24 / 33
#24
しおりを挟む
幸せを感じてる場合じゃない。もし、真くんが今夜現れなかったらどうしよう。連絡のしようがない。それとも彼の方が自然消滅を望んでいたりして? それはさすがに虫がいい。いずれにせよ中途半端なままは嫌だから、話をしたい。もうなんか浮かれてるけど、いい感じに仲良くなった相手がいるのに、昔の好きな人が現れて焼け木杭に火がついて二股かけてる駄目女なのよ。私は。
どっちとも付き合わないつもりだったのに、真壁さんに絆されちゃって、真くんと離れようとしてる最低な人間。あああ。最低なのはわかってるけど、あの人だけは別格だ。あの魅力に抗えない。匂い。顔。身体。声。手、指。仕草。儚さ。強さ。弱さ。色気。優しさも強引さも、上品さから垣間見得る猥雑さ、なにもかも。あああ。好き。好き。見悶えるくらい愛おしい。もし、真壁さんが失脚して全財産失って借金背負ったって全然ついていける。あの人と結ばれる人生なら、もうこれ以上望まない。
あのまま真壁さんが現れなければ、真くんと付かず離れず、たゆたうような関係でいられたのかもしれない。でも、きっとどこか満たされないままだった。
でも、もう現実は二股の最低女なわけで。
一度だけ思いを遂げたらそれでいいと思いきったんだけど、切れることもできなかった。
重い足どりで出勤して、ホルターネックの黒いロングドレスに着替えて化粧をしていたら、結愛ちゃんが入ってきた。
「さ、い、あ、く~。」
「ご、め、ん、ねぇ?」
鏡越しにキッと鋭く睨みつけられる。漫画だったらバチバチッと電撃が走ってる。
「ババアが調子乗ってんなよ」
「そのババアも今日で最後だから、あと数時間我慢して頂けます?」
口紅を紅筆で引きながら、応える。
「はあ? ババアだからって上から言うな」
結愛ちゃんはピンクのフワフワとした可愛らしいミニドレスに着替えて、ロッカーについている鏡でパールピンクのグロスを塗る。
黙っていれば可愛らしい女の子なのに。
私は化粧を終えて、髪を上げようと、自分のロッカーに行き、ピンやゴムを探した。
「言ってませんけど。むしろ、年齢関係なく人と人のコミュニケーションにおける最低限の礼儀くらいお持ち頂けませんか? お嬢様」
と、隣を覗きこむと、結愛ちゃんが叫んだ。
「おちょくってんじゃねーよ!」
バシッと頬に痛みが走る。やだ。なにこの娘、本当になんでこんなに。
なんて、考えながら私の手も彼女の頬をめがけてしなっていた。
「おちょくってんのはどっちよ!? いい加減にしなさいよ!」
「なんだよババアふざけんな! おまえなんか、まこちゃんに貢いで棄てられろ! クソババア!!」
胸ぐらを捕まれて、高いヒールでバランスを崩して床に尻餅をついてしまった。
「……え。」
「色ボケババアのくせに」
お恥ずかしながらおっしゃるとおりですけど。いや、そうじゃない。
「今、なんて?」
「まこちゃんは結愛の本命なの! なんであんたみたいなババアにとられなきゃなんないの!?」
「とった? どういうこと? とってないよ? って、まこちゃん? 本命? まこちゃんって、真くん?」
「そうだよ! 初めはまこちゃんにえらそうでムカつくババアをからかってもらうだけだったのに、まこちゃんが、アンタのことイイとか言い出して、結愛だって頑張ってまこちゃんに色々プレゼントしたのに」
わあああっと結愛ちゃんは泣き出した。
「あーあ。言っちゃった。バカじゃん」
パーテンションの向こうの喫煙所から、ユカリちゃんが顔を出した。
「アタシは結愛から話聞いてたんだけどー。凛花さんがまこちんに落ちるか賭けてたらしーよ。乃愛と樹里でー。ちな、みんなセフレだってー」
「ユカリ!!」
「いーじゃん。凛花さん今日で辞めちゃうんだし。ちなみにアタシはまこちんとはヤってないよー。どっちかっつーと、まこちんよりシャンパンおじさんのがタイプだし。あ、昨日のめっちゃ喋るパーマの人もよかったなー。凛花さんイイ男揃えてんね?」
細い煙草を弄ぶように指に挟んでユカリちゃんが笑う。
「あ、よくわからないけど、ありがとう。私も大概だけど、皆でかなり爛れてるのね」
「んー。結構あるよー? ってゆーか、凛花さん、まだまこちんに貢ぐの?」
