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◆新しい恋をしましょう
社内恋愛の掟 6
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とにかく去年のクリスマスといえば史上最悪の想い出しかない。
志水にはまったく関係ないのにムッとしながら答えた。
「今年もボッチですけどね。ひとりクリスマスも慣れたもんですよ、はい」
ヨイショと保存箱を持ち上げようとすると、その箱がフッと軽くなった。
志水が持ってくれたのだ。
「誘ったらダメかな」
(――え?)
颯天ほどではないが、志水も背が高い。
顎を上げて見上げる杏香に、彼はにっこりと微笑みかける。
「俺もひとりだし。っていうか、てっきり樋口さんは彼氏がいるんだと思ってた」
志水に対して好感は持っているが、だからといって彼の誘いを乗るつもりはない。というか、志水に限らず二度と社内恋愛はしないと決めている。
これ以上話が進むと厄介だ。
棚に向き直り、横にずらした保存箱を戻し話をかわす。
「寂しい者同士じゃ、余計寂しくなりますよー」
気のないそぶりを見せれば、ここは会社だ。セクハラにも厳しくなっているのだから、これ以上誘ってはこないはず。なのに……。
「違うよ。俺ずっと樋口さんいいなって、思ってたんだ。でも飲み会にも全然来ないし誘う機会もなくて」
イヤな予感がする。
もしかして志水は本気で誘おうとしているのか。
嘘でも恋人がいると言えばよかったかと後悔しながら、あははと笑ってごまかした。
「私なんか誘わなくても、志水さんモテモテでしょうに」
「俺は樋口さんがいい」
これはまずい展開だ。
「えっと……。私そろそろ」
ひとまずこの場を離れようと歩み出すと、保存箱を棚に置いた志水は杏香の前に立ち塞がるようにして、一歩一歩近寄ってくる。
「樋口さん。俺、君が好なんだ」
「え? あ、あの」
嘘でしょ? と焦りながらジリジリと後ろに下がり、背中が壁にあたった。
たまたまここは部屋の端なので、逃げ場がない。
「ちょ、ちょっと待ってくだ、さい? ――こ、ここ会社で、すよ?」
人当たりがいいはずの志水の様子が変だ。
目がギラギラとして、雄の匂いとでもいうか、とにかくいつもの軽い調子の彼じゃない。いざとなれば突き飛ばして逃げるしかないが。
「俺、本気だよ?」
「いや、で、でも」
気が動転して足がすくみ、どうしたらいいのか混乱していると、ふいに視線を横に逸らした志水が仰天したように目を見開いた。
「せ、専務」
(え? 専務?)
振り向いた杏香の目に映ったのは――。
「あっ」
仁王立ちしている鬼の形相の高司専務、颯天だった。
「し、失礼しますっ」
直角に頭を下げた志水は、そのままグルっと奥の通路を走って飛ぶように倉庫から出て行った。
全身に怒りのオーラを漂わせながら、颯天がゆっくりと近づいてくる。
(――ひ、ひえ)
志水のように走って逃げたいと思うのに、恐怖で足が動かない。
見えるはずはないのに、瞳の中に紅い炎が揺れているようだ。いつだって悲しいくらい冷静なのに。どうしたというのか。
「早速、新しい男か」
「ち、ちが」
「杏香、俺を甘くみるなよ」
杏香はきつく瞼を閉じた。
ああ、できることならこのまま気絶したい。
壁の中に溶けてしまいたい。神さま!助けてっ! という願い虚しく、なんなく颯天に顎をすくわれた杏香は震えながら唇を犯された。
「……んっ」
右手を颯天の左手で壁に押さえつけられて重ねられる口づけは、甘いキスなんてものじゃなかった。
クチャっと、粘るような音が人けのない倉庫に響く。
「や、やめ」
左手で胸を押し、抵抗して束の間離れるも、またすぐ唇が重ねられる。
「んっ」
何度も何度も、呼吸ができないほど強く口を重ねられ、
蠢く颯天の舌は咥内を蹂躙し、杏香の舌を絡め取り、吸い――。
こんな状況であるのに、忘れかけていた熱を呼び覚ますように胸がざわつき、体の芯が疼く。
悔しくて怖くて、なのに頭の隅はうれしくて……。
だったらどうして、あのとき止めてくれなかったの? と、心が叫ぶ。
膝の力が抜け崩れ落ちそうになったとき、颯天の携帯が音を立てて、ようやく杏香は解放された。
電話に出る颯天を残し倉庫から出た杏香はまっすぐ女子トイレに走り、個室に入ってそのままカタカタと震えた。
「な、なんなの!?」
(一体なんなのよ! 怖いでしょ、怖すぎるでしょ、っていうか、なんであんなに怒るのよー)
はらりと涙が頬を伝い、泣いていたんだと気づいた。
慌てて拭い、大きく息を吐く。
個室に入るまで誰にも会わず誰にも見られなかったのは、不幸中の幸いである。そのまま数分、気持ちが落ち着くまでなに考えないようにした。
『杏香、俺を甘くみるなよ』
颯天が現れるまでは志水に恐怖したはずだが、すっかりと恐怖が上塗りされた。本当に怖かった。颯天は俺様で冷たいところはあるが、あんなふうに怒ったは初めてだ。
(どうして、そんなに怒るの)
志水にはまったく関係ないのにムッとしながら答えた。
「今年もボッチですけどね。ひとりクリスマスも慣れたもんですよ、はい」
ヨイショと保存箱を持ち上げようとすると、その箱がフッと軽くなった。
志水が持ってくれたのだ。
「誘ったらダメかな」
(――え?)
