ブルージェリーフィッシュ

あさぎ いろ

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ある日…
父さんに願い出る事にした。
「塾を変えたいんだけど…」
「は?」
恐怖と闘い…末端まで冷える身体を震わせながらも…
「成績、上がらないから……反省して、自分で探した…ここの塾に行きたい」
チラシを渡す。
俺の言葉に、目を見張り
「そうか、お前もやっと、やる気になったか…あー、ここか、第2候補だった所だ…どうせ成績は停滞してるし、まぁいい、変えてみるか…試しだ」
飛び上がって喜びそうになる心を納めて、よろしくお願いします。
と、頭を下げた。
満足そうな父親の顔が目の前にあった。



初めての教室に入る。
全く知らない人ばかりだし、みんなが賢そうに見える。
俺は、空いてる席を探してキョロキョロした。
1番後ろのに1つだけ見つけて…
そこに座った。
時計を見る。始まる時間が来た。
ドキドキと、心臓が高鳴る。

「おー、始めるぞ…なんか、今日から新しいヤツが、入ったらしい………は?え?」
名簿を見てから、ガバッと顔を上げる。見渡して…
ガッチリと視線が会う。
俺は会えた嬉しさでニヤけそうになる顔を…腿をつねる事で抑えた。

「南條   玲央くんだ…」
俺は立ち上がり、お辞儀した。

そう、俺は…拓真さんの塾に入塾したのだ。
これを思い付いた時の喜びと、父親に言うまでの不安は言い知れない…

これからは、月水金の週に3日は会える…堂々と、ここで。
拓真さんは理系担当なので、英語も取ってる俺は、他の週2日は、違う講師のクラスだ。

喜んでるのは、俺だけだろう事は、悲しくなるから、そっと置いておく。

受けてみて、分かった、拓真さんの授業は、本当に要点が分かりやすく…
そして、何より、みんなが質問したり、進んで考えを発表したり、活気のある授業だった。

俺の居た塾は、合格者数を全面に掲げる所で、覚えなければならないこと、入試に出る問題を一方的に講師が話し、それをノートに取りながら聞く、ペンの滑る音、シャーペンのカチカチと繰り出される音のみの、ピリピリとした空気流れるの静かな授業で。
ここは、全く違っていて、とにかく新鮮だった。

出された問題を各々で解く間、拓真さんは、みんなの席の間を見回る。
たまに、手を挙げてる子の所に寄っている。
分からなければ、聞いてもいいみたいだ。
俺は出された問題を解くために、下を向いていた。
頭にポンと手が置かれた、顔を上げる。
目が合う拓真さんから、柔らかな笑みを貰って、少し照れて下を向くと、大きめの蛍光色の付箋が、ノートに貼られていた。

『心配したぞ!
良く来た!
任せとけ!』
3行だけの端的なメッセージ。
力強く、綺麗な文字が並んでいる。

俺にとっての最後の不安が、さらりと解消された。
もしかして、俺の入塾が拓真さんには、迷惑かもしれない…という事。

顔を上げると、イタズラっ子のようにニヤリと笑う拓真さん。

勉強頑張ろ…というか、これは…なんか、自然に頑張れる!と思った。


一番後ろの席…遠いと思ったけど…
いいじゃん!ここ!と思った。
理由は、とにかく拓真さんを密かに眺められる事。
長めの前髪をうっとしそうにかき上げられる仕草。
目を伏せてテキストを読む真剣な顔。
生徒に大しての優しい眼差し。
見た事の無い、拓真さんを盗み見ては幸せな時間を噛みしめた。

分からない問題があり、手を挙げると、スっと来てくれ、俺の机の前にしゃがみこんで、ヒントを指差して説明してくれる。
上から見る拓真さんの長い睫毛を眺めて、本当に綺麗だな…と思った。

満足感でいっぱいの塾の時間を過ごし、家に帰ると…
メッセージが来た。
『おい、先に言えよ(笑)ビックリしたわ!!またな!』
拓真さんからだった。

大事にペンケースにしまっていた拓真さんからの付箋を取りだす。
眺めてから…
ノートの内側に貼り付けた。



塾を変えてから…
俺は見る間に、テストの点数が上がった。
俺自身も、そんなに変わるとは思って無くて…驚いた。

満点を取らないと怒られるから…という理由からの勉強とは違い、理解の上で難問が解けることへの喜び、それを知った事が大きいのだろう。
解くチカラが付くと、解くまでの時間が早くなり、より一層、解く問題数が、増えるから、経験値が上がる。更に学力が上がる…という。
プラスの循環の渦で、俺の心もどんどん軽くなった。

「玲央は元々の土台が出来てるからな、問題を苦しみながら解いてたのが、探究心で解くようになっただけ変換で、当然の結果だ。良く頑張ったな。」
これは、満点の答案用紙を貰って驚いている俺に、帰り際に拓真さんがくれた言葉。


拓真さんが、褒めてくれる事が…
やる気に繋がってるのは間違いなくて、俺の中では、それが1番大きい。

努力に対しての否定はしない…
間違いを、何故間違ったのか、的確に訂正してくれる。
そして、より理解力を上げる為のサポートをしてくれる拓真さんは、人気の講師だった。
最初、俺は…拓真さんの美貌で、女の子達が群がっているのだと思っていた…
全然違った…男子も女子も、褒めて欲しいところ、認めて欲しいところを、励まして欲しい時に言ってくれ、頑張るチカラを与えてくれる拓真さんを慕っているのだと。


夏休みも変わらず勉強勉強の毎日だった、お盆の真っ只中にもかかわらず、授業がある。という塾からのお便りの通りに教室に入った。
あれ?
誰も居ない…
時計を見る。開始時刻まで10分。
いつもなら、パラパラと来てる他の生徒の姿が無い。
そういえば、他の教室は、電気が消えてて…ここしか、ついてなかった。
どうしてかな…と思っていたら…

「は~い、特別夏期講習行きますか?」
「え?は?」
いつものスーツ姿と違う普段着で現れた拓真さんに、ポカーンとなる俺。
「はい、今日は…円月家にて特別講習会という名のかき氷パーティです!」
「え?でも、お便り…来てました」
「あ、あれな、俺のお手製のヤツで、玲央にしか配ってない、架空のお便り!アイツら、玲央に会わせろ!お前だけズルい!とか散々言ってきやがってな!」
してやったりな顔でフフフンと笑われた。
「あのな、それに。お前…さすがにお盆は、みんな休むぞ…講師もな」
呆れたように言われた。

俺は久しぶりにみんなに会える事が、たまらなく嬉しかった。

「…それに…あと、嫁帰ってきたらしいわ…」
と、溜息と共に、ボソリ呟かれた。
え?一海さんの奥さん、戻ったんだ?!
かなり変わった人みたいで、子供を置いてくのは、本当に酷いけど…
一体どんな人なのか、好奇心から若干会ってみたいと思っていた。
「そんなワクワク顔するなよ…」
苦虫を噛み潰したような顔もまた、美形がすると…絵になるもんだな…と。


数ヶ月ぶりの円月家は、さっそくのお出迎えが…
「れお、げんきか?おかしくれ」
「あっ、ごめん…今日はお菓子無いんだよ…」
ものすんごく残念そうな顔をされる…
俺を、じゃ無くて…待ってたのは…
俺の持ってくるコンビニスィーツなんじゃないか……と落ち込みかけた。
が!詩ちゃんの喜ぶ顔が見たい俺は、
コソッと、
「俺、後で…コンビニ行ってきます…」と拓真さんに告げる。
「甘いなぁ…お前…」
本日2度目の呆れ顔を拝む。


「玲央くん?!元気だった?本当に本当に、会いたかったよ~!」
一海さんがやって来て、玄関先も何だから、入って入って!と、促された。

久しぶりに足を踏み入れたこの家は、やはり、穏やかな空気が流れている。

小柄な女性が立ち上がる。
「初めまして、紗良です」
えらく陽に焼けた人で、タンクトップが良く似合い、とにかく全開の笑顔。
まるで…太陽な様な人…よく言われる例えだが、まさにソレだった。

隣りに立つ一海さんは、本当に嬉しそうで…
あー、本当にこの人が好きなんだ…と丸わかりの顔をしていた。
俺は、気になって…
2人を見てる拓真さんに目を向けた。
やれやれ…みたいな顔。
良かった…
悲しそうな顔をされてたら、どうしていいのか分からなかった。

「いやぁ…言ったつもりだったんだけどな…遠洋漁業に行くって…」

「は?い?」
なんて言った?この人…もしかして、あの、いわゆる…マグロ漁船とか?

