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聞き耳を立てるつもりはないけど、お客さんではなさそうだ。真壁さんは通話を終えると、可笑しそうに喉を鳴らした。
「益子が経理課長に怒鳴り込んで息子の居場所つきとめたってさ」
「えっ? 益子くんが?」
「ま、日頃経費使いすぎだなんだ厭味言われまくってるからな。いい機会だったんだろう」
「そんなことして大丈夫ですかね?」
「あいつなら大丈夫だろ。さて食おう」
真壁さんは何事もなかったように食事を始める。
「あ、織部。そろそろ有給消化しろよ」
「はい。母と温泉でも行こうかなって考えてました」
「親孝行だな」
一緒に行く恋人はいないのかと揶揄されがちだけど真壁さんは言わない。当然ながら私に恋人がいるかいないかなんて気にならないってこと。ただの部下だってわかっているけど、ちょっとくらいなんかあってもいいんじゃないかなぁと思う。
真壁さんにお昼をご馳走になって会社に戻ってるだけなんだけどドライブと思えば、こんなラッキーな事はなかなかない。これ以上望むなんてバチがあたる。会社に戻ると会議室の前に人が集まっていた。
「ふざけんな! 一億の契約だぞ!? お前が補償すんのか!? あ!? なにがストレスだボケ!! ストレス抱えてないサラリーマンがどこにいるんだよ!!」
益子の怒号と物音がして真壁さんと中に入ると、涙と鼻水まみれで怯えきったバカ息子と益子がこちらを向いた。
「今、この人に殴られました! 怒鳴り付けられて精神的にもめちゃくちゃです! 訴えます!」
「背もたれ殴ったらかすっただけだろーが」
益子がバカ息子に詰め寄り、真壁さんが二人の間に入って、益子の肩を制した。
「もういい。あとは弁護士に任せよう」
「……わかりました」
視線をそらした益子と目が合った。真壁さんとこちらに(というか出口に向かって)来た。
「コーヒー頼んでいい?」
と、やけにさっぱりとした表情の益子が言った。
「あ、うん」
「俺も」
「はい。わかりました」
「とりあえず三人分淹れたら第二会議室集合な」
ビシッと人差し指を向け、益子は真壁さんと部屋を出ていった。
バカ息子を振り返ると、外から「そいつはほっといて早くコーヒー!」と益子の声がした。
コーヒーを持って会議室に入ると二人は窓辺で煙草を吸っていた。
「益子。さっきのあれ私怨だろ」
「いやー、スッとしましたわー」
真壁さんは笑いを堪えながら益子の肩を小突く。訴えられるかも知れないってのに呑気なものだ。
「おう。ありがとう」
「お疲れ。織部」
益子がクシャッと笑って見せ、
「これ、貰ったんだけど皆の分までないんだよな。つーわけで共犯よろしく」
と紙袋を見せた。
「三門屋のマロンパイ!」
思わず声が出た。
「三つしか入ってないんだよ。一人で食うには多いし、でも食いたいし」
真壁さんも益子も私も甘党だ。体型維持と体調のために連日の接待にも負けず、二人ともジムに通っているらしい。私にはそんな体力はない。本当に同じ人間なのか疑問だ。私なんかただやつれてるだけ。たとえ片想いでも恋愛していると女性ホルモンが出てどうこう云ったアレは最早私には神話みたいなものだ。甘いものこそ至高のオアシス。食べ過ぎるとスーツが入らなくなる恐れがあるから極力控えてるけど、今は食べる。
「子供みたいな顔して食うなァ、お前」
突然、真壁さんに指摘されて噎せそうになった。
「手っ取り早い癒しが美味いもの食うことだって言ってましたもん、こいつ。他に楽しみないのかよ。そんな簡単な癒しに依存してるとブタになるぞ」
「ちょっと益子、訴えるわよ?」
「あ。ほら俺今精神不安定だから失言多いんだわ、ストレスからくる精神不安定だから」
「なら私だってストレスからくる食欲なんだから仕方ないでしょ」
「甘えんなよ、諦めに甘えるとデブまっしぐらだぞ」
「お前らそんなにストレスヤバいのかよ。飯か酒か奢る? あ、上司と飯とか余計ストレスか」
「そんな! 真壁さんだって激務じゃないですか」
ひょいと私の肩を押し退け益子が身を乗り出す。
「いやいやいや。奢りなら行きますよ。真壁さん、いい店ご存知ですよね? 俺、こないだ三ツ井さんと行ったとこがいいっす」
