薔薇と猛獣。

小堀 健

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静かなる猛獣が秘める激情

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side楓

ーー「ほんで、襲ってしもた事を後悔しとると。アホやなぁ、楓。」

「アホじゃないもん。たすくの馬鹿。」

よく晴れた昼下がりの午後。
晴れていないのは俺の気持ちだけ…とか言ってみる。

「アホやろ。やってしもた事を後悔するくらいならするなっちゅうねん。ただでさえも俺らは後悔する事が多い人種やのに。」

「だって…」

アイツに俺の名前を呼ばれるとか思ってなかったから…気分が昂ぶっちゃったんだもん。

「ええか、楓。だってやないで?それをやってしもたが為に、金輪際そいつに関われんかもしれんのやで?」

「うぅ…」

ーー1学年上の先輩である佑こと本宮もとみや たすくと食べるお昼ごはん。
ほんの3日前に起こった出来事について相談すれば、案の定というかなんというか…
かなり説教をされている。


「ほんで?相手とはどんな感じなん?」

「どんな感じって…」

「まぁ、聞きよった感じやとあんまりいい方向には行かなさそうやったけど。」

呆れ顔の佑。
そんな佑の表情に、シュンとしながらも…3日前を思い出していた。



ーー「ん…っ、野上ぃ…っ」

ドクドクと俺の中で脈打つ野上のソレ。
熱いモノが下っ腹に溜まっていくのが分かる。

「はっ、熱…っ」

こいつ…遊んでそうなのに…
ーーいや、野上がそんな奴じゃないのは…分かる。
だてに一年も見続けていない。

尋常じゃない程の滾りを受けて、惚けている俺。
そこに響いた声は…まぁ、コイツらしいというか何というか。

ーー「…退け。」

腹の底から絞り出すように、怒りを抑えたような低い声で言う。

「アンタ…いつもこんなことしてんのか。最低だな。」

大人しく退いた俺を蔑んだ瞳で見下ろしながら、身支度を整えるとそう…吐き捨てる。

「…弟は、連れて帰りますから。」

振り返る事なく、そう告げて出て行く野上。
俺は追いかける気力なんて無くて。
ただただ去っていく後ろ姿を見つめてるしか出来なかった。

…馬鹿だな。
いつもなんて、してるわけ無いじゃん。
お前だからだよ。
お前だから…我慢が効かなかった。
でも…知らなかった。
最低なんていくらか聞いてきたのに、好きな奴の言葉だと…こんなに痛いなんて。

「ふ…、ぇ…っ」

痛い。
凄く痛い。
こんな辛いなら…無理矢理理性で抑えつけて…我慢すれば良かった。

年甲斐もなく泣き喚く俺。
涼真くんを連れて帰られた弟が、俺の異常事態に気づくまで泣き続けて。
泣き疲れた俺はそのまま眠り…
事後処理をしていなかったせいもあって、お腹を壊して…3日間大学を休んだ。