「結愛ちゃん、真くんの借金知ってる?」
「知ってるし! いくら貢ぐか賭けの設定だし!」
「あ、そうなんだ。結愛ちゃんも言ってることすごく酷いけど、ごめんね。ありがとう。私も人のこと言えないから、素直に受け入れるわ。ただもうこの遊びから降りさせて。お金は返してもらわなくていいから」
「は?」
私は思わぬ展開に結愛ちゃんの手を握った。
「真くんとお幸せに。結愛ちゃんなら可愛いし、お似合いだわ。じゃあ、ラストにお互い顔腫らして大変だけど、どうせ私は暇だろうから大丈夫。結愛ちゃんは急いで冷やした方がいいよ」
「うるせー! おせっかいババア!」
と、結愛ちゃんは私の手を振り払って、店の方へ行ってしまった。ユカリちゃんがアハハと笑い出す。
「凛花さん超テキトー!」
「そうかな?」
「怒んないの?」
「怒れる立場にないの」
「えー。マジで?」
「いや、本当に。私も大概最低だから。真くんとなんとなくいい感じになっときながら、ずっと好きだった人が現れてコロッといっちゃったんだもん」
「ずっと好きだったんでしょ。仕方なくない?」
「そんなもん?」
「頭かたすぎ。いいほう選んでいって何が悪いの?」
「そうかなぁ?」
「女が男とっかえひっかえして選ぶの悪いとか思う人? うちのママみたい。変だよ、そんなん。買い物だってなんだって比較していいほう選ぶじゃん」
「そうじゃないけど……」
というより、買い物と恋人選びは違うと思うけれど、頭固いのかな。
「てゆーか、今日、シャンパンおじさんとパーマの人来る?」
「わかんない」
「来たらアタシもテーブルつきたい。ヘルプするし」
「シャンパンおじさんは渡せませんから」
「シャンパンおじさんのが来ないと思う。パーマの人ならいい?」
「あれスパルタだよ? あ、若くて可愛い娘には優しいかも」
「そっかー。来てほしいー。」
どうだろう。たぶん、きっと来てくれそうな気がする。真くんはどうだろう。来たら、どんな顔しよう。真壁さんと真くんともしかしたら、益子も? あれ。これ修羅場になりそう? どうだろう。どうなるのかな。想像ができない。
「そーいや、凛花さん。まこちん、俳優なんだって知ってた?」
「知らない」
「なんかあんまよくわかんないけど、劇団? とかの、俳優なんだって」
「そうなんだ」
「いちおー、テレビとかも出てるって聞いたけど、ほとんど映ってない系。でも、結愛は超ハマってるんだよ。まこちん、色んな女にちょっかい出すけど、それでも結愛が最後の女になるって言い張ってる」
「いじらしいね」
「いじらしー?」
「可愛いなあと」
「本気で? 結愛にめっちゃババアとか言われてたのに?」
「それとこれとは別だよ」
ユカリちゃんは指名が入ったのでお店に出た。
これ、真壁さんがいなかったら、私、すごい惨めな女だったな。見たら拝んどこうかな。
「凛花、指名。24番テーブル」
不意にマネージャーから呼ばれて、心臓が跳ねた。誰だろう。髪の毛を束ねて上げ、ピンを刺しまくってまとめる。
もう一度鏡で顔を確かめる。口紅のよれは直せても、意外と頬の赤みは残っている。でも、まあ、私を指名する人ならそんなこと気にしないだろう。
ドキドキする。誰かな。誰かな。重い遮光カーテンをくぐる。奥のボックス席へ歩く。
「こんばんは」
高い背もたれのソファ席に座っていたのは。
「通報するか?」
どこか不敵な笑みを浮かべた我が麗しの帝王様。
「え。なにしたんすか、真壁さん」
その向こうからひょいと顔をのぞかせたのは、ご存知モテパーマの営業部長殿。
「しませんよ。常務と営業部長さんがお揃いで、接待のご予定はなかったんですか?」
「自分の都合で断れる立場になったんでね」
「せっかくのラストに閑古鳥が鳴いてたなんて目もあてらんねーだろ」
「お気遣い痛み入りますー」
ついでに真壁さん拝んどこう。
「どうした?」
と、真壁さんが自分の頬を指してみせた。
「キャットファイトを少々」
「勝ったのか?」
「痛み分けです」
「織部らしい」
「何にしますか?」
「凛花さんのお好きに」
「では、当店のナンバーワン嬢もご一緒してよろしいでしょうか?」
「益子、任せた」
「承知しました。ナンバーワンってどっち? あの性悪?」