「ちょっとあんたね!」
「いや、行くなら連れてくぜ。安心しろ、俺はこう見えても稼ぎ頭だからな」
「安心しろ、領収書がある」
益子が私の肩を両手で揉みながら覗き込んできた。男の手の感触にめっちゃ意識がいく。日照りすぎて感度が狂ってる。接待の席なら鈍感なのに、なにこれ。こいつマッサージ上手い。
「益子、それセクハラ」
真壁さんの注意で益子が両手を上げる。
「ごめんな。織部が女だって忘れてた」
「ふん。どーせ色気もないし私なんて萎びたもやしよ。生物学上女だってだけですから。唯一の取り柄だと思ってた仕事もまともにこなせないし」
「ちょっと真壁さん、コイツマジやばいですよ。落ち込みすぎ。自虐的過ぎて引く」
「そらそうだろ。織部は頑張ってたんだから。そのぶん落ち込みたくもなるだろ。みんながみんな益子みたいに不屈の精神とは限らないんだぞ」
「真壁さん、織部に甘くないですか?」
「そりゃ、俺の右腕だもん」
私、過労死してもいい。と心の中で呟いて見られないように太ももの横で小さくガッツポーズを決めた。万が一見られても空気を掴んでるようにしか見えない仕様。
「俺は?」
「左腕?」
二人が戯れのような会話をしているのも癒される。てか真壁さんの声で癒される。なんかα波とかでてんじゃないのかってくらい耳が至福。マロンパイも至福。
「今日は二人とも残業接待なしか?」
「なんとか」
「俺、デートなんで今日は無理です」
「はっ!? 益子にデートの予定?」
「俺、誰かさんと違って仕事だけが生き甲斐じゃないんで~」
「俺のことかよ」
「真壁さんと織部両方にいえたことですね。ちょうどいいじゃないすか。似た者同士、行ってきたら」
ふ、二人きり? ドキドキしてきた。あ、なにこれ、血が巡ってるっていうのかしら、生身に戻った感覚。
「織部が嫌じゃなきゃ」
「行きます」
「じゃーーー」
と真壁さんがいいかけた時、着信音が鳴って三人一斉に携帯電話をチェックして、真壁さんが通話を始めて、次に益子の携帯電話が鳴って、二人が退席してなし崩しに解散した。部屋を出る時に真壁さんに口パクで「後でな」と言われて、腰から崩れそうになった。
「益子が経理課長に怒鳴り込んで息子の居場所つきとめたってさ」
「えっ? 益子くんが?」
「ま、日頃経費使いすぎだなんだ厭味言われまくってるからな。いい機会だったんだろう」
「そんなことして大丈夫ですかね?」
「あいつなら大丈夫だろ。さて食おう」
真壁さんは何事もなかったように食事を始める。
「あ、織部。そろそろ有給消化しろよ」
「はい。母と温泉でも行こうかなって考えてました」
「親孝行だな」
一緒に行く恋人はいないのかと揶揄されがちだけど真壁さんは言わない。当然ながら私に恋人がいるかいないかなんて気にならないってこと。ただの部下だってわかっているけど、ちょっとくらいなんかあってもいいんじゃないかなぁと思う。
真壁さんにお昼をご馳走になって会社に戻ってるだけなんだけどドライブと思えば、こんなラッキーな事はなかなかない。これ以上望むなんてバチがあたる。会社に戻ると会議室の前に人が集まっていた。
「ふざけんな! 一億の契約だぞ!? お前が補償すんのか!? あ!? なにがストレスだボケ!! ストレス抱えてないサラリーマンがどこにいるんだよ!!」
益子の怒号と物音がして真壁さんと中に入ると、涙と鼻水まみれで怯えきったバカ息子と益子がこちらを向いた。
「今、この人に殴られました! 怒鳴り付けられて精神的にもめちゃくちゃです! 訴えます!」
「背もたれ殴ったらかすっただけだろーが」
益子がバカ息子に詰め寄り、真壁さんが二人の間に入って、益子の肩を制した。
「もういい。あとは弁護士に任せよう」
「……わかりました」
視線をそらした益子と目が合った。真壁さんとこちらに(というか出口に向かって)来た。
「コーヒー頼んでいい?」
と、やけにさっぱりとした表情の益子が言った。
「あ、うん」
「俺も」
「はい。わかりました」
「とりあえず三人分淹れたら第二会議室集合な」
ビシッと人差し指を向け、益子は真壁さんと部屋を出ていった。
バカ息子を振り返ると、外から「そいつはほっといて早くコーヒー!」と益子の声がした。
