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揺らめく炎の向こう側、数字とアルファベット…数式の羅列と図形が溶けていく。
オレンジの炎の温かみを感じると、そのままで固まった身体も柔らかくなっていくような…
そんな錯覚すら覚えた。
「君っ、何してるの?!」
その声に、ビクリと身体を震わせ、慌てて立ち上がろうとするが、時間経過の感覚が薄れていたみたいで…
長時間しゃがんだままで痺れた身体は、当然のように後ろにゴロンと倒れた。
尻もちを着く俺に、声をかけてきたのは、トレーニングウエアを来た精悍な顔立ちの若い男。
「大丈夫?」
「あ、はい…」
「でもね、ここの公園…まぁ、ここじゃなくても…火遊びは、ダメだよ?」
爽やかな笑顔で叱責された。
「すいません…」
遊んでいたつもりは無いが…
見つかってしまった感が、謝罪に変わる。
小さな炎は、砂をかけられ、男の足でパタパタと消されてしまった…あっという間に。
「何燃やしてたの?テスト?0点でも取ったのかな?」
優しく問いかけてくる男は、これ以上叱る気は無いらしく、俺の半分燃えた焦げた匂いのする答案用紙を拾う。
「えっ?これ、点数…92点、89点…なんで?燃やさないといけないような点じゃないけど…」
本当に驚いている顔を向けられ、一瞬動揺する。
「いや、満点じゃないんで…」
「はっ?」
俺の声が小さかったのか、聞き返された。
「満点じゃないテストは、不要なんで…燃やしました…」
「えっ!なんで?92点なんて、充分頑張った成果だと思うけど?」
理解出来ないと顔に書いてある。
「いや、親が…満点以外は見せるな…って…」
それでも、今日の模試の結果は、大学受験の指標となるから、持ち帰るように言われていたのを、突然思い出す…
急激に顔面蒼白になった俺を、覗き込むようにして心配してくる。
「大丈夫?」
お人好しというか…
親切心なのかもしれないけど、もう、ほっといて欲しいんだけど……
そう言葉にしようとするのに、出るのは言葉ではなくて…
大粒の涙…だった。
自分なりに、本当に精一杯…
削られた、睡眠時間に遊ぶ時間…
心が緩む事はせず、やりたい事をセーブして、ずっとずっと勉強してきた。
毎日毎日、学校と塾と家の往復の日々、閉じ込められた世界で。
ゴールがどこかにあると、自分に思い込ませて。
なのに返却された答案用紙には…
どれも満点には届いてない2桁の点数が記されていた。
3桁しかダメなのに……
小・中学校までは、難なく取れた満点が、高校に入ると徐々に取れる回数が減ってしまい…焦れば焦る程、凡ミスも増え……だからこそ神経をとがらせてテストに望んでいたのに……
家に向くはずの足が、反対方向の公園に向かい…
落ちていたライター。
使えないと思ったライターから、弱い炎が出て…それを答案用紙に、そっと乗せたのだ。
「どうしよう…帰れない。持ってか帰らないとイケナイのに…これ。」
目の前に歪んで見える焦げた答案用紙を睨む。
「うーん、そうか…うん!よし、ウチに来よ!すぐそこだから!あ、怪しい者じゃないからね!俺は消防士だから……仕事柄…火はほっとけなくて…あ~、これ見て…変な人じゃないから!」
と、胸から取り出し、シルバーのタグネックレスを見せてくれた。
なんか、映画とかで見た事あるような…
何かあった時、自分を証明する為のタグ。
ほらほらコッチ…と、手を引かれるままに。
強い優しさを持った眼差しを向けてくれる人と、夕焼けの存在が……眩しくて目をつぶる。
溜まった涙を落とすように、瞼を閉じながら。
目の前には、木々の繁る門扉の向こうに灯りの点った古風な日本家屋が…
表札には、『円月』の文字。
鍵を回すと、ガチャリと音が鳴り、ガラガラと引き戸を開ける。
「ただいま~」
室内に声を掛けると、トトトッと駆けてくる軽い足音がした。
「かずみちゃ!」
「ただいまぁ、詩」
「だれっ?」
「パパの友達だよ…えっと、名前?」
自分の事、パパって言ったな…