ーー「ホント、ごめんやで?もっかい言うけど、楓……アホやろ。」

「…アホじゃない。」

話終えると同時に突っ込まれる。
目の前に座る佑は心底呆れた顔をしている。

「襲ったってのを掘り下げたら処置してなくて腹壊したってコメディかっちゅうねん。さっきまでのシリアスは何処や。」

ハッ、と笑う。
…でもこれは笑われても仕方ない気はする。

「ここ数日見んなぁ思とったら、腹壊しとったとはなぁ。」

「自分でも馬鹿みたいだって思うよ。」

「まぁ、処理するん忘れる程、ソイツの言葉が痛かったっちゅー事やな。」

呆れ顔はそのままに、佑は優しく笑う。

「残念やなぁ、楓。俺やったらそんな想いせんで良かったのにな。」

「まぁ、佑を好きになれたら楽だろうね…」

少しの無言。
周りは賑やかなのに、俺たちの所だけ静かだ。

「なぁ、楓。」

「ん?」

「お前は…ソイツとどうなりたいんや?」

「どう?」

先に静寂を破ったのは佑。
いつになく真剣な顔で聞く。

「ソイツとこれから関われる様になれるかどうかはお前次第やで。可能性は99%無理でも、0やない。たった1%の可能性を追いかけてもいいんとちゃうか。」

「1%の可能性…」

「そうや。謝っても、許しを乞うて泣き喚いても、結果は変わらんかもしれん。けど、何もせんよりはえぇと思うで。」

言うと、最後の一口を頬張る。

「過去は変えられん。ほやけど、未来は変えられる。また繰り返すんかは自分次第や。」



side悠真

「なぁ、悠真。怒ってんの?」

「…怒ってない。」

泣きそうな顔をして俺を見上げる安永に答える。

「じゃあ何でそんな不機嫌なんだよ。」

「…別に。」

ぶうたれた顔をする良に答えれば、沢尻か!とまぁまぁ古いネタで突っ込んでくる。

「ここ3日くらい、悠真変じゃね?イライラしてるっていうか…」

構内を歩きながら、安永は振り返る。

「そうそう!絶対ここ数日の間に何かあっただろ!」

やいのやいの煩い良。
が、良が言っている事は当たってる。

3日前ーー
俺は襲われた。
大学内で薔薇の様だと例えられるやつに。
…男に。

【…嫌ってんの、知ってんだよ。】

俺に跨るあの人は、辛そうに笑った。
泣きたいのは襲われていた俺の筈なのに、俺よりも…泣きそうだった。

男に襲われただなんて嫌なはずなのに。
嫌いなやつなら尚更…嫌悪感があるだろうに。
何故か…無くて。
あるのは、あの日のあの人の熱さの記憶と。
吐息の甘さ。
そして…謎の胸の痛み。

(アンタは…何者なんだ…)

あの日の翌日に来ていれば、夢だったのだと思えたのに。
あの人ーー灰崎 楓が休んでいるから。
色々考えてしまって、この3日間灰崎 楓の事ばかり考えていた。


「あ、あれって灰崎 楓じゃね?」

「あ!本当だ。で、一緒に居るのは誰?」

「えーっと、確か4年の本宮って人だな。幼馴染?らしい。」

「へー。しっかし、あの人いつ見ても目立つよなー。」

安永と良の戯言を聞き流しながら…俺は、少し泣きそうな顔をしている灰崎 楓を見つめていた。


ーー「灰崎クン!君は~~…」

その日の午後。
歩いていると、突然耳に届いた名前。
…今、俺が一番敏感になっているであろう名前。
少し気になって振り向けば、そこにいたのは経済学の教授と…教授に壁際に追いやられているあの人。

「どうして~~君は~~」

細かい事は聞きとれない。
が、何となく普通な雰囲気でない事は分かる。
教授が嫌がるあの人に迫っているような…そんな雰囲気。

ジッと見つめていたせいか、不意にあの人と目が合う。

【た】【す】【け】【て】

俺の目がイカれてなければ、あの人はそう…口を動かした。
あの教授の雰囲気じゃ、なかなか離してくれないだろうし。
段々周りも不思議そうな顔して立ち止まり始めた。
…目立つ容姿っていうのも時には可哀想だ。