「性悪なんていませんよ。恋に悩める女の子はちょっと暴走しやすいんです。」
「なんだそれ。まあ、織部がいいならいいけど」
「責められる立場の真っ当な女じゃないし」
「二股女だもんな」
「やめて。図星を抉らないで」
「真壁さん、これでいいんですか?」
「ちょっと始め方を間違えただけだろ。大事なのは結果だ」
「かっこいい事言ってますけど、謂わば間男でしょ、あなた」
「やめて。真壁さんは悪くない」
「いや、別に悪くても構わない。訴えられようと別にいい。むしろ俺から言わせれば、あっちの方が間男だ。まあ、勝手に勘違いして五年間も不在だった俺が悪いんだ。織部の傷ついた心の癒しだったんだから感謝しなくちゃな」
「どっちもメンタルくそやば」
ちょっと失礼しますね、と席を立ち、桧山くんにユカリちゃんを呼んでもらうように軽く耳打ちする。
ユカリちゃんに変わって乃愛ちゃんがテーブルに着き、ユカリちゃんがこっちへ来た。
「やっぱ来たじゃん。凛花さん」
「好きなもの頼んでいいって」
「イエーイ。アタシもドンペリ飲みたーい。ピンクのヤツ」
ユカリちゃんが桧山くんに注文する。席に戻ると、ユカリちゃんは益子の隣に座った。
「もー。ユカリが案内してたのに、凛花さんのとこ行っちゃったから寂しかったんだよー?」
「えー。マジで? ごめんねー? ってか今日ユカリちゃんが俺の相手してくれんの?」
「違うよー。益子さんがぁ、ユカリの相手してくれるんでしょお?」
「またまた上手いね」
「えー。だってそうじゃん。ユカリは構ってほしいのに、意地悪言わないで」
じゃれる仔猫みたいにユカリちゃんは上目遣い気味に益子に絡んでいる。すごい。なんか、ユカリちゃんが益子のこと好きみたいに見える。
「凛花さん。見すぎ。俺をほっとくなよ」
「あっ。すみません」
用意された二本のうち一本のシャンパンに伸ばした手を制された。
「いい」
グラスを持たされ、薄紅色の液体が注がれる。真壁さんはそのまま自分の分も注いで、軽くぶつけた。そしてお互い一気に空にしてしまう。
「冷やさなくていいのか?」
新しい冷たいおしぼりを私に差し出す。
「当然の報いだと受け入れてますから大丈夫です」
「そうか。じゃあ、俺もツバメから一発くらいもらうか」
「それは、ないと思いますが」
「まあな」
「はい」
真壁さんが声をひそめた。
「実は、藤和に戻った時に益子から一発もらったんだ」
「え。」
「それで織部を追おうと決めた」
「そうなんですか」
チラッと益子の方を見る。ユカリちゃんと楽しんでいるけど、きっと、益子のことだからこっちに気を使ってくれているんだろうな。
「この後はどうするんだ?」
「後、とは?」
「そうだな。まずは今夜かな」
私は彼の肩に手を置き、そっと耳打ちする。
「一旦、お帰りになって、その後私の部屋に来てください。電話します」
不意をつかれたように、真壁さんが隙だらけの顔を見せた。
「ちゃんと、始めたいんです。あなたと」
「俺もだ」
真壁さんの頬が緩む。可愛いなあ。私もきっと、間違いなくだらしない顔をしている。
そして、真壁さんが顔を寄せ、私に耳打ちした。
「実を云うと、若いツバメはもうこない」
驚いて、私は言葉も次げず、彼を見返すだけ。
「か弱い男たちは話し合いとすこしの金銭で和解した」
「まさか……」
「物騒なことは何もない。どうしても気になるなら、彼に会いに行くか?」
「……いえ。結構です」
私を探し当てたくらいだ。きっと造作もない。彼はなんでもないように柔らかな笑みを浮かべ、再びシャンパンを注ぐ。
「これでもう邪魔は入らない」
「そう、みたいですね」
「まだなにかあるのか」
私は耳に唇を寄せ、小声で答える。
「この勤務時間が邪魔です」
「早退してしまえ」
彼らしくない答えに思わず噴き出してしまった。
どっちとも付き合わないつもりだったのに、真壁さんに絆されちゃって、真くんと離れようとしてる最低な人間。あああ。最低なのはわかってるけど、あの人だけは別格だ。あの魅力に抗えない。匂い。顔。身体。声。手、指。仕草。儚さ。強さ。弱さ。色気。優しさも強引さも、上品さから垣間見得る猥雑さ、なにもかも。あああ。好き。好き。見悶えるくらい愛おしい。もし、真壁さんが失脚して全財産失って借金背負ったって全然ついていける。あの人と結ばれる人生なら、もうこれ以上望まない。
あのまま真壁さんが現れなければ、真くんと付かず離れず、たゆたうような関係でいられたのかもしれない。でも、きっとどこか満たされないままだった。
でも、もう現実は二股の最低女なわけで。
一度だけ思いを遂げたらそれでいいと思いきったんだけど、切れることもできなかった。
重い足どりで出勤して、ホルターネックの黒いロングドレスに着替えて化粧をしていたら、結愛ちゃんが入ってきた。
「さ、い、あ、く~。」
「ご、め、ん、ねぇ?」
鏡越しにキッと鋭く睨みつけられる。漫画だったらバチバチッと電撃が走ってる。
「ババアが調子乗ってんなよ」
「そのババアも今日で最後だから、あと数時間我慢して頂けます?」
口紅を紅筆で引きながら、応える。
「はあ? ババアだからって上から言うな」
結愛ちゃんはピンクのフワフワとした可愛らしいミニドレスに着替えて、ロッカーについている鏡でパールピンクのグロスを塗る。
黙っていれば可愛らしい女の子なのに。
私は化粧を終えて、髪を上げようと、自分のロッカーに行き、ピンやゴムを探した。
「言ってませんけど。むしろ、年齢関係なく人と人のコミュニケーションにおける最低限の礼儀くらいお持ち頂けませんか? お嬢様」
と、隣を覗きこむと、結愛ちゃんが叫んだ。
「おちょくってんじゃねーよ!」
バシッと頬に痛みが走る。やだ。なにこの娘、本当になんでこんなに。
なんて、考えながら私の手も彼女の頬をめがけてしなっていた。
「おちょくってんのはどっちよ!? いい加減にしなさいよ!」
「なんだよババアふざけんな! おまえなんか、まこちゃんに貢いで棄てられろ! クソババア!!」
胸ぐらを捕まれて、高いヒールでバランスを崩して床に尻餅をついてしまった。
「……え。」
「色ボケババアのくせに」
お恥ずかしながらおっしゃるとおりですけど。いや、そうじゃない。
「今、なんて?」
「まこちゃんは結愛の本命なの! なんであんたみたいなババアにとられなきゃなんないの!?」
「とった? どういうこと? とってないよ? って、まこちゃん? 本命? まこちゃんって、真くん?」
「そうだよ! 初めはまこちゃんにえらそうでムカつくババアをからかってもらうだけだったのに、まこちゃんが、アンタのことイイとか言い出して、結愛だって頑張ってまこちゃんに色々プレゼントしたのに」
わあああっと結愛ちゃんは泣き出した。
「あーあ。言っちゃった。バカじゃん」
パーテンションの向こうの喫煙所から、ユカリちゃんが顔を出した。
「アタシは結愛から話聞いてたんだけどー。凛花さんがまこちんに落ちるか賭けてたらしーよ。乃愛と樹里でー。ちな、みんなセフレだってー」
「ユカリ!!」
「いーじゃん。凛花さん今日で辞めちゃうんだし。ちなみにアタシはまこちんとはヤってないよー。どっちかっつーと、まこちんよりシャンパンおじさんのがタイプだし。あ、昨日のめっちゃ喋るパーマの人もよかったなー。凛花さんイイ男揃えてんね?」
細い煙草を弄ぶように指に挟んでユカリちゃんが笑う。
「あ、よくわからないけど、ありがとう。私も大概だけど、皆でかなり爛れてるのね」
「んー。結構あるよー? ってゆーか、凛花さん、まだまこちんに貢ぐの?」
「結愛ちゃん、真くんの借金知ってる?」
「知ってるし! いくら貢ぐか賭けの設定だし!」
「あ、そうなんだ。結愛ちゃんも言ってることすごく酷いけど、ごめんね。ありがとう。私も人のこと言えないから、素直に受け入れるわ。ただもうこの遊びから降りさせて。お金は返してもらわなくていいから」
「は?」
私は思わぬ展開に結愛ちゃんの手を握った。
「真くんとお幸せに。結愛ちゃんなら可愛いし、お似合いだわ。じゃあ、ラストにお互い顔腫らして大変だけど、どうせ私は暇だろうから大丈夫。結愛ちゃんは急いで冷やした方がいいよ」
「うるせー! おせっかいババア!」
と、結愛ちゃんは私の手を振り払って、店の方へ行ってしまった。ユカリちゃんがアハハと笑い出す。
「凛花さん超テキトー!」
「そうかな?」
「怒んないの?」