コーヒーを持って会議室に入ると二人は窓辺で煙草を吸っていた。
「益子。さっきのあれ私怨だろ」
「いやー、スッとしましたわー」
真壁さんは笑いを堪えながら益子の肩を小突く。訴えられるかも知れないってのに呑気なものだ。
「おう。ありがとう」
「お疲れ。織部」
益子がクシャッと笑って見せ、
「これ、貰ったんだけど皆の分までないんだよな。つーわけで共犯よろしく」
と紙袋を見せた。
「三門屋のマロンパイ!」
思わず声が出た。
「三つしか入ってないんだよ。一人で食うには多いし、でも食いたいし」
真壁さんも益子も私も甘党だ。体型維持と体調のために連日の接待にも負けず、二人ともジムに通っているらしい。私にはそんな体力はない。本当に同じ人間なのか疑問だ。私なんかただやつれてるだけ。たとえ片想いでも恋愛していると女性ホルモンが出てどうこう云ったアレは最早私には神話みたいなものだ。甘いものこそ至高のオアシス。食べ過ぎるとスーツが入らなくなる恐れがあるから極力控えてるけど、今は食べる。
「子供みたいな顔して食うなァ、お前」
突然、真壁さんに指摘されて噎せそうになった。
「手っ取り早い癒しが美味いもの食うことだって言ってましたもん、こいつ。他に楽しみないのかよ。そんな簡単な癒しに依存してるとブタになるぞ」
「ちょっと益子、訴えるわよ?」
「あ。ほら俺今精神不安定だから失言多いんだわ、ストレスからくる精神不安定だから」
「なら私だってストレスからくる食欲なんだから仕方ないでしょ」
「甘えんなよ、諦めに甘えるとデブまっしぐらだぞ」
「お前らそんなにストレスヤバいのかよ。飯か酒か奢る? あ、上司と飯とか余計ストレスか」
「そんな! 真壁さんだって激務じゃないですか」
ひょいと私の肩を押し退け益子が身を乗り出す。
「いやいやいや。奢りなら行きますよ。真壁さん、いい店ご存知ですよね? 俺、こないだ三ツ井さんと行ったとこがいいっす」
「ちょっとあんたね!」
「いや、行くなら連れてくぜ。安心しろ、俺はこう見えても稼ぎ頭だからな」
「安心しろ、領収書がある」
益子が私の肩を両手で揉みながら覗き込んできた。男の手の感触にめっちゃ意識がいく。日照りすぎて感度が狂ってる。接待の席なら鈍感なのに、なにこれ。こいつマッサージ上手い。
「益子、それセクハラ」
真壁さんの注意で益子が両手を上げる。
「ごめんな。織部が女だって忘れてた」
「ふん。どーせ色気もないし私なんて萎びたもやしよ。生物学上女だってだけですから。唯一の取り柄だと思ってた仕事もまともにこなせないし」
「ちょっと真壁さん、コイツマジやばいですよ。落ち込みすぎ。自虐的過ぎて引く」
「そらそうだろ。織部は頑張ってたんだから。そのぶん落ち込みたくもなるだろ。みんながみんな益子みたいに不屈の精神とは限らないんだぞ」
「真壁さん、織部に甘くないですか?」
「そりゃ、俺の右腕だもん」
私、過労死してもいい。と心の中で呟いて見られないように太ももの横で小さくガッツポーズを決めた。万が一見られても空気を掴んでるようにしか見えない仕様。
「俺は?」
「左腕?」
二人が戯れのような会話をしているのも癒される。てか真壁さんの声で癒される。なんかα波とかでてんじゃないのかってくらい耳が至福。マロンパイも至福。
「今日は二人とも残業接待なしか?」
「なんとか」
「俺、デートなんで今日は無理です」
「はっ!? 益子にデートの予定?」
「俺、誰かさんと違って仕事だけが生き甲斐じゃないんで~」
「俺のことかよ」
「真壁さんと織部両方にいえたことですね。ちょうどいいじゃないすか。似た者同士、行ってきたら」
ふ、二人きり? ドキドキしてきた。あ、なにこれ、血が巡ってるっていうのかしら、生身に戻った感覚。
「織部が嫌じゃなきゃ」
「行きます」
「じゃーーー」
と真壁さんがいいかけた時、着信音が鳴って三人一斉に携帯電話をチェックして、真壁さんが通話を始めて、次に益子の携帯電話が鳴って、二人が退席してなし崩しに解散した。部屋を出る時に真壁さんに口パクで「後でな」と言われて、腰から崩れそうになった。
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