この人の子供?。
「南條……玲央」
「玲央、どうぞ上がって」
いきなりの呼び捨てに驚きつつも、その後ろを付いて行った。
小さな女の子が、目を大きく開くと、俺を見てる…遠慮とか全く無しの視線。
「れお~ないたの?いたぁいの?」
心配そうに覗いてきて…
俺は思わず目元をゴシゴシと拭った。
「大丈夫…」
小さく返す。
案内された居間には、もう1人…小学校高学年くらいの子供が居た。
「ただいま~凪!勉強か!本当にいつも偉いな~」
凪と呼ばれた眼鏡姿の男の子は、机から目線をチラと俺に移して、溜息をついた。
「ねぇ、一海さん、また、偽善者もどきの事したの?」
「いつもながら、きついな…凪は。俺は、人助けが仕事だから!」
「いや、今…仕事じゃないですよね?トレーニングしに行ったのに…拾って来たの?この間は猫で、今日は人…」
「だってなぁ、困ってる人は、ほっとけないだろ?」
2人の漫才みたいな会話を聞いてると、段々と気持ちが落ち着いて来た。
なんとなく2人を眺めていると……
「いや!こんな事を話してる場合じゃない!」
彼は、スマホを取り出すと…どこかに電話をかけ始めた。
「あ、拓真?お前のとこの塾も高校の全国一斉模試やった?そう、それ。白紙の答案用紙余ってないか?あ、それ!ちょっと、大至急、家まで持ってきてくれ、頼むわ!」
俺の焦げた答案用紙を見ながら、うんうんと頷きつつ、会話が進んでいた。
通話を終えると、俺の頭をクシャっと撫でた。
「もう、大丈夫だ!安心しな!イケメンのヒーローが助けに来るぞ」
笑顔で親指を立てられた。
そこへ、ヨタヨタと今にも転けそうに、湯のみをお盆に乗せてやってきたのは、さっきの女の子だ。
お盆には、零れたお茶でビタビタの湯のみ…
「おちゃ…どぞ。のんで」
お盆ごと、ゴトン!と置かれ、さらに零れ…中身は半分も無い。
俺が飲むのを待ち、もの凄く期待の眼を向けてくる。
俺は仕方なく…
湯のみを持ち上げる…ポタリと水滴が落ちる。
「あ、りがとう…」
「さすがだなぁ~詩は、おもてなしの心が、素晴らしいな!」
全力で褒めている彼は、女の子の頭もヨシヨシと撫でている。
俺に対してと変わらないやり方を見て…完全この子と同じ子供扱いなんだな…俺。
しばらく、身の置き所に困りながらも…お茶をチビリチビリと飲む。
その間も、穏やかに声をかけてくる男に、俺は…素直な態度がどうしても取れなかった。
「おい!一海!!持ってきてやったぞ!」
玄関で声がしたと思ったら、ドスドスと大きな足音と声と共に襖がバンと開いた。
「おー、助かるわ、神様!拓真様!」
「これ、何すんだ?貸しだぞ…まぁ、キス1つでも良いけど?」
とんでもないオーラを放ち、迫力のあるイケメンが、一海さんの腰を抱きながら迫っている。
え?と思わず、凝視していると、そのイケメンが
「見てんじゃねぇ…え?誰?このガキ」
「キスは無理だな、また、ご飯でも奢るから…な?この子は玲央、答案用紙は、この子に必要なんだ、本当に助かったよ」
やんわりと身体を押し戻し、離れる一海さんは、俺に向き直る。
「玲央、回答…覚えてるか?自分が、なんて書いたか…」
「はい」
「じゃ、ちょっと書いてみて。あとは、このお兄さんが丸付けしてくれるから」
「は?なんで?」
「頼むよ!お前なら、サラッと丸つけ位出来るだろ?」
と、不機嫌な顔も麗しいイケメンを宥めている一海さん。
「よし、それなら今度、飲むぞ…家呑みな!貸しはそれでチャラだ…」
「え、いや、えっと…それは…」
何故だか、モゴモゴと言い淀んでいる一海さんを横目に、俺は答案用紙を埋めにかかる…
間違ってるとこもキッチリ埋めて…
ここで満点にしたところで、データとして、後で上がってくるから…意味無いんだよな。
そういう事が分かる程度には、冷静さを取り戻していた。
「お願いします…」
ボソッと言うと、見目麗しい塾講師に答案用紙を渡した。
「へいへい、やったらいいんだろ?」
ペコりと儀礼的なお辞儀すると、隣は、俺よりも真剣に大きく頷く一海さんが居た。
瞬く間に丸つけされた答案用紙には、またしても同じ点数が付けられた。
それを見ると思わず溜息が出る。
「丸つけさせといて、溜息ってなんだ?てか大体、お前は、誰なんだ?」
「あ、いや…すいません」
謝る俺の隣で、一海さんが
「この子は、南條玲央!友達になったんだよ…まぁ、さっきだけどな」
「は?高校生と友達?お前は…また、なんか人助けとかなんとか、変な慈善事業始めたのか?そのうち……絶対、詐欺に合うわ!それか、変なストーカーに付きまとわれるとか…そうなる前に、俺と付き合え!」
「いや、拓真のことは、友達としか…そもそも俺は、何より既婚者だ!」
「はっ、既婚者ねぇ?変な女に引っかかって、コイツら押し付けられたんじゃねぇか!」
前に居る2人の子供を指差してる。
目の前では、愛の押し売りが行われていた。
押しの強い超絶イケメンと、爽やかイケメンの押し問答は、全然色っぽさが無かった。
色恋というより、兄弟喧嘩に近い。
「何度も言ってるけど、この子達は、もう、俺の子だ!」
「はぁ?血も繋がって無いのに、まだ、そんな事言ってんのか?」
ここまで話を何となく聞いていて…
この家庭の全容が見えてしまった。
人様の家庭事情など、知りたくも無かったが、目の前で繰り広げられては…
防ぎようも無かった。
それにしても…
一海さんは、思った以上のお人好しというか…
大丈夫かな?この人……と、高校生の俺ですら、心配になった。
「ほらっ!見てみろ!先程お友達になりたてホヤホヤ玲央くんが、この人、大丈夫かな?って目で見てるじゃねぇか!」
え?バレたのか……?
「えぁっ?玲央までか?」
「あ、まぁ…いや、俺が言うのも何ですけど…この子達とは…親子では無いんですか?」
「いや!親子だよ!奥さんは……まぁ、確かに…どっか行っちゃったけど…血は…繋がって無くても、俺の子!」
溜息をついて発言するのは、先程の眼鏡小学生。
「一海さん…本当に感謝は、してますけど…僕も貴方を心配してます。母さんは、悪い人じゃないけど、自由に生きる人なんで。一海さんは、かなり信頼出来る人と判断されて、僕ら預けられた感じですから。もしかすると、戻ってこないかも……ですよ?」
どうやら、この子供達の母親は、行ってきます!と意気揚々、何処かへ…出かけたきり、帰って来ないらしい。
子供達は、前の旦那さんと、前の前の旦那さんの子供で、2人は父親が違うとか。
しかも、付き合って3ヶ月、結婚して3ヶ月後の話…
あっという間に、血の繋がりの無い子供と残された父親。
悪夢だと思うんだが…
一海さんは、全く挫けていない所か、かなり自信満々に家族愛を信じている。
「あ、あの……すいません俺…帰ります」
「帰り道分かるか?」
「大丈夫です……、ご迷惑おかけしました」
深く頭を下げると、また頭を撫でられた。
「いいんだよ!また、帰りたくない時とか、来たらいいし。俺も夜仕事で遅くなる時、玲央が居たら助かるし、それってウィンウィンだろ?」
「いや、ちょっと、警戒心無さすぎじゃないですか?」
「玲央は、怪しいヤツなのか?」
「それは無いと思いますけど…」
「な、また来い!火遊びするくらいなら、うちに来たらいい!」
焦げてしまったのと交換してもらった新しい答案用紙と共に…
満面の笑みで送り出された。
助けて貰って、奇跡的に元通りになった答案用紙だったが…
見るなり、母親には鼻で笑われた……心は一気に冷えたが、怒られずに済んだことには、ホッとした…
同時に、一海さんの包み込むような笑顔を思い出した。
少し強引だけど、他人の俺を本気で心配してくれた一海さんに…
そして、あの緩やかな空間に憧れみたいな感情。
そんな別世界に逃げ道を探してるみたいな事を思っている自分が居る事を認めれなかった…
今日会ったばかりの人達に、再び会いに行く理由も無いし…
迷惑もかけたし。
また来ても良いと言われても……
それじゃ行こう!なんて、素直になんてなれない俺だし。
「し」の結句反復法みたいに理由を並べた。
オレンジの炎の温かみを感じると、そのままで固まった身体も柔らかくなっていくような…
そんな錯覚すら覚えた。
「君っ、何してるの?!」
その声に、ビクリと身体を震わせ、慌てて立ち上がろうとするが、時間経過の感覚が薄れていたみたいで…
長時間しゃがんだままで痺れた身体は、当然のように後ろにゴロンと倒れた。
尻もちを着く俺に、声をかけてきたのは、トレーニングウエアを来た精悍な顔立ちの若い男。
「大丈夫?」
「あ、はい…」
「でもね、ここの公園…まぁ、ここじゃなくても…火遊びは、ダメだよ?」
爽やかな笑顔で叱責された。
「すいません…」
遊んでいたつもりは無いが…
見つかってしまった感が、謝罪に変わる。
小さな炎は、砂をかけられ、男の足でパタパタと消されてしまった…あっという間に。
「何燃やしてたの?テスト?0点でも取ったのかな?」
優しく問いかけてくる男は、これ以上叱る気は無いらしく、俺の半分燃えた焦げた匂いのする答案用紙を拾う。
「えっ?これ、点数…92点、89点…なんで?燃やさないといけないような点じゃないけど…」
本当に驚いている顔を向けられ、一瞬動揺する。
「いや、満点じゃないんで…」
「はっ?」
俺の声が小さかったのか、聞き返された。
「満点じゃないテストは、不要なんで…燃やしました…」
「えっ!なんで?92点なんて、充分頑張った成果だと思うけど?」
理解出来ないと顔に書いてある。
「いや、親が…満点以外は見せるな…って…」
それでも、今日の模試の結果は、大学受験の指標となるから、持ち帰るように言われていたのを、突然思い出す…
急激に顔面蒼白になった俺を、覗き込むようにして心配してくる。
「大丈夫?」
お人好しというか…
親切心なのかもしれないけど、もう、ほっといて欲しいんだけど……
そう言葉にしようとするのに、出るのは言葉ではなくて…
大粒の涙…だった。
自分なりに、本当に精一杯…
削られた、睡眠時間に遊ぶ時間…
心が緩む事はせず、やりたい事をセーブして、ずっとずっと勉強してきた。
毎日毎日、学校と塾と家の往復の日々、閉じ込められた世界で。
ゴールがどこかにあると、自分に思い込ませて。
なのに返却された答案用紙には…
どれも満点には届いてない2桁の点数が記されていた。
3桁しかダメなのに……
小・中学校までは、難なく取れた満点が、高校に入ると徐々に取れる回数が減ってしまい…焦れば焦る程、凡ミスも増え……だからこそ神経をとがらせてテストに望んでいたのに……
家に向くはずの足が、反対方向の公園に向かい…
落ちていたライター。
使えないと思ったライターから、弱い炎が出て…それを答案用紙に、そっと乗せたのだ。
「どうしよう…帰れない。持ってか帰らないとイケナイのに…これ。」
目の前に歪んで見える焦げた答案用紙を睨む。
「うーん、そうか…うん!よし、ウチに来よ!すぐそこだから!あ、怪しい者じゃないからね!俺は消防士だから……仕事柄…火はほっとけなくて…あ~、これ見て…変な人じゃないから!」
と、胸から取り出し、シルバーのタグネックレスを見せてくれた。
なんか、映画とかで見た事あるような…
何かあった時、自分を証明する為のタグ。
ほらほらコッチ…と、手を引かれるままに。
強い優しさを持った眼差しを向けてくれる人と、夕焼けの存在が……眩しくて目をつぶる。
溜まった涙を落とすように、瞼を閉じながら。
目の前には、木々の繁る門扉の向こうに灯りの点った古風な日本家屋が…
表札には、『円月』の文字。
鍵を回すと、ガチャリと音が鳴り、ガラガラと引き戸を開ける。
「ただいま~」
室内に声を掛けると、トトトッと駆けてくる軽い足音がした。
「かずみちゃ!」
「ただいまぁ、詩」
「だれっ?」
「パパの友達だよ…えっと、名前?」
自分の事、パパって言ったな…
この人の子供?。
「南條……玲央」
「玲央、どうぞ上がって」
いきなりの呼び捨てに驚きつつも、その後ろを付いて行った。
小さな女の子が、目を大きく開くと、俺を見てる…遠慮とか全く無しの視線。