ーー「あの、鈴木教授。先ほど学生が経済学で聞きたい事があると、教授を探していたのですが。」

暗に、その人から離れろと。
伝えれば。

「何だね、君は。」

不機嫌と書かれた様な顔で睨まれる。

「2年の野上です。…鈴木教授?探されていましたよ?」

ニッコリと俺史上最高の笑顔を浮かべて言えば、何故かオドオドし始める。
人の笑顔見てビビるとか酷いやつだな。

「…あ、ありがとう野上くん。じゃあ、灰崎くん、また。」

そそくさと去っていく鈴木教授。
居なくなったのを確認すれば、チョンと袖を引っ張られる。

「あの…さ、助けてくれて…ありがと。」

俯き加減で言う、灰崎 楓。

「いえ。ただならぬ雰囲気だったので。」

「あの教授、ちょっと質問したら話が長いんだよね。捕まっちゃうと何十分も続くから。」

ははっと笑う。
が、その笑いはどこかぎこちない。
…質問、ねぇ。

「…ちょっと質問しただけには見えませんでしたけど。」

「え?」

「あんな風に迫られるなんて、アンタが何かしたんじゃないですか?」

言えば、キョトンとしていて。
何なんだ、その顔は。
…妙にイライラする。

「何かって…?」

「…俺にした事みたいに、卑猥な事をアンタがしてるんじゃないですか?してなくても卑猥なオーラが出てたりとか。」

思った事を言えば。

「お前…先輩に向かってよくいけしゃあしゃあとそんな事言えるな。」

不貞腐れるでは無く、笑う。

「…事実ですから。」

「卑猥なオーラが出てんの?俺。」

「まぁ、出てますね。」

「ハッキリしてんなー、お前。」

「よく言われます。」

「そっか。…何か…普通に話してくれて…ありがと。」

そう言って笑った灰崎 楓は。
いつものアイドルスマイルでも、この間の泣きそうな笑顔でも無くて。
心底嬉しそうに、はにかんでいて。
不覚にも可愛い…なんて思った俺は、確実に灰崎 楓に毒されている。



───[ね、あそこに居るのって灰崎くんだよね!一緒に居るの、誰かな?彼氏かな~?!]

[え?あの噂本当なの?!]

突如、聞こえてきた女学生の会話。
そちらを見れば、視線を逸らされる。

「あ…じゃ、もう行くから。助けてくれてサンキューな。あと、この間はごめん。」

女学生の会話が聞こえたせいか、唐突に話を切り上げて去ろうとする。

「…気にしてるんすか?」

右腕を掴んで、動きを止める。

「…何を。」

「噂です。」

そう言えば、振り返る。
が、振り返った灰崎 楓はそのキラキラした瞳に涙を溜めていて。

「…ちょっと来いよ。」

痛い、そんな感じの表情で言うと、空いている講義室まで誘導する。
俺が入ったのを確認すると、灰崎 楓は鍵を閉めて椅子に腰を降ろす。

「鍵、閉めたのは話の邪魔されたくないだけだから。警戒しなくていい。」

だから座れと促された。
俺が椅子に座ると、途端に視線を逸らす。

「…野上…俺の噂、知ってたんだ?」

ボソリと呟くと同時に顔を上げる。

「まぁ。…"灰崎 楓は誰にでも抱かれる"という噂なら。」

そう告げた瞬間、瞳が大きく揺れる。
動揺、してる。

「そっか、知ってたよな…はは、キモいよな、こんな奴と関わるとか。」

キュッと唇を結んで、何かを耐えるような表情。
…そんな顔、するなよ。
胸が…ジリジリと痛くなる。

「…別に、キモいとかは思いませんけど。ただ…気に食わなかっただけで。」

言えば、またしても見開かれる大きな瞳。

「…思わねぇの?てか気に食わないって…」

「思いません。…そりゃ誰だって好き勝手に体を弄られたら気に食わないでしょ。」

「…お前、変わってるって言われるだろ。」

ははは、と心底おかしそうに笑う。
…不思議だ。
さっきまで、嫌だと思っていた筈なのに。
今ではそんな感情も湧かなくなって。
違う感情が俺を支配していく。

…抱きしめたい。

ギュッと抱きしめて、逃したくない。
屈託無く笑うこの人を…独占したい。

「俺、お前に嫌われてると思ってたから。こうやって普通に話してくれて…凄く嬉しい。」

頬を赤に染めてハニカムように笑うから。

「…嫌いですよ。誰にでも体を開くような人なんか。」

そう言って、突き放す。
すると泣きそうになって…面白いくらいに変わる表情。

「でも、アンタは別。アンタは…嫌いな人種のハズなのに、俺の思考から消えてくれない。むしろ、知れば知るほど…触れたくなる。」

言いながら頬に触れれば、ビクリと揺れる。
そのまま顎を掬って、上を向かせる。

「何なんだよ、アンタは…。どうやったら俺の中から消えてくれんだよ…」

「ちょ、のがーー…」

灰崎 楓が言葉を発し終える前に、唇を塞ぐ。
初めて自分の意志で触れたそれは…自分と体格の変わらない男の物だというのが嘘みたいに、柔らかかった。

ーーなぁ、俺はどうすればいい?
あんなに嫌いだったのに。
男なのに…もっと触れたいと思う。
それにこんなに人を欲しいと思った事なんてない。
何処かに閉じ込めて…俺だけに愛させて欲しいだなんて。

こんな激しい感情が、自分の中にあるなんてーー思いもしなかった。
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