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第二章 人生とは非日常である
第二話 同居人の非日常
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「椿姫、こんな時間にどうしたんだい?」
「ちょっと話したいことがあるので、私の部屋に来てもらえませんか」
そういった彼女の顔は、ひどく落ち込んだ様子だった。立ち話で詮索していい内容じゃないと思い、誘われるがままに椿姫の部屋に入る。
女の子の部屋。まさにその言葉を体現するような内装だ。若葉を象徴するような緑の明るいカーテン、切れに整理整頓され使いやすくされた机と本棚、かわいらしい模様のベッドシーツ、そしてなにより、ベッドの上で寝ているカワウソのぬいぐるみだ。
「もこちゃんを見てないで、とりあえず座ってもらえませんか。」
ハッとして声の主を探すと、僕の足元にはラグとローテーブルがあった。いわれたとおりにローテーブルで彼女と向き合うように座った。「どうぞ」と熱々のレモンティーを渡された。一口飲むと、紅茶の豊かな風味と、すっきりとしたレモンの香りが鼻を抜けていく。心が落ち着く味だった。
お互いに一息ついてから、もう一度見合わせると椿姫が語りだした。
「私、最近どうしても成績が上がらなくなってしまったんです。これまで以上に勉強をしているんですけど、それでも模試の成績が上がらなくて。」
そういうと、後ろを振り返り机の引き出しから模試の成績を出してきた。確かに彼女の言う通り、成績は最近はほぼ変わらず、志望校の判定はやや厳しいところだった。
「どうにかして、お母さんを安心させられる成績を見せたいんです。」
そういうと、彼女は僕に向かって頭を下げた。僕はすぐに「頭を挙げてほしい」と伝える。そして、彼女の成績表をじっくり眺めながら彼女にいくつかの質問をする。その質問に彼女は丁寧に答える。
「椿姫の第一志望はこの高校でいいんだよね」
「はい、そうです」
「椿姫の苦手科目は数学でいいのかな」
「はい。数学の成績が特に悪くて、困ってます。」
ん~。僕はうなりながら、成績表の後ろの答案を読む。間違える原因は様々で、理解が薄いのだろうと思う。どうしたものかと僕が思案していると
「周りがどんどん成績を上げている中で、自分だけおいていかれて辛いんです...」
成績表から目を離すと、彼女の頬には水が流れた跡があった。僕は成績表を置いて椿姫の横に移動して、彼女の頭をなでる。
「大丈夫。僕が教えてあげるよ」
優しく、優しく、彼女の頭をなで続けた。手に収まってしまうほど小さな頭と、凛としたつやのあるさらさらの髪、石鹸の清潔感のある香り。しばらくの間なでながら、僕にないいろんなものを味わった。
「もう大丈夫」
急に撫でていた頭が僕から離れた。横顔を見ると、どうやら泣き止んだらしい。僕も元の位置に戻る。
もう一度彼女と対面する。彼女は目が少し赤く腫れていたけど、とりあえず泣き止んだ様子だった。しばらく洋服の裾で目をこすってから、いつもの凛とした様子で話し始めた。
「数学については翔さんを信頼して、教えてもらうことにします。ただ、駆さんも忙しいでしょうから、毎日この時間に色々教えてもらうって形でいいですか?」
椿姫の問いかけに、僕は質問で返す。
「僕は問題ないけど、君はこんな夜遅くで大丈夫?」
その言葉に対し、椿姫はすねた子供のような口調で答えた。
「私だって中学生ですよ?この時間ぐらい大丈夫です。それより、私もあなたも受験が迫ってますし、早速今日から何か始めませんか?」
やる気満々な様子で、勉強机に向かう椿姫を追いかける。自信満々なふりして大丈夫とは言ったものの、教師でもない僕が教えられるのか不安が胸の中を満たす。その心も隠しながら、彼女に指示する。
「じゃあ、いつも使ってる問題集見せて」
リュックの中を漁って、出てきたのは新品同様の形を保った問題集だった。ほとんど手を付けていないのだろうか。一瞬彼女のまじめさを疑ったが、参考書を開いた瞬間にその疑念は晴れた。僕が予想している以上に書き込みや印が多く、丁寧に使い込んでいただけだった。
椿姫がまじめに勉強する人なら、問題があるのはこの問題集のほうだと思う。正直、高校受験の問題の難易度を覚えていないので、この問題集の難しさもわからないが、一行問題が多いので、簡単なほうだと思う。ただ、予想と違ったら困るので聞いてみた。
「この問題集ってどれくらいの難しさの本?」
すると彼女はぼそっとこぼした。
「一番簡単な問題集ですよ。基礎ができてないから解けないので」
少し彼女が問題を解いている姿が見てみたかったので、問題があるか聞いてみる。
「さっき見せてくれた模試の問題ってある?」
椿姫はもちろんと答えながら、引き出しから薄い冊子状の問題を取り出した。そこで僕は一つ彼女に提案する。
「じゃあ、この模試を僕の前で解いて見せてくれる?」
返事をする代わりに、彼女はリュックからノートを引っ張り出すと、問題を解き始めた。その様子を見ながら、さっき渡された成績表のうちこの問題が載ってる模試の成績表を見る。過去の答案と見比べると、基礎的な問題でミスをすることはほぼなかった。
僕が教えることはないのでは。と思った時だった。計算問題が終わって文章問題に入ると、急にミスが増え始めた。よく見ると、立式が間違っていることと、使うべき公式が間違っている事が多い。それを見て、彼女の成績の問題が何となくつかめたように感じた。しかし、どうやったらそれが治るだろうか。
僕が思案に暮れていると、左下から声がした。
「終わりましたけど」
ハッとして彼女のほうを向いた。そして、僕は思案の過程を告げる。
「僕から見るに、椿姫は基礎についてはしっかり習得できているからその点は安心した。問題になるのは、文章問題と公式の使い方だね。」
そして、大きく息を吸ってから、僕の考えた答えを告げる。
「ということで、これからかなり難しい問題集を毎日解こう。」
椿姫が眉を顰める。僕に落胆したように吐き捨てる。
「公式が理解できてない人が難しい問題解いてどうするんですか?」
そんな彼女の様子と対照的に、僕は自分の考えをアピールする。
「君は簡単な問題を解くのはもう慣れてるんだよ。でも簡単な問題だけじゃ勝負はつかないし、数学が得意な人には負けるよね。それにね、難しくても良質な問題を解くことで、問題を考える力や、公式を使うタイミングがわかるようになるんだ、」
これをいうのは少し意地悪かなと思いながらも、彼女を納得させるためだと思い、一言付け加える。
「その問題集じゃ君が成長できる部分はもうないしね」
最後の言葉が響いたのか、椿姫は少しうつむいて考えこむ。それから、それから、机の引き出しを開けると、予想もしないものが出てきた。僕と同じ勉強計画帳を取り出すと、ぺらぺらとめくりながら、日数を数えていう。
「あと本番まで100日ぐらいですけど間に合いますか?」
その言葉に、僕は自信を持ったふりをして答える。
「大丈夫。僕の計画通りにやれば間に合うよ。」
僕の胸中では、自分の勉強も含め本当に間に合うのか不安になっていた。でも、人間本気を出せば何とかなるだろうと信じる。僕の言葉を信じた椿姫は言った。
「じゃあ問題集は何を使いますか。今はこれしか持ってないんですよ。」
そういった彼女に僕は明るく提案する。
「明日は土曜日で少し時間があるでしょ。一緒に買いに行かない?僕も買いたい問題集があるんだ」
椿姫は勉強計画帳を開いて今週の予定を確認しているようだった。そして、何かに観念したように言った。
「では、私が塾の授業が終わった後に買いに行きましょう。お昼に駅前集合でお願いします。」
「了解」
ようやく見通しが立ったと思い安心して時計を見ると、12時をとっくに過ぎていた。慌てて椿姫に告げる。
「もうこんな時間だから、とりあえず今日はお互い寝ようか。紅茶おいしかったよ」
僕が帰ろうとすると、僕の服の裾を引っ張り、恥ずかしそうにしていった。
「もう一度頭をなでてもらえませんか...?」
唐突な提案に驚きながらも、僕は彼女の頭に手を置いてなでた。優しく、優しく、卵を温めるように彼女をなでる。
「もう大丈夫です。ありがとうございました。」
そういうと、椿姫は僕の手をつかんで自分の頭から離させた。そして何かを口にしてから、勉強道具を片付け始めた。その様子を見て、僕も彼女の部屋から立ち去った。
お兄ちゃん
さっき椿姫がそう言っていたような気がした。
「ちょっと話したいことがあるので、私の部屋に来てもらえませんか」
そういった彼女の顔は、ひどく落ち込んだ様子だった。立ち話で詮索していい内容じゃないと思い、誘われるがままに椿姫の部屋に入る。
女の子の部屋。まさにその言葉を体現するような内装だ。若葉を象徴するような緑の明るいカーテン、切れに整理整頓され使いやすくされた机と本棚、かわいらしい模様のベッドシーツ、そしてなにより、ベッドの上で寝ているカワウソのぬいぐるみだ。
「もこちゃんを見てないで、とりあえず座ってもらえませんか。」
ハッとして声の主を探すと、僕の足元にはラグとローテーブルがあった。いわれたとおりにローテーブルで彼女と向き合うように座った。「どうぞ」と熱々のレモンティーを渡された。一口飲むと、紅茶の豊かな風味と、すっきりとしたレモンの香りが鼻を抜けていく。心が落ち着く味だった。
お互いに一息ついてから、もう一度見合わせると椿姫が語りだした。
「私、最近どうしても成績が上がらなくなってしまったんです。これまで以上に勉強をしているんですけど、それでも模試の成績が上がらなくて。」
そういうと、後ろを振り返り机の引き出しから模試の成績を出してきた。確かに彼女の言う通り、成績は最近はほぼ変わらず、志望校の判定はやや厳しいところだった。
「どうにかして、お母さんを安心させられる成績を見せたいんです。」
そういうと、彼女は僕に向かって頭を下げた。僕はすぐに「頭を挙げてほしい」と伝える。そして、彼女の成績表をじっくり眺めながら彼女にいくつかの質問をする。その質問に彼女は丁寧に答える。
「椿姫の第一志望はこの高校でいいんだよね」
「はい、そうです」
「椿姫の苦手科目は数学でいいのかな」
「はい。数学の成績が特に悪くて、困ってます。」
ん~。僕はうなりながら、成績表の後ろの答案を読む。間違える原因は様々で、理解が薄いのだろうと思う。どうしたものかと僕が思案していると
「周りがどんどん成績を上げている中で、自分だけおいていかれて辛いんです...」
成績表から目を離すと、彼女の頬には水が流れた跡があった。僕は成績表を置いて椿姫の横に移動して、彼女の頭をなでる。
「大丈夫。僕が教えてあげるよ」
優しく、優しく、彼女の頭をなで続けた。手に収まってしまうほど小さな頭と、凛としたつやのあるさらさらの髪、石鹸の清潔感のある香り。しばらくの間なでながら、僕にないいろんなものを味わった。
「もう大丈夫」
急に撫でていた頭が僕から離れた。横顔を見ると、どうやら泣き止んだらしい。僕も元の位置に戻る。
もう一度彼女と対面する。彼女は目が少し赤く腫れていたけど、とりあえず泣き止んだ様子だった。しばらく洋服の裾で目をこすってから、いつもの凛とした様子で話し始めた。
「数学については翔さんを信頼して、教えてもらうことにします。ただ、駆さんも忙しいでしょうから、毎日この時間に色々教えてもらうって形でいいですか?」
椿姫の問いかけに、僕は質問で返す。
「僕は問題ないけど、君はこんな夜遅くで大丈夫?」
その言葉に対し、椿姫はすねた子供のような口調で答えた。
「私だって中学生ですよ?この時間ぐらい大丈夫です。それより、私もあなたも受験が迫ってますし、早速今日から何か始めませんか?」
やる気満々な様子で、勉強机に向かう椿姫を追いかける。自信満々なふりして大丈夫とは言ったものの、教師でもない僕が教えられるのか不安が胸の中を満たす。その心も隠しながら、彼女に指示する。
「じゃあ、いつも使ってる問題集見せて」
リュックの中を漁って、出てきたのは新品同様の形を保った問題集だった。ほとんど手を付けていないのだろうか。一瞬彼女のまじめさを疑ったが、参考書を開いた瞬間にその疑念は晴れた。僕が予想している以上に書き込みや印が多く、丁寧に使い込んでいただけだった。
椿姫がまじめに勉強する人なら、問題があるのはこの問題集のほうだと思う。正直、高校受験の問題の難易度を覚えていないので、この問題集の難しさもわからないが、一行問題が多いので、簡単なほうだと思う。ただ、予想と違ったら困るので聞いてみた。
「この問題集ってどれくらいの難しさの本?」
すると彼女はぼそっとこぼした。
「一番簡単な問題集ですよ。基礎ができてないから解けないので」
少し彼女が問題を解いている姿が見てみたかったので、問題があるか聞いてみる。
「さっき見せてくれた模試の問題ってある?」
椿姫はもちろんと答えながら、引き出しから薄い冊子状の問題を取り出した。そこで僕は一つ彼女に提案する。
「じゃあ、この模試を僕の前で解いて見せてくれる?」
返事をする代わりに、彼女はリュックからノートを引っ張り出すと、問題を解き始めた。その様子を見ながら、さっき渡された成績表のうちこの問題が載ってる模試の成績表を見る。過去の答案と見比べると、基礎的な問題でミスをすることはほぼなかった。
僕が教えることはないのでは。と思った時だった。計算問題が終わって文章問題に入ると、急にミスが増え始めた。よく見ると、立式が間違っていることと、使うべき公式が間違っている事が多い。それを見て、彼女の成績の問題が何となくつかめたように感じた。しかし、どうやったらそれが治るだろうか。
僕が思案に暮れていると、左下から声がした。
「終わりましたけど」
ハッとして彼女のほうを向いた。そして、僕は思案の過程を告げる。
「僕から見るに、椿姫は基礎についてはしっかり習得できているからその点は安心した。問題になるのは、文章問題と公式の使い方だね。」
そして、大きく息を吸ってから、僕の考えた答えを告げる。
「ということで、これからかなり難しい問題集を毎日解こう。」
椿姫が眉を顰める。僕に落胆したように吐き捨てる。
「公式が理解できてない人が難しい問題解いてどうするんですか?」
そんな彼女の様子と対照的に、僕は自分の考えをアピールする。
「君は簡単な問題を解くのはもう慣れてるんだよ。でも簡単な問題だけじゃ勝負はつかないし、数学が得意な人には負けるよね。それにね、難しくても良質な問題を解くことで、問題を考える力や、公式を使うタイミングがわかるようになるんだ、」
これをいうのは少し意地悪かなと思いながらも、彼女を納得させるためだと思い、一言付け加える。
「その問題集じゃ君が成長できる部分はもうないしね」
最後の言葉が響いたのか、椿姫は少しうつむいて考えこむ。それから、それから、机の引き出しを開けると、予想もしないものが出てきた。僕と同じ勉強計画帳を取り出すと、ぺらぺらとめくりながら、日数を数えていう。
「あと本番まで100日ぐらいですけど間に合いますか?」
その言葉に、僕は自信を持ったふりをして答える。
「大丈夫。僕の計画通りにやれば間に合うよ。」
僕の胸中では、自分の勉強も含め本当に間に合うのか不安になっていた。でも、人間本気を出せば何とかなるだろうと信じる。僕の言葉を信じた椿姫は言った。
「じゃあ問題集は何を使いますか。今はこれしか持ってないんですよ。」
そういった彼女に僕は明るく提案する。
「明日は土曜日で少し時間があるでしょ。一緒に買いに行かない?僕も買いたい問題集があるんだ」
椿姫は勉強計画帳を開いて今週の予定を確認しているようだった。そして、何かに観念したように言った。
「では、私が塾の授業が終わった後に買いに行きましょう。お昼に駅前集合でお願いします。」
「了解」
ようやく見通しが立ったと思い安心して時計を見ると、12時をとっくに過ぎていた。慌てて椿姫に告げる。
「もうこんな時間だから、とりあえず今日はお互い寝ようか。紅茶おいしかったよ」
僕が帰ろうとすると、僕の服の裾を引っ張り、恥ずかしそうにしていった。
「もう一度頭をなでてもらえませんか...?」
唐突な提案に驚きながらも、僕は彼女の頭に手を置いてなでた。優しく、優しく、卵を温めるように彼女をなでる。
「もう大丈夫です。ありがとうございました。」
そういうと、椿姫は僕の手をつかんで自分の頭から離させた。そして何かを口にしてから、勉強道具を片付け始めた。その様子を見て、僕も彼女の部屋から立ち去った。
お兄ちゃん
さっき椿姫がそう言っていたような気がした。
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