「怒れる立場にないの」
「えー。マジで?」
「いや、本当に。私も大概最低だから。真くんとなんとなくいい感じになっときながら、ずっと好きだった人が現れてコロッといっちゃったんだもん」
「ずっと好きだったんでしょ。仕方なくない?」
「そんなもん?」
「頭かたすぎ。いいほう選んでいって何が悪いの?」
「そうかなぁ?」
「女が男とっかえひっかえして選ぶの悪いとか思う人? うちのママみたい。変だよ、そんなん。買い物だってなんだって比較していいほう選ぶじゃん」
「そうじゃないけど……」
というより、買い物と恋人選びは違うと思うけれど、頭固いのかな。
「てゆーか、今日、シャンパンおじさんとパーマの人来る?」
「わかんない」
「来たらアタシもテーブルつきたい。ヘルプするし」
「シャンパンおじさんは渡せませんから」
「シャンパンおじさんのが来ないと思う。パーマの人ならいい?」
「あれスパルタだよ? あ、若くて可愛い娘には優しいかも」
「そっかー。来てほしいー。」
どうだろう。たぶん、きっと来てくれそうな気がする。真くんはどうだろう。来たら、どんな顔しよう。真壁さんと真くんともしかしたら、益子も? あれ。これ修羅場になりそう? どうだろう。どうなるのかな。想像ができない。
「そーいや、凛花さん。まこちん、俳優なんだって知ってた?」
「知らない」
「なんかあんまよくわかんないけど、劇団? とかの、俳優なんだって」
「そうなんだ」
「いちおー、テレビとかも出てるって聞いたけど、ほとんど映ってない系。でも、結愛は超ハマってるんだよ。まこちん、色んな女にちょっかい出すけど、それでも結愛が最後の女になるって言い張ってる」
「いじらしいね」
「いじらしー?」
「可愛いなあと」
「本気で? 結愛にめっちゃババアとか言われてたのに?」
「それとこれとは別だよ」
ユカリちゃんは指名が入ったのでお店に出た。
これ、真壁さんがいなかったら、私、すごい惨めな女だったな。見たら拝んどこうかな。
「凛花、指名。24番テーブル」
不意にマネージャーから呼ばれて、心臓が跳ねた。誰だろう。髪の毛を束ねて上げ、ピンを刺しまくってまとめる。
もう一度鏡で顔を確かめる。口紅のよれは直せても、意外と頬の赤みは残っている。でも、まあ、私を指名する人ならそんなこと気にしないだろう。
ドキドキする。誰かな。誰かな。重い遮光カーテンをくぐる。奥のボックス席へ歩く。
「こんばんは」
高い背もたれのソファ席に座っていたのは。
「通報するか?」
どこか不敵な笑みを浮かべた我が麗しの帝王様。
「え。なにしたんすか、真壁さん」
その向こうからひょいと顔をのぞかせたのは、ご存知モテパーマの営業部長殿。
「しませんよ。常務と営業部長さんがお揃いで、接待のご予定はなかったんですか?」
「自分の都合で断れる立場になったんでね」
「せっかくのラストに閑古鳥が鳴いてたなんて目もあてらんねーだろ」
「お気遣い痛み入りますー」
ついでに真壁さん拝んどこう。
「どうした?」
と、真壁さんが自分の頬を指してみせた。
「キャットファイトを少々」
「勝ったのか?」
「痛み分けです」
「織部らしい」
「何にしますか?」
「凛花さんのお好きに」
「では、当店のナンバーワン嬢もご一緒してよろしいでしょうか?」
「益子、任せた」
「承知しました。ナンバーワンってどっち? あの性悪?」
「性悪なんていませんよ。恋に悩める女の子はちょっと暴走しやすいんです。」
「なんだそれ。まあ、織部がいいならいいけど」
「責められる立場の真っ当な女じゃないし」
「二股女だもんな」
「やめて。図星を抉らないで」
「真壁さん、これでいいんですか?」
「ちょっと始め方を間違えただけだろ。大事なのは結果だ」
「かっこいい事言ってますけど、謂わば間男でしょ、あなた」
「やめて。真壁さんは悪くない」
「いや、別に悪くても構わない。訴えられようと別にいい。むしろ俺から言わせれば、あっちの方が間男だ。まあ、勝手に勘違いして五年間も不在だった俺が悪いんだ。織部の傷ついた心の癒しだったんだから感謝しなくちゃな」
「どっちもメンタルくそやば」
ちょっと失礼しますね、と席を立ち、桧山くんにユカリちゃんを呼んでもらうように軽く耳打ちする。