「れお~ないたの?いたぁいの?」
心配そうに覗いてきて…
俺は思わず目元をゴシゴシと拭った。
「大丈夫…」
小さく返す。
案内された居間には、もう1人…小学校高学年くらいの子供が居た。
「ただいま~凪!勉強か!本当にいつも偉いな~」
凪と呼ばれた眼鏡姿の男の子は、机から目線をチラと俺に移して、溜息をついた。
「ねぇ、一海さん、また、偽善者もどきの事したの?」
「いつもながら、きついな…凪は。俺は、人助けが仕事だから!」
「いや、今…仕事じゃないですよね?トレーニングしに行ったのに…拾って来たの?この間は猫で、今日は人…」
「だってなぁ、困ってる人は、ほっとけないだろ?」
2人の漫才みたいな会話を聞いてると、段々と気持ちが落ち着いて来た。
なんとなく2人を眺めていると……
「いや!こんな事を話してる場合じゃない!」
彼は、スマホを取り出すと…どこかに電話をかけ始めた。
「あ、拓真?お前のとこの塾も高校の全国一斉模試やった?そう、それ。白紙の答案用紙余ってないか?あ、それ!ちょっと、大至急、家まで持ってきてくれ、頼むわ!」
俺の焦げた答案用紙を見ながら、うんうんと頷きつつ、会話が進んでいた。
通話を終えると、俺の頭をクシャっと撫でた。
「もう、大丈夫だ!安心しな!イケメンのヒーローが助けに来るぞ」
笑顔で親指を立てられた。
そこへ、ヨタヨタと今にも転けそうに、湯のみをお盆に乗せてやってきたのは、さっきの女の子だ。
お盆には、零れたお茶でビタビタの湯のみ…
「おちゃ…どぞ。のんで」
お盆ごと、ゴトン!と置かれ、さらに零れ…中身は半分も無い。
俺が飲むのを待ち、もの凄く期待の眼を向けてくる。
俺は仕方なく…
湯のみを持ち上げる…ポタリと水滴が落ちる。
「あ、りがとう…」
「さすがだなぁ~詩は、おもてなしの心が、素晴らしいな!」
全力で褒めている彼は、女の子の頭もヨシヨシと撫でている。
俺に対してと変わらないやり方を見て…完全この子と同じ子供扱いなんだな…俺。
しばらく、身の置き所に困りながらも…お茶をチビリチビリと飲む。
その間も、穏やかに声をかけてくる男に、俺は…素直な態度がどうしても取れなかった。
「おい!一海!!持ってきてやったぞ!」
玄関で声がしたと思ったら、ドスドスと大きな足音と声と共に襖がバンと開いた。
「おー、助かるわ、神様!拓真様!」
「これ、何すんだ?貸しだぞ…まぁ、キス1つでも良いけど?」
とんでもないオーラを放ち、迫力のあるイケメンが、一海さんの腰を抱きながら迫っている。
え?と思わず、凝視していると、そのイケメンが
「見てんじゃねぇ…え?誰?このガキ」
「キスは無理だな、また、ご飯でも奢るから…な?この子は玲央、答案用紙は、この子に必要なんだ、本当に助かったよ」
やんわりと身体を押し戻し、離れる一海さんは、俺に向き直る。
「玲央、回答…覚えてるか?自分が、なんて書いたか…」
「はい」
「じゃ、ちょっと書いてみて。あとは、このお兄さんが丸付けしてくれるから」
「は?なんで?」
「頼むよ!お前なら、サラッと丸つけ位出来るだろ?」
と、不機嫌な顔も麗しいイケメンを宥めている一海さん。
「よし、それなら今度、飲むぞ…家呑みな!貸しはそれでチャラだ…」
「え、いや、えっと…それは…」
何故だか、モゴモゴと言い淀んでいる一海さんを横目に、俺は答案用紙を埋めにかかる…
間違ってるとこもキッチリ埋めて…
ここで満点にしたところで、データとして、後で上がってくるから…意味無いんだよな。
そういう事が分かる程度には、冷静さを取り戻していた。
「お願いします…」
ボソッと言うと、見目麗しい塾講師に答案用紙を渡した。
「へいへい、やったらいいんだろ?」
ペコりと儀礼的なお辞儀すると、隣は、俺よりも真剣に大きく頷く一海さんが居た。
瞬く間に丸つけされた答案用紙には、またしても同じ点数が付けられた。
それを見ると思わず溜息が出る。
「丸つけさせといて、溜息ってなんだ?てか大体、お前は、誰なんだ?」
「あ、いや…すいません」
謝る俺の隣で、一海さんが
「この子は、南條玲央!友達になったんだよ…まぁ、さっきだけどな」
「は?高校生と友達?お前は…また、なんか人助けとかなんとか、変な慈善事業始めたのか?そのうち……絶対、詐欺に合うわ!それか、変なストーカーに付きまとわれるとか…そうなる前に、俺と付き合え!」
「いや、拓真のことは、友達としか…そもそも俺は、何より既婚者だ!」
「はっ、既婚者ねぇ?変な女に引っかかって、コイツら押し付けられたんじゃねぇか!」
前に居る2人の子供を指差してる。
目の前では、愛の押し売りが行われていた。
押しの強い超絶イケメンと、爽やかイケメンの押し問答は、全然色っぽさが無かった。
色恋というより、兄弟喧嘩に近い。
「何度も言ってるけど、この子達は、もう、俺の子だ!」
「はぁ?血も繋がって無いのに、まだ、そんな事言ってんのか?」
ここまで話を何となく聞いていて…
この家庭の全容が見えてしまった。
人様の家庭事情など、知りたくも無かったが、目の前で繰り広げられては…
防ぎようも無かった。
それにしても…
一海さんは、思った以上のお人好しというか…
大丈夫かな?この人……と、高校生の俺ですら、心配になった。
「ほらっ!見てみろ!先程お友達になりたてホヤホヤ玲央くんが、この人、大丈夫かな?って目で見てるじゃねぇか!」
え?バレたのか……?
「えぁっ?玲央までか?」
「あ、まぁ…いや、俺が言うのも何ですけど…この子達とは…親子では無いんですか?」
「いや!親子だよ!奥さんは……まぁ、確かに…どっか行っちゃったけど…血は…繋がって無くても、俺の子!」
溜息をついて発言するのは、先程の眼鏡小学生。
「一海さん…本当に感謝は、してますけど…僕も貴方を心配してます。母さんは、悪い人じゃないけど、自由に生きる人なんで。一海さんは、かなり信頼出来る人と判断されて、僕ら預けられた感じですから。もしかすると、戻ってこないかも……ですよ?」
どうやら、この子供達の母親は、行ってきます!と意気揚々、何処かへ…出かけたきり、帰って来ないらしい。
子供達は、前の旦那さんと、前の前の旦那さんの子供で、2人は父親が違うとか。
しかも、付き合って3ヶ月、結婚して3ヶ月後の話…
あっという間に、血の繋がりの無い子供と残された父親。
悪夢だと思うんだが…
一海さんは、全く挫けていない所か、かなり自信満々に家族愛を信じている。
「あ、あの……すいません俺…帰ります」
「帰り道分かるか?」
「大丈夫です……、ご迷惑おかけしました」
深く頭を下げると、また頭を撫でられた。
「いいんだよ!また、帰りたくない時とか、来たらいいし。俺も夜仕事で遅くなる時、玲央が居たら助かるし、それってウィンウィンだろ?」
「いや、ちょっと、警戒心無さすぎじゃないですか?」
「玲央は、怪しいヤツなのか?」
「それは無いと思いますけど…」
「な、また来い!火遊びするくらいなら、うちに来たらいい!」
焦げてしまったのと交換してもらった新しい答案用紙と共に…
満面の笑みで送り出された。
助けて貰って、奇跡的に元通りになった答案用紙だったが…
見るなり、母親には鼻で笑われた……心は一気に冷えたが、怒られずに済んだことには、ホッとした…
同時に、一海さんの包み込むような笑顔を思い出した。
少し強引だけど、他人の俺を本気で心配してくれた一海さんに…
そして、あの緩やかな空間に憧れみたいな感情。
そんな別世界に逃げ道を探してるみたいな事を思っている自分が居る事を認めれなかった…
今日会ったばかりの人達に、再び会いに行く理由も無いし…
迷惑もかけたし。
また来ても良いと言われても……
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「し」の結句反復法みたいに理由を並べた。
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