恋の始め方間違えました。

森野きの子

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番外編

*2

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 宮原邸の住所を自分の車のナビゲーションに入力したが、型が古いせいなのか、やはり個人宅だからか、大まかな地域しか出てこない。二ヶ月前の挨拶回りで伺った以来だ。なんとなく覚えているとはいえ、住宅街の似た雰囲気の中ではその記憶も宛にならない。
 助手席には当たり障りのない焼き菓子が乗っている。どうせ食べないんだから、そこそこ見映えがすればいいのよ。と秋元が教えてくれた。
 やっと同じような道をぐるぐる回り、見覚えのある角を探しあて、宮原邸に到着したのは、予定時刻から十分も遅れてしまってからだ。美也は慌てて車を降りて、菓子折りを手に、純和風の邸宅の門の前に立った。
 インターフォンを鳴らす。が、反応がない。
「ごめんください。藤和工務店の成子と申します」
 しばらく様子を伺ったが、やはり無反応だ。
「すみません、宮原さんいらっしゃいますでしょうか」
「なんだ、うるさい。誰だ、あんたは」
 門脇の生け垣の陰からえだ切りばさみを持った不機嫌そうな老人が顔を出した。
「失礼いたしました。私、藤和工務店の成子と申します」
 名刺を差し出す。
「本日はリフォームの件でカタログをお持ちしました。貴重なお時間を頂いておりましたのに、遅れてしまいまして大変申し訳ございません」
「ああ、その辺に置いといてくれ。私は今忙しいんだ」
 宮原老人は無関心にいうと再び背中を向けた。
「申し訳ありません。あの、これ、よかったら」
 美也は手に提げた焼き菓子を思い出して声をかけた。
「私は糖尿なんだ。そんなものを貰っても困る」
 とにべもない。
「失礼いたしました。あの、宮原様」
 と美也は老人のあとを追おうとしたとき、足音が聞こえ、背後に気配がかかった。不意に老人が振り向いた。
「ご無沙汰しております。宮原さん。遅れてしまいまして申し訳ありません」
「おお、益子。なんだ。久しぶりだな」
「どうもどうも。これ、奥様お好きでしたよね」
 と小さな紙袋を差し出す。
「鯰屋のどら焼きか」
「焼き立てです。まだ温かいと思います。よかったらどうぞ」
「並んだろう。私の足が悪くなってからというものなかなか行けなくてな。家内も喜ぶだろう。益子、寄っていけるのか?」
「いいんですか? 実はリフォームの件で、提案書お持ちしたんですよ」
「そうか。相変わらずお前は抜け目ないな」
「ありがとうございます。ご紹介遅れました。こちら、新人の成子です。担当させて頂いております秋元が急用で来られなくなりまして、代わりに私と彼女がお伺いさせて頂きました」
「うん。あの女はどうも駄目だ。お前が来てくれて良かった」
 益子が美也の肩を軽く押す。
「成子美也と申します。改めてどうぞよろしくお願いいたします」
 と美也は頭を下げた。
 結局、益子の提案でバリアフリーの内装だけの予定が、バリアフリーの平屋に建て替えに変更になった。施工費は内装リフォームの見積の七倍になるが、解体費用、庭木、庭石の撤去工事も込みにするという。使わなくなった二階や庭をもて余すこと考えるとずいぶん使い勝手が良くなる。宮原氏は二つ返事で益子の提案を受けた。
 後日改めて計画書と見積書を持ってくる約束をして宮原邸を後にした。
「すごいですね。益子さん」
「すごいのは宮原さんの懐具合。俺じゃねーよ」
 そういう意味ではないと美也は思ったが、益子が返事をしてくれたのが少し嬉しかった。
「ありがとうございました。私一人ではこんな成果は得られませんでした」
「いや別に。秋元の仕事ぶりがクソだから横取りしただけ。宮原さんは昔からお世話になっている方だから、蔑ろにされてるの見るとムカつくんだよ」
 忌々しげな口調にひやりとした。
「申し訳ありません」
「あ、ごめん。成子にいったわけじゃないよ。秋元と須藤には私怨があってね」
 と笑う。初めて笑顔をみたが、アルカイクスマイルというのだろうか。ただし、生命感も幸福感もない。
 そのせいで、背中がぞくっと震えた。
 互いに近くのコインパーキングに駐車していたらしい。料金を払い、手前に停まっていた益子の車に何気なく目をやると、助手席に胃腸科クリニックの薬袋が無造作に置かれているのが見えた。
「大変ですね。益子さん、このあとは」
「このあと五件回るとこあるんだよな。一件は飲みだけど。一日二十四時間じゃ足りねーよな」
「大丈夫ですか」
「いつものことだし、俺の仕事量なんかまだまだだよ」
「いえ。益子さんが一番働いてらっしゃいますよ」
「今はな。じゃ、俺次あるから」
「お引き留めしてすみません」
「いや別に」
 益子はさっさと車に乗って行ってしまった。

 車を見送り、なんだか物足りない気持ちをもて余す。
 当たり前のように現れたけれど、助けてくれたんだな。と思った。
 その瞬間、胸のなかで何かが弾けて、顔が熱くなった。
 かっこいい。
 胸がきゅんとした。
 かっこいい。かっこいい。なにあの人、かっこいい。朝の電話、聞いてたんだ。自分のほうが忙しいのに、来てくれたんだ。たとえ私怨だとしても。
 心を躍らせていると、再びロックがかかってしまった。
 バカだな自分。と呆れつつ、高揚する気持ちが心地好かった。
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