28 / 33
番外編
*3
しおりを挟む
翌日、美也がいつもより一時間出社すると、営業部の出入口脇にある簡易の応接室のソファで眠っている益子がいた。
一か八か早めに出社して良かった。
さっそくロッカールームに不要な荷物だけ置いて、スープジャーを持ってデスクに向かった。
他人の気配を感じたのか益子が飛び起きた。
「お、おはようございます。益子さん」
「あ、成子か」
「昨夜帰らなかったんですか?」
「宮原さんちの計画書作成してたから」
と大きな欠伸を一つ。
「そうだったんですか。私もお手伝いします」
「いや、いい。俺ひとりで充分」
今だっ! 今、今かな? と思いつつ、スープジャーを掲げる。
「あっあの、いきなりですが、お腹空いてないですか? スープ、いかがですか? あっ! 昨日のお礼にって、寝起きでいきなりスープはきついですかね。なんならコーヒー淹れます?」
しぃん、と早朝のオフィスがさらに静まり返った。
渾身の一発芸がスベってしまった芸人の気持ちがわかった気がした。時間よ、戻れ。泣きたくなりながら念じた瞬間、益子がククッと低い笑い声を漏らした。
救われた、と思ったが、彼はひどく意地の悪いアルカイクスマイルを浮かべた。
「え? なに? 雑巾搾りブレンド? それとも下剤スープ? 悪いけど、茶番に付き合う暇はねーよ」
ショックだった。普通に要らないと言われてもそこそこショックだっただろうが、敵意むき出しで拒絶されたのが、胸が凍りつくほどショックだった。そして、悔しかった。このコンソメスープは取り寄せの缶詰めだが、美也が生まれて初めて美味しいと感動した奇跡のコンソメスープなのだ。
美也は立ったまま、益子の目の前で、スープジャーからカップにスープを注いで、一生懸命息をふきかけ、舌を火傷しながら飲んだ。
「このスープは、一流ホテルの歴史と伝統とプライドがつまっているものなんです。私はこのスープに敬意を払っています。誰かを陥れるための手段なんかに使ったりしません!」
なにをこんなにむきになってるんだろう。恥ずかしい。誰だよお前。お前はこのホテルのなんなんだよ。と頭のなかでセルフ総ツッコミをいれまくる。
益子は唖然とこちらを見上げている。
「ごめん。ごめんな、成子。いや、そんな、並々ならぬ情熱を懐いていたとは……ぶっ!」
益子が高らかに笑い出した。
「あははははははっ! ごめん、成子。お前なんなの? 回し者? 帝国よりの使者? 腹痛いんだけど!」
「い、いえ。ただの、スープ好きです……」
穴があったら入りたい。けど、こんなに益子が大笑いしている姿も珍しいので見ていたい。
「そんなに旨い?」
「はい。ぜひ」
スープを注ぎ足して益子に差し出す。
益子はまだ引きずっているらしく、笑いながら少しずつスープを飲んだ。
「……確かに旨いな。ありがとう」
「でしょう? 缶詰めクオリティとは思えない美味しさですよね?」
「いや、他にこういうの食ったことないから比較できないけど」
「そ、そんな。たしかにスープストックとかも美味しいですけど、私はこちらもオススメします。本物食べたことないですけど」
「ないのかよ。なら頑張って東京出張行けるようになれよ」
「いえ。今度のゴールデンウィークに行こうか迷っているんですけど、なんかコレジャナイ感あったりしたら怖くて」
「なんだ、それ」
益子が笑っている。冷たいアルカイクスマイルではない。普段の険しい表情が一転、ちょっと幼さがみえる少年のような笑顔。相手は年上のはずなのに、母性本能をくすぐられる。
「じゃ、いつか俺が部長に出世して東京出張する時に成子も連れてってやるよ。そしたら、コレジャナイ感あっても諦めつくだろ」
遠回しの大人のお誘いかと高鳴る胸。だがしかし、益子の携帯電話が鳴って返事をする前に彼は部屋を出ていった。
思いきって良かった。美也はスープジャーを片腕に抱いてガッツポーズを決めた。