ユカリちゃんに変わって乃愛ちゃんがテーブルに着き、ユカリちゃんがこっちへ来た。
「やっぱ来たじゃん。凛花さん」
「好きなもの頼んでいいって」
「イエーイ。アタシもドンペリ飲みたーい。ピンクのヤツ」
ユカリちゃんが桧山くんに注文する。席に戻ると、ユカリちゃんは益子の隣に座った。
「もー。ユカリが案内してたのに、凛花さんのとこ行っちゃったから寂しかったんだよー?」
「えー。マジで? ごめんねー? ってか今日ユカリちゃんが俺の相手してくれんの?」
「違うよー。益子さんがぁ、ユカリの相手してくれるんでしょお?」
「またまた上手いね」
「えー。だってそうじゃん。ユカリは構ってほしいのに、意地悪言わないで」
じゃれる仔猫みたいにユカリちゃんは上目遣い気味に益子に絡んでいる。すごい。なんか、ユカリちゃんが益子のこと好きみたいに見える。
「凛花さん。見すぎ。俺をほっとくなよ」
「あっ。すみません」
用意された二本のうち一本のシャンパンに伸ばした手を制された。
「いい」
グラスを持たされ、薄紅色の液体が注がれる。真壁さんはそのまま自分の分も注いで、軽くぶつけた。そしてお互い一気に空にしてしまう。
「冷やさなくていいのか?」
新しい冷たいおしぼりを私に差し出す。
「当然の報いだと受け入れてますから大丈夫です」
「そうか。じゃあ、俺もツバメから一発くらいもらうか」
「それは、ないと思いますが」
「まあな」
「はい」
真壁さんが声をひそめた。
「実は、藤和に戻った時に益子から一発もらったんだ」
「え。」
「それで織部を追おうと決めた」
「そうなんですか」
チラッと益子の方を見る。ユカリちゃんと楽しんでいるけど、きっと、益子のことだからこっちに気を使ってくれているんだろうな。
「この後はどうするんだ?」
「後、とは?」
「そうだな。まずは今夜かな」
私は彼の肩に手を置き、そっと耳打ちする。
「一旦、お帰りになって、その後私の部屋に来てください。電話します」
不意をつかれたように、真壁さんが隙だらけの顔を見せた。
「ちゃんと、始めたいんです。あなたと」
「俺もだ」
真壁さんの頬が緩む。可愛いなあ。私もきっと、間違いなくだらしない顔をしている。
そして、真壁さんが顔を寄せ、私に耳打ちした。
「実を云うと、若いツバメはもうこない」
驚いて、私は言葉も次げず、彼を見返すだけ。
「か弱い男たちは話し合いとすこしの金銭で和解した」
「まさか……」
「物騒なことは何もない。どうしても気になるなら、彼に会いに行くか?」
「……いえ。結構です」
私を探し当てたくらいだ。きっと造作もない。彼はなんでもないように柔らかな笑みを浮かべ、再びシャンパンを注ぐ。
「これでもう邪魔は入らない」
「そう、みたいですね」
「まだなにかあるのか」
私は耳に唇を寄せ、小声で答える。
「この勤務時間が邪魔です」
「早退してしまえ」
彼らしくない答えに思わず噴き出してしまった。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました
小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」
二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。
第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。
それから二十年。
第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。
なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。
不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。
これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。
※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる