアシンメトリーになっていて、トサカみたいになっていた。輪郭も更にシャープになって、少年っぽさの残っていたあの頃よりずっと大人びている。去年の美容技術選手権大会でもヘアースタイル競技の部で優勝している。今年はRy.oのヘアスタイリング部門の立ち上げでさらに注目されている若きサラブレッド。
吉沢さんが入ってきて、業界誌に目を止めた。
「小野塚か。彼のおかげでうちの学校への志願者が二倍に増えた。今度、銀座にオノツカプロデュースのヘアサロンがオープンする。もっとも彼は店には立たず、元からある傘下のヘアメイク事務所でプレタポルテのヘアメイクをするらしいけれど」
「うわあ。アシスタントからスタートではないんですね」
「天才なんだよ。いや、それだけじゃない。彼は人並み以上に努力している。学生時代も教師の間で評判だったそうだ。自宅にスタジオがあって……。悪い、こんな話をしている場合じゃないな」
「いえ。吉沢さんは休憩しなくて大丈夫ですか?」
「平気だ。じゃあ始めようか」
「はい」
私たちはバックヤードを後にして、シャンプーの練習に取りかかった。
小野塚くんの話は、まるで月に行った人の話のように遠く感じた。
天は二物を与えずなんて嘘だ。与えられる人にはいくつも与えられている。いくら努力しても、いくら練習しても、結局、運やコネには勝てない。
どうしても抑えきれない羨望と妬みを宥めながら、シャンプーに集中しろと自分にいい聞かせる。
「痛い。力入りすぎ。指の動きが雑」
「すみません!」
分かりやすく出ちゃって我ながら恥ずかしい。
「考え事するなら、|客(あいて)がどうしたら気持ちいいか考えること。わかってると思うけど、この仕事は案外イメージってのが大事なんだ」
「はい。すみません」
「井上のシャンプー、お客さんに評判がいいんだ。どんなものか受けてみたかったんだけど、もしかして、俺は嫌われていたりするんだろうか」
「しないです! こんなことありえないですが、今回だけ仕切り直しさせてください!」
「当たり前だ。こんなの合格出せるか。やりなおし」
「ありがとうございます!」
シャンプー剤を洗い流し、タオルドライをして、もう一度、今度はヘッドマッサージを意識しながらお詫びの気持ちを込めてやりなおす。観察されているのが気配でわかる。が、それもつかの間。吉沢さんから寝息が聞こえた。よほど疲れているのだろう。さっきまでの厳しい口調から即寝落ちにちょっと微笑ましくなった。
開いてすぐに見覚えのある顔があった。
写真相手にドキッとした。綺麗な二重の印象的な黒い瞳。小野塚くんだ。
彼は、すでにヘアスタイリストとして一目置かれる人になっていた。
キツめのスパイラルパーマは健在だった。ただ耳から少し上でサイドがすっかり刈り上げられ、左に長めのアシンメトリーになっていて、トサカみたいになっていた。輪郭も更にシャープになって、少年っぽさの残っていたあの頃よりずっと大人びている。去年の美容技術選手権大会でもヘアースタイル競技の部で優勝している。今年はRy.oのヘアスタイリング部門の立ち上げでさらに注目されている若きサラブレッド。
吉沢さんが入ってきて、業界誌に目を止めた。
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「うわあ。アシスタントからスタートではないんですね」
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「いえ。吉沢さんは休憩しなくて大丈夫ですか?」
「平気だ。じゃあ始めようか」
「はい」
私たちはバックヤードを後にして、シャンプーの練習に取りかかった。
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天は二物を与えずなんて嘘だ。与えられる人にはいくつも与えられている。いくら努力しても、いくら練習しても、結局、運やコネには勝てない。
どうしても抑えきれない羨望と妬みを宥めながら、シャンプーに集中しろと自分にいい聞かせる。
「痛い。力入りすぎ。指の動きが雑」
「すみません!」
分かりやすく出ちゃって我ながら恥ずかしい。
「考え事するなら、|客(あいて)がどうしたら気持ちいいか考えること。わかってると思うけど、この仕事は案外イメージってのが大事なんだ」
「はい。すみません」
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「しないです! こんなことありえないですが、今回だけ仕切り直しさせてください!」
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