高司専務の憂鬱 (完)

白亜凛

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◆将を射んと欲せば

三年前の秘密 4

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 コーヒーを持って応接室の扉に手をかけると、楽しげな笑い声が聞こえた。

 男性の豪快な笑い声とコロコロと笑う女性の声。どこかの社長と秘書だろうか。それにしてもまだ九時前。ずいぶん早い来訪である。

「失礼します」
 お客様だけコーヒーというわけにもいかないので、飲んだばかりの颯天の分も出す。

 彼だけは杏香に視線を向けて微かな礼を示したが、客の二人は杏香の存在など気にもとめない様子で、なにがおかしいのかまだ笑っている。

 礼をしないというだけでなく、人にかしずかれるのが当然という態度が全身から滲み出ている。間違いなく資産家だろうし女性のほうも秘書ではなさそうだ。

 上品で優しそうだが、ちらりと杏香を見たときの目つきが気になった。あの目には覚えがある。香る月の横柄な客がする相手の品定めをする目だ。

 感じの悪いお客さまと密かに思いながら、杏香は応接室を出た。

 嫌だ嫌だと首を振り、応接室を後にする。

 颯天も結構な俺様だが、ちょっと違う。彼の場合は誰に対しても俺様なのであって、相手が社会的弱者だろうが権力者だろうが変わらない。俺様はどこにでても俺様なのだ。

 それに彼は礼儀正しい。些細な、例えばコーヒーを出すとか、物を拾うとか些細なことでもちゃんと目を見てお礼を言う。社員に対してあんなふうに横柄な態度は取らない。

 廊下を進むと、ほかの役員室から菊乃が出てきた。

「おはようございます。随分早いお客様ですね。どなたですか?」

「タナカさんって方。もしかしたら親子かも? 社長と社長令嬢、そんな感じ」

 それだけで、菊乃はピンときたようだ。

「ああ、Mrタナカとお嬢様のマリアさんかな」

 聞けばタナカ氏は日系アメリカ人でホテルのオーナーらしい。菊乃が例に挙げたホテルの名前は杏香でもよく知る一流ホテルだった。TKT工業と取引がある大口のお客さまで、杏香が接客するのははじめてだが、ときどき来社するそうだ。

「なるほど。でも、どうしてお嬢様まで来るの? 彼女もホテルの仕事をしているとか?」

「彼女も一応ホテルの役員だから? ファッションモデルなんかもしていて広告塔になっているし」

「あ! そういえば見覚えある」

 菊乃はこくこくとうなずいた。

「テレビコマーシャルにも出ているわよ」

「へえー。それにしては好感度ゼロだったけど」
 思わず本音がこぼれる。

 声や眉をひそめる表情からも嫌悪感が滲み出ていただろう。「杏ちゃんたら」と菊乃は笑ったが、否定はしなかった。

「彼女、光葉さんとは仲が悪くて、お互いに目の敵にしていたわ」

「うわっ、ハブとマングース」
 あははと菊乃が笑う。青井光葉と戦うとはマリア嬢も相当気が強いに違いない。

「でもマリアさんは上流階級の方々には評判がいいお嬢様らしいわよ」
「え? そうなの?」

 上流階級の方々は感覚が自分とは違うのかもしれない。もしくは彼女に二面性があるのか。たとえば青井光葉のように、と思った途端、光葉の憎悪に満ちた強い視線を思い出して、杏香は身震いした。

「でも珍しいわね、杏ちゃんがそんなふうに嫌うなんて」
「え?」

 それは……と、言葉に詰まる。
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