「聞いてないよ~紗良さん!もう、帰ってこないかと思った…」
「いや、子供残して逃げたりしないし!今度、店開く為の軍資金稼ぎ…って。うーん、言わなかったっけ?」

「一海さん…諦めた方が良い…この人、こういう人……」
凪くんからの諦めの発言。

詩ちゃんは、ニコニコして、紗良さんの膝に乗ってるし、凪くんも、どこか安心したような表情に見える。

これで、やっと、円月家は落ち着くの…だろう……多分。

良かったと思う一方で…
俺は、拓真さんが、気になって仕方ない、一海さんへの想いは…どうなるのだろう…8年もの片思い。

俺は…拓真さんの事が好きなんだと思うけど…決して、振り向いて貰えるなんて思って無い。
むしろ…最近は…
好きな人が出来ると、こんなに生活が明るくなるんだと…
姿を頭に浮かべるだけで…キュンとなる…少女漫画みたいな…事、あるんだ!って新しい発見の連続だったから。



かき氷パーティの前に、昼ごはん食べよう!ってなって…
これから、漁師に伝授された腕で、刺身をさばく!と張り切る紗良さん…
少し時間がかかるらしいので、俺はコンビニに行く事にした。

玄関から出ると…
拓真さんが一緒に歩き出した。
「俺も…」
2人で、真夏の重たい陽射しを受けながら…コンビニまでの数分、
「玲央、お前は、好きなヤツとか居るのか?」
急に何を言い出すんだ!
動揺を隠しながら…まさか、アナタです…とは言えないので…言葉を探す。

「あー、えっと…まぁ」
「マジか?!告白とかするのか?お前、イケメンだし、根が真面目だから、どんな女の子も告白されたら、首を縦に降るかもな…」
「いや、しないです。相手には、片思いの相手がいるみたいなんで…それに、俺は好きなだけで…幸せなんで、良いんです」
「玲央、お前は…相変わらず…欲が無い…もっと、自分の中と会話しろよ?」
それは…難しい。

俺は思い切って聞いてみようと、
「それより…拓真さんはどうなんです?奥さん帰って来たし…なんか、割と憎めない人ですよね…紗良さん」

はぁ~って、大きな溜息と共に
しゃがみこみ込まれた。
頭を抱える拓真さん。
俺もしゃがんで、覗き込む。

「それ、それよ!紗良さん、割と良い奴…しかも、一海が…何より幸せそうなんだよ…」
「諦めるんですか?ここまできて…」
「お前は…ほんと、どっちなんだよ、応援したいのか、諦めさせたいのか…」
「分かんないです。ただ…俺は、好きな気持ちって…理由があっても止めれないなぁ…って、最近気付いて」
「言うね…カッコイイわ…それ。でもな…片想いも疲れてきたのもあるし…なんか、一海とは、若干、兄弟みたいな感じに思えてきてな…」
「なるほど…確かに、一海さんと翔太さん、少し兄弟ぽいですよ…」

少しだけ沈黙が流れる。

「あとな……最近、ちょっとだけ…気になる奴が…出てきててさ……」
「えっ?」
それは、聞き捨てならない。
別の誰か??一海さんなら、何となく許せる気がしたいたのに。
でも…それって、実らない恋だと分かっているから…か。
そう思ってる自分に気付いて、ハッとした。
俺、結構酷いな…
片想いしてる拓真さんなら…誰かのモノにならない…から、ずっと一海さんを好きで居たら良いなんて思ってる。

「なんだ?急に黙り込んで…もしかして、しんどいのか?熱中症とかか?」
汗の垂れる俺のおでこに、拓真さんの掌が、触れる。
触れたれた事で、急に身体に電気が走ったみたいになって、動揺してしまった。
バッと後ろに下がってしまう。
「あ、すいません、俺、汗が酷いから…汚いと…」
「何言ってんだよ!顔が真っ赤じゃねぇか!」 
真っ赤なのは…触れられたからで…
「だ、大丈夫ですから!」
そう言ったのに…
倒れたら困る!と、手を繋がれてしまった。
それこそ、心臓バクバクで倒れそうになりながら…
コンビニに着いた。

店内は、涼しくて…一気に汗が引いていく。
繋がれた手は、外されてしまった。
目的を忘れそうになっていたが…
詩ちゃんの好きそうなお菓子を探す。
ウサギの形のクッキーが目に入る。
これは、喜びそうだ。
手に取る。
レジに並んでいると、拓真さんが、スっと横に来た。
「可愛いじゃんソレ、ナイスチョイス」 
褒められた…こんな小さな事で嬉しくなる。

良いものが買えたと、気分良く外に出ると、再び、猛烈な暑さを実感した。
あ、暑い…再び汗がジワリ吹き出す。
汗を拭っていると、
拓真さんから、スポーツドリンクを手渡された。
「飲め」
拓真さんは、手ぶらだ…
買ったのはスポーツドリンクだけ?
コンビニには、俺に着いてきてくれた……のかな…って思ってしまう。
ゴクゴク飲むと…一気に半分程になった。
その時、パッと奪われた。
そのまま…口を付けて…飲み干されたペットボトルは、グシャっと大きな音を立てて、潰され、ゴミ箱へ。

間接キス…

めちゃくちゃ意識してしまう俺と、なんでもない事のように通り過ぎてしまわれた出来事。

「ほら」
手を出された。
再び…手を繋ぐ…
倒れるなよ、家までな…って呟かれた。
全然フラフラなんてしてないのに…
せっかく繋いだ手を離すのは惜しくて…
お互いの汗で少し湿った手を離さなかった。


家に着くと…再び離された手が…唐突に寂しく感じられた。

そして、居間では…
すごいご馳走が…
お刺身の盛り合わせに、ちらし寿司。
「ここ、すわる」
詩ちゃんは、いつものように…
ポンポンと座布団を叩く。
「ありがとう…あと、コレ…」
ウサギクッキーを渡す。
「れお!わぁ、かわいい…」
目がキラキラしてる、可愛いな、喜んでくれて良かった。

なんか…
数ヶ月前の事なのに…懐かしさを感じる。また、この空気に触れる事が出来て…
じんわりと目の前が歪んだ。
俺の小さな変化に気付いた拓真さんは、頭にポンポンと手を置く。

お腹いっぱい食べると…
次は、いよいよ、かき氷だー!って声が上がる。

「え?」
なんか…本格的なかき氷マシーンが…目の前に。
しかも、氷が…ものすごくデカイ塊で。
「これ?お店?」
「すごいだろ?借りたんだよ、パーティだからな!氷も特別なの買った」
と、ドヤ顔の一海さん。
氷のシロップも、イチゴ、レモン、メロン…と並べられた。
シャリシャリと涼しげな音がなる。
山に盛られた氷。
そこにかけられるシロップ。

「はい!レインボー、一丁!」
3色のかき氷が手渡される。

口に含むと、柔らかな氷はあっという間に溶けて…爽やかな味が、広がる。
「れお、べー」
舌を出す詩ちゃん。
綺麗に真っ赤な舌。
俺も舌を思い切りべーと出す
「玲央、めっちゃ緑色…お前の好きな色だな…似合う似合う!」
と、拓真さんにケラケラと笑われた。
記憶力…さすがというか。
俺が小さく呟いただけの…
好きな色を、覚えていてくれた事に感動した。


夕方近くになり、そろそろタイムリミットだ…
楽しい時間は、一瞬で過ぎる……

「俺、帰ります…」
「駅まで送ってくるわ~」

夕焼けに照らされる隣の美丈夫をチラと見た。やっぱり…ものすごく綺麗なんだよな…
まだ、暑さの残る夕暮れ…
歩くとジワリと汗が出てくる。

「見るからに寂しそうな顔してんなよ~玲央は、最初の無表情っぷりが思い出せなくなるくらいに、感情出るようになったな」
「えっ?」
出てた?気持ち……もしかして、漏れてた?

「明日もだからな!」
「はい?」
「いや、お前、日程表見たか?」
「2日間…ありましたね……」
「YES!明日は、水族館にて特別夏期講習開催」
「えっ、俺っ、今日だけだと……」
「ほんとはな、明日は海に……と思ったけど、塾行った息子が日焼けして帰ったら……さすがに怪しまれるだろ?」

確かに……と笑いが込み上げた。
まだ、明日もみんなと会えるのか…そして、拓真さんにも。
嬉しさが込み上げてきた。

「一気に表情明るくなりやがったな…」
またも、指摘されてしまった。



次の日も、俺は、いつも通りの塾の用意を背負い、家を出た。

塾に着くと、さっそく拓真さんが待っていてくれた。
今日は、車で行くらしい。
「悪ぃな、1台じゃ乗り切れんらしいから、玲央は俺の車な。」

車内に2人きりか…
めちゃくちゃ緊張するけど、嬉しい…

車内に乗り込むと、エアコンが効いていて、涼しかった。

赤信号で止まった時、拓真さんが助手席のダッシュボードに手を伸ばし、そこからサングラスを取り出した。
フワリと拓真さんのコロンの香りが漂い、つい意識してしまう。

陽射し避けのサングラスをかけると…これまた、何倍増しにカッコイイんだ!!
と、1人で悶えていた。

「あ、俺、ミントキャンディ持って来ました…食べます?」
ガサゴソと、リュックを漁る…
「食べる」
と、口をパカッと開けて待っている…
これは…入れろと?
急いで包を外すと、コロッと入れた。
なんかカップルみたい…とか、思ってしまって、突如顔が赤くなる。
入れる時、微かに唇に触れた人差し指を…
何か考え事でもしてる風に…
そっと、自分の唇に添わせた。
それだけの事なのに…ものすごく身体が熱くなった。

車内には、スローテンポの洋楽が流れている…
落ち着いた雰囲気で、少しづつ緊張の取れてきた俺は、シートに深くもたれた。

「気になる奴が出来たった言っただろ?ソイツ…好きな人が居るらしい…どうしたらいいんだろな?」
唐突に話しかけられた。
「え?恋愛相談ですか?」
好きな人に、恋愛相談を持ちかけられるなんて…どうしたら…

「お前ならどうする?」
「いや、俺も片思い中ですから…アドバイスなんて……」
一瞬、見知らぬ拓真さんの片想い相手に嫉妬の心が…向けられる。
「仲間だな…」
悲しげに言われ、俺は拓真さんの為に、真剣に考えた。

「えっと。一海さんは、既婚者でしたから…でも、翔太さんなら、大概の相手は…男女関係無く、気持ちを出して伝えるようにすれば…絆されると思いますよ?まさか、また、恋人が居るとか、既婚者じゃ?」
問い詰めるとククッと笑われた。
「さすがに、今度は、違う……」
「じゃ…想いを伝えてみたら……」

そうアドバイスしながら、心の中では、そんな事しないで欲しい…と祈る相反する気持ち。

複雑な気持ちで眉間に皺を寄せていたのだろう…

「学生に相談する事じゃなかったな…」
「あ、いや、こちらこそ…お役に立てず……俺が百戦錬磨の手練れとかなら良かったんですけど…」
「なんだよそれ!ハハハハッ!どこでそんな言葉!似合わねぇよ…」

2時間ほどのドライブは、あっという間で…もう、着いてしまった。

円月家の人達は、既に到着していて、チケットを振りながら
「早く早く!拓真さんのと玲央くんの分もあるから、行こう!」
あとで、支払います…と告げると…
学生は、甘えなさい!と、紗良さんに笑われた。

詩ちゃんが手を繋いでくれる。
「れお、あっち!ぺんぎん」
どうやら、ペンギンを1番に見たかったみたいで…
そういえば…家族で水族館って…
行った記憶が無い。
学校の遠足でなら…なんとか…
友達の居ない俺は、遠足も楽しみでは無くて…
ひたすら、水槽前に記された説明文を読む事に集中した記憶がふと蘇る。
全く楽しくなかった水族館での記憶が…

水槽内の生き物を見て、楽しむ人達の事が、今日初めて、やっと理解出来た。
確かに、単純にペンギンが可愛いとかも…あるけど。
誰かと見て感想を言い合ったり、相手が笑顔になるのも含めて…
それが、楽しいんだと。

俺は…円月家の人達と共にする事で、やっと…普通の人間らしい感情が形成されていっている気がする。
今まで、どうやって…無味無臭な世界を1人で生きてきたのか、分からなくなるほどに。

ペンギンの水槽にかじりつくように、30分近く詩ちゃんが
「わぁ~おおー、およぐ」
なんて、言ってるのを横に、ペンギン達を眺めた。
餌をなかなか食べれないヤツを詩ちゃんと応援したり。
水に入ろうとしては、グズグズと躊躇しているヤツ…あれは、俺みたいだなぁ…なんて考えたりしていた。

「そろそろ次に行こうよ…」
凪くんからクレームが上がる。
彼は、大水槽に行きたいと力説している。

不意に誰かに手を掴まれた。
人差し指を口に当てて……内緒話するみたいに。
「玲央、こっち…」
拓真さんに、連れて行かれた先はクラゲの水槽。
照明の落とされた空間に、光るクラゲがユラユラと泳ぐ様に…
青や紫の照明の明かりがポツポツと灯る空間とユラユラとクラゲの泳ぐのがマッチしていて、まるで深海に居るみたいで、ものすごく綺麗だった。
繋がれたままの手は……
クラゲを熱心に見てる大勢の人達と、暗闇に紛れているはず……と、ギュっと握った。

「なんか好きそうかな…って思って」
「うん、これ…好きです」
しばらく…2人で会話も無く眺めていた。
俺達の後ろ、見ては離れる人達がどんどん通り過ぎていく。
深海に2人きりみたいな錯覚。

「れお~たくまぁ~」
詩ちゃんが探してる声がした。
ずっと此処に居たかったけど、突如現実に引き戻された。

その後、みんなでゆっくりと全ての水槽を周り、最後にお土産コーナーに辿り着く。
店内には、可愛いぬいぐるみや文房具、箱入りのお菓子などが、所狭しと並べられてる。
俺は、文具の所で立ち止まる。
筒の中をクラゲが浮遊するシャーペンが目に留まる。
手に取ると、中のクラゲが揺れるのをじっと見ていた。
「それ、買ってやる、貸せ」
「え、良いですよ…」
「遠慮すんな」
パッと奪われ、レジに行かれた。
戻ってきた拓真さんから
「ほら、記念だ」
と、小さな袋を渡された。
中には、シャーペンだけでなく…消しゴムと、ものさしまで入っていた。
「ありがとうっ!!これで勉強頑張ります!」
ブンッと音がする程、大きくお辞儀した俺に、クスクスと笑い
「大げさ…」
と言われた。


「じゃ、またね…いつでも家に来ていいからね、本当にね!」
なんとなく、俺が自由には、出来ない事を分かっている一海さんが真剣な眼差しで言ってくる。
別々の車の俺達は、水族館の駐車場で別れの挨拶をした。
「れお~ばいばい」
車の窓から、手を振る詩ちゃんに、俺も目一杯に手を振り返す。
これで…また、しばらくは会えないと分かってる。

「さ、帰るか」
再び、車内に2人きりになる。
俺は、忘れない内に…と、小さな紙袋を渡す。
「は?俺に?」 

中身を開けて、俺の前に掲げられた透明なクラゲのキーホルダー。
売店で、拓真さん用に買った物。

「へぇ、可愛いじゃん…ありがとな」
カチャリと、車のキーに付けてくれた。
嬉しくて、今日の事が夢じゃないよな…と不安になるほど、楽しかった。

車に揺られていると…疲れたのか…
俺はウトウトしてしまった。
夢心地の中で…
なんか、唇に柔らかくて暖かい物が触れた気がして…薄く目をあけたら、離れていく拓真さんの顔があって。
良い夢だな…なんて。
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