一か八か早めに出社して良かった。
さっそくロッカールームに不要な荷物だけ置いて、スープジャーを持ってデスクに向かった。
他人の気配を感じたのか益子が飛び起きた。
「お、おはようございます。益子さん」
「あ、成子か」
「昨夜帰らなかったんですか?」
「宮原さんちの計画書作成してたから」
と大きな欠伸を一つ。
「そうだったんですか。私もお手伝いします」
「いや、いい。俺ひとりで充分」
今だっ! 今、今かな? と思いつつ、スープジャーを掲げる。
「あっあの、いきなりですが、お腹空いてないですか? スープ、いかがですか? あっ! 昨日のお礼にって、寝起きでいきなりスープはきついですかね。なんならコーヒー淹れます?」
しぃん、と早朝のオフィスがさらに静まり返った。
渾身の一発芸がスベってしまった芸人の気持ちがわかった気がした。時間よ、戻れ。泣きたくなりながら念じた瞬間、益子がククッと低い笑い声を漏らした。
救われた、と思ったが、彼はひどく意地の悪いアルカイクスマイルを浮かべた。
「え? なに? 雑巾搾りブレンド? それとも下剤スープ? 悪いけど、茶番に付き合う暇はねーよ」
ショックだった。普通に要らないと言われてもそこそこショックだっただろうが、敵意むき出しで拒絶されたのが、胸が凍りつくほどショックだった。そして、悔しかった。このコンソメスープは取り寄せの缶詰めだが、美也が生まれて初めて美味しいと感動した奇跡のコンソメスープなのだ。
美也は立ったまま、益子の目の前で、スープジャーからカップにスープを注いで、一生懸命息をふきかけ、舌を火傷しながら飲んだ。
「このスープは、一流ホテルの歴史と伝統とプライドがつまっているものなんです。私はこのスープに敬意を払っています。誰かを陥れるための手段なんかに使ったりしません!」
なにをこんなにむきになってるんだろう。恥ずかしい。誰だよお前。お前はこのホテルのなんなんだよ。と頭のなかでセルフ総ツッコミをいれまくる。
益子は唖然とこちらを見上げている。
「ごめん。ごめんな、成子。いや、そんな、並々ならぬ情熱を懐いていたとは……ぶっ!」
益子が高らかに笑い出した。
「あははははははっ! ごめん、成子。お前なんなの? 回し者? 帝国よりの使者? 腹痛いんだけど!」
「い、いえ。ただの、スープ好きです……」
穴があったら入りたい。けど、こんなに益子が大笑いしている姿も珍しいので見ていたい。
「そんなに旨い?」
「はい。ぜひ」
スープを注ぎ足して益子に差し出す。
益子はまだ引きずっているらしく、笑いながら少しずつスープを飲んだ。
「……確かに旨いな。ありがとう」
「でしょう? 缶詰めクオリティとは思えない美味しさですよね?」
「いや、他にこういうの食ったことないから比較できないけど」
「そ、そんな。たしかにスープストックとかも美味しいですけど、私はこちらもオススメします。本物食べたことないですけど」
「ないのかよ。なら頑張って東京出張行けるようになれよ」
「いえ。今度のゴールデンウィークに行こうか迷っているんですけど、なんかコレジャナイ感あったりしたら怖くて」
「なんだ、それ」
益子が笑っている。冷たいアルカイクスマイルではない。普段の険しい表情が一転、ちょっと幼さがみえる少年のような笑顔。相手は年上のはずなのに、母性本能をくすぐられる。
「じゃ、いつか俺が部長に出世して東京出張する時に成子も連れてってやるよ。そしたら、コレジャナイ感あっても諦めつくだろ」
遠回しの大人のお誘いかと高鳴る胸。だがしかし、益子の携帯電話が鳴って返事をする前に彼は部屋を出ていった。
思いきって良かった。美也はスープジャーを片腕に抱いてガッツポーズを決めた。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる