高司専務の憂鬱 (完)

白亜凛

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◆将を射んと欲せば

三年前の秘密 8

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***

 その夜、高司家のリビングで、颯天の妹の麻耶がスマートフォンのニュース記事を読んでいた。杏香が秘書課の先輩から教えられたものと同じ記事だ。

「結婚ねぇ」

 テーブルにはシナモンの効いたミルクティの香りが立ちのぼる。坂元はティカップを置くと、そのまま軽く会釈をしてリビングから出ようとしたが、「待って」と麻耶に呼びとめられた。

「それで、お兄さまはどうするつもりなの? マリアさんと本当に結婚するの?」

「どうでしょう。まだなに聞いておりませんが」

「私あの人と身内になるのはなんだかイヤだわ」

「そうですか。どういうところがお嫌なんですか?」

「マリアさんって綺麗だし頭もいいしピアノも上手で運動神経もよくて万能でしょう?」

「ええ、そういう評判ですね」

「だからなのかもしれないけれど。なんていうか。根が傲慢だと思うのよね。表向きはそんな様子見せないけど。この前、パーティで見かけたとき思ったわ。私には見せない目をほかの、立場の弱い子に見せていたの。なにかしたわけじゃないし、顔は笑顔だったけど。とても冷たい目で、なんだか怖かった」
 そう言って麻耶は怯えたように肩をすくめる。

「お兄さまにはちょうどいいかもしれないけどね。ハブとマングースで」

「これはまた手厳しい」
 クスクスと坂元が笑う。彼女の兄に対する評価は、いつもながら容赦なく厳しい。

「でもやっぱり私はイヤ。大体この話ってあれよね? お兄さまが人妻に手を出してホテル事業を撤退したときの穴埋めなんでしょう? でもマリアさんと結婚したら跡取として認めるなんて、お父さまもどうかしてるわ」

 高司家の当主である彼らの父は、颯天ではなく妹に跡を継がせるという選択肢をちらつかせている。というのも、それだけ颯天が起こしたスキャンダルに激怒しているのだ。

 それはホテル王の妻との不倫疑惑。事実はどうあれホテル王の夫が激怒し、高司との取引中止を断言した。颯天は、夫人とは友人でありガセネタだと言いつつも、きっぱりとした否定はしなかった。

 でも、坂元は不倫の事実はないと思っている。なぜ彼が明言しなかったのかはわからないが。

「ですが、颯天さまがマリアさんと結婚すれば、お嬢さまは自由になりますよ?」

「それはそうだけど。私はお兄さまの結婚相手は、例の彼女のほうがいい。杏香さんって言ったわよね、彼女にお姉さまになってほしい」

「お会いしたことはありませんよね?」

「ないけどわかるわよ。お兄さまが変わったもの。俺さま度がほんのちょっとマシになったわ。ねぇ、彼女とはどうなってるの? 秘書になってお兄さまの近くにいるんでしょう?」

「えぇ、まぁ。ですが、なにもおっしゃらないので、どうなのかはさっぱり」

 麻耶はがっくりと肩を落とす。

「あーぁ、クリスマス前には結論でるのかしらねー」

 クリスマスイブまであと三日。

「大丈夫ですよ。きっと」


『年越しなんて嫌だろう。気持ちよく新年を迎えるためさ』

 彼がそう言っていたから。

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