颯天ほどではないが、志水も背が高い。
顎を上げて見上げる杏香に、彼はにっこりと微笑みかける。
「俺もひとりだし。っていうか、てっきり樋口さんは彼氏がいるんだと思ってた」
志水に対して好感は持っているが、だからといって彼の誘いを乗るつもりはない。というか、志水に限らず二度と社内恋愛はしないと決めている。
これ以上話が進むと厄介だ。
棚に向き直り、横にずらした保存箱を戻し話をかわす。
「寂しい者同士じゃ、余計寂しくなりますよー」
気のないそぶりを見せれば、ここは会社だ。セクハラにも厳しくなっているのだから、これ以上誘ってはこないはず。なのに……。
「違うよ。俺ずっと樋口さんいいなって、思ってたんだ。でも飲み会にも全然来ないし誘う機会もなくて」
イヤな予感がする。
もしかして志水は本気で誘おうとしているのか。
嘘でも恋人がいると言えばよかったかと後悔しながら、あははと笑ってごまかした。
「私なんか誘わなくても、志水さんモテモテでしょうに」
「俺は樋口さんがいい」
これはまずい展開だ。
「えっと……。私そろそろ」
ひとまずこの場を離れようと歩み出すと、保存箱を棚に置いた志水は杏香の前に立ち塞がるようにして、一歩一歩近寄ってくる。
「樋口さん。俺、君が好なんだ」
「え? あ、あの」
嘘でしょ? と焦りながらジリジリと後ろに下がり、背中が壁にあたった。
たまたまここは部屋の端なので、逃げ場がない。
「ちょ、ちょっと待ってくだ、さい? ――こ、ここ会社で、すよ?」
人当たりがいいはずの志水の様子が変だ。
目がギラギラとして、雄の匂いとでもいうか、とにかくいつもの軽い調子の彼じゃない。いざとなれば突き飛ばして逃げるしかないが。
「俺、本気だよ?」
「いや、で、でも」
気が動転して足がすくみ、どうしたらいいのか混乱していると、ふいに視線を横に逸らした志水が仰天したように目を見開いた。
「せ、専務」
(え? 専務?)
振り向いた杏香の目に映ったのは――。
「あっ」
仁王立ちしている鬼の形相の高司専務、颯天だった。
「し、失礼しますっ」
直角に頭を下げた志水は、そのままグルっと奥の通路を走って飛ぶように倉庫から出て行った。
全身に怒りのオーラを漂わせながら、颯天がゆっくりと近づいてくる。
(――ひ、ひえ)
志水のように走って逃げたいと思うのに、恐怖で足が動かない。
見えるはずはないのに、瞳の中に紅い炎が揺れているようだ。いつだって悲しいくらい冷静なのに。どうしたというのか。
「早速、新しい男か」
「ち、ちが」
「杏香、俺を甘くみるなよ」
杏香はきつく瞼を閉じた。
ああ、できることならこのまま気絶したい。
壁の中に溶けてしまいたい。神さま!助けてっ! という願い虚しく、なんなく颯天に顎をすくわれた杏香は震えながら唇を犯された。
「……んっ」
右手を颯天の左手で壁に押さえつけられて重ねられる口づけは、甘いキスなんてものじゃなかった。
クチャっと、粘るような音が人けのない倉庫に響く。
「や、やめ」
左手で胸を押し、抵抗して束の間離れるも、またすぐ唇が重ねられる。
「んっ」
何度も何度も、呼吸ができないほど強く口を重ねられ、
蠢く颯天の舌は咥内を蹂躙し、杏香の舌を絡め取り、吸い――。
こんな状況であるのに、忘れかけていた熱を呼び覚ますように胸がざわつき、体の芯が疼く。
悔しくて怖くて、なのに頭の隅はうれしくて……。
だったらどうして、あのとき止めてくれなかったの? と、心が叫ぶ。
膝の力が抜け崩れ落ちそうになったとき、颯天の携帯が音を立てて、ようやく杏香は解放された。
電話に出る颯天を残し倉庫から出た杏香はまっすぐ女子トイレに走り、個室に入ってそのままカタカタと震えた。
「な、なんなの!?」
(一体なんなのよ! 怖いでしょ、怖すぎるでしょ、っていうか、なんであんなに怒るのよー)
はらりと涙が頬を伝い、泣いていたんだと気づいた。
慌てて拭い、大きく息を吐く。
個室に入るまで誰にも会わず誰にも見られなかったのは、不幸中の幸いである。そのまま数分、気持ちが落ち着くまでなに考えないようにした。
『杏香、俺を甘くみるなよ』
颯天が現れるまでは志水に恐怖したはずだが、すっかりと恐怖が上塗りされた。本当に怖かった。颯天は俺様で冷たいところはあるが、あんなふうに怒ったは初めてだ。
(どうして、そんなに怒